05. Good morning
まぶしい直射日光が突き刺す窓から逃げるように、トランクスはベッドの奥のほうにかたよってシーツにくるまる。さっきから5分おきに電話の音が部屋に鳴り響いているけどまったく起き上がる気配はなく、それどころかトランクスは不機嫌に枕を電話に投げつけ、受話器はゴトンと外れ落ち音を鳴らさなくなった。もちろん目覚ましのアラームはいの一番に止められた。
「ったく、意地でも起きない気ねあの子」
リビングに薄い日差しが注ぐ朝、内線電話の呼び出し音を切ったブルマがコーヒーカップを片手にため息をついた。
テーブルでは、朝食のヨーグルトをスプーンにすくいたどたどしく口に運ぶブラを、その隣で手伝っているが汚れた口元を拭きとっている。昨夜はみんな眠りにつくのがいつもより遅かったとはいえ、こうしていつも通りの朝を迎えているというのに。
「おはようございます」
「あら、起きたのトランクスちゃん、エライわねぇー。さ、朝ごはんめしあがれ」
朝から眠気を感じさせない、はつらつとした顔のトランクスがリビングに姿を見せると、トランクスの祖母にあたるパンチーがテーブルへうながした。
「ママ、そのトランクスはトランクスじゃないのよ。ほら、トランクスがまだ赤ちゃんのときに未来から来たトランクスがいたでしょ?あの子よ」
「お久しぶりです」
「んまぁー、あの時のトランクスちゃんなの?まぁー、お変わりないわねぇー」
「そりゃそうよ、この子からしたら数か月ぶりくらいなんだから」
「んーでもトランクスちゃんに似てステキで、ママ迷っちゃうわぁー」
物心がつくころにはもういなかった祖母も、トランクスはこの時代に来て初めて会った人のひとり。最初はそのテンションに度肝を抜かされたけど、いくつになっても変わらず明るくほがらかで、トランクスはパンチーの差し出すイスに笑いをこぼしながらありがとうと寄っていった。
「早いじゃない、もっとゆっくりしてていいのに」
「なんか目が覚めちゃって」
「その言葉そっくりそのままあっちのバカ息子に言ってほしいもんよね」
「はは、起きてこないんですか?」
「そうなのよ。あれは完全に起きる気がないわね」
「俺も朝は苦手なんで分かりますよ」
コーヒーを飲むブルマの隣に座ると、トランクスは豊富に並べられていく朝食に手をつけた。
「ちゃん、お茶いれてあげて」
「はい」
「あ、俺自分でやりますよ」
「いいですよ」
ブルマの正面に座るは、立ち上がるとカウンターの上のポットからお茶をカップに注ぐ。それをテーブルに置こうとすると、奥のブラがイスの上で立ち上がり、が持つカップを欲しがるものだから気をつけてねと渡した。
「はいどおぞ」
「あ、ありがとう」
ぷるぷる震える小さな手で、カップが危なっかしくテーブルの真ん中に置かれる。トランクスは立ち上がり、そのカップを大事に受け取った。ブラは最近、人のやることをなんでも真似したがる。
「ブラちゃん?」
トランクスが小さなブラを眺めて言うと、ブラはありがとうと言われたと思ったのか、手を口にあてて照れるように笑った。
トランクスには初めて見る、妹のブラ。髪色は母親のブルマと同じで、母曰く、幼いころのブルマにソックリらしい。父のベジータが死んでいる自分の時代ではぜったいに会えない幼い妹に、トランクスはいとおしさが増した。
その隣で、は左手の腕時計を覗き見て自分の皿を片づけ始めた。洗おうとするとパンチーに止められ、結局いつも通り任せてしまう。
「ちゃん、もうトランクス起きないと思うから学校に言っといてくれる?」
「はい」
「そっか、学校行ってるんですね」
「アンタは行ってないの?」
「俺のところではまだ会社もまともに動いてないですから」
「そっか、そうよねー。それ聞くとなんだかゼイタクだわ。ちゃん、トランクス叩き起こしてきてちょうだい」
ブルマに指示され、は軽く笑いながらハイと部屋を出ていった。
「・・・」
「どうしたの?」
「いや・・・、さんてなんていうか・・・素直な人ですね」
「そうねぇ、まぁ私の言うことにはまずハイ以外答えたことないわね。あの子はここに住んでることも申し訳ないって思ってるから、私の頼み事はなんでも聞かなきゃって思ってるんでしょうけど」
「なぜですか?」
「いろいろあってね、あの子ずっと育ってきた家なくしちゃったのよ。両親も、あのセルのときに殺されちゃってね」
「え、セル・・・!?」
「そ。それで今までなんでもひとりでやってきたもんだから、人に頼るってことが許せないのよね。だから私たちがなんでもないって思ってても、あの子からすればすごく迷惑っていうか、世話かけてるって思っちゃってるみたいよ」
「へぇ・・・」
トランクスにとっては、別の世界の自分の「恋人」という、なんだか見てはいけないもののような存在で、あまりしっかりと視界に入れることができないでいた。けど、「セル」と聞くと不意にその存在は自然と頭の中に入り込んできた。
「ダメです、起きません」
しばらくして、朝食を食べ進めるリビングにが戻ってくる。
