Coming home



たまの練習のない放課後はなんとなく手持ち無沙汰で、帰り道でさえボールを手の中でころころ転がしながら歩いてしまう。新生活なはずの高校生も1ヶ月もすりゃ慣れていく。俺の生活の中心は教室より断然体育館だったけど、友達だってフツーに出来たし毎日ゲラゲラ笑ってフザけたりべんきょーしたり出来てる。われながら順調な高校生活だと思うわけだ。


「清田、もう彼女できたの?」
「はぁ?」
「昼休み女の子と一緒にいたじゃん」
「昼休み?・・・あー、」


今日、生命線ともいえる弁当を忘れ絶望の淵に立たされていた俺のところにが弁当を届けてくれた。朝練がある日や、今日みたく自転車で学校に行く日は断然より俺のほうが早く家を出るわけで、そしたらまんまと弁当を忘れてしまったのだ。
俺の教室まで(正確には俺は廊下で寝転んでたから教室前の廊下まで)弁当を持ってきたは俺に感謝と反省を求めたが、日々がんばってる弟に弁当を届けるくらいなんだ、お前もたまには姉らしい素振りを見せてもっと俺をねぎらえ、とビシッと指差して言ってやったら、ぶちキレたアイツはなんと俺の弁当をゴミ箱に投げ捨てやがったのだ。なんて悪行!なんて卑劣!ぐちゃぐちゃに寄れた弁当はごはんもおかずも入り乱れ、文句を言おうと振り返ったが当の犯人はさっさと階段を下り去っていったのだった。

それをどこからか見ていたらしいこいつらは、それをどうしてか仲睦まじく見たらしく、案の定を俺の彼女と勘違いした。とんでもない。俺は彼女にするなら絶対にもっとやさしくて大人しくて笑顔の似合う子にするぞ!


「アレ違う。アレは姉貴」
「あー、アレが!」


俺の自転車をノロノロと漕ぐクラスメートがいきなりケツに乗ってる俺に振り返ったものだから自転車はバランスを崩し大きく揺れ、指先で回していたボールが俺の手から離れていった。俺は急いで飛び降りボールを追いかけて捕まえる。


「っぶねーなぁ、車にでも轢かれたらどーしてくれる」
「ゴメンゴメン。あーアレが清田の姉ちゃんか、もっとちゃんと見ればよかったー」
「は?なんで」
「だってよく聞くじゃん。こないだの人気投票のヤツでさ、お前の姉ちゃんに入れたいけど名前がわかんないってヤツけっこういるよ」
「はぁー?マジで言ってんの?」


とはいえ、そういえばここ最近同じクラスのヤツを始め、全然知らないヤツにまで姉ちゃんの名前を聞かれたことがあった。そうか、それはそういう意味だったのか。(まったく気づかなかった)


「かわいーよなお前の姉ちゃん。いーよなぁあんな姉ちゃんって」
「なんもよくねーよ。アイツあー見えてすぐ殴るんだぞ?態度デケーし、今でこそ少しはマシんなったけど中学ん時なんてヒドかったぜー?家にも帰ってこないで遊びたくってよ」
「うっそぉ、清純って感じする」
「はっはー!今の姿に騙されちゃイカンよ君タチ!あいつは元ヤンだよ元ヤン!女としてサイッテー!」


俺がどんな力説してもこいつらは「そーは見えないけどなぁ」とイマイチ信じなかった。弟の俺が言ってるにも関わらずだ。みんな声をそろえて言うけど、アレのどこがかわいーってんだ。C組のマミちゃんのほーが断然かわいいぞ。

まぁ、たまに学校で見かけるは確かにニコニコして見えるし、日々俺にぶつける悪意に満ちた横柄な態度も振りかざしてないようだ。そこだけを傍から見てればまぁ、かわいいという部類に入るのかもしれない。顔は遺伝子的に悪かない。俺を見てもよくわかるように。


もう何を言っても無駄なこいつらから自転車を奪い、シャーっと漕いで家に突っ走った。家では母さんが晩飯の用意をしていて、ちょうどよく減ってきたハラがグゥと音を上げる。いの一番に食べたかったが母さんに先に風呂に入れと命じられ、制服を脱ぎ捨てながら風呂場へ歩いていく。

熱い湯で火照った体を冷やすために牛乳をゴキュゴキュ飲んでたら、母さんにコップに入れて飲めと背中を叩かれて噴出しそうになった。そんなの言えば分かるのに必ず手が出る。はこの血筋を引いたんだなきっと。


「ノブ、まだ帰ってこないの?」


時計を見るとまだ8時。アイツなら普段でも十分フラフラ出歩いてる時間だ。というかの動向なんぞ俺が知るはずもなく、なんでそれを俺に聞いてくるかも分からない。俺は「しらねー」と気のない返事をしてテーブルの前に座り、ようやくメシにありつき茶碗を母さんに差し出した。


「もう8時よ、どこにいるのかしら。ちゃんと帰ってくるんでしょうね」
「だからしらねーって。メシ!」
「ちょっとの携帯に電話してよ。どこにいるのって」
「あのなぁ、まだ8時だろ。いつもだってこんくらいの時間いないでしょーが」
「いいからしてよ、じゃなきゃごはんあげないよ」
「はーっ?」


