14. New world
一瞬の光の向こうに青々とした空が現れて、音声が無事元の世界についたことを知らせる。
さっきまで見えていた大きな家や都会の町並みは、土が肌蹴た廃墟が続く見るも哀しい風景になってしまったけど、これが自分の住む世界なのだから、目をそらすわけにはいかない。
「母さん」
「トランクス、アンタどこ行ってたのよ!」
もともとはカプセルコーポレーションの立派な研究所があった場所で、ブルマがひとりでがれきの片づけや掃除をしていた。町の至る所で人々はブルマと同じように、まずは小さなことから復旧を始めている。
「どっか行くなら一言くらい言っていきなさいよ、探したじゃない」
「すいません、心配かけて」
「まぁ心配はしてないけどさぁ。で、どこに行ってたの?」
「うん・・・」
トランクスは3日前、ブルマにも言わずにタイムマシンに乗った。
燃料を作るにも母の苦労がいるタイムマシンを勝手に使うことは気が引けたけど、もし、どうしてそんな時代に行くのかと聞かれたら、うまい答えが返せそうになかったから。
ブルマは作業を止め、トランクスと一緒に家の中へ入っていき、湯を沸かそうとポットを手に取る。
トランクスは俺がやるよとブルマの手からポットを取りコンロに火を付けた。
「フーン・・・、別の世界の、同じ年の自分かぁ。アンタも考えるわね。で、どうだったの?あの世界の17才のトランクスは」
「やっぱり環境も育ち方もぜんぜん違うから、別人みたいだったよ。ちょっとゴタゴタしちゃってあんまり話せなかったし。でも父さんや悟空さんたちはぜんぜん変わってなかったよ、それがうれしかった」
「まーアイツらは何年たっても変わんないわよ。どうせ毎日闘いのことばっかりだったでしょ?」
「はは、うん、平和になっても毎日修行してて、俺なんてぜんぜん敵わないくらいさらに強くなってた。俺、あの時の悟飯さんが最強なんだと思ってたけど、まだまだどれだけでも上があるんだって分かった」
「ほんと信じられないわよねぇサイヤ人って。でも母さんは、アンタはもう好きなことをすればいいって思うわ」
熱い湯を注いだカップをブルマに渡すと、ありがとうと受け取るブルマがそんなことを言った。
やっぱり母には、いろんなことを見透かされてたみたいで、こそばゆく感じた。
まさかトランクスが突然帰ってこなくなったところで身の心配はしなかったブルマだけど、闘いを終えた後のトランクスが日々何かを抱えていくような気配は、感じ取っていた。
「うん・・・、俺も、これからどうすればいいのか分からなくなって・・・。けどやっぱりこの平和が続いてほしいから俺も修行を続けるよ。正直闘いはもう、嫌だけど、今度は悟空さんみたいに強くなることを楽しみたい。そのほうが悟飯さんだって喜んでくれるだろうし、それに、そうあることがサイヤ人だと思うから、俺は父さんの子だって思える気がする」
闘いは決して、楽しいと思えることじゃなかったけど、悟空たちのいる世界で戦士たちと触れ合ったことで、確実に見方は変わった。自分がサイヤ人であること、それを誇っていくことが、この誰もいなくなってしまった世界でもみんなと繋がっていられる方法だと分かった。
「ねぇ、母さんはみんなが生きてる世界をうらやましいと思う?」
「そりゃあねぇ、ずーっと昔から一緒だったし、みんなといるのが何より楽しかったんだもの。でも私、いつでも幸せでいたいのよね。だからどんな世界でだって幸せになってみせるし、みんながどこかの世界で生きてるならそれも面白いと思うわ」
「やっぱり、母さんは強いね」
「なに言ってんのよ、強がりよ。アンタがいなきゃ母さんだってこんなに強くはいられなかったわ」
「・・・」
トランクスは、が言った言葉を思い出した。
”それでもブルマさんにはアナタがいる”・・・。
自分が現実や未来に不安になったり怖く思ったりするように、いつも強い母にだって思うことはあったんだ。だけどそれらを子どもの自分には見せずに、いつも笑っていてくれただけだった。
あの世界での母も、心配はしても、一度もあの世界の自分を疑っていなかった。
傷つくことを恐れず、つらいことも受け入れて、大きくなれと。
いつでも自分は見守られていた。大きな気持ちで受け止めてくれていた。それが母なのだ。
じゃあ、その母を癒せるのは・・・?