その口調は抑えながらも怒りやら呆れやらが混ざっていて、トランクスを起こそうと苦労したのがうかがえた。
「しょーがない子ね。いいわよ、ほっときなさい。1日くらい休んでも大丈夫でしょ?」
「出席日数はともかく実施単位は分からないですね。とりあえずレポートはあずかってきましたけど、実験に参加しないんじゃ」
はテーブルまで戻ってくると、手にしていたディスクをカバンに入れ、また一度腕の時計を確かめる。そろそろ出ないと間に合わない時間だった。
「そうだ、トランクス、アンタ行ってきたら?」
「えっ?」
ブルマの発想に、隣のトランクスも、カバンを背負ったも驚き見返した。
「アンタ学校行ったことないんでしょ?楽しいわよー、同じ年の子がいっぱいいて」
「いや、でも・・・」
「ちゃんと同じクラスだからヘーキよ。ねぇちゃん」
「いや・・・どうでしょう・・・」
「悟飯くんのとこは夜行けばいいじゃない。ね、そーしなさいよ」
ポンポンとトランクスの肩を叩くブルマは笑ってそのまま部屋を出て行ってしまう。あれはどう見ても楽しんでる顔だ・・・とトランクスは確信した。
「えっと、俺が行っても、大丈夫ですか・・・?」
「うーん・・・、はい、たぶん・・・」
「さんに迷惑じゃないですか?」
「いえ、そんなことは」
ブルマのいきなりの発案だったけど、学校と聞いた時からトランクスはどんなものか少なからず興味は湧いていた。今まで一度も行ったことがないし、多くの同じ年の人と一堂に会したこともないし、何よりいつも熱心に研究をしてる母を見てきたから「学ぶ」ということにも興味があった。
そうして、まったく起きようとしないトランクスの服とカバンを借りて、トランクスはと一緒に学校に向かうこととなった。
「どうやって行きましょう、私エアカーの類は運転できないんですけど」
「俺運転しますよ。あ、でも車は・・・、母さんに借りれるかな」
トランクスはブルマを探してエアカーを借りたいと頼み、持ってくるから玄関で待ってなさいと言われふたりは玄関へ歩いていった。
外に出ると、トランクスはふと感じ取って空を見上げる。
目を上げた空の先からベジータが飛んできて、腕にピスタを抱えて家の前に降り立った。
「父さん、すいません、お邪魔してます」
「ああ」
歩いてくるベジータとトランクスは、きのう来てすぐに一度会っていた。その時はもうすぐに帰ると言ってしまっていたから、結局家にいることにトランクスは思わず謝った。ベジータのことだから気を感じ取って分かってはいただろうけど。
「ベジータさん、おかえりなさい」
「こいつを寝かせろ」
「あ、はい」
のそばまで来るとベジータは脇に抱えていたピスタをどさっと渡し、は慌てて抱きとめた。ベジータがそのまま中へ入っていくと「やっと帰ってきたのー?」とブルマの高い声が響いてくる。
粗野に扱われてもまったく起きないピスタを抱きなおして、は家の中へ戻っていった。よほど疲れて眠っているのか、あまりに壮絶なことがあって気を失ってるのか、身動き一つしないピスタは服も体もボロボロだ。
「はいトランクス、これでいい?」
「あ、はい。母さん、あの子は・・・?」
「ああ、あの子はまぁちゃんの弟みたいなもんかな。ベジータの弟子よ、弟子」
「弟子って・・・、父さんが?」
「普通の子なんだけど、なんでだかアイツ張りきっちゃってるのよねー。トランクスがあんまり修行しないから、強くなりたいって慕ってくるあの子がかわいいんじゃないかしら」
「へぇ・・・」
トランクスが前にこの時代に来た時、一緒に修行しようとしてもなかなか相手にしてくれなかったあの父が、地球人の男の子を育てている。トランクスは、きっと母さんに話しても信じられないと言うだろうなと思った。
「そうだトランクス、帰ってくるときちゃんとちゃんも連れて帰ってきてよね」
「え?」
「あの子ぜったいタイムマシンのことで頭いっぱいだから。没頭すると他のこと何にも見えなくなっちゃうのよねー」
「はは・・・、母さんみたいですね」
「あら、私はちゃんと家でやるからまだマシよ」
じゃあよろしくねと家の中に戻っていくブルマと入れ替わりに中からパタパタとが戻ってきて、トランクスが運転するエアカーは空へ浮き上がり飛び立っていった。
「俺、勉強わからないですけど、大丈夫ですかね」
「最初の授業さえ乗り切れれば、あとは体育と実験ですから」
「体育って何するんですか?」
「好きな競技選べるからできそうなの選んだらいいですよ」
「なにか、気をつけなきゃいけないことってありますか?」
「強いていうなら、話し方ですかね」
「話し方?」
「他の子にはもう少しラクに話したほうがいいと思います」
「あ、はい、気をつけます・・・」
今日の日程や仲のいい友達の話を聞くうちに、トランクスの心は弾んでいった。
隣では、まだどこか不安そうだったけれど。
「このまままっすぐでいいですか?」
「もう少し西のほうへ」
「はい」
太陽はまだ、昇り始めたばかり。
ゆっくりと左に曲がって行くエアカーは一路、トランクスとが通う学校へと飛んでいく。