Confession
春が過ぎ去ろうとしてたその日、我が海南大付属高校にはとてつもない衝撃が走ったという。
といっても俺が受けた衝撃と周囲が受けたそれとではまったく違う。
なぜかと言うと、その衝撃の当事者は、まさに俺だったからだ。
核心を避けていては全く意味がわからないだろうから順番に今日起こった出来事を追っていくと、それはその日の2時間目の授業が終わった後に起こった。いつもどおり朝から眠い授業を受け、俺は2時間目にしてすでに腹が減りはじめなのに3時間目が体育という不憫な日程でジャージに着替えて教室を出た時だった。
友達と階段をおりていくと、横にいたやつが「あ」と何かを見つけて俺に教えてきた。そいつが指示した方向を見るとそこにはどこかに向かって廊下を歩いていくと神さんが見えた。何かを話しながら二人並んで廊下を歩いて行く。神さんのほうがずっと高い所にいるからはずっと隣を見上げながら笑っている。まぁ、今更な光景だ。それを、なぜか俺の周りのダチたちは見つけるたびに俺に報告してきたりする。
「だからどーでもいいっつーの、いちいち知らせてくんな」
「いーなー、俺も彼女欲しー。ノブクン、さんにお友達紹介してって頼んでよ」
「ぜぇってぇーヤダ!」
背丈に差がある二人は並んでいるだけでなんだか恰好がつく。いうなれば、理想的な身長差、ってやつだろう。神さんの肩くらいにちょうどの頭がある。二人の並んで歩く距離も最初の頃よりずっと近くなってる気がするし、が時折神さんの腕に触れる仕草とか、神さんがずっと優しく下ろしてる目線とかがもう、最初の頃とは違った。
「ねーねーさんもう神さんとキスとかしちゃったかな、そういう話聞かないのノブクン!」
「きかねーよ!知るかバカ!」
まったくこいつらは、そういう妄想はアイドル相手にしやがれ。
女だけど女じゃない姉貴を持ち出されたってこっちは気分悪くなるだけだってのがまだわからないか。
フンと鼻息荒くあの二人から目を離しどしどし先へ歩いて行った。まだあの二人の話を引きずって絡んでくる友達を怒鳴り散らしてげた箱で靴を履きかえグラウンドへ向かって・・・
そんな、言ってみればいつもと何ら変わりない同じ日。
事は起きた。
「信長くん」
聞き覚えのない女の声に、気が荒だっていた俺は釣り上げた目で振り返ってしまった。だけどその先にいた人を目に入れた途端俺はすぐ目を丸くし、思わず「はっ?」と答えてしまった。
「ちょっと、いいかな」
その人の登場で、一緒にいた友達もすっかりのことなんて口にしなくなった。
なんてったって、ナンバーワンの登場だから。
しばらく雑念が途絶えていた数分間ののち、俺はフラフラと校舎を回ってとっくに向かってるはずだったグラウンドへ歩いていった。いつの間にか、履き潰していた靴のかかとをちゃんと履きなおしていて、もうグラウンドの一点にクラスメートたちが集まっているそこへ、無意識的に近づいて行く。
すると、そんな俺を見つけたダチたちが俺めがけて叫び駆け寄ってきた。
「ノブ!サキさんなんだってっ!?」
待ってましたと言わんばかりのそのセリフ。やつらの様子は尋常じゃなく目が血走り口は震えて、俺の開口一番のセリフを待っていた。
そう、さっき俺に声をかけ「ちょっといいかな」と呼び寄せたのは、先日の海南女子人気投票で1位を勝ち取った伝説の女で、の茶道部の先輩でもある相田サキさんだった。
そんな人に話があるなどと手招きされては、誰もが期待してならないだろう。いや、当事者の俺は期待というより不信のほうが強かったけど。
「や、なんか、・・・なんだ、あれだよ」
「なんだよ!!告られたのかっ?あの相田サキに告られたのかぁ!?」
「・・・のかなぁ?」
「はあ!?」
なんだか、よくわからなかった。
さっきも俺は向こうの話をただ聞いてただけだけど、俺のこと気になってとか仲良くなりたいとかは言ってたけど、核心つく言葉を言われたわけではない。
そもそも俺、告白とかちゃんとされたことなかった。中学の時に仲良かったクラスの女子と何となくいつも一緒にいて二人でいるのが楽しくてよく遊んでたってことはあったけど、それ以上なにがあったわけでもなく気がつけばフツーの友達に戻ってたし。あーゆーのってもっとこう、すげードキドキしながら意を決して伝える、みたいな?そーゆーもんだと思ってたし。
「マジかよー、いきなり彼女が海南ナンバー1?ありえねーよー」
「なんだよみんなしてどんどん彼女持ちになっちゃって!」
「おいノブ、お前ちょっと高校生活順風満帆すぎるんじゃないの?そのうちどーんと痛い目みるぞ?バスケ部やめさせられたり・・・」
みんなどうやってコクったり付き合ったりしてんのかなぁ。
あれ、そういえば、と神さんはどんな感じで付き合ったんだろ。
たぶん神さんからだよな・・・。まさかからじゃないだろう。
「おいノブ、聞いてんの?」
「へ?」
「あーもう!すでに頭ん中は春色だな!」
「え?てか俺、返事とかなんもしてないけど・・・」
「・・・はあっ!?なんで!!」
「返事する前にチャイム鳴ったから、じゃーまた今度って」
「お前バカ!?あの相田サキだぞっ?なんですぐ返事しないのっ?また今度とか言ってる間に別のやつが告りに来るかもしんないんだよ!?」
ギャーギャー騒ぐやつらに囲まれてると、遠くから先生に「お前ら早く並べー」と呼ばれ俺は周りに殴られながら集合場所へ駆けて行った。
そしてその後、その話は瞬く間に学校中へと広がり、全校生徒(主に男子)に衝撃が走った。というのが事のいきさつだ。
廊下を歩いててもみんな振り返って、昼休みなんて学年中の男どもが俺に真偽を確かめに押し寄せて。なのに俺は渦中にいながらまだ実感がわかず。なんで俺なんだとか言われても、そんなのこっちが聞きたいよ。
そんな噂が学校中に広がったからには、もちろん部活中もその話題でいっぱいで、先輩たちの眼が光る中、やりにくいことこの上ない状況で、集中するにも出来ないし、
「清田何やってんだ!ぼさっとしてないで走れっ!」
「うがぁっ!」
なんか先輩たちの声も怖いし、やたら走らされるし。
俺はちっともぼさっとなんかしていないのに!