「母さんは、父さんに会いたい?」
「うーん・・・アンタが思ってるほど私とアイツって思い出ないからねぇ。アンタの話を聞く限りじゃちょっとはマシになってるみたいだけどさぁ」
「あの世界の父さんはもっと変わってたよ。地球人の男の子に闘い方教えてたり・・・、あ、あと妹がいたよ」
「ええーッ?自分が一番になることしか考えてないヤツだったけど、やっぱ平和は人を丸くするのねぇー」
「そんな父さんになら会いたい?」
「うーん・・・」
ブルマはカップに口をつけ、考えているようないないような笑いをこぼす。
「ま、もし会えるんだとしたら、そんなアイツも面白そうだけど、やっぱり昔の無茶なアイツがいいかな」
「・・・」
なーんてね、とブルマは笑い声を上げるけど、照れているようにも見えた。
少し丸くなった父も、地球人ぽくなった父も、面白いとは思うけど・・・。
「やっぱり母さんには、あの頃の父さんが一番なんだね」
「一番っていうか、それしか知らないしねぇ」
「人を好きになるのって、そういうものなんだね」
「ええ?」
つい1秒前まではまさか、そんな気持ちが生まれるなど思いもしていなかった。
でも、気がつけばひっそりと静かに、心の真ん中に居ついてしまっていた。
最初は、この母があんな父のどこに惹かれたのかまるで分らなかったけど。
理由を求めること自体、まちがってた。
それを探し出したときにはもう、遅いんだから。
「なによ、アンタもしかして、好きな子でもできたのー?」
「え?」
「そんなこと好きな子が出来ないと言えないわよー」
揺れるカップの中を覗いていると、突然ブルマがおもしろがった顔を近づけてくる。
いったい自分が何を口走ってしまったのか、トランクスは数秒前を思い返し考えた。
「そんな、べつに、意味なんてないよっ」
「なーによ赤い顔しちゃって!照れないで白状しちゃえー」
「ちょっ、ほんとにそんなんじゃないから!」
「隠すことないじゃなーい?たったふたりだけの母子なんだからさぁー」
「だから違うんだって・・・、あ、そうだ、あっちの母さんからカプセルをもらったよ!」
顔を赤くしてブルマから逃げるトランクスは、ポケットの中のカプセルを思い出し立ち上がった。
「ほらこれ、母さんにオシャレしてほしいんだって、服とかアクセサリーとかいろいろ入ってるみたいだよ」
「へー、さっすがどの世界でも私は気が効くわねー」
トランクスはポケットからホイポイカプセルを取りだし、ブルマに差し出す。
それに嫌味を感じることなく渡せて、受け取ることのできる母は、やっぱりどの世界でも母なのだと誇らしく思った。
なにが入ってるのかしらねーとブルマはワクワクしながらカプセルのボタンを押し、部屋の奥に向かって放り投げた。カプセルを渡した時の母の様子からして、きっとたんまり服や食べ物が出てくるんだろうなと思っていたトランクスだけど、・・・ボンと煙を出して現れたそれは、壊れかけたこの家をさらに突き破って空高く、まるまる大きな家を一軒出して現れた。
「やっぱり、母さんて・・・」
「あーっはっは!さっすが私、分かってるわぁー!」
コンクリートをぶち破り、崩れてくるガレキからブルマを守って飛びあがる。
トランクスの予想をけた外れに上回ったブルマの行動も、ブルマは大きく笑い声を上げた。
やっぱりどの世界でも、普通なんて言葉じゃくくれない、母は母だった・・・。
いまはまだ使い道のないドレスやハイヒールも、ブルマは鏡の前であてがって大いに喜んだ。
突然現れた大きな家は周囲の人も驚かしたようだけど、豊富に入っていた食べ物は近所の人にも分けて、久々に人々の明るい声がカプセルコーポレーションに溢れた。
「じゃあ母さん、今日は病院のほうを手伝ってくるよ」
「もう行くの?今日くらい休んでればいいのに」
「そんなこと言ってられないよ」
太陽が空高く昇り出し、トランクスは今まで通り町の復興作業に出かける。
がんばって町を戻そうとしている人たちを手伝って、今日はたくさんの食べ物も持って。
町はまだまだ自分たちのことで精一杯で、なかなか機能を取り戻すまでにはいかないけど、人々は確実に笑顔を取り戻し、たくましく未来を歩きだそうとしていた。
きっとこの町は、あの世界の街のように大都会に戻って、人々はまた活気づく。
無くなってしまったものは直せないし、死んでしまった人は戻らないけど。
もう二度と悲しみに遭わないよう願いながら、新しい世界を作っていく。
後悔だけはしたくないから。
この世界の、この平和を守っていく。守れる、自分でありたい。
「あ!もー、どこ投げてんだよぉ!」
「ゴメーン」
てんてん、とボールが足元に転がってくる。
それを拾うトランクスは、こっちにかけてくる小さな子どもを見た。
「はい」
「ありがとう!」
ガレキの中でも無邪気に笑って遊ぶ子どもたち。
ずいぶんと少なくなってしまったけど、この子たちが次の時代を作っていく。
守るべき、たいせつなもの。
ボールを受け取ってみんなの元へ戻っていく頼りない足取りを見送って、トランクスは湧き出る笑顔を携えたまま、歩き出した。遮る高い建物のない町は、風が強く吹き通る。
「行くよー!」
風が渦巻いて、ばさりと髪をさらっていく。
トランクスは、ピタリと足を止めた。止めさせられた。
「・・・」
髪先が舞い踊る中、風が吹いていくほうへ、振り返る。
ボールを遠くへ投げる、小さな手。
青々とした夏の大空に弧を描くボールがキラリまぶしく光る。
まるで太陽のようなそれに、手を伸ばす・・・
もう二度と、触れ合わないはずの。