01. Summer
窓から差し込む陽光が白いシーツをまぶしく照らす朝、まだ目覚ましのアラームもなる前にトランクスは遠くから聞こえてくる声で目を覚ました。
枕元の表示を見ると時間はまだ7時前。眠気に呆ける頭のまま、体を起こしベッドから出て光が差し込む窓へ近づいていくと、そこから見下ろした庭には朝も早くから駆け回って遊ぶ子どもたちが見えた。家をなくして落ち込んでいた子どもたちも、数日経って無邪気に笑うことができている。その声と姿に、トランクスはまぶしさに目を細めながら笑んだ。
「、もー行くの?」
シャワーで眠気を飛ばし、着替えて下へ降りていくとちょうど部屋から出てきたが玄関に向かっていくのが見えた。ブルマの助力もあって復学し、改めて登校初日を迎えることができたはカバンを背負ってもう出ていくようだ。
「教授にあいさつに行かなきゃいけないから」
「そっか。じゃあちょっと待って、俺も行くから」
「どうして?」
「どうしてって・・・、一緒のとこ行くんだし」
「あなたは早く行く必要ないでしょ」
頬にまだほのかに傷跡が残るはそのまま玄関を出ていってしまう。
「ちょっと待っててって、乗せてくから」
「けっこうよ、ごはん食べたら?」
「なんでだよ、一緒に行くのイヤなわけ?」
「イヤかそうじゃないかと聞かれればイヤね」
「・・・!」
軽く両断され、はカプセルから出したバイクに乗って飛んでいってしまった。立ち尽くすトランクスに出る言葉もない。
自分の家にがいて、同じようにこの家から出てこの家に帰ってくる。そんな自分のテリトリーともいえる距離にいるのにその存在はまったく近くならず、この状況は喜ばしいのかそれとも余計哀しいのか、分からない。
「おいトランクス!勝負しろ!」
「・・・は?」
玄関先で脱力せずにはいられないトランクスの前に走り寄ってきたピスタが力強く指差してくる。見覚えのある紫の道着を着ているピスタは、すでに汗だくで呼吸も荒い。
「10年はえーよ」
「なんだと!やっつけてやる!」
「あーはいはい」
細い腕でパンチを繰り出してくるピスタのそれを指先で受けるトランクスに、子どもの相手をしてやる心の余裕などなかった。
ピスタはこのカプセルコーポレーションに来てそうそう、ベジータに強くしてくれと願い出た。自分の修行が一番の父が相手にするはずないと思っていたトランクスだけど、ピスタが「トランクスより強くなりたい」と口走ったことで、何を思ったかベジータはピスタを鍛えはじめてしまったのだ。まだ日は浅いが、毎日陽が昇ってから暮れるまでまさに血を吐くようなしごきにピスタは耐えている。
「ピスタ、さっさとメシ食ってこい。1時間後に始めるぞ」
「はい先生!」
「師匠だ」
「オス!師匠!」
トランクスの横を通り過ぎるベジータについて、ピスタも家の中に入っていく。その光景にもトランクスはなんだかなぁと思わずにはいられなかった。
トランクスが学校に着くと教室に向かう途中でアボに会った。
校舎に入る前に玄関から見えるカフェでを見かけたらしいアボは、やっと来たんだなと話題を持ちかけてくる。
が突然退学したとうわさが流れたのは約一週間前。もちろん退学から復学までのいきさつを知るのはトランクスだけで、アボにも事情があるらしいとしか話していなかったから、今日が学校に戻ってきたことは大きな話題となっていた。それから考えてみれば、がそんな日に一緒に学校に行きたがらなったのもうなずける。
「てゆーかいいのか?、キュールと一緒にお茶してたぞ」
「・・べつに、いーんじゃないの」
「ほんとにー?なんかいい雰囲気だったぞ?笑ってたぞ?」
「あっそう」
「ほらほら気になってきたー。何話してんのかなー、あいつらどーなってんのかなー?」
「うるさい!」
からかってくるアボを押し離して、ふたりは人通りの多い朝の廊下いっぱいを使って暴れる。そんなふたりの前方からとキュールがこっちに並んで歩いてくるのが見えて、トランクスはアボのうしろえりをつかんでいた手を止めた。
「おはようふたりとも。何を楽しそうに話してるの」
「いや、べつに」
「あれー、髪型違うなーと思ったら切っちゃったのか!分かんなかったよ、美人度増したんじゃねー?」
同じくふたりに気づいたキュールが声をかけてくるけど、隣のはアボに軽く笑い返しただけですぐに教室に入っていってしまった。再三素通りされるトランクスは朝から一度だって笑った顔など見ていないというのに。キュールとは楽しげにお茶をしてたというのに。
「トランクスくん」
「ん?」
「キミ、知ってる?のここの傷のこと」
同じく教室に入ろうとしたトランクスを手前で呼びとめるキュールは、そう自分の右頬を指でなぞって見せた。面と向かえばすぐ目につくの頬の傷跡。
「あ、俺も思った。なんだよアレ、ヒデーな」
「うん、まぁ・・・本人に聞いてみれば」
「聞いたけど答えてくれないんだ」
