08. Dilemma

翌朝、リビングルームに顔を出しおはようございますと声をかけると、きのうと同じようにブラの朝食を手伝っていたが振り向き同じ挨拶を返した。その表情はもう元の通りだなとトランクスは思う。

昨晩、ブルマに頼まれを部屋まで呼びにいったトランクスは、教えられた部屋の壁やドア口が壊れてるのを見つけ、何ごとかと急ぎ駆け寄った。
目線の高さあたりに叩きつけたような跡。こんなことができるのはもうひとりの自分しかない。そう思いながらトランクスはふと小さなの気を感じ取り、廊下の明かりが丸く床に差し込んでるだけの真っ暗な部屋の中を覗き、すぐそこにいたを見つけた。

暗い中で、は壁に背をつき立っていた。声をかけると、それを聞き取り静かに振り返る。トランクスは何があったのかと壊れたドアを見ながらさらに問いかける、けど、はトランクスを見上げたまま、何も返事をよこさなかった。

暗さでその表情は読めない。けど、は見失いそうなほど静か。そんなに不穏を感じ、一歩近づきながらまた声をかけると、はやっとなんでもないと口にした。
それからブルマに謝らなくてはと部屋を出て明るい廊下を一緒に歩いていくは、その日見てきたままのしっかりとした顔つきで、今一瞬のような違和感はもうなかった。

「トランクス、悟飯くんよ」
「え?」

朝食の並ぶテーブルによっていくと、コーヒーを飲みながら誰かと電話していたブルマが受話器を差し出してきた。耳にあてると、そこから懐かしい声が聞こえくる。

「はい、トランクスです、お久しぶりです悟飯さん」

懐かしいですねと言う悟飯は、声だけじゃどっちのトランクスかわかんないなと笑った。

一度前にこの世界で見た悟飯はまだ幼かったけど、今はもう17年の月日を経てすっかりおとなの声になっていた。その声はまるで数年前までそばで聞いていた声そのもので、胸にじわりと響いた。トランクス”さん”と言われるのは、とてもくすぐったいけれど。

「悟飯さんたちのおかげです。まだ元通りの生活には時間がかかりますけど、きっと良くなります」

ブルマから、この世界で悟飯は学者になっていると聞いていた。自分の世界では闘い方を教えてくれた悟飯だけど、それでもヒマがあれば本を読んだり母のブルマにいろいろ教わったりしていた気がする。きっと世界が平和だったなら、悟飯は闘い方より勉強を教えてくれていただろう。

「はい、じゃあ昼ごろに行きます。・・・え?さんですか?はい、います」

今から出かけるけど昼には帰ってくるよと教えてくれた悟飯に合わせて昼ごろに家を訪れることを決めて、そのまま電話を切ろうとすると、悟飯が思い出したように声を上げはいるかと聞いてきた。は自分の名前を聞きつけこっちを見上げていて、テーブルの向こうのに電話を渡すとは悟飯と話しだした。

さん、悟飯さんとも知り合いなんですか?」
「前にみんなで遊びに行ったことがあって、そのとき一度だけね。悟飯くんは古代生物とかも研究してるから話あっちゃったみたいよ」
「へぇ」

しばらく悟飯と話していたは、電話を切ると子機をカウンターの上に戻した。

「悟飯くんなんて?」
「悟飯さんの大学の教授と一度会わないかって」
「あらよかったじゃない、悟飯くんの紹介なら専門の学者なんでしょ?」
「はい」
「じゃあさんも一緒に悟飯さんの家に行きますか?」
「いえ、今日は仕事もあるので。日にち決めてまた連絡くださるそうです」
「仕事?」
ちゃんはうちで仕事してるのよ」

話しながらは食器を片づけ、足元に置いていたカバンを背負う。
時計を見ると、きのう一緒に家を出た時間より少し早かった。

ちゃんもう行くの?」
「ピスタの様子見てから行きます」
「あ、そうね、もう起きてるかもしれないわね。それよりうちの息子はまた起きてこないわねー」

きのうの朝ベジータと一緒に帰ってきて以来、ピスタはごはんも食べずに寝続けていた。一体どんな目に遭ったのか誰も想像がつかないが、生きて帰ってきただけマシだと誰もが口をそろえて言った。

そのままが出ていくと、ブルマはまた電話を手に取った。しばらく呼び出し音を聞いていたブルマが起きてるの?と話しだし、早くごはん食べなさいと言っていたから、いまだ姿を見せないトランクスも今日は起きてくるようだった。

「顔合わせづらいのかな、さん先に行っちゃいましたよ」
ちゃんはいつも先に行っちゃうわよ。一緒に行くことのほうが少ないんじゃないかしら。雨の日くらいよ」
「あ、そうなんですか・・・」
「まぁトランクスが起きてこないのは顔合わせられないからだと思うけど。ちゃんにあんなに怒ったの初めてだろうし」

昨晩、に聞いてトランクスが壊したドアを見たブルマは、壁はともかくドアを直すには2・3日かかるだろうと言った。その間べつの部屋に移れとに言ったけど、は開いたままでもかまわないからと断っていた。人生の大半を大人数で生活してきたにとってドアが閉まらないことなどさしたる問題ではなかったから。

