Red rain
心臓がいつもより大きく動いてた。
けど緊張してドキドキとか、心配でそわそわとか、そういうのとは違って、なんていうか・・・膨らみ膨らみ続けてる、みたいな・・・。
「・・・それ、は?」
「たぶん、知らない・・・」
「・・・」
神さんは小さく「そうか」って言って、それきり黙ってしまった。
周りで騒がしく響くボールの音が俺たちを囲んでるだけで、シンと静か。
傍から見れば、練習するでもない俺たちは不思議に思えただろう。
「が知らないのなら、知られないほうがいいんだろうな。ご両親にだって、考えがあるだろうし」
「・・・」
「お前も辛いだろうけど、俺でよければいくらでも話聞くから・・・」
「神さんは他人だからそんなことが言えんスよ」
神さんは、いつだって正しい。
冷静で、視野が広くて、ずっと先のことも考えることができて、間違いがない。
「だって神さん、と兄弟になりたいと思う?」
「え?」
「兄弟なんて、やっぱ嫌でしょ」
「清田、お前・・・」
「兄弟じゃないから、神さんはの、彼氏なんすもんね」
「・・・」
弟じゃない。
なら俺は、の、何になれるのか。
「あ、おい神」
すぐそこから神さんを呼ぶ声がして、俺と神さんは焦って振りむいた。
体育館のドア口から2年の部員の人たちがこっちに歩いてきて、神さんはなんでもない顔でなに?と聞き返す。俺も口をゴシっとこすって、歪んでた顔を元に戻した。
「お前また清田姉とケンカしたのかぁ?」
「え?」
「アレ、違うの?さっき清田、えれぇ走って帰ってったからてっきりさぁ」
「・・・」
それを聞いて、神さんは俺に振り返る。
俺も神さんを見る。
もしかして、聞かれた・・・?
俺はすぐさま走りだし、バッシュのまま体育館から駆け出ていった。
神さんもその俺の後をすぐに追いかけ、昇降口のほうへと走ってを探した。
「!」
の背中はすぐに見つかって、校門を出た先で叫ぶと、急ぎ足で遠ざかっていこうとしてた背中が止まり、振り向いた。俺は急いでに追い付き、目を逸らすの細い腕を捕まえた。
「なによ、痛いって」
「、お前、今、」
「・・・痛いってば、離して」
は必死に俺の手を振り解こうとする。
その様子は明らかに不安定で、俺をまるで見ない。
不安そうな、思いつめてるような、らしくない顔で・・・
「お前、知ってたの・・・?」
「・・・」
「俺たちが・・・姉弟じゃないって・・・」
俺の口から出た言葉に、はビクリと小さく揺れた。
だって寝耳に水なら、何のことだって問い詰めてくるのが普通じゃないか。
口を紡いだまま目を逸らしていたは、ふと何か言おうと俺に目を上げた。
けど、俺のうしろに神さんも来てることに気がついて、何か言いかけた口をそのまま閉ざして、中身ごと飲みこんだ。
「なに言ってんの、どっからそんな話聞いたのよ」
「お前知ってたんだろ、なんでなんも知らないフリしてんだよ」
「冗談言わないでよ、今まで誰がバカなアンタの面倒見てきたと思ってんの」
「冗談じゃねーよ!父さんと母さんが話してるの聞いたんだよ、お前の本当の親が、お前のこと引き取りたがっ・・・」
きっと、全部を冗談にしようとしたは、俺にカバンを投げつけて俺の口を閉じさせた。
「やめろって言ってんの!そんなことないってば!」
「・・・」
「なんでアンタが、アンタには関係ないのっ」
「関係なくねーだろ、関係なくねぇよ!俺はずっとなんも知らないまま・・」
「知らなくていいじゃないっ!」
内容を受け入れるどころか、俺の話も聞き入れようとしないに、俺はずっと心の中に溜めてきたものを、一気に吐き出したいばかりで、・・・だから気付かなかった。気付こうとしなかった。
「・・・」
怒鳴るの目からボロっと涙がこぼれる。
俯く顔からポタリと雫が落ちる。
それをたぶん自分でも認識していなかったは、自分の涙をぐいと拭うとまた俺に背を向け走り出した。そのを、追いかけようとした俺の腕を、うしろからグッと神さんが掴んだ。
「なんスか!」
「やめろ清田、そんな言い方・・・」
「は・・・」
「お前にも大きな問題だろうけど、家族の中で血がつながってないのは、のほうなんだぞ。それをが知ってたんならなおさら、お前と同じようにだってずっと抱えてたはずなんだ。自分だけ気持ち吐き出して、楽になろうとするな!」
「・・・」
ずっとうしろにいた神さんはたぶん、これは俺たち家族の問題だからと絶対に口を挟みはしなかった。けど俺を制止させる神さんの目は、見たことないくらい真剣に強く俺を刺していて、俺は神さんの言わんとしてることをじわじわと自覚させられた。
ずっと、悩んでた。初めて知った、あの夜からずっと。
悩んで、気持ち悪くて、寝れなくて、苦しくて・・・、ここ数日、ずっと。
「・・・あいつ、いつから、知ってたんだろ・・・」
「・・・」
「俺・・・、なんも知らなくて・・・、あいつだけ・・・」
何日も、何カ月も、何年も?
