Bright
まだ春が過ぎたばかりだというのに、突然夏真っ盛りの温度になったり冬に逆戻りしたりと不安定な日が続いていた。テレビじゃ温暖化だの異常気象だのまくし立て騒ぐ。クーラーの設定温度は28度!なんていっておいて、じゃあスーツ着込んだアナウンサーが喋るそのスタジオは何度なんだよと突っ込みたい。
部屋のテレビを消し、ふとんを頭の先までかぶった。今日は学校も部活も休みという貴重な日。ここ数日の睡眠不足がたたりきのうは日が変わるより先に寝入ってしまった。今日だって絶対に昼過ぎまで起きてやるもんかと思っていたのに、一枚隔てた壁の向こうから目覚まし時計の音が俺の睡眠を邪魔して目が覚めてしまったのだ。
そしてさっきからバタバタとドアが開いたり閉まったり、階段を下りたり上がったりとうるさい物音が続いてる。パタパタパタパタ、廊下を歩く足音がこっちに近づいてくる。
「ノブ、入るよ」
コンコンとドアをノックすると同時にドアが開けられ、まったくノックの意味がなかった。かぶったふとんの外からが「きったない部屋ね」と罵る声が聞こえる。足の踏み場も無い今の俺の部屋も、いつもはもっと片付いているのだ。今はただ、気合を入れて部屋を片付けようという気力が沸かないだけ。
だけど俺は返事をする気にならなくて寝たフリをし続けた。身動きひとつせずにふとんを頭まで被ったまま何の反応も見せずに。
すると、こっちに近づいてくるような足音の後でばさりと被っていたふとんをひっぺ返された。カーテンを締め切った部屋は朝だけど薄暗く、じめじめとした梅雨のような空気が漂っていたのに、ふとんをめくり「いい加減おきなさいよ」と俺を見下ろすは休みなのにもう着替えていて、髪も巻いて化粧までしてるその匂いは初夏の緑のような爽快さを放っていた。
「なんだよ、勝手に入ってくんなよ」
「ねぇ、この前買ってあげたピアス貸して」
俺の話なんてまったく聞き入れないが頼みごとのような脅しのような声で言い放つ。それが人に物を頼む態度か!・・・くらいいつもなら言うんだけど、なんか、喉を通らなくて、頭の中だけで過ぎていった。
「あー、そこの、タンスの上」
部屋の隅にあるタンスをテキトーに指差し、またふとんを被って寝転んだ。は床に散らばるジャンプやらCDやらを飛び越えながらタンスのところまでいって、あったあったと目当てのものを探し当てたようだ。
それは、高校に入学するときにがくれたピアスだ。は耳に何個も穴が空いていて、俺も高校になったら空けたいと言ったら買ってくれたのだ。まだ空けれていないけど。
が俺に何かを買ってくれることは多々ある。誕生日とか、大会で優勝したときとか、MVPに選ばれたときとか。べつに何の理由がなくてもこういう服を着ろと買ってきたり遠出すればおみやげを買ってきたりもする。姉貴風を吹かせておいて、実は貢ぐタイプなんじゃねーかと思っているのだ。
「出かけんの?」
「うん。ねー黒に赤のピアスはヘンかな」
ふとんから少し顔を出し覗いたら、鏡の前でピアスをつけているの後ろ姿が見えた。見たことのない黒の短いワンピースはたぶん、この前ドカ買いしたといってた新しい服だ。
そして今日は、この前言ってた、神さんと出かける日だ。
「・・・スカート短すぎ、ふってー足」
ケッと吐き捨ててまたふとんを被ろうとすると、何かが飛んできてバシーン!と頭に直撃した。ばさりと落ちた重みと音から察するに、ジャンプだ、絶対。
「いってぇな!なにすんだよ!」
「余計なこと言うからよ、もうピアス返さないよ!」
「俺のだろーがよ!」
頭を押さえながら喧々囂々文句を言い合いまくっていると、家の中にピンポーンとチャイムの音が鳴り響いてはピタリと声を止めた。はカーテンを開けて窓を開けるとベランダに出て玄関を見下ろす。どうやら迎えが来たらしく、手を振って部屋の中に戻ってきた。