「やっぱり俺が余計なこと言ったからですよね。ドアも、すみません」
「アンタが謝ることないでしょ、アンタは気にしすぎなのよ。べつにあの子がモノ壊すことなんてめずらしいことじゃないんだし」
「え?」
「壁まるまる穴開けたこともあったし、窓も何枚割ったかわかんないし、屋根突き破ったこともあったわねー。まぁ今はそんなことないけどさ」
「なんでそんな・・・?」
「なんでって、そのくらい普通にあるでしょ。私もアンタたちくらいのときはイライラしてモノにあたることなんてめずらしくなかったわよ。アンタはなかったの?」
「俺はそんなこと・・・」
「アラ。まぁアンタは反抗期どころじゃなかったしね。でも年頃の子にはよくあることでしょ、それがあの子は人より規模がおっきいだけよ。直せるものしか壊さないんだからかわいいもんよ」
「・・・」

トランクスは昨晩の出来事をとてもたいへんなことのように受け止めていただけに、ブルマが壊れたドアを見てもたいして慌てずにいたことが不思議だった。だってやろうと思えば街のひとつやふたつ簡単に壊せちゃうんだから、と話すブルマの言い分はもっともだと思うけど、トランクスの心の中には微妙なズレが生じていた。

自分が持っている価値観。ある世界でこうも違う常識。
何が正しいとも、どちらがいいともいえないけど。

「あ、起きてきた。アンタ急がないと遅刻するわよ」

ブルマも食事を終えたころ、ようやくトランクスがリビングルームに姿を現し、何も答えずにカバンを床に落として空いてる椅子に座った。

「おはよう」

トランクスがそう声をかけると、パンチーが持ってきた朝食に手をつけ始めるトランクスは生返事をした。・・・思えば、いちばん興味があったはずの”この世界の自分”なのに、ここにきてからあんまりまともに話したこともなかったことに気づき、トランクスもそれ以上言葉が続かなかった。朝だからか、きのうのことのせいか、目の前のもうひとりの自分は、自分がしたこともないような雰囲気を背負っているし。

「アンタ、いつまでもそんな顔してないの。せっかくこの子が来てるのにもったいないじゃない」
「いえ、俺のことは・・・」
「だって普通はありえないことよー?話すこととか聞きたいこととかあるでしょ。とくにアンタはこの子の世界のことをもっとちゃんと知るべきよ。きっとアンタがそーやってウジウジ悩んでることなんてバカらしくなるから」
「母さん・・」

カチャン、とスプーンから手を離して、トランクスは足元のカバンを取ると立ち上がりいってきますと部屋を出ていった。もう食べないのと心配するパンチーがトランクスを追いかけていくけど、やはりそのまま出ていってしまったらしい。

「余計怒らせちゃいましたよ」
「いーのよ、とことん悩み苦しむがいいわ。ほら、あの子ってやっぱりこういう時代に生まれたからさ、いちいち悩みがちっさいのよ。もっとドーンとした子になってほしいのよねぇ、母親としてはさ」

だからほんとはもっとアンタとじっくり話してほしいんだけど。
ボヤくように言うブルマの隣で、そんなものかなとトランクスは考えた。
自分と話をしても別段得るものはないと思うのだけど。

「そうだ、忘れてた。きのうアンタが学校行ってる間にクリリンくんから電話がきたんだった。悟飯くんちは昼からなんでしょ?その前にクリリンくんのとこにも寄ってあげてよ」
「はい、そうします」
「あ・・・、でも大丈夫かしら、アンタ・・・」
「何がですか?」
「クリリンくんのとこには18号さんもいるのよね」
「えっ?な、なぜですか?」
「あのふたりあれからくっついちゃったのよ。マロンちゃんっていう子どももいるしね」
「ええっ?」

驚くあまりトランクスは手にしていたハシを落としそうになる。
ここに来て、やっぱり変わっていたことは多分にあっていろんなことに驚いてきたけど、今のもまた驚いた。

「そ、そういえば・・・、セルゲームのあと俺が生き返らせてもらったときも天界にいたっけ・・・。クリリンさんが助けて運んできたって・・・」
「クリリンくんも気にしてたのよね、アンタは会いたくないかもしれないから、アンタの判断に任せるって」
「はぁ・・・。同じ人造人間でも、この世界と俺の世界では少し違ったっていうのは分かってますけど・・・、複雑といえば複雑ですね・・・」
「うちでパーティーするときもよく来るし、普通よ、アタシが言うのもなんだけどさ。ま、ムリにとは言わないけど」
「いえ、行ってみます・・・。それがこの世界なら知っておきたいし」
「アンタ・・・エライわねぇー。アンタ見てると、アンタの世界のアタシがいかに幸せかよくわかるわー」

ブルマがやけに感心した目で見てくるから、トランクスは動揺しながらもありがとうと返した。キッチンからはパンチーがたくさん食べてねとどんどん朝食を運んできて、ニコニコとうれしそうに見てくるからその全部をたいらげた。

少し雲が多いその日、トランクスは出かけようと家を出る。
すると庭にベジータの姿を見つけ、その隣には汗だくで腕立て伏せをくり返してるピスタも見え、本当に修行させてるんだと思いながら寄っていったトランクスはしばらくそれに付き合い、その後カメハウスへと飛んでいった。