20. Happiness
燃え続けた炎はやがて鎮まり、静けさが怖いくらいの夜が残った。
教会は何とか外壁だけ残ったけど、みんなの家は跡形もなくなった。
炎が消えて、そこにあったものもなくなって、皮肉にも煌々と空の星が輝き放っていた。
「病院、行くけど」
もう誰もいなくなった教会の跡地で、一度静かにうつむいたが、少しうしろで同じように立っていた俺に振り返った。
「うん」
その顔があんまりにも、ちゃんとだったから、俺もいつもどおりに返してに歩み寄った。
俺はに手を差し出す。
はその手を見て、手を重ね、俺はその手をぐっと握って病院へ飛んでいった。
病院で、先に到着していたピスタはまだ処置を受けていたけど、大丈夫そうだった。も一応検査を受けろと言われ処置室に連れていかれ、俺も手のやけどを手当てされ、それから家に電話をかけた。
家に来たあいつらは父さんが全部のしてしまったそうだ。
まぁ分かってはいたけど。母さんの苦労がまた増えた。
みんながいる病室を覗くと、静かな部屋の中で眠ってしまった子もいるけど、シスターに抱かれまだ泣いている子もいた。もともとあそこしか居場所のなかった子たちだから、そこまで奪われて、悲しくないはずがないんだ。
「あれ・・・?」
だけどその中にが見当たらなくて、病室を出て探し歩いた。
処置室にもいなくて、あたりを見渡すと、上のほうからの気を感じた。
それをたどって階段を上がっていくと屋上に出て、もっと先にいる気をたどって裏手に回ると、遠くに都の街明かりが見える屋上のヘリに足を下ろし座ってる背中を見つけた。
「あ、危ないよ、そんなとこで」
そっと声をかけると、は風に煽られる髪の向こうで振り返った。
はフェンスもない屋上のはじに座って、少し強い風でも吹けばそのまま落ちて行ってしまいそうだった。
「よくわかったね」
「うん・・・、わかるんだ。気・・・っていってもわかんないだろうけど、なんていうか、気配みたいなのが感じ取れて」
「そう」
はやっぱり、ただそれだけ。
きっともう俺が何を言っても何をしても驚かないだろう。
「手、大丈夫だった?」
「うん、ちょっとした火傷。は体何ともなかった?」
「うん」
俺は手を少し火傷したくらいで大したことはなかった。
は背中で揺れる髪がところどころ焼けてしまって、俺はそのほうが哀しかった。
「・・・、ごめん」
「なにが?」
「俺、全然守れてないよな。守るって言ったのに・・・」
「・・・」
があんなに、ここだけは、ここだけはって守ってきたところ。
ひとりぼっちでも、つらくても、大変でも、あそこを守っているっていうことがきっとに力を与えてた。のたったひとつの帰る場所。ただひとつ、自分のものと誇れる場所だったのに。
「全部、なくなっちゃった」
「・・・」
「何もなくなっちゃった・・・」
はそう、本当に空っぽな声で、真っ暗な夜にこぼした。
こんなにたくさん人がいるのに静かな街は、まるでこの広い世界にをひとりきり置いていってしまったみたいで、小さなの存在なんて簡単に飲み込んでしまいそうだった。
・・・その時、闇に溶けそうだったが突然、ポンと前に飛び降りた。
「・・・え?」
びゅうと冷たい風が吹き流れる。
もうそこにはいない。
「えええええっ!?」
俺は急ぎが消えたほうに身を乗り出して、もうはるか遠くにいるめがけて直滑降に飛び降りた。地面手前でをつかまえぎゅんとまた空に飛び上がり、ゼェゼェ息を切らしながら必死でを抱き止めた。
「なっ、なんっ・・、何してんの!?」
「・・・」
今日一日でいくらか抱きなれたその体を腕に収めながら取り乱して問いかける。・・・けど、抱き止めてるの背中は揺れていた。うつむいてるを覗きこんで見ると、その口は笑ってて・・・
「あなたはいつも助けてくれるのね」
目を細めてつぶやき、ぽつりとひと筋の涙を落とし、その涙ごと俺の肩に身を寄せた。
その細い背中がまだほのかに揺れているのは、笑ってるからなのか、泣いてるからなのか、分からないけど。
「・・・」
今まで、きっとひとりで泣いてきたが、俺の見えないところで悲しんできただろうが、こうして俺のそばで、俺の腕の中で涙を流している。
それはとても、とても、幸福だった。
はそのままみんなと一緒に病院に泊まり、俺は家に帰った。
家に着くと母さんは起きて待っててくれたけど、細かいことは明日でいいから今日はもう寝なさいと言ってくれて、そうしてとてつもなく長く感じた一日はようやく終わったのだった。
「あらここも。もうそろえちゃおうか」
「はい」