「ぐぁあ疲れたぁー!きょーはめっちゃくっちゃ疲れたぁあっ!」
「お疲れ、清田」
「神さぁーん・・・」
体育館の床にうつぶせる俺の頭の上にタオルを落とす神さんが高いところでさらりと笑っていた。俺は神さんのバッシュを縋るように両手で掴み、やるせなさとかせつなさとか苛立ちとか、とにかくいろんなものを含めて泣きついた。
その後人が少なくなった体育館で自主トレする神さんにくっついてシュート練習をした。俺の愚痴にも似た話を聞きながら神さんは少しも狂わずにフリースローを決めていく。ちょっと前には神さんが今の俺みたいな境遇だったはずなのに(まぁナンバー1とナンバー3じゃ天と地ほどの差があるけどなっ)そんなときでも神さんの練習風景に別段変化はなかった。
神さんはこんなことじゃ揺るがない、そーゆーとこがやっぱ、すげー人なんだ。
暗い学校の敷地内にぼんやり光を放つ体育館から、残って練習していた部員たちが出ていくと天井の電気が消されて、ボールの音が響いていた体育館は日没の世界に静かに溶け込んだ。
「大体あの人、あんな人気あってかわいーなら彼氏とかいるんじゃないっすかね?俺騙されてんじゃないすかね?」
「そんなことないんじゃないか?」
「神さんは知らないんすよ、女ってのは男の知らないとこでとんでもない非道をする生き物なんすよ。だって神さんが知らないほうがいいことなんて山ほど・・」
「たとえば?」
「それを言ったら俺はこの世のものとは思えないほど殴られます」
「なんだよ、気になるなぁ」
俺と神さんが最後に部室を出て鍵をかけると、体育館の出口のところにが待っているのが見えて、それに近づいていく神さんは段差に座り込んでたに声をかけた。
お待たせと言う神さんに笑って首を振るは、どこにでもいるかわいい女、に見える。俺は外でのの顔をあまり見ないから、それがものすごく違和感に感じる。人の中でみんなと同じように笑って、話題に合わせてうなづいて、同じ服を着て同じものに騒いで同じ歩調で歩いて。俺の中で、他とはまったく違う””っていう確立されたものが、世間でありふれたものと同じだったっていう、違和感。
「遅くなっちゃったな、家に連絡入れた?」
「うん。お腹すいた」
「じゃあ何か軽く食べてく?あ、早く帰ったほうがいいか」
「いいよ、どっか行こ」
「何にしようか。清田は?一緒にくる?」
「え?」
少し前を歩く神さんが俺に振り返った。
その横では振り返ることなく、手の中の携帯電話をいじってる。
「あーじゃあ・・」
「あんたは来なくていいの」
俺がそう口を開きかけると、はやっと振り返って俺の言葉を遮った。
「なんで?いいじゃん、清田もいたって」
「なら私帰る」
「・・・」
暗い中での表情はうまく見えなかったから、神さんはさっさと歩いていってしまったの異変にその時やっと気づいて、俺に一度目を合わせた。俺はの最初の一声でなんか機嫌悪いなと分かったけど。
神さんは急いでを追いかけて、どうした?と声をかけていた。
夜の静けさの中、ふたりの会話はちゃんと俺まで届いて、俺は引きずってたチャリに乗りスピードを上げた。
「はいはい邪魔者は消えますよーだ!」
神さんとの横を通り過ぎる時に言い放って、そのまま自転車をこいで二人から離れていった。
・・・たぶんその時は、なんでだか知らないが俺をものすごく嫌がってて、それをいつもの顔で誤魔化すことも出来ないくらいにキレてて、神さんに笑うことさえ出来ないくらい不機嫌だったんだろう。
まぁ確かに、二人の時間に弟がひっついてくるなんて嫌なことだ。特には家と外とで顔がだいぶ違うから、神さんといる時の姿を俺に見られるのも嫌そうだし、まさか3人で仲良くなんて御免なんだろう。
俺が外で見るに違和感を感じるのと同じように、ほんとはあんな感じがの”いつも”なんだけど、それを知らない神さんにとってはそれが違和感に感じたんだろう。
ああ言うときのはほっておくに限る。つっこむと余計に気が荒くなる。あんな風に、いつも通り俺がぎゃあぎゃあ騒いでふてくされてるみたいな態度でいなくなるのが、あいつにとって一番楽で、早く気が治まる方法だ。今頃はきっと元に戻って、神さんと仲良くやってるに違いない。
が本気でキレるとこだって、神さんは、見たことないんじゃないかと思う。
あいつが中学の時どんだけ荒れてたかも、たぶん神さんは知らない。
神さんの横にいるあいつからは想像つかないんだから、仕方ない。
「・・・はぁ、」
俺も、まだまだ、ガキくさい。
がなんか機嫌悪いのも、その対処法だって分かってるのに
未だにのあんな態度が一番、俺の心の奥底を悲しく締め付ける。