forever yours
どっぷり陽の暮れた都には、力強い街明かりが響き渡る。
温度の低いこの時期、澄み渡る空気のおかげで街は普段以上に色彩鮮やか。
「天下一武道会?」
「知らないの?武道の大会だよ。世界中から強いヤツが集まって世界一を決めるんだ」
「聞いたことはあるけど。それがなに?」
「それに父さんが出ろって言うんだよ。試験前だし、オレだってヒマじゃないのにさ」
「じゅうぶんヒマそうよ」
「・・・」
大型エアカーの点検をしているは腰にワイヤーをつけて、普通の人間には高すぎるところで平気そうに仕事をしている。冷たい外気温は吐き出す息を白くするほどなのに、はジャマだからと作業着の上を脱ぎシャツ一枚で細い腕を狭い隙間に差し込んで、小さな部品と機械油にまみれている。
試験で満点取るくらい勉強しっかりやって、毎日夜遅くまで仕事して。
そんなに比べれば、そのうしろで座り込んで雑談を繰り広げてるオレなんてヒマを持て余してるようにしか映らないだろう(いやまぁ、その通りなんだけど)。
「オレ子供の時にも出たんだよね。いちおー優勝したんだよ。まぁあの時は子供の部とかあって、子供の中の頂点だから大したことないんだけどさ」
「ふぅん」
「ふーんって・・・、世界一だよ?世界一」
「だってあなたはその時から強かったんでしょ?」
「そーだけど・・・。でも決勝は悟天とやったんだよ?あいつだってサイヤ人だし」
「悟天君はひとつ下じゃない。他の子とは次元が違うんだし、大人が子供に混ざって試合するよりズルイわよ。目に見えるなぁ、和気あいあいとした子供たちの武道大会で、自分たちだけバタバタ勝ち進んじゃう感じ」
「・・・」
それはまぁ、その通りだけども。
いつまで経っても俺をホメないなコイツは・・・。
「まぁそれは置いといて。見に来るだろ?武道会」
「優勝するの?」
「え?いや、今回はほら、子供の部とかなくなってさ、みんな同じ舞台だし」
「優勝する気ないの」
「気がないわけじゃないけど、父さんも、悟空さんだって出るんだから、そうやすやすと優勝なんて」
「ベジータさんなら優勝くらい当たり前だって言うんでしょうね」
「わ、分かったよ!武道会まで特訓するよ!だから見に来いよな!」
「いつ?」
「来月の連休」
「試験中ね」
「その頃にはもう試験終わってるだろ?」
「考査じゃなくて、研究所に入る試験。月末までずっと続くのよね」
「は?研究所?」
「悟飯さんの大学の教授に勧められたの。研究所に入れば職員扱いで給料も出るし、部屋も用意してくれるって言うし」
「何それ、聞いてないよ!」
「うん。今言った」
「ああ初めて聞いたよ!なんで言わないんだよ!」
またコイツは勝手に一人で決めて一人で先走ろうとしてる!
ほんっと勉強はできても学習能力のないヤツめ、一年前とおんなじだ!