「なら知らなくていいってことなんじゃない」
「キミは知ってるんだろ?の退学の件と関係あるの?」
「だからあいつのことはあいつに聞けって」
「・・・”あいつ”ね」
キュールはトランクスの言葉を反復して、教室に入っていった。
思わず口をついてしまったが、失言だっただろうか。
けどが言わないことを自分がしゃべってしまうわけにもいかない。
「やっぱお前ら付き合ってんの?」
「・・・さぁ」
「さぁってなんだよ」
「そんなの俺が聞きたいよ」
ぽつりとこぼして、トランクスは教室に入っていった。
は同じ家で暮らしていても、子どもたちの相手をしてたりラボで仕事していたりで、話はおろか一緒にいることすらあまりなかった。あの日・・・空の中で抱き止めたときから、触れてもいない。自分ばかりが近づいた気でいるけど、の態度を見ていると何の自信もない。
「フーン、つまり寸前で足踏みしちゃってんだな」
前のほうの席に座ってるを一度見て、トランクスは窓辺の席にカバンを下ろす。うしろのアボは何かを考え込んであごに手をあてて。
「よし、遊びにいこーぜ!」
「は?」
「もーすぐ夏休みだぞ?このまま幼稚園児みたいなレンアイしてていーのか?心も体も解き放たれる夏だぞ!プール行くか?海もいーな!水着!」
「み、水着・・・?」
「ぼやぼやしてるとまたキュールに強引に持ってかれるぞ!17の夏は一度きりだ、いま決めずにいつ決める!」
「お、おお」
「よしその意気だ!ちゃんと連れてこいよ!」
さー俺はダレ誘おっかなーとルンルン気分のアボの隣で、授業が始まってもトランクスの頭の中には「水着」の2文字がこびりついて離れなかった。
そうだ、季節はまぶしい夏だ。窓の外を見ればどこまでも突き抜けそうな青い空と白い雲が広がっている。気がつけば暑い夏が両手を広げて待っているではないか。
解放の夏、一度きりの17の夏、身も心もぐっと距離を縮める季節!
飛び出せ青春・・・!
その日のランチの時間、トランクスは食事を済ませ図書館にいたをつかまえると真っ先にアボの提案を持ちかけた。頭の中ではすでに一人まぶしい空と白い雲、続く砂浜と波の水しぶきが輝き放っている。
「え・・・、なんでイヤなの?」
「イヤっていうか、夏休み中はほとんど講習入れたのよね。教授にも実験に付き合えって言われてるし、仕事も増やしたいし」
「だって、もうそんな稼がなくていーんじゃ・・・」
「ブルマさんが教会の修繕費まで出してくれたのよ。あの子たちにだってお金かかるし」
「だからそれは気にしなくていいって言ってんじゃん!」
「そうもいかないよ。あなたの家にお世話になるのもケガが治るまでって約束だし」
「それはが勝手に・・・。ってもしかして、うち出てく気!?」
「もっと静かに話してくれない?」
この言いぐさ・・・!
これじゃ距離を縮めるどころか離れていく一方だ。自分はこんなに歩み寄ろうとしているのに、どうしては離れていくことばかり考えるのか。トランクスはその思考がまったく理解できず頭を抱えてしまった。
「まぁ・・・、海は行ってみたいと思うけど・・・」
だけど、うしろで分厚い本を抱えているの言葉を、トランクスは聞き逃さなかった。
「海、行ったことないの?」
「うん・・・」
「え、もしかして見たこともない?」
「テレビとか写真でしか」
「・・・」
その時、トランクスの脳内には再び青い空と波しぶきが弾き飛んだ。
そのままトランクスはの肩をつかんでぐいと自分に向かせ、は落としそうになった本を寸ででつかみ止める。
「行こう!海!」
「でも入らないよ」
「なんで、入んなきゃ海の良さはわかんないよ!俺ついてるから絶対こわくないし」
「そうじゃなくて、水着持ってないもの」
「買えばいいじゃん」
「いらないよ」
「ダメだよ!」
「なんでよ」
「なんでって・・・」
むしろそこが最重要・・・
なのには、頑なに水着なんていらないと言い張った。
「フーン・・・。まぁいーけどね」
「?」
「とにかく海な!決定!」
そうトランクスはから手を引き、足取り軽く図書館から出ていった。
やけにあっさり手を引いたトランクスの真意が分からなかっただけど、それは家に帰った後で、分かることとなる。
「ちゃん水着持ってないんですって?」
「え・・・?」
「ダメよーいい若いモンがそんなことじゃ!さー買いに行くわよー!あたしも新しいの買っちゃおっと」
「あの・・・」
「ついでにごはんも食べてこよっと。ブラも行くー?」
「いくー!」
家に帰るや否や、何を言う隙もなくはブルマに連れ去られていった。
そんな光景をトランクスは自室の窓から見下ろす。
引っ張られていくはその道中でふとこっちを見上げ目があった。
そのにいってらっしゃーいとにこやかに手を振ってやると、はトランクスがあっさり引き下がった理由をやっと悟ったようににらんで、だけど車に押し込められた。