03. The other self

生ぬるい風が吹く夜更け。さして面白くないテレビ番組をぼんやり眺めるトランクスは、もう何度目かもわからないデジタル表示の時計を見やった。表示はもう11時を過ぎていて、そろそろ日も変わろうかという時間帯。

「ベジータったら今日も帰ってこなかったわねぇ、まったくどこ行っちゃったのかしら」

ナイトウェアの肩にバスタオルをかけ、フロ上がりのブルマがぼやきながら部屋に入ってくる。

「ちゃんと父さんの気感じるから大丈夫だよ」
「ピスタくんは?」
「ピスタの気までは分かんないよ」
「あいつに子どもの面倒が見れるとは思えないのよねー。ピスタくんは普通の子なんだからヘタしたら死んじゃうわよ。分かってんのかしら」

ドライヤーを取り出し髪を乾かすブルマは心配だわと何度もくり返す。

ベジータは数日前からピスタを連れて出て行ったまま帰ってこない。おそらくどこかで修業させているんだろうが、ベジータだけならまだしもピスタまで一緒となるとブルマは心配せずにはいられなかった。トランクスや、多少なりとも武術を習っていた子どもを鍛えるのとはわけが違う。ピスタは普通の地球人の子どもなのだ。

「で?ちゃんもまだ帰ってこないの?」
「・・・。うん」

ブルマ同様、トランクスもまた気がかりで寝ることもできなかった。
もまた、まだ帰ってこない。は仕事がある日はまっすぐ帰ってくるが、それ以外の日はずっと学校の研究室や図書館にこもってなかなか帰ってこなかった。ベジータと違って居場所が分かっているから心配ではないのだけど、ここまで遅いと別の心配がやってくる。は教会育ちのせいか夜が強くなく、日付けが変わるころにはパタリと寝落ちてしまうのだ。

「ねー母さん、がまた出てくとか言い出したらちゃんと引き止めてよね」
ちゃんまたそんなこと言ってるの?」
「うん。みんないるんだからうちにいればいーのに、ほんっとガンコなんだから」
「ていうかアンタ、そのくらい自分で言いなさいよ」
「俺が言っても聞かないの!」
「アンタ立場ないわねー」

返す言葉もなくトランクスはぐぅと意気をのみこむ。

「そんなことよりアンタ、ちゃん迎えに行ったら?」
「え?」
ちゃん今バイク修理してるから帰ってくるの電車でしょ?」
「えっ!?なにそれ!」
「知らなかったの、アンタカレシ失格ねー」
「だってアイツなんも言わないんだもん!」

飛び起きて、文句をこぼしながらもトランクスは一目散にかけ出ていく。
夜の街にふわり浮きあがって、つかまえた気のほうへ飛んでいった。


その頃は、学校近くから出ている電車に乗り帰路についていた。空中を筒状に続くエアラインから見える空は真っ暗だけど、眠らない都会の街明かりは道路や高いビルにならってどこまでも続く。

ゆるやかに動いていく電車の中で、はドア口に立ち流れていく景色をぼんやりと目に映し、うとうとと落ちそうな意識をなんとか保っていた。図書館で本を読み始めたときはまだ外は明るかったのに、いつの間にか外はこんなにも真っ暗だった。

そんな、今にも落ちそうなの意識は、とつぜんガタンと揺れた振動で覚まされた。少ない乗客が何ごとかとあたりを見渡すと、先頭のほうで大きな破壊音が響いて車体はさらに大きく揺れた。

「な、なに・・・?」

電車は急停止しようとけたたましいブレーキ音を放ち、は咄嗟にすぐそばのバーにつかまったけど他の客は悲鳴を上げながら車内を転がっていく。ようやくスピードを落とし動きを止めていく電車の窓からは、暗い空に黒い煙が上がっているのが見えた。

やがて静かに停まった電車だけど、今度は次第にぐらぐらと揺れ始める。窓から煙が出ているほうを見ると、電車が通るエアラインのガラスにヒビが入っているのが見え、電車はエアラインのガラスを突き破り外へと傾いていっていた。

「うわぁ!落ちるぞ!」
「キャアアッ・・・」

車内はゆっくりと、だけど次第に傾きを増しどんどんエアラインからこぼれ落ちていく。そのまま電車はガタンと最後の引っかかりを外すと高い空中から地面に急速に落下していった。

「危ない!」
「落ちてくるぞ逃げろー!」

散り散りに逃げていく人たちの上に落ちてくるガレキやガラスと大きな車体。その電車の中では体が浮き上がり落下していくのを感じ、何を思う暇もなくバーにぎゅとつかまって身を固くした。

・・・だけど、落下していた電車は次第にそのスピードを落としてゆっくりと停止した。確実に落ちると頭を伏せていた乗客たちはゆっくり目を開け、どうなったのかとあたりを見渡す。窓の外は、まだ空中のようだ。景色は落下するよりずっとゆっくり地面に近付いて行って、やがて傾いたままゆっくり地に降りた。

