04. Age traveler

二人のトランクスとがカプセルコーポレーションに戻ってくると、もちろんブルマは驚いたが、すぐにその片方のトランクスが約17年前にやってきたあの時のトランクスだと分かった。他人ならまず見分けがつかないふたりだけど、どちらのトランクスも見ていて母のブルマからすれば、雰囲気やかすかな顔つきからふたりの相違は明確だった。

「ふしぎよねぇ、アンタを見てるとすごく懐かしい気になるのに、こっちのトランクス見ててもやっぱりそうはならないものね」
「ボクもです。今の母さんは俺の母さんと同じ年なのに、ぜんぜん違って見えますし」
「そっか、そうよねぇ。もうアンタの時代も平和になったんだし、うんとオシャレしなさいってアタシに言っといてよ」
「はは、はい」

別の未来から来たトランクスとブルマがダイニングテーブルでカップを手に近況や思い出話を咲かせている光景を、リビングのソファに寝転がるトランクスはやっぱり奇妙な感覚で眺めていた。はたから見ればまさにそれはいつもの自分と母の光景なのに、それを客観的に見ているんだから、記憶にないホームビデオでも見てるような感覚で、でもその姿は今の自分。奇妙だ。

トランクスは眺めていたテーブルから目を離して起き上がり、すぐ足元でソファを背に座っているの背中から、がノートに書き留めているものを覗き見た。

「分かった?」
「流れはね」

はうしろのトランクスから、今来ているトランクスのことや別の未来の話、時間の経緯を紙に書き留めていた。だけどその紙にはトランクスが話した話よりもなぜか複雑な公式や難解な計算式が余白にビッシリと埋まっていて、いつになく没頭してるその姿勢はこの世界の歴史やトランクスのことにというより、確実に時空移動に向いているようだった。

、タイムマシンなんて興味あったの?」
「専門的に見たことはないけど、おもしろいじゃない。今じゃ絶対に分からないことよ。それが同じ時代の別の世界では叶ってるっていうんだから、おもしろいわ」
「・・・科学バカ」

うしろでぽつりと暴言を吐くと、はフロ上がりで肩にかけていたタオルを投げつけてきた。

「なんだよ!だったら俺のこともそのくらいマジメに考えてみろ!」
「時間がもったいないわ」
「ひっ・・・!」

ヒドイ、ヒドすぎる・・・!

なのには、トランクスの心的ダメージなどまったく気にすることなく、座りなおしてまた数字やグラフと向かい合った。その温度の違いにトランクスは憤り冷めずも、もうはまったく相手になどしてくれない。

「そうだちゃん、タイムマシン見せてもらったら?」

奥のテーブルからブルマがそう呼びかけて、背のトランクスに頭を拭かれながらも数式に没頭していたは顔を上げた。

「いいんですか?」
「見せてあげてよトランクス」
「はい、いいですよ」

ブルマの提案に表情を明るくして、は中庭でいっかと部屋を出ていくブルマとトランクスについて駆けていった。

中庭につながるドアを開けると、真っ暗だったドーム型の庭にパッと明かりがついて、いたるところにいる動物たちが眠そうに目を開ける。
トランクスは胸ポケットからカプセルを取り出し、ボタンを押して放り投げるとボンと広がる煙の中からタマゴ型の乗り物が出現した。久しぶりにその形を見るブルマはそうそうこんなだったわねと声を上げ、そのかたわらでも、なんだかんだでついてきたトランクスも同じようにそれを見上げた。

「タイムマシン作っちゃうなんて、やっぱり私は天才よねぇ」
「母さん、それ前にも言ってましたよ」
「そうだっけ?」

あははと笑うブルマのそばから歩きだすは、マシンに近寄ってその丸い機体をさらに見上げた。想像もし得ない未知の存在に言葉もなく、目線をめぐらせるうちに、ボディに書きつけられた「HOPE!!」の文字に目を留める。

「けど、これを作ったアタシと今のアタシは同じ年なのにさぁ、今のアタシにはぜったいにコレ作れないもんねぇ」
「ブルマさん、タイムマシンの研究なんてしてましたっけ」
「ま、してないけどさぁー」
「夢は不満足から生まれるものですから、この世界には要らないものなんですよ」
「ま、そういうことね」
「いーなー、俺も未来とか行ってみたいよ」
「解体したい・・・」
「えっ・・・、いや、それはダメです!」

中庭にアハハと笑い声が上がる。
それからはタイムマシンを見つめたまま、言葉も動作も忘れてしまったように立ち尽くした。またずっと遠くまで思考を張りめぐらせているのだろう、口にあてた手の下でその口唇はつぶやくようにわずかに動いているのだけど、もうこうなってしまってはなにを話しかけてもその耳には届かない。

「さてと。もう遅いから寝ましょ。トランクス、部屋用意してあげるわ」
「はい、ありがとうございます」
ちゃんも、今日はそのくらいにしてまた明日見せてもらいなさい。明日も学校でしょ」
「ハイ」
!ほら行くよ!」

ブルマの言葉に返事しつつ動き出さないを、トランクスは引っ張っていこうとするけど、はまだタイムマシンを見上げて動きたくない様子。いつもなら完ぺき寝静まってる時間なのに、知りたい好奇心は何にも勝る。ため息つくトランクスがを肩にひょいと抱き上げると、ようやく意識を冷ましキャアと声を上げたを、担いでそのまま中庭を出ていった。

