Outflow
日曜日、朝から近隣の高校を招いての練習試合は、目前に控えた全国大会予選でのレギュラーをかけた、上級生に限らず俺にとっても重要なもの。
入学して数ヶ月、死に物狂いで食らいついてきた海南の練習に耐え抜いた俺の、最終審査ってところだ。今日の練習試合で俺が1年でも使い物になると監督やメンバーに知らしめることができれば、目前に控えた全国大会で俺の高校バスケ界衝撃的デビューが決定するのだ。今年のナンバーワンルーキーはこの俺様だ。
試合は開始直後からずっと海南ペース。
牧さんがうまくメンバーを使って点を量産し、それが阻まれたって外からの神さんのスリーがさらに点を重ねていく。点が入るたびに体育館の2階部分から沸き上がる歓声や拍手が起こって、それに混ざって同じように喜んでるが見えた。今日は学校での試合だから海南の生徒がたくさん見学に来てるのだ。
「清田、体あったまってるか?」
「もちッス、いつでもいけます」
ハーフタイムを終え後半に入ると、ずっとベンチを温めていた俺に声がかかった。
2・3年からすれば、1年でいきなり試合に出る俺を品定めでもするような目になる。
「清田は7番だ。外もあるから気をつけろよ」
「ウス」
「最初から飛ばしていけ。スピードはお前のほうがある」
牧さんが俺のマークする相手を指示して、神さんが俺の背をポンとタッチした。
上のギャラリーでは、がなんだか不安そうにこっちを見下ろしてる。
あいつ・・・、神さんが出ても安心しきって笑ってるクセに、なんだあの真剣な顔は。
・・・そういえば、あいつが俺の試合を観るなんて、いつ振りかな。
「オラオラオラァー!」
開始早々ボールを取って走ると、すぐにマークされたけどその横をすり抜けてゴールに向かっていった。すぐに別のディフェンスがくるけどちょうどいいところに牧さんがきて、すぐパスして中に切り込む。牧さんにボールが渡ると相手のチームが全員緊張してマークを強め、けど牧さんはフリーになった俺にボールを回し、でかいディフェンスが集まるゴール下、それでも俺はフェイントを入れてシュートを決めた。
「おー、やるじゃんあの1年。うるせーだけじゃなかったか」
「いーぞノブー!」
先輩たちが俺の頭を叩きながらゲキを飛ばし、全員がまたコート中央へ戻っていく。
ギャラリーの歓声が俺に集まる中、は隣の友だちとしゃべりながら首を振ってて、たぶん「弟すごいじゃん」とか言われてるのを「大したことナイナイ」とか言ってるんだろう。あんにゃろめ。
それから何度もボールを取り、隙あらば点を重ねた。
相手チームはたぶん、いきなり1年投入してきてナメられてるとか思ったかもしれないけど、それでも俺がゴールを量産すればだんだん焦りを見せ始めてマークもきつくなり、それでも俺はさらにスピードを速め相手チームをかき乱して試合に貢献した。
俺のスピードは高校でも十分通じる。増えていく得点がそれを実証した。
何度も何度もゴールを決めた。が素直に俺を認め喜ぶまで。
まぁ、最後までは頬杖ついたその手を叩きはしなかったけど。あんにゃろめ。
3回くり返した練習試合のうち、俺は2回出場してチームやギャラリーに実力を示した。
監督の感触もよくて、これから始まる全国大会の予選も活躍の場は増えそうだ。
「調子良かったじゃん清田、具合は治ったみたいだな」
「神さん」
試合後のミーティングも終わって、自主練したり帰宅したり部員みんなが解散していく。
俺はやっぱり課題であるミドルからのシュート練習をしていると、試合後に関わらずいつものオニのようなシュート練習を始めようとする神さんが俺と同じゴール前までやってきた。神さんの言葉で、そういえば俺はきのう腹痛で苦しんだことになってるんだったと思い出し、ガハハと笑ってもう平気だと取り繕った。
「いいデビュー戦だったな、相手の学校にはマークされ始めるだろうけど」
「まぁしょーがないっすよね!俺は海南の新兵器ですから!」
「はは、自分で言うなよ」
「神さんはやっぱ試合でもブレないっすよねー。さすが毎日血が滲むほどシュートやってるだけあって」
「やっぱり清田はもっと高さ意識したほうがいいよ。外からも決められるようになれば相手ももっと焦るしね」
「分かってんスけど、力入っちゃうんスよねー」