「神さんにお迎えさせるたぁお前何様だ。大体なぁ、この貴重な休みの日に朝っぱらから連れ出すなんてチョー迷惑なんだぞ。俺らが毎日どれだけ血の滲むような練習に追われてると思ってんだ。休みの日くらい昼まで寝させろっ」
「そりゃアンタは毎日ついてくのがやっとでへろへろになって帰ってくるから寝ていたいんでしょーけど、アンタと神は違うのよ」
「なんだと?お前バスケ部がどんだけハードがわかってんのか?お前なんて1時間ももたねーぞ、10分だ10分!」
「あーなさけな」
「お前よりマシだ!お前茶道なんてただの冷やかしだろ!かし食って茶あ飲んでるだけだろ!似合いもしねーのに、そんなだからどんどん足がぶっとくなるんだよ!」
ぼすん!とくっしょんを投げつけたは、それだけに止まらずのしのしと近づいてきてふとんごと俺をベッドに押し付けた。ふとんが絡み付いて身動き取れない俺は防戦一方で、押し付けられて息もままならない。
「んんっ!あにふんあお!!」
「誰に向かって口きいてんのよバカノブ!」
「どけこの!おもてーんだよバカっ!」
「お姉ちゃんと呼びなさい!」
ギャアギャアふとんを押し付けクッションを投げつけ合いながら闘っていると今度は階段の下からを呼ぶ母さんの声がして、神さんが来ていることを思い出したは手を止め「はーい」と返事をした。は闘っていたことも俺への暴行も全てさらりと忘れ去って何事も無かったかのように部屋を出て行く。俺はまだ絡まっているふとんからようやく頭を出して、その背中を見た。
「・・おい、それで行くのかよ」
部屋に散らばる服やマンガを飛び越えるの短いスカートがひらりと揺れる。ベッドに寝転がったこの角度からじゃ、ちらりと見えてしまう。
だけどは振り返り、俺にベッと舌を出してドアを閉めていった。
「ー、早くしなさい神君待ってるわよー」
「はぁーい」
バタンとの部屋のドアが閉まり、階段をバタバタ下りていく音が家中に響いた。が開けっ放しにしていったカーテンと窓からさらりと風が流れてきて、その明るさでこの部屋がどんなに散らかっていたかを理解させられる。
絡まるふとんを剥がして起き上がり、眩しい窓から出てベランダから下を覗くと、玄関先で自転車にまたがった神さんと家から出てきたが見えた。
笑って会話してる二人を見下ろしていると、ふと神さんがこっちを見上げたからばっちり目が合って、神さんはにこりと晴れやかに笑って手を上げた。まったく、この春が少し過ぎた季節はこの人のために在るんじゃないかと思うほどの爽やかさだ。
それに小さく会釈を返すと、その横でがまたベッと舌を出したもんだからムカッときて、ケッと吐き出しながら離れていく自転車を見ていた。
「・・・あ」
仲良く二人を乗せて小さくなっていく自転車はあっという間に見えなくなってしまったけど、俺には確かに見えた。いつの間にか黒のワンピースの下に、タイツを履いてたが。
フンと何も見えなくなった町から目を離し、青と白が混ざり合う眩しい空を背に部屋に戻った。部屋が激しく散らかっている。が投げつけたり蹴散らしたりしていったからさらに荒れてる。こんなめちゃくちゃにしやがって、何がお姉ちゃんと呼べ、だ。
「姉貴じゃねーんだっつーの・・・」
明るい外から暗い部屋の中に来ると目がぼやっとしてピントが合わなかった。だけどこの部屋がどれだけ散らかりまくっているかは結果としてちゃんと残っていて、いい加減片付けなくてはならない。
学校も部活もない、貴重な休日。
天気は良好。世間じゃいいデート日和。
「・・・そーじでもするか」
まさかデートの予定なんてない俺は、この青空を掃除に使わざるを得なく、んーっと腕を伸ばして足元のジャンプを拾った。