flower
空はまるで夏のときのまま真っ青だけど、温度は確実に冷えていっていた。
オープンタイプのエアカーの数が減っていき、みんなオシャレに服を重ねていって、短いいまの季節を飛び越えやがてやってくる冬に備えるように。
「トランクスー、今日の夜遊びにいかねー?」
「いーけど」
「ヨッシャ、お前いると女の子の食い付き方が違うからなー」
授業が終わりカバンを担いで教室を出て行く俺とアボの横を、クラスメートがまたなーと手を振り通り過ぎていく。週末の放課後は、普段のそれよりも生徒たちのテンションをくすぐるもの。みんな休日の予定を言い合いながら颯爽と学校を出て行くのだ。
「こないだデートまでこじつけた子はどうしたんだよ」
「聞くな」
「なんだよ、フラれたのか?」
「ちっげぇよ、デートの日に体調悪くなって今度にしましょって言われたの!」
「ウソくせー、確かめたのか?」
「そんなことしねーよ。女のウソは許してやるのが男だって、俺の尊敬するコックが言ってた」
「誰だよ」
「そーゆーお前はどうなんだよ、は結局アレから連絡してきたのか?」
「・・・」
仕返しといわんばかりのアボがニヤニヤ笑ってくる。
そんなアボをフンと見限って、昇降口を出ていった。
「、いまどこにいるんだっけ?」
「北のほうの山奥。人も住んでない雪山でかれこれ3ヶ月」
「はぁー、もの好きだなぁ」
「まったくだよ」
やっぱりは、夏休みの終わりから考古学のコースに進路を変更をした。
選択コースが違えばこの広い学校で会うことはまったくと言っていいほどなくなる。
せいぜい多くのクラスが集まる体育の授業か、ランチタイムの食堂か、が少しだけ残してるテクノロジーの授業で、週に数回見かければいいほうだ。
だけど俺はそんなこと気にしない。
だって家に帰ればいるんだから、そんなのぜんぜん大したことじゃない。
たまに見かけるがおそらくクラスメイトに囲まれやけに楽しそうに話していたとしても、今まで近寄りがたかったが近頃割と話しやすくなったと男どもが噂していようと、あんなにランチ時の食堂を嫌がっていたクセに今じゃ必ずいつも誰かと一緒に食事を取っていたとしても。
周りより遅れているらしい授業を挽回するため毎日勉強や研究に没頭しぜんぜん話す時間を取ってくれなかろうと、休みのたびにどこかに行こうと誘っても仕事があると断られようと、そのくせ悟飯さんに雪山での発掘調査に誘われたら簡単についていっちゃって3ヶ月も家に帰ってこなかろうと・・・、俺は・・・
「あいつ、俺のこと忘れてないよな・・・?」
「忘れてんじゃねー?とっくに」
「・・・」
いやいや、そんなことは、ないんだ。
だってこの間、が雪山に旅立って初めてうちに電話をしてきたんだから。
3ヶ月ぶりに機械越しではあるが声を聞けて、の空気を感じ取れたんだから。
でも、その電話がまた、ものすごくタイミングの悪い電話だった。
あの日はアボはじめ数人の友だちとうちで夕食を食べようということになって、すると誰かがその話を広げてしまって、クラスメイトや同じ研究室の子やよく知らないヤツらまでが一斉にうちに押し掛けてきてパーティー状態になってしまったのだ。
若者が集まれば騒がしいなんてものじゃない。
母さんがまた酒なんか振る舞ったものだからとんでもない大騒ぎだった。
そんな中でかかってきた、1本の電話。
「ハハ、あの日のお前はまるで超レアモノのオークション商品みたいだったもんなぁ。こえーくらい女の子に囲まれちゃってさ、俺ぜったいお前はあの中の誰かに持ってかれるって思ったもん」
「シャレんなんねーよ、俺いまだにあの時の状況夢で見るからな」
「あっはっは!で、はなんて?あたしがいないからって何してんのよー!とか言われた?」
「まさか。ジャマしてごめんなさい、って即ギリ!3ヶ月経ってやっと電話かけてきて、ゴメンとも久しぶりとも言わずに切っちゃったんだぞ!アイツぜったい今の今まで俺のことなんて忘れてたんだ、科学バカが遺跡バカに進化したからな!」
「ん?でもそのセリフだけ聞くと、やっぱ怒ってんじゃないの?」
「え?」
「ジャマしてゴメンなんて、普通イヤミでしか言わないと思うけど」
「・・・いや、ぜんぜんイヤミっぽくなんてなかったよ。ほんとフツーに、ゴメンって」