神さんが手を高く上げて、ふわっと柔らかくボールを放ってみせる。
神さんが思い描いた軌道を素直に辿っていくボールは、そのままスパッと輪をくぐってみせる。
そうなんだよ、この柔らかさだよ。このブレのなさ。
神がかり的。神さんだけあって。
その神さんがシュートを決めた瞬間、上のほうからキャアッと小さな歓声が聞こえた。まだ残ってた数人の女生徒がこっちを見てて、ていうか神さんをガン見して頬を染めてる。女いたって人気あんだな。
「見に来てたの、知ってた?」
「あー、そうなんスか?知らんかったっス」
「感心してたよ、清田の試合見たの久しぶりだったんだって?」
「どーだったかな。覚えてねーッスよ」
まるで気取らず、いつもやさしそうに笑ってて。マジメな努力家で。
すらっと背が高くて、汗かいてても爽やかで、普段は色白で華奢っぽく見えんのにこうしてユニフォームを着てると実は十分腕についてる筋肉が見えたりして。
いい人で。カッコよくて。悪いとこなんて百年かかっても見つからなさそうな。
きっと、なんかよりもっと合う人がいるんだろうに。
まったく、若いうちの苦労を買ってでもしてしまう人だ。
「清田の中二の時の全国大会以来だったって」
「中二の全国?」
「夏の大会見に行ったんだって。知らなかった?」
「・・・いや」
俺が中二っていや、が一番荒れて家にも帰ってこなくなったときだったはず。
・・・いや、夏だから、いきなり海南受験するって決めて急に勉強しだした時だったか。
「、商業かうちかで迷ってたらしいんだけど、海南がバスケ強いって聞いてうちにしたんだってさ」
「なんで、あいつにバスケ関係ないのに」
「同じ学校のほうがお前の試合観れるからって」
「・・・」
「お前ならきっと海南入れるだろうからって。だからさっきもすごく喜んでたよ、1年でひとりだけ試合出て、いっぱいゴール決めてスゴイって」
なんだ、それ。
そんなの、俺に直接言わなきゃ、意味ないのに。
「神さんは、いーっスよね・・・」
「ん?」
「彼氏っスもんね。なんでも話せるんでしょうね。あいつ、そーゆーこと俺にはぜったい言わないっスから」
「はは、恥ずかしいんじゃない?姉弟だしな」
「・・・」
たとえばもっと、くだらねーって笑っちゃうようなヤローだったなら。
あいつの中の、俺の場所、なくなったりしない。
「この後とメシ行くけど、一緒に行くか?」
「あいつ、俺のなんなんスかね・・・」
「え?」
「ガキんときからずっと一緒で、同じ家にいて」
「当たり前だろ、家族なんだから」
「・・・」
外じゃ人並みに笑ったりはしゃいだりしてても、うちじゃ迷惑極まりなくて、俺には態度でかくて、文句ばっか言って、パシリ扱いで。
そんなあいつが現れるのは、俺の前だけだった。
「家族じゃ、ないんスよ」
「うん?」
「あいつ、姉貴じゃないんスよ」
「姉貴じゃないって?」
けど、あいつの本当のところが、神さんの前でも出るようになったら。
神さんはこんなにいい人だから。それすら、きっと受け止めてしまうから。
俺が、いらなくなる。
あいつの中から、俺の居場所がなくなる。
俺が消える。
「血が繋がってない、らしーんスよ、あいつ」
「・・・え?」
「ずっと小さいときに、うちの親があいつを引き取ったんだって」
「・・・」
あいつは姉貴じゃない。血が繋がってない。
そう実際に口に出した途端、でかい岩石のような存在感がずしんと重く心に圧し掛かってきた。
今まで散々心の中でだけくり返した、絶対に口には出来なかったこと。
「俺とあいつは、姉弟じゃないんです」
神さんは、信じてるようないないような、俺の様子を窺うような顔をしてた。
冗談だと思ってるのか、嘘だと思いたいのか。
わかるよ。俺だって初めて聞いた時は散々、疑いまくったんだから。
「どうしよう、俺」
「え・・・?」
「弟じゃないんなら、早くべつの場所、作んなきゃ・・・」
「・・・」
けど、そうだと分かってから、ただひとつだけ、気付いたことがある。
どんないい男だろうと、あいつのそばに俺より近い男がいるのは、嫌だった。
の「本当」を知る人間が増えるのは、嫌だった。
俺は、あいつの一番近くでいたかった。
あいつの重みが、心地よかった。
が、姉じゃないって分かって・・・
ずっとずっと、見えないくらい遠くの、奥の奥のほうに。
笑ってる俺がいた。