Nice guy
「なぁなぁ清田」
部室に顔を出すなり、押さえた口の奥に楽しさを押さえ込んだ先輩たちが寄ってきた。この顔はまたあのネタだなと分かり、俺は頭の奥でため息を吐く。
「神と清田姉が付き合ったって?」
「はぁ、らしいっすね」
「マジでー!」
バスケ部の先輩に関わらず、最近いろんなヤツにそんなことを言われる。そんなの本人に聞けばいいのになんで俺に聞いてくるのか、まったくもって迷惑である。
そもそも俺だって時々あの二人が一緒にいるところを見かけているだけで、姉ちゃんにも神さんにも直接聞いたことはない。たまにを家まで送ってくる神さんを見かけたり、休みの日に一緒にでかけるとが母さんに言ったのを母さんから聞いたりしただけで、俺の情報は他のヤツらと大した違いはないと思う。
それどころか俺にとっては姉、神さんはバスケ部の先輩であるから、他のヤツより俺のほうがずっと聞き辛い立場にあるのだ。複雑な心境なのだ。頼むから俺に聞かないで欲しい。
「やるじゃん神も。海南ナンバースリーの彼女かよ」
「ナンバースリー?ああ、もしかして前の人気投票っすか。・・・スリー!?がナンバースリい!?」
「ああ、知らなかったのか?」
「マママジで言ってんすかっ?ありえねぇ!ありえねー!!」
もうすっかりと忘れていたが、あの校内女子人気投票の紙が全男子生徒から回収されて1週間が経っていた。どうやら体育館の男子更衣室に結果発表の紙が貼りだされているらしい。俺は体育の時間でも教室でさっと着替え更衣室なんてあまり使わないから今一番旬な話題からまんまと乗り遅れていたようだ。
「ちなみに、1位は・・」
「もちろん、3年の相田サキ」
相田サキ。ああ、あの、入学して間もないうちに1位の座をかっさらったという伝説持ちの・・・。
数日前、友達と昇降口で騒いでたときに俺たちの近くを通り過ぎようとした3年の先輩たちにご迷惑をおかけしてしまって、その中にいたやけに目を引くかわいい人がその噂高々な相田サキという人だと、後になって一緒にいたヤツに聞いた。確かに可愛かった。ちっさくて白くてちょこんとかわいい目をしてて、長い髪がサラサラって音をたててるかのようで。ああいうのを可憐っていうんだろうなぁとそこはまぁ大納得だ。
「でも、が3位って、1位からいきなりそんなレベル下がっていいのか?てか学校全体で騙されてるっ」
「お前ってやけに清田けなすよなぁ」
「けなしてはないッスけど、ほんとにアイツは3位なんかになる女じゃないんスよ!」
「んなこと言って、姉ちゃんに近づくヤロー遠ざけてんじゃないのー?」
「はあっ?」
「うわお前シスコン?ダセっ!」
「じょおーだんじゃないっすよ!なんで俺がっ、俺は神さんの心配してんすよ!ああなんだってあの爽やかキングの神さんが、あんなヤンキー女にっ!」
まったく話にならない。なんで俺がから男を遠ざけなければならないのだ。そうは言っても先輩たちは面白いオモチャを見つけたような顔をして「またまたぁー」なんて言ってくるし、じょーだんじゃねぇああクソムカつくっ!!
とび蹴りでも披露してしまいそうな体を押さえつけ、からかう先輩たちの声に堪えていると、部室のドアがガラッと開いて神さんが顔を出した。それによって先輩たちは口を閉ざしわざとらしく俺から離れていく。おかしな空気を悟ったんだろう神さんは、俺の近くまで来てどうした?と聞いたけど、俺はまだハラをググッと押さえつけながらなんでもないッスと答えた。
「清田、この前借りたビデオ、ありがと」
「・・・ああー、はい」
カバンを下ろす神さんは中から取り出したビデオテープを俺に差し出した。前にに言われて貸したビデオだ。
「さっきに返しそびれて、清田に渡しといてって言われたから」
「・・・。あ、はい」
「ん?」
ヘンな間を空けた挙句にヘンに詰まった返答をした俺に、神さんは敏感に気づく。その理由にも。
「ああ、ゴメン。姉にも弟にも清田じゃ会話にならなくて」
「や、べつに謝んなくても」
神さんから受け取ったテープをカバンの中に入れ、そのまま制服を脱いだ。
前から人の口からの名を聞くだけでもヘンな気がしていたけど、それが神さんからとなると格別に違和感で、くだらないと思いつつ戸惑った自分がアホらしかった。
「神さん、姉ちゃんと付きあったんすか」
制服のシャツをハンガーにかけながら、普通に、普通にと言葉を振ったが、神さんはシャツのボタンを外す手を止めて俺に向いた。
「付き合ったっていうか、たまに、帰る時間が合えば一緒に帰ったり、映画行ったりするくらいで」
「・・・」
ダカラソレヲセケンデハツキアウトイウノデハ?
