13. Recovery

宙に浮かんだ機体が消えた空は次第に青みを増して、暑くなりそうな予感をさせた。

「ちょっと、痛・・・」

汚れてしまった服を着替えてきなさいとブルマに言われトランクスは部屋に戻っていき、新しいシャツに袖を通すとが救急箱を持ってやってきた。するとトランクスはそのを見るなりつかまえて、口をごしごしとこすりつけた。

「まったく、人よさそうな顔して油断も隙もない」
「は?」
「人の彼女にキスするなんて・・・どんな教育受けてんだっ」
「・・・」

ブツブツと文句を言うトランクスは不機嫌だけど、ここ数日のそれではなかった。
体中をむしばんでたような不満は、壊れた壁の外に吹き流れていく風と一緒に溶けていったよう。

「してないよ」
「え?」

救急箱を開けてガーゼに消毒液をしみこませるは、ソファにトランクスを座らせ傷ついた口元にそっとあてた。滲む血を柔く丁寧に拭き取っていく。

「だってアイツ・・・。じゃ、ウソだったの?」
「最初はアナタだと思ってたんだけど」
「アイツやっぱ俺のフリして・・・?」
「最初だけよ」
「・・・なんでわかったの?俺じゃないって」
「だってやさしかったから。思いつめてるときのアナタってもっと痛いもの」
「・・・」

もっと愛情あふれた答えを期待していたトランクスは、その返答に返す言葉もなく小さくゴメンナサイとつぶやいた。
気持ちをセーブすること、力をコントロールすることを覚えなさいと母からダメだし食らったばかりだというのに、いまだ成長の兆しが見られない。

簡単に手当てをするも、痛んだ箇所の回復はさすがに早く、もう痛みも治まっていた。
道具を戻し救急箱を閉めるは、上着を着るトランクスの前で壊れた壁を見る。

「また母さんに怒られるな」
「そうでもないんじゃない?修繕費はお小遣いから引くって言ってたし」

ゲッ、と表情をゆがめるトランクスは、もうすっかり元のトランクスに戻っていた。
出来ればこんなときに、もっとあのトランクスと関わらせてあげたかったとは思う。

「でももしかしたらアイツの未来にもがいるかもしれないよな」
「いないんじゃないかな。どの世界でも生き残れない人は生き残れないのよ」
「生き残ってるじゃんは!」
「それはドラゴンボールがあったからで、その未来にはもうないんでしょ?」
「そーだけど・・・いたらいーなって思っただけ!」
「いたってアナタには関係ないじゃない」
「そーだけどさ」

アイツもたぶん、のこと、ちょっと好きになってたんじゃないかって、思うんだよな・・・。

「でもやっぱりあの人はアナタなんだって思った。考え方や雰囲気はぜんぜん違うけど、真剣な時の表情はやっぱり同じだったし」
「俺はあんなに素直でも純粋でもないけど」
「同じよ。あの人にはすぐ怒ったり不満ぶつけたりするアナタは素直で純粋に見えたんだし」
「それってぜんぜんいいことじゃないよな」
「どうかな。彼にはアナタのそういうところがうらやましかったりするし、そういうところが彼の素直じゃないところだったりするんだろうし。どっちがいいって言うこともないと思うよ」
「なんか、ずいぶん理解してるんだな・・・」

眉をひそめるトランクスの顔にはまた不満がにぞむ。
今さらヤキモチ、というわけではないけども。

「彼の世界や彼の気持ちを聞くと、考えさせられることはたくさんある。分かったところでどう役立てるわけでもないけど、どんな物事にも必ず理由があって、それには必ず人が関わってるのよ」
「うん?」
「彼の場合はとても特別だけど、知らない世界を知るには人が残した片鱗を調べていくしかなくて、それには数字や方程式だけじゃなくて、人のことをもっと理解しなきゃいけないの」
「・・・何の話?」
「考古学は、興味はあったけど、必要ないって思ってた。過ぎたことを掘り返すことより先に役立つ研究をすべきだと思ってたし。でも今は、物事の起源をたどることも先に必要なことだと思える」
「・・・」

壊れた壁から差し込む光をまぶしげに見る、めずらしく多弁なの、言いたいことが伝わった。
はそっと顔を正面に戻し、目の前のトランクスを見上げ。

「アナタが私にそうして見せてくれたの。アナタが私の、私も知らないことを教えてくれて、理解してくれたことが、やっぱり私に必要なことだったと思うの」
・・・」
「だから私は、アナタはアナタでいいと思う。アナタがいてくれて、よかったと思う」
「・・・」

静かに、まっすぐに。こんなに穏やかに目を合わせられたことがあったかな。
いつもすぐによそへ、いつでも次へ次へと向いていたようなその目に、自分が映っている。

はそっと手を、トランクスの肩に伸ばし体を寄せた。
触れることには慣れてきていたけど、からそうしてくることは初めてで、小さく動揺してしまうけど、震えてるような手をの背中に添わせ、抱きとめた。

「ねぇ」
「ん・・・?」
「私って、アナタのことなんて好きじゃない・・・みたいに見える?」
「え?」

背についた手から鼓動が伝わってくる。
自分でした行動が恥ずかしいのか、キュと肩に顔をうずめて。

「・・・そんなことないよ、がこうやってうちにいて俺のそばにいてくれるのは、特別なことだってちゃんと分かってるから、俺」

そりゃあちょっとは、揺れたり疑ったりもしたけど・・・。
もうそんなことない、と強く、しっかりと抱きしめた。

「ブルマさんが言ってたの。人は大事なものでも気分次第で壊してしまえる時があって、それは物だったり人だったり国だったりする。アナタはそれが人より大きいだけなんだって」
「うん・・・」
「だからもし、何かを壊したくなったら、一番最初は私にして」
「え?」

トランクスは腕の力を解き、を見る。

「なに言ってんの、そんなことあるわけないよ」
「そう?」
「ないって、はもうドラゴンボールでも生き返れないんだから、何が何でも俺が守るんだから」

大事なものは死ぬ気で守らないと・・・
あれは、無くしたことがある人にしか言えない言葉。
それを教えてくれた。
後悔だけはしてはいけない。この力は誇示するためじゃなく、守るためにあるのだから。

「そうだったね」

そう、目の前では笑った。
なんだか久しぶりな、感じられる距離。そばにいられること。その目に映れること。触れられることを、いままた実感する。まさか、壊したくなんてない。
するとは時計を見上げた。そろそろ学校に行かなくてはいけない。

「待って、もうちょっと」
「ん?」
「もうちょっとだけ・・・」

立ち上がろうとするを、回した腕を再びぐと強め引き止める。
もう少し、もう少しだけどうかこの余韻を・・・

「でももうこんな時間」
「じゃあ、1回だけ、キスだけさせて」

懇願するトランクスにふと吹き出して笑うは、また肩に手を置きそっと額に口づけた。

「・・・」

思わず手の力が抜ける。また少し離れたは少し照れて、でもまた確かに、笑った。
ここ数日、散々不満やら苛立ちやらと闘い続けてきた代償がコレなんだとしたら、それはもったいないくらい、幸せなものに見えた。

額に残った感触と、赤らんだ頬。
熱を帯びる心が壊れた壁に吹き抜けていく風に冷まされないうちに、もう一度。

もう一度。