Kloudy
最近よく、の帰りが遅い日が続く。試合前ということもあってバスケ部も連日、早朝と遅くまでの練習が続いているから俺もとは全然顔を合わさなくなっていた。きのうの夜、寝る前、トイレに行った時にちょうど帰ってきたが部屋に入っていくところを見かけて、高校に入って大人しくなってた髪色が、また抜かれて薄くなってるのを見た。
「そうだ、ノブ、俺きのうさん見たよ」
「は?どこで」
「カラオケ。10時くらいまで歌ってて、帰る時にちょうど入ってきてさ、10人くらいで」
「ふーん」
「やっぱ外で会うと学校とイメージ違うよな、私服だったし。ふつーにそのへんブラブラしてる女みたいだった。一緒にいたのも大学生っぽかったし」
「・・・」
母さんもそんなの異変に気づいて、頻繁に心配ごとを漏らすようになった。
あいつは中学の時にも一時期こんな時があって、毎日遅くまで帰ってこなくて、身なりも髪色も派手になっていって、家族には顔も合わさず口もききたがらないような。父さんともよく言い合ってたし、ひどい時は学校から呼び出しくらったりしてた。
それがいわゆる反抗期という時期だったというなら、今のあいつは、なんなんだ?あの頃に比べれば今はだいぶ落ち着いているし、特に神さんと付き合いだしてからは、何の問題もなかったのに。
「清田」
授業の合間の休み時間、移動教室で友達と廊下を歩いていると、職員室を通り過ぎたところで呼び止められ、振り返り見ると神さんだった。俺は友達に先に行ってもらって、神さんに寄っていった。
「なんスか?」
「あのさ、最近、・・・どう?」
「どう、って?」
「最近、あんまり話さないから、家でどうなのかなって」
「話さないったって神さん同じクラスじゃないすか。たぶん俺より顔合わしてますよ」
「うん、顔を合わすには合わすんだけど、なんていうか、あんまり俺と話したがらない感じでさ。電話しても出ないこと多いし」
「あー・・・」
神さんにまでそんな態度か。
でも神さんにはあいつが遊び歩いてること、言うべきじゃないかなぁ。
「家ではどんな感じ?」
「いやー、俺もなかなか会わないんすよね」
「ちゃんと、帰ってきてる?」
「あー・・・」
神さんが何を思ってるのか、何かあったのか、分からないけど、神さんがに感じてる異変は確かなもので、それは大きな心配で、小さな恐怖のようでもあって、俺はどう言ってやればいいのか分からなかった。
「まぁ正直ここんとこ帰り遅いですけど、帰ってきてはいますよ。昔に比べりゃ大人しいもんだし、あいつはあれでちゃんと考えてるから、問題ないッスよ」
そうだ、昔だっていろいろあったけど、それでもあいつは中3の一年間だけでこの海南に受かったんだから。そんな心配するほどのことじゃ・・
「だから別にいいでしょ、点数取ってんだから!」
陽の当たらない暗がりの廊下で話す俺たちの、後ろのほうで怒鳴るような声が聞こえて俺たちは振り返った。職員室のドアから教師と一緒に出てきたのはで、まだ何か言ってくる教師の話を振り切ってこっちに歩いてくるに神さんは寄っていった。
「、どうした?」
は追いかけてくる教師を煙たがってむちゃくちゃ機嫌悪そうな顔をしてたけど、突然現れた神さんを前に一瞬苛立った顔を止めた。
「清田さん待って、もう少し話させて」
「ウザい、触んないで」
「、」
教師の手を跳ねのけるの手を、神さんが止める。
人前で苛立ちを隠さないは、めずらしかった。神さんも、その先生も、こんなはたぶん初めてで困惑してる。そりゃそうだ、がこんなにもキレてるとこなんて、たぶん高校じゃ、特に神さんの前じゃ、出したことないと思う。
「やめろよ、みっともねーな」
「・・・は?」
たぶん、今日最高にキレたが、俺に目を移す。
「お前が迷惑かけてんだろ、イラついてんじゃねーよ」
「清田、」
挑発するような俺の言葉を神さんは止めるけど、今のに見境なんてないから、はカバンを俺に投げつけた。俺はとっさにかばうけどバンッとぶつかった音は廊下に響いて、俺が持ってた教科書やノートがバラバラ床に落ちていく。
けどそんなこと、の気には止まらない。小さく痛がる俺も無視して、カバンを拾うはそのままひとり、廊下を歩いていった。
「清田、大丈夫か?」
「はぁ。俺より、あいつの心配してやってください」
俺に寄ってくる神さんはそれでもすぐに目をに移して、今すぐを追いかけて行きたそうだった。
「あ、でも今は近づかないほうがいーっス。あいつキレてるとすぐ殴るんで。あー、神さんは殴んねぇか」
「・・・それ分かってるなら挑発するなよ」
「まぁ、そーなんスけど」
俺を殴っとけば少しは気が晴れるだろう。教師に手ぇ上げることを思えば軽いものだ。
「、どこ行ったかな」
「探さないほうがいっすよ」
「なんで?」
「あぶねーから」
・・・ていうより、は今、神さんに会いたくないんじゃないかと思う。