「給料なんてうちから十分出てるだろ!部屋なんていっくらでもあるだろ!」
「・・・」
「なんだよ。お前また今さら出てくとか考えてないだろうな」
「もう、学生じゃなくなるしね。ここで働かせてもらうのもあと少しだし」
「べつにいいじゃん、うちで働いてるから住まわせてるわけじゃないんだから」
「でもそれが一番の理由じゃない」
「そんなのが勝手に思ってるだけだろ。オレも母さんもそんなこと思ってないって、これだけ一緒にいれば分かるだろ」
「・・・」
それでもはしつこく、ほんとしつこく、納得のいかない顔をする。
がうちに住むようになって1年以上が経ち今では家族同然なのに、まだそんなことを考えていたなんて。ほんっとしつこい。
「そもそもうちにはただの居候だっていっぱいいるじゃん。うちはみんなすぐ捨て犬とか拾ってくる血筋なんだよ」
「誰が捨て犬よ」
「うちに住んでるからって義理立てする必要もないよ。好きなことしてろよ、発明だろーと機械の組み立てだろーと遺跡発掘だろーと」
「あなたはどうするの?」
「え?」
「会社、継ぐの?」
「あー」
天井の開いたラボから、遠くに暗い空が見え星が光っている。
渦巻くように降りてくる冷気はこの細い体の温度を奪い、寒さに身をすくめ。
「ま、俺は母さんやおじいちゃんみたいに天才じゃないし、発明家の才能なんてないからな」
みんながよく言う、安泰。決まった将来。用意されているトップのイス。
人はそれを羨ましがったり、皮肉ったり、かわいそうに思ったりするけど。
「俺に出来ることやるよ。経営者の能力もあるかどうか分かんないけどさ」
「・・・そう」
「べつに、仕方ないからとか誰のためとかじゃないからな」
「・・・」
「?」
はせわしなく動かしていた手を留めて、うつむき加減に口を閉ざした。
まさか、俺はすでに目の前にある行く先を歩いていくのに、自分ばっかり好き勝手してられないとか、考えてんのかな。
「じゃあさ、結婚しよ」
「・・・」
俺の「じゃあ」の声でこっちを見たは、その後の言葉に少し目を丸くした。
ー、上の方もチェックしておいてくれー。
しばらく目を合わせたままだったは、オレたちのずっと下の方から投げかけられた作業員の声でゆっくり動きを取り戻して、下に向かって返事をした。そのままは繋げていた腰のワイヤーを取って上へ移動していく。
ああ、まただ。きっとは思ってる。
”そんなこと、そんな風にサラッと言うこと?”って。
オレ自身そんな言葉がこんな簡単に出たことは驚いたけど、でもやっぱり君への想いは、ただただ自然な吐露なんだ。一大決心みたいなものではなく、積もり積もった想いがたかだか言葉になってこぼれ出ただけの。
そんなオレの言葉を、離れていってしまったがどう思ったか分からない。
結婚なんて言葉を口にしたことよりも、むしろのその態度のほうにドキドキしてきた。
すると、ガタンと突然足場が揺れて、俺は伏せてた顔をバッと上げた。
開いた天井から強風が吹きこんで足場もろとも大型エアカーがぐらりと揺れる。
「きゃっ・・・」
風が渦巻く音に混ざって聞き取った小さな声を見上げると、風に煽られ体勢を崩すは足場からその身を吹き飛ばされ、俺はすぐ様飛び立って落ちてくるをドサッと空中で受け止めた。
「危ないな、ザイル付けなかったの?」
「あ・・・」
落ちかけて冷や汗をかくの体は冷気にさらされ続けてひやりとしていた。
腰からワイヤーが垂れ下がっていて、ちゃんとこれを付けていれば風に煽られたくらいで落ちることもなかっただろうに。
「忘れてた・・・」
抱き止めてるの背中からドキドキと逸る心音を腕に感じた。
忘れてたなんて、らしくもない。
寒いのにほのかに色味差す頬も、どこか落ち着かない様子も、いつまでも鳴りやまない鼓動も。
「早く、下ろして」
「・・・」
空中に浮いてるなんて、下の作業員たちに見られでもしたら。
下を気にするを抱いたまま、でも俺はを下ろすことなく、そのまま空へと飛び上がった。
「なんだ、風か?あぶないなー」
「おいー!大丈夫かー!?」
遠い下の方で作業員たちの声が響いてる。
「やっぱ西の都の夜景はいちばんだよな」
「なによ、ちょっと、戻ってよ」
「あ、ほら、月が出てる。サイヤ人って満月見ると変身するんだよ。でっかい猿になるんだってさ。俺はなったことないけど。オレ生まれた時からシッポなかったからなー。やっぱ純粋なサイヤ人じゃないとシッポできないのかな」
「何の話よ、そんなことより、」
「ていうかさむっ。、風邪ひくなよ」
「だったら早く戻ってよ!」
「」
薄着で冷え切ったの体を膝に乗せ、真っ暗な空の中にぷかりと浮かぶ。
ゆらゆら揺れてるまるい月みたいに。
大事な仕事も命綱も忘れちゃうくらい。
らしくもなく、動揺しきりの君がかわいくて。
澄んだ夜にぼんやり輝く街明かりをじゅうたんに。
誰もいない世界でふたり、冷たい体を熱く抱き包みながら。
下がる温度も敵わないくらい、口づける。
君がいればそれだけでいい。君がいれば冬の冷たさも感じない。
昼も夜も、夏も冬も。果てない未来も、夢の中までも。
ずっと、ずっと、ずっと
一緒だ。