なんだ、なんなんだこの交換条件。俺はメシを食うという極自然の生活を手に入れるために姉の帰宅確認をせねばならないのか?それなら自分でよそう!と俺は立ち上がったが、母さんの聖域である台所にやすやすと立ち入れる隙はなく、母さんはメシを引き換えに俺に電話を手渡してきた。

ったく、自分でやりゃーいいだろーが。
ブツブツ文句を言いながらボタンを押す俺の様子を母さんはまったく気にせずに茶碗にごはんをよそっていた。の携帯電話の番号を押し、コードレスの電話が小さく呼び出し音を鳴らすと同時に家の外でガチャンと門が開く音がして、帰ってきたかしらと母さんは俺のごはんをよそうのすら中途半端に玄関へ出て行ってしまった。

完璧グレかける俺はこれでもかと茶碗に米を盛りトンカツに箸を付き立てた。大体母さんはに甘すぎ俺に適当すぎる。だからあいつはいつまで経ってもフラフラと遊びたくり俺を無碍にするのだ。アイツの我侭は俺の気苦労に比例して増長する一方だ。


「なに、電話した?」


やっぱりあの音はだったようで、しばらくしてリビングのドアを開けたは携帯画面を見ながら俺にそう言った。



「まっすぐ帰ってこないときは電話の一本も入れてくださいましオネーサマ」
「まだ8時じゃん」
「母さんに言えよ」


なんのこっちゃと首を傾げるはカバンを置いてテレビの前のソファに座わった。を出迎えに行ったはずなのにより少し後に戻ってきた母さんは、新聞を見てるに「お弁当出しなさいね」とさっきまでの心配なんてなかったように軽く言う。


、今のだれ?感じのいい子ね」
「んー、同じクラスの人ー」


テレビのチャンネルを変えながらは適当な答えを返す。俺のいるテーブルを挟んで台所の母さんとソファのはまるでふたりだけのような空気をかもし出し、真ん中にいるのに俺はまるで存在感がないようだった。


「お母さんアンタの友達で初めて感じのいい子に会ったわよ。仲良くしてる人なの?」
「んー」
「いい子ねぇ、しっかり話すしにこにこして。背もノブより高いんじゃない?」
「んー」
「今度ちゃんと紹介してね?うちに連れてきてよ」
「誰の話?」
「さっき送ってきてくれた人よ、カッコいい子だったわよー」


と同じクラスでにこにこと感じがよくしっかりと話し俺より背が高くカッコいい人。(あ、これじゃ俺よりカッコいいといってるようだ。) が付き合う男を全て知ってるわけじゃないが、そこまで言われると俺にだって想像がついた。というかそれ以外にそんな人はいないと思った。


「なに、神さん?」
「ノブ知ってるの?」
「バスケ部の先輩。なぁ神さん来てたの?」
「あらぁ!じゃあスポーツも出来るのね、いいわねぇー」
「なんで神さんが送ってくんの?一緒にいたのかよ」
「ジンくんっていうの?カッコいい名前ねぇ」
「苗字だよ。おい!なんで神さんと一緒だったんだよ!」
「名前はなんていうの?名前」


俺たち3人の(いや、ふたりの)会話はまったくかみ合わず、ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺とキャッキャ華やぐ母さんに向かって振り返るはうるさいと言い放った。そのままテレビに没頭するは俺たちの会話や質問に一切口出しせずに背を向けたまま。俺は根こそぎ母さんに神さんのことを聞かれ、その人がいかに素晴らしい人かを教えてはやったが、何度に振り返ってもはまったく気にするどころかこっちを見もしない。

・・・なんで、神さんがを送ってくるんだ?


「ノブ」
「あ?」
「きのうのドラマ撮った?」
「ああ、撮ったけど」


の見てる番組がCMに入ったとき、は立ち上がって俺の隣に座り箸を取った。冷めてしまったおかずを母さんが温めなおして、コップにお茶を注ぐに俺もコップを差し出すと、はそのまま俺の持つコップにお茶を注いだ。


「神が見たいって、貸して」
「ああ、うん」
「アンタもどうせ会うでしょ、渡しておいて」
「そりゃ、お前が約束したんだからお前が渡すのが筋ってモンだろ」
「じゃあ出しといて」
「おお」


母さんに用意された温かい晩メシをは別段いつもと変わりない様子で食べる。特に浮かれる様子もなく、無駄に笑いを振りまくこともなく。

まるでいつものだ。何も変わらない。
それだけ、特に変わらない出来事だったということだろうか。


「・・・」


べつに神さんと一緒に帰ってきたからって何がどうというわけではないようだし、それについて俺が何を言うことも思うこともないのだけど、が学校で見せてる顔と家で見せている顔とが違うように、俺だって少しは家にいるときとバスケをしてるときは違うと思う。

だから、なんかヘンな感じだったんだ。バスケという俺の特別な世界で、そこに一緒にいる人が、急に傍にある世界に混ざろうとしてることが、なんかヘンな感じだった。
それがなんなのかも分からないまま、それでもいつもと変わらぬ態度でいるになんとなく安心したりもして。


誰かに聞かれたら100個はいえる神さんの素晴らしいところが、母さんにはその半分くらいしかいえなかった気がする。