神さんは、間違いないから。いつも正しい答えをくれそうだから。
だからこそこんな時はちょっと、目の前にしたくない。
出さなきゃいけない答えは、ほんとは自分で分かってるから。
「何キレてんだかなぁ。まぁ、気長に相手してやってくださいよ」
謝罪やら何やらいろいろ混ぜて、ぺこりと頭を下げて教室に急いだ。
もう痛みなんてないけど、いつまでも感触が取れなかった。
昔に比べりゃ今のあいつのキレ具合なんて、かわいーもんだ。
前はもっと、怖かった。
いなくなったら、そのままどっかに行ってしまいそうだった。
おいてかれそうで、もう戻ってこない気がして、怖かったんだから。
その日の放課後、2年生の教室ではちょっとした騒ぎがあったらしい。
騒ぎといっても、ほんの小さなものだけど。
俺が早々に体育館でシュート練習をしていると、あとから入ってきた神さんに2年の先輩たちがからかうように寄っていった。聞こえてくる話の内容から察するに、授業が終わったあと、帰っていくとそれを引きとめた神さんがもめたそうで(たぶんが一方的にキレたんだろうけど)、先輩たちに痴話ゲンカか〜とからかわれてた。
きっと神さんのことだから、やっぱりのことがほっとけなくて声をかけたんだろう。寄ってくるみんなをそれとなくかわす神さんは俺とふと目を合わせて、怒らせちゃったと笑った。
その日の部活が終わって、俺が着替えて帰ろうとする時も、まだ神さんはシュート練習をしていた。最近いつもより長く居残ってるのも、試合前だからがんばってんだとみんな思っていたけど、神さんのアレは、心配を紛らわす方法なのかなと、ちょっと思った。
家に帰って玄関を開けると、すぐに母さんが出てきて俺を見て小さくガッカリした風におかえりと言った。まだが帰ってきてないんだろう。
「ノブ、見なかったの?」
「しらねー」
「神君は?一緒じゃなかったの?」
「神さんだって試合近いんだから、そんないつも一緒にいられねーよ」
「でもあの子・・・、ねぇノブ、」
心配し通しな母さんに、またに電話しろと言われる前に俺はリビングを出て、風呂に向かった。
いくら帰りが遅いとはいえ、日付が変わるまでには帰ってくる。学校にだって毎日行ってる。そんな大げさに心配するほどのことじゃないのに、まったく母さんはあの頃から何も変わっていない。
がしゅがしゅと頭と体を洗い、ざぶんとバスタブに飛び込む。
熱い湯船に沈みながら、ブクブクと口から息を吹き出した。
「・・・」
なんでこんなにも心が落ち着かないのか。
何も変わってないのは、俺も同じだというのか。
これから季節は夏に向かっていくといえど、夜はまだほのかに空気が冷たい。
何より濡れた髪が頬や首を撫でて冷たいし、風呂あがりの体は冷え込む一方だった。
に電話してもつながらないし、探しに出たって仕方ないんだけど。
「・・・あれ?」
自転車を漕いで駅までの道を、あたりをキョロキョロしながら走っていくと、暗い夜道を歩いてくる人影を見つけ、電灯の中で見たその影は、神さんだった。
「神さん、どうしたんすか」
「清田の家に寄ろうかと思って」
「寄るったって、神さんち反対じゃないすか」
「ん、なんか落ち着かなくて」
神さんはこんな時間まで学校に居残ってたらしく、帰ろうとした時にに電話したんだけど繋がらなかったみたいで、心配してうちまで行こうとしたらしい。試合前だというのにこんなに心配させてしまって、なのにあいつは居所不明で、勝手なやつめ。
「なんか、すんません」
「いや、一度電話つながった時はもう帰るって言ってたんだよ」
「まったくあいつは、まっすぐ帰ってこれねーのかもー・・・。いちいち迷惑かけやがって、ちっとも進歩してねぇな」
「中学の時も、こんな時期あったんだっけ」
「・・・」
俺は前から冗談半分であいつの中学の時の話をしてたから、神さんにしたら気になるところだったのかもしれない。だけどその話を俺が神さんにして、が良く思うはずもない。
「あん時に比べりゃ今なんて、へでもねーっすよ。あん時はあいつの居場所なんて見当もつかなかったし、一緒にいるやつだって毎回違うしで、心配のしようもなかったけど」
けど、今のあいつには、神さんがいる・・・。
「清田も随分な心配症だな」
「べつに、好きでやってんじゃねーっすよ。それに心配すんのは神さんの仕事でしょ!」
「・・・俺はたぶん、お前には勝てないよ」
え?
真っ暗な道を歩く、うしろの神さんに振り返った。
神さんの表情はよく見えず、神さんもそれ以上何も言わなかった。
その時だった。
静かな家々が並ぶ夜の道に、切り裂くみたいな悲鳴が聞こえた。
「・・・なんだ?」
あまり近くなかったそれは、ほんの僅かなものだったけど、確かに俺たちの耳に届いた。二人して耳を澄ますと、また普通じゃない声が聞こえて、俺たちは顔を見合わせた。
ちょっと待て、今の声って、
「今のって・・・」
「・・・」
・・・?