「素直じゃないからなーは」
「・・・」
そーか・・・、そうかもしれない。
久しぶりに俺の声が聞きたくなって、やっとかけれたのになんだかうちは騒がしくて、3ヶ月ぶりに俺と話せたのに電話の向こうじゃ女の子の声が飛びかっていて。
「ま、とにかく今日はパーっと遊びにいこーぜ!」
「いや、俺やっぱりいーや」
「はっ?」
「そーだよな、やっぱ3ヶ月も離れてたら寂しくなるよ。会いたくなるよ。なのにすぐ電話切らせちゃって、かわいそうなことしたよな」
「おい、お前まさか・・・」
「きっと今ごろなにも手ぇつかないんじゃないかなぁ、3ヶ月も会ってないんだもん」
「そりゃオメーだろ。おい!今日は遊びに行くんだからな!お前がこないと女の子誘えないんだからな!」
「ちょっと俺、雪山行ってくるわ」
「こら!トランクス!」
「来週になっても学校来なかったら先生にテキトーに言っといて!じゃ!」
「待てトランクス!こらー!」
俺はそのままアボの制止も聞かずに走りだし、ホイポイカプセルを投げエアカーに乗って飛び立った。とりあえず一度家に帰って、母さんに一言断ってから行こう。場所は、北のほうへ行けばきっと悟飯さんの気を感じ取れるだろう。
そう計画立てながら家につき、急いで出かける用意をした。
雪山だからな、防寒具は持っていったほうがいいだろう。
いつもより厚手の上着を持って、再び家を出ていこうとした、そのとき。
メイドロボが俺を呼びとめ、悟飯さんから電話だと伝えてきた。
「悟飯さん!やったー、ナイスタイミング!」
『ん?どうした?』
「悟飯さんたちの居場所聞きたかったんだ、俺もそっち行っていい?」
『うちに?なんで?』
「や・・・、悟飯さんたちがどんな研究してんのか見てみたいし、行ってみたいなーって・・・」
改めてどうしてと聞かれると、悟飯さんだけに余計に恥ずかしくなった。
すると悟飯さんは、受話器の向こうでハハと笑った。
『じゃあ次向かう時は一緒に行くかい?』
「次?次って?」
『来週にはまたすぐ戻るから、さんと一緒においで』
「え・・・?悟飯さんいま、どこにいるの?」
『ん?うちだけど?一時帰宅中なんだ、さんそっちに帰ってないのか?』
「・・・」
俺は振り返り、メイドロボにが帰ってきてるのかと聞いた。
『様は1時間ほど前に帰宅しておられます』
「はあッ?」
なんだそれ、早く言えよ!!
俺を呼んでる悟飯さんの声が聞こえてる受話器を持ったまま、俺はエレベーターに駆け込みの部屋へと急いだ。エレベーターのドアが開いて、長い廊下を走って、3か月前までがいた部屋のドアのボタンを押して。
「・・・」
開いたドアの向こう側は光があふれていた。
今朝まではカーテンが引かれ、ずっと薄暗かったこの部屋が。
『おーい、トランクスー』
「・・・あ、うん」
『さんいた?』
「うん・・・」
『じゃあ伝えておいて、次の出発は3日後だから迎えに行くって』
「うん、わかった・・・」
俺は一歩、ゆっくり部屋に踏み入った。
あんなにバタバタ騒がしく走っておいて今更だけど、静かに電話を切った。
部屋の隅に置かれたカバンとテーブルに広がる荷物が、冷たかった部屋に温度をもたらせる。
その部屋のソファに、座ったまま体を横たえ寝てしまっている、がいた。
たしかにの気を感じる。の匂いがする。
「・・・」
傍まで寄って、顔をのぞいてしゃがみ込んだ。
ちょっとの音なんて気にならないくらい寝入ってしまっていた。
たった数か月ぶりのに何の変化があるはずもない。
ちょっと髪が伸びたくらいで、頬に当たってる髪先を指で掬ってみたけど、は目を覚まさない。
の温度がする。
「・・・」
白い頬がオレンジの夕陽色に染まる。拙い呼吸が細い肩を揺らしてる。
疲れてんのかな。ちゃんと寝てたのかな。
ところどころ傷つき少し荒れたの指先に触れそっと指を絡めた。
つい、顔がほころぶ。胸いっぱいに息を吸う。開かないまぶたにキスをする。
ああ、ほんとは、力いっぱいに抱き締めてしまいたいけど。
俺を見て、俺の声を聞いてほしくて、起こしてしまいたいけど。
でもグッとガマンして、拙い寝息をもう少しだけ、守る。
「おかえり、・・・」
目覚めるまでのあと少しが、永劫みたいに思える。
けどその瞬間は、きっと花もほころぶほどの、