ずっと、ずっと?
くっとこみ上げるものが目を熱くして、こぼれそうになって歯を食いしばった。
神さんはどんなときでも、気持ちをそのままぶつけるんじゃなく、ちゃんと考えさせようとする。
いろいろ分かってて、やさしくて、深くて。
だからきっと、好きになった。
「早く探してやろう」
掴んでた俺の腕をそっと離して、神さんは俺の背に手を置きながら、もう見えなくなってしまったを追いかけようと一緒に走りだした。
泣いてる場合じゃない。
落ち込むも責めるも、全部後回しだ。
そのまま神さんと、を探して走り回った。
駅までの道を、大通りを辺りを見渡しながら、心の中で呼びながら。
そうして、交差点の信号で立ち止まっているのうしろ姿を見つけた。
信号が変わって横断歩道を走りだすを追いかける。
街の音がうるさすぎて、叫んでも届かない。
「ッ!」
小さいときから、追いかけ走った背中。
俺より大きかった身長、追い付けなかった影、跳ねる髪先。
「清田っ、止まれ!」
遠ざかっていく小さい背中を見つめるばかりで点滅する信号に気付かず、けどうしろから叫んだ神さんの声は聞こえた。気付いたときにはすぐ耳元でけたたましいブレーキ音が鳴っていて、急ぎ曲がってきたトラックがすぐ俺の隣にまで迫っていた。
進路を無理やり変えるトラックが歩道に逸れて、ガシャーンッ!とガードレールに突っ込む。その大きな音は周りの人の足を止めさせて、先を走ってたの足も、止めさせて。
「清田!」
焦った神さんが急いで駆け寄ってくる。
俺は横断歩道の真ん中で、バカでかいトラックのタイヤを目の前に、尻もちついて。
「・・・っぶね・・・」
轢かれる数十センチ手前で、喉に冷たい息を通した。
その途端、ブチンと何か大きな音がして、周りで誰かが危ないぞ!と叫んだ。
トラックの荷台に積まれていた鉄筋を支えていた縄が、ガードレールにぶつかった衝撃で外れガラガラと荷台から崩れ落ちてきた。
ヤバい、と一瞬のうちに頭をよぎったけど、一度安心しきった心と体はすぐに動かず、真上から突き刺さるように落ちてくる何十本もの鉄筋が俺の視界を暗くした。
・・・いや、暗くしたのは、鉄筋の影じゃなくて・・・
ガラガラッと激しく流れ落ちてくる鉄筋がコンクリートの道路に大きな音を立てて、俺の上にも降ってきて、けど俺がそのとき感じたのは、痛みでも苦しみでもなくただ、あたたかいもの・・・。
ふわりと柔らかい何かが降ってきた。
「ッ!」
シンと静かな中で、神さんの声が聞こえた。
大丈夫だ、どこも痛くない。ちょっと、足打ったくらいで・・・。
目を開けると、真上で光ってる太陽が見えた。
たくさんの人の声もする。慌ててるような叫び声。
そして少しずつ軽くなっていく体。けどずしりと感じる重みもあって。
長い髪が俺の肩にかかっていた。
覚えのある、匂いがした。
「・・・」
叫んでる神さんが逆さまに見える。
それよりもっと、そばに、俺を抱き締める肩・・・
「・・・?」
やっぱり頭や腹、足に痛みを感じながらも、動けないほどじゃなくて、ゆっくり目の前のごと起き上がると、・・・そのままは、俺の腕の中で、崩れた。
「おい、・・・」
目を閉じてるをそっと揺らすと、そのの頭の下・・・自分のシャツに、べったりとついた赤色を見た。
「・・・」
どろりと、気持ちの悪い感触がして、掌を見る。
そこにも赤黒い、べったりとした血が、どくどく、どくどく、零れてきて。
真っ白いシャツが染まっていった。
真っ青な空の下。
ぽたぽたとコンクリートの黒を害していく。
壊れてしまった、赤。