「なんだ・・・、どうなったんだ・・・?」

人々が恐る恐る顔を上げると、今は上になっている電車のドアのひとつが外からこじ開けられた。

「大丈夫ですか!」

そこからかけられた声に乗客の人々が寄っていく。
はその声を聞いてすべてが分かり、ホッと息をこぼした。

入口から手を差し出すトランクスは、中の人たちをひとりずつ引っ張り上げ助け出す。はケガをした人に手を貸しトランクスのいるドア口まで連れて行って、電車の中の人たちが全員助けられたのを確認すると、最後に伸ばされたトランクスの手につかまった。

「ケガは?」
「ないわ」

引っ張り上げられ、やっと外に出られる。
まだパラパラとガラスを降らすエアラインを見上げると、どうやら電車がカーブを曲がりそこねた事故のようだった。

「むかえにきてくれたの?」
「え?」

そのままトランクスの手を借り横たわった電車から降りると、トランクスはに振り返り、でも何も返さないからしばらく目を合わせ続けた。

「なに?」
「あー・・・、えっと・・・」
!」

そうしてやっとトランクスが口を開こうとしたときだった。
空から降りてきたトランクスが、慌ててに駆け寄ってきたのだ。

「えっ・・・?」
「なにコレ、何があったのっ?ケガした!?」

一帯の惨状に慌てるトランクスがの頬や肩に触れてくる。
だけどはその目の前のトランクスと、一歩うしろにいる・・・トランクスを交互に見た。その視線に気づいた目の前のトランクスもまた振り返りの視線の先を見やる。

「・・・」
「あ・・・、どうも・・・」
「・・・はあ!?」

目の前にいた、自分と同じ姿をした人間にトランクスは混乱し、なぜかを背中にかばい後ずさった。

「なっ・・・、ええっ?なに、だれっ!?」
「とりあえず、ここから離れたほうがいいかも」

驚き慌てるトランクスと、引き換え落ち着いているトランクス。
あたりから警察や救急車の音が響いてきて、目の前に立っているトランクスは空を見上げて一瞬のうちに姿を消した。には突然消えてしまったようにしか見えなかったが、トランクスはちゃんと空に飛び立った姿を目で追っていて、それでトランクスは逆に落ち着くことができた。まったく得体が知れなかったものが、そういう力を持ったものと判別できたから。

「なんなの・・・?」
「わかんないけど・・・、とりあえず行ってみる」

事故に集まってくる人だかりの中から出ていくと、トランクスはを抱いて空に飛びあがった。高いところまでいくとさっきの自分と同じ姿をした男を再び見る。改めて見ても自分そっくりだ。

「ごめん、会うつもりはなかったんだけど」
「え・・・?」
「俺は、まぁ君なんだけど、なんて言ったらいいかな・・・、同じ年だから未来から来たってわけでもないしな・・・」
「・・・」

未来から来た・・・

それを聞いてトランクスはなんとなく理解した。
昔、自分がまだ赤ちゃんだったころに、未来から17歳の自分がやってきたことを母から聞いたことがあった。

「えっ、じゃあ、人造人間のときにきたっていう・・・」
「あ、そう、それ。それが俺」
「・・・うわぁー」

母から話は聞いていて、疑ったわけでもなかったが、本当にそんなことがあったことにトランクスは衝撃を受けた。どれだけ見てもまったく同じ自分。なのにそれは自分ではなく、今とは違う世界に生きている自分なのだから、本来なら絶対に会うことのない人。

「じゃあまた、タイムマシンで?」
「うん」
「へぇー・・・。、すげーだろ、母さんってタイムマシン作っちゃったんだぞ」
「え?」
「だから、未来の母さんはタイムマシーン作ってて・・・、あーもう、最初っから話さないとわかんないよ。なぁ、うちにこいよ。母さんに会わないの?」
「うん・・・、俺がこの世界に干渉するのはやっぱりよくないから、今回も見るだけで誰にも会わないつもりだったんだ。父さんには会ったんだけど」
「父さんに会ったの?」
「うん、やっぱり気で分かったみたいで来てくれて、悟空さんにも会った。生きててびっくりしたよ、あれからまた大きな闘いがあったんだってな」
「ああ、ブゥのとき?そうだよな、セルのときに悟空さん死んじゃったんだもんな。ていうか父さんたちに会ったんならなおさら母さんに会ってかないと散々文句言われるよ」
「はは。言われるのは俺じゃなくて君だろうけど」
「そーだよ、ヤだからな俺」

さすが母は同じなだけあって、あの勢いで文句を言われることがどれだけ重い心労か共感できた。別の世界から来たトランクスは、そのままカプセルコーポレーションに行くことを合意して、を抱いたトランクスと一緒に夜の空を飛んでいった。