「仲、いいですね・・・」
「いいんだか悪いんだかって感じよ。付き合ってるように見えだしたのなんてここ最近だしね」
「そうなんですか」

ふたりの声も姿も見えなくなると、トランクスはタイムマシンの側面のボタンを押し、カプセルに戻して胸ポケットにしまった。

「で、どう見える?」
「え?」
「今のあの子が見たくてこの時代に来たんじゃないの?」
「・・・」

中庭を出ていくと、隣を歩くブルマがそう問いかけてきた。
また過去に行こうと思った理由。この時代を選んだワケ。

「たしかに一番興味あったのはこの時代の俺ですけど、母さんや父さんにもまた会えてよかったと思ってますよ。まさか妹がいるとは思ってなかったし、悟空さんが生き返ってたのもうれしいし」
「ま、アイツは生きてても死んでてもまったく変わんないけどね。相変わらず修行ばっかりよ、あたしももう3・4年会ってないわ」
「はは、今日悟空さんに会ったときも悟空さん道着でした」
「でっしょー?ベジータも帰ってこないし、ほんとサイヤ人って勝手だわ」
「こんな平和な時代でも悟空さんが修行してるの見てうれしかったです。俺も、ずっと修行していかなきゃなって思いました」
「そうね、アンタの時代にはもうアンタしかいないしね」
「はい」

仲間もサイヤ人も悟飯しか知らなかったトランクスが、この時代で悟空や父のベジータに会えたことは絶対的にプラスなことだった。どこか不確かだった自分の存在をしっかりとつかむことができたのも、悟空たちのおかげだ。

「あの子もねぇ、前にちょっとは修行しようって気になったみたいで久々にベジータとやってたんだけど、もうボロ負け。子どもの頃のほうが強かったんじゃないかしらってくらいよ」
「そうなんですか」
「完ぺき平和ボケね。とくにちゃんが来てからはあの子ベッタリで、どーもあの子、ホレちゃうとそれしか見えなくなるみたいなのよねぇ。あきらめ悪いっていうか、一途なのはいいことなんだけどさ」
「でも、平和なのはいいことですよ」
「そうだけど、やっぱり育った環境が違えば別人よね。ほんと、アンタと足して割ればいいんじゃないかしら」
「はは」
「おもしろいわよねぇ、同じ子なのにこんなに違うんだから。なんであの子あんなんになっちゃったのかしら」

トランクスも不思議な感覚だった。数ヶ月前に赤ん坊だった自分を見たときはこれが将来俺になるのかと感慨深く思ったのに、今は同じ年、同じ容姿で、だけどいざこうして見てみるとまったくの別人。

「で?アンタはガールフレンドいるの?」
「えっ?いえ、俺は・・・」
「もったいないわねー。平和になったんだから恋人くらい作んなさいよ」
「はぁ・・・。でも俺はまだ・・・、復旧の手伝いとかもあるし・・・」
「アンタちょっとマジメすぎるわよ。今までがんばった分もっとこれからを楽しまなきゃ。若いうちなんてあっという間よー?」
「はぁ・・・」

こんな話題になったとたん、トランクスは照れてしどろもどろになる。こんなところも、同じトランクスでありながら別人だなとブルマはおかしく思った。

「あしたは悟飯くんのところに行くんでしょ?」
「はい」
「悟飯くんもけっこう変わってるからおもしろいわよ。楽しんでらっしゃい。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

空いてるゲストルームのドアを開けて、そのままブルマが先へ歩いていくのを見送ってトランクスはドアを閉めた。

数か月ぶりのこの家。同じように年をとった母。
ずれが大きくなっていった後の知らない世界。
平和で幸せに満ちた時代のもうひとりの自分。

前に来た時とはまた違う、不思議な感覚だった。



時計はもう夜の2時を回り、トランクスですら眠気を帯びる時間帯。

・・・、なんで今日は眠くなんないの?」
「もう寝たら?アナタ起きないでしょ」
「うん・・・」
「ここで寝ないでね」
「・・・」

まだ寝る気配もなくはソファで本に没頭する。がこんな時間まで起きてるなんて奇跡に見えた。その横顔をまっすぐ見ているトランクスは、深夜のクセにこの行動力は何なんだと疑問に思わずにはいられない。

「それにしてもヘンな感じだよな、もうひとりの自分が目の前にいるなんてさ」
「ぜんぜん違うと思うけど」
「どのへんが?」
「話し方とか仕草とか顔つきとか」
「じゃあ俺とあいつが一緒にいてもちゃんと見分けつく?」
「よく見ればたぶん・・・」
「フーン」

ゆっくり口を動かすけど、その目は相変わらず本から離れない。
そんなのそばで、トランクスはその手から本を抜き取りそのまま口付けた。

「じゃーもっと見てよ」

やっぱりもう、少しずつ力がなくなってきてるの目を間近にして、もう一度くり返した。
頬から流れて細い髪に指を通すとまだほのかに冷たく、清らかな残り香がふわり届く。
こうしてそばに居られるようになって、触れられるようになって、心休まる暇がない。
きゅと強く抱きしめると、ことんと肩に身を預けるようになったにうれしさが広がる。

・・・」

胸の鼓動がさざめく。
その形を、感触を、匂いを、肌で感じたい。
もう一度キスをしよう、と少しだけ離れたけど、は目を閉じたまま。
深く長い、寝息が背中を膨らませ戻っていった。

「・・・」

寝るか、このタイミングで・・・!