そーっすかーと軽く返事をしながら、かわいいなぁこの人はとシャツを被った。
「しっかし神さんにあのが合うとは思えない。ナンバースリーなんてね、あんなの騙しッスよ、見せ掛けだけっすよ」
「ナンバースリー?ああ、人気投票か。すごいじゃん。本人も驚いてたよ。教室で表彰されちゃってさ、すごい恥ずかしがってた」
「なんっであんな暴君が海南ナンバースリーだなんて・・・。あ、もしかして神さんもに入れました?」
あー、と言葉をにごらせつつもはにかみ笑う神さんは、絶対に入れてるな。あの時マジメな顔して投票用紙見つめてたのも、俺に頑なに教えてくれなかったのも、他の先輩にからかわれてたのも、に入れたのであれば全部納得がいく。あんなお遊びの人気投票で真面目に好きな女に入れちゃう神さんがかわいくてたまらない。
「しかしなんでかなぁ、あいつなんて態度デケーしすぐ殴るし・・・。こないだなんてあいつに借りてたCD俺踏んじゃって、割れちゃったんですよ。それで、ゴメンって言ってんのに、あいつ蹴りいれた挙句買いにパシらせたんすよ?」
「それはCD踏んだ清田が悪いんだろ?」
「そーだけど・・・。謝ってんすよ?許してやるのが姉としての務めじゃないっすかっ?」
「また悪い悪いなんて軽い謝り方したんだろ」
「神さん、俺とのどっちの味方なんスか」
「・・・」
「・・・ね」
いーよいーよ。男のゆーじょーなんて、ホレた女の前じゃ吹き飛ばされる埃より軽いんだ。グチグチいいながらロッカーを閉めて部室を出て行くと、神さんはゴメンゴメンと笑って追いかけてきた。そんな神さんが俺は好きだ。兄ちゃんが欲しいと思ったこともあったし、こんな兄ちゃんだったらもっといい。
「そういえば清田は誰に入れたの?人気投票」
放課後のグラウンドは部活の生徒でいっぱいで、体育館の奥のテニスコートでは結構強いらしいテニス部の声がきゃあきゃあと聞こえていた。体育館の前はバスケ部見たさにいつでも女生徒がたかってて入りづらい。今日もあるその様子を遠めから見ていると、隣で神さんがふと思い出したように言った。
「俺っすか?」
「もしかして姉さんに?」
「な、なんで俺がに入れんすか!ぜぇったい入れねーっすよ!」
「じゃあ誰に入れたんだよ」
「俺はー、あの、1位の人ですよ。相田サキ!」
入れてもおかしくなさそうな、ポッと浮かんだ名前を出した。そうして意気揚々と神さんに向くと、なんと、その神さんの向こうからこっちに歩いてくるテニス部の部員たちの中にその、ナンバーワンがいらっしゃって、ばっちり目が合ってしまったのだ。
少し驚いた風に俺を見てるその人は、その後戸惑いながらもかわいらしくはにかんで、俺は本人に直面してしまった上にモロ呼び捨てにしてしまったことがどうしようもなく恥ずかしくなって、さっと目を逸らし体育館にズカズカ歩いていった。そんな俺にも相田サキにも気づいた神さんは、先を行く俺に追いついて聞かれたかなと言った。あの顔は聞かれたでしょう確実に!
「まぁ大丈夫じゃないか?あんなの遊びみたいなものだし」
「そっすね・・・」
「・・・もしかして本気で」
「ぜんぜんそんなんじゃないっすよ!でもほら、やっぱよか断然かわいーっすね!あれでこそ選ばれる女!さすがナンバーワン!神さんもどーせなら1位の女おとせばいーのに!」
「俺は別にあの人いいと思わないし。綺麗だとは思うけど」
「神さんってば、チョーいい男っすね・・・」
「は?」
神さんだって、この体育館の入り口に群がる女たちに言わせれば王子様のような存在なのだ。男子の人気投票でもあれば確実に上位に食い込んでくるだろう。でも神さんはそれをちっとも鼻にかけないし(気づいてないのかとも思うけど)、こんなにも純でまっすぐでやさしくて、男の俺から見てもいい男だ。俺だって神さん1票投じたいくらいに。
「ただ女のシュミが悪い・・・」
「なに?」
「いえ、べつに」
でも神さん曰く、そんなモテないらしい。そんなわけあるかと思うのだが、でも確かに体育館にいる女生徒の目は牧さんとか他のスタメンとか、とにかく派手なヤツに向いている。そういわれると、大人しく地味な感じの神さんは目立たないのかもしれない。たまに告られることもあるけど、それも試合に出るようになってからだという。
つまり結局人とは、目立つものに目を奪われるのだ。人がいいと思うものをいいものだと思いがちなのだ。だからこういう人気投票は上位の何人かが票を集めるだけで、それ以外は入っても2・3票。
神さんは、と同じクラスになったのは今年が初めてで、つい最近まで話したこともなかったと言っていた。それはつまり、廊下ですれ違ったとか行事か何かでたまたま一緒になったとか、その程度のかかわりしかなくて、それでも神さんはあいつを選び抜いた。
神さんは、俺が欲しいと思うものを持っている。
自分というものを持っている。
俺もそうありたい。こうなりたい。
そう思わせる力がある。
「・・・」
そんな人にこんなに想われてるあいつは、いったい何様なんだ。