翌日、母さんはまだ俺が寝てる間に病院を訪れ、心配していたの安否が確認できてホッと息をついていた。母さんはうまく警察をごまかして、今回の一件をすべて丸く収めてくれた。さすがだ。
「まったく、こんなに傷作って髪ダメにして。女の子なんだからあんまり無茶しちゃダメよ」
「はい・・・」
「うん、でも短いのも似合うわよ。私たちみたいな美人はなにしても似合っちゃうから罪よねぇー」
棚の上に置かれた小さな鏡の中で、はふふと軽く笑った。
切り落とされていく毛先がハラハラと床に落ちていく。
は火事で髪先を燃やしてしまっていたから母さんがきれいに切りそろえていた。
「そうだ、さっき思いついたんだけどねちゃん、うちに託児所作ろうと思うのよ」
「託児所・・・?」
「ほら、社員にだって子ども抱えて働いてる人っているじゃない?あれば便利だと思うのよ。研究所の近くに作ってさぁ、ちゃんの家族もみんなそこに住めばいいじゃない」
「え・・・」
思わず振り向いたの頭を、母さんは前に向きなおさせた。
「みんなバラバラに引き取られていくのもかわいそうじゃない。今回のことでショック受けてる子もいるだろうし、近くにいたほうがちゃんも安心でしょ?」
「はぁ・・・」
「それと、学校にも戻りなさいね」
「それは・・」
「退学のことは話しつけてあげるから。この間のちゃんのレポート読んでて思ったんだけどさぁ、ちゃん科学より考古学のほうが好きなんじゃない?」
「え・・・?」
「テクノロジーももちろんよくできてるんだけど、教科書通りっていうかさ、そのほうが仕事になるから選んだんじゃないの?考古学のことは私もよく分かんないけど、あっちのレポートのほうが面白かったと思うのよね、文章に味があってさ」
「・・・」
細い髪にクシをとおしてそろったことを確認すると、母さんは「はい完成」との肩にかけていたタオルを取った。
「今度は誰かのためじゃなくて自分のために勉強しなさい。いい頭持ってんだから」
「・・・」
「アラ、また泣いてんの?意外と泣きムシねぇ」
軽くなった髪ごと母さんに抱き包まれて、は滲む涙を袖に滲ませた。
母さんのそばでがそんなにも脆くなってしまうことを俺は知らない。
きっと俺には見せない涙じゃないかと思う。
だから俺はまだまだ、母さんには敵わないのだ。
それから母さんとは学校に行って、そのまま一緒にうちに帰ってきた。俺は家に帰ってから半日以上寝倒していて、目を覚ましたらちゃんとがいて安心したけど、ずいぶん短くなったの髪に慌てた。
「もうさっそく明日から建てるんだってさ、託児所」
「ほんとにいいのかな」
「いーんじゃない、母さんが言うんだから。うちはそーやって成り立ってんの。あーあ、やっぱ母さんには敵わないよなぁ」
その日の夕食で俺は母さんにの復学と託児所の話を聞いた。俺の寝てる間に、母さんは次々とあっさり問題を解決していて、まったく俺の出る幕なしだ。
俺の部屋のバルコニーの手すりに持たれてボヤくようにそう言うと、隣でがかすかに笑った。また母さんのそれらをがちゃんと受け入れてるから余計にくやしいのだ。どうしてこのを素直にさせることができるのか。どうしてこんな簡単に笑みを引き出せてしまうのか・・・くやしい。
「でも、これを守ってくれたのはあなたじゃない」
「・・・」
今、の手の中には、あのの両親の写真が挟まった赤いパットが握られている。けっきょく、今までを全部なくしたの元に残ったのは、がいらないと捨てかけたそれだけだった。全部なくした今だから、はすべてのいさかいをほどいてそれを素直に手にすることができている。
「な、もらっといてよかっただろ?」
「そういえば、お礼も言ってなかったね」
「なんの?」
「親のこと、いろいろ気にかけてくれたのに」
「・・・いや、それは、俺が勝手にしたことだから」
「心配してくれて、ありがとう。助けてくれてありがとう」
「・・・」
「何回言っても足りないな」
はそう、やっぱりはっきりと俺を見てはくれなかったけど、ありがとうと繰り返した。
「これからだよ、もっと思い出作れるよ。ここでさ、一緒にいっぱい作ろうよ」
俺がそう言うとはやっと俺を見上げ目を合わせて、とても遠慮がちだけど、たしかに笑った。
母さんに見せるそれとは違うんだろうけど。
きっと、俺にだけ見せてくれた心だった。
「でも私、ここには住まないよ」
「・・・えっ!?なんで!?」
「なんでって・・・、もし住むとしても託児所のほうじゃない?」
「ええっ!?いや、だって・・・、そばにいてくれないと、またイザってとき守れないんですけど!?」
「もう守ってもらわなきゃいけないこともないし。自分は自分で守ります」
「なっ・・・!!」
ちょ・・・、何も変わってない!!