雄英高校新学期2日目、昼休憩時、職員室内。
全校生徒が大食堂に集まっている間、当然雄英教師陣も午後の授業の前に昼食を取る。教師は食堂を使用する者もいれば持参する者もいる。この春から雄英高校ヒーロー科担当の教員となったナンバーワンヒーロー・オールマイトは、持参している体のわりに小さな弁当の包みを開け、いただきますと箸をつけた。
「オールマイトさん」
「お、相澤君、一緒に食べる?」
「いえ。それより1-Aの午後の授業ですけど」
「断るの速いな……。戦闘訓練かい? ホントこの学校は何でも早速だよね、学生時代を思い出すよ」
「これ、目を通しておいてもらえます?」
「USB? 何だい?」
オールマイトの手に渡ると更に小さく見えるそれをパソコンに接続し、立ち上がった画面を見つめる。始まった動画を箸を進めながら見ていたオールマイトだったが、映像が進むにつれ手の動きは止まり、咀嚼していた口も止まった。
「これは……」
「うちのです。これは半年前ですけど」
「あの”例”の子か」
「ええ」
わずか10分足らずの動画は見入っていたこともありあっという間に終わったように感じた。着任早々未来のヒーローたちと直に触れる機会に高揚していた気持ちも今は少ししぼんで、オールマイトは持ったままだった箸を置く。
「対人戦闘訓練、お願いしますよ」
「お願いと言われても、ただでさえ先生初日なのになぁ……。何かアドバイスはあるかい?」
「生徒の如何は先生の自由。その辺は任せますよ」
「先生にも厳しいな相澤君は。それにしても、特定の生徒に肩入れは良くない、じゃなかったのかい相澤君」
「何ものことだけを言ってるわけじゃないですよ」
パソコンからUSBを外し相澤は懐にしまうと自身の机へと戻っていく。
相澤の言葉に、そうかとオールマイトは思う。
なってみて実感する。人を誘うには視野が広くなくてはいけないんだなぁ。
湯気の立つゆのみを取りお茶をすするオールマイトは、パソコン画面に「対人実戦訓練」指導カリキュラムを立ち上げ、弁当を食べながら何度も目を通したそれを再度見返した。
ヒーロー科生徒は「被服控除」というシステムを受けることが出来る。
生徒の「個性」と「身体情報」をもとに学校専属のサポート会社が一人ひとりに専用のコスチュームを製作してくれる。それには素材・配色・形に至るまで事細かに要望を申請することが出来、少年少女らは憧れのヒーローさながら自分だけのヒーローコスチュームを手にできるのだ。
「始めようか有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!」
それぞれ自分の個性に沿ったコスチュームを身に纏い、A組生徒たちはグラウンドに集合する。個性のためのシンプルな装いもあれば、メカを装備した者、コミックヒーローのようなマントやゴーグルをつけた者とそれぞれのセンス・趣味も反映されていた。
「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか」
手を上げ質問をしたのは全身をメカ装備で包んでおり誰かは分からなかったが、隣に立つ緑谷はその声を聞いて飯田君だったのかと思った。
「いいや、もう二歩先に踏み込む。屋内での対人戦闘訓練さ! ヴィラン退治は主に屋外で見られるが統計で言えば屋内の方が凶悪敵出現率は高いんだ。監禁、軟禁、裏商売……このヒーロー飽和社会、真に賢しいヴィランは屋内に潜む! 君らにはこれから”ヴィラン組”と”ヒーロー組”に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう!」
「基礎訓練もなしに?」
「その基礎訓練を知るための実践さ! ただし今度はブッ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」
一般入試を通過してきた生徒たちは入学試験時、街並みが復元されたこの演習用グラウンドで敵を仮想したロボットとの戦闘を経験していた。しかし今回は機械ではなく対人訓練。より実践を意識したプログラムとなっている。
勝敗のシステムは? 分かれるとはどのような分かれ方を?
生徒たちから口々に飛んでくる質問に「先生1日目」のオールマイトは苦戦するも、その生徒たちの中にを見つけた。まっすぐこちらをひたと見つめている。他の生徒たちの視線とは明らかに相違なもので、何を言うでも、何を聞きたそうでもない。質問攻めも大変だが、無言もまた不穏なもの。相澤から託されたこともあり声をかけようか迷ったオールマイトだが、今は他の生徒のことを考え授業に専念することを選んだ。
本戦闘訓練に設定された状況は、核兵器を隠し持った敵のアジトへの潜入を仮定している。生徒たちは「ヒーロー」チームと「敵」チームに分かれ、ヒーローは制限時間内に敵を捕まえるか、アジト内のどこかにある核兵器を回収すること。敵は制限時間まで核兵器を守るかヒーローを捕まえることが条件。
「コンビ及び対戦相手はくじだ!」
「適当なのですか!?」
「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いし、そういうことじゃないかな……」
「そうか……! 先を見据えた計らい、失礼しました!」
「いいよ! 早くやろ!!」
そうして20名のA組生徒たちはくじ引きにより二人1組、10チームに分かれた。
「よろしくね、私、葉隠透。さん、だよね」
「よろしく」
「さん、コスチュームシンプルだね」
「そちらこそ」
「ありがとう!」
まだ入学2日目、誰もが実力はおろか名前も怪しいところ。
それぞれ互いの名前と”個性”を確認しながら手探りでチームが出来あがっていった。
そして早速1組目の対戦チームがくじで決定し、爆豪と緑谷に緊張が走った。
第1戦、「ヒーロー」緑谷・麗日組VS「敵」爆豪・飯田組。
「敵」チームの爆豪と飯田が建物内へと入り核兵器の隠し場所を模索し始めると同時に、「ヒーロー」チームの緑谷と麗日は互いに連絡を取れる小型無線をつけ建物内の地図を覚え始めた。他の生徒たちは建物内の各所に設置された定点カメラの映像を観察するため地下のモニタールームへ移動する。
「三日月さん、私これだから隠密行動超得意だよ!」
「じゃあそれで」
暗がりのモニタールームに入るといくつもの画面が明るく光り、室内をぼんやり照らした。5階建ての建物内をあらゆる角度から映しだした定点カメラが張りぼての核兵器と共に爆豪と飯田の姿を捉えている。
「対人戦闘訓練第1戦、スタート!」
開始の合図と共に屋外にいる緑谷と麗日は潜入口を探し始める。開いている一つの窓から建物内へと潜入し、頭に入れた地図を思いながら、敵の作戦を予測しながら忍び足で屋内へと進んでいった。しかし状況は早くも展開する。「敵」チーム・爆豪のいきなりの奇襲、個性の「爆破」を多用しての激しい殴打戦。
音声は伝わってこない定点カメラの映像では、破壊力のある爆豪の一方的な攻撃に見えたが、緑谷と頻繁に言い合っているような画から何やら私怨に捉われた暴行にも見えた。
しかし緑谷は爆豪が自分だけを狙ってくることを読んでおり、麗日を上階へ行かせると個性を使わずして強力な爆豪とギリギリではあるが対等に渡り合っていた。必死に頭を働かせ、逃げ隠れしながらも作戦を立て、これまでずっと見てきた強い爆豪に勝つ算段を立てている。個性を使ってこない緑谷に更に激情する爆豪。アホくさ……とは眠気に襲われた。
他の生徒たちはそれぞれに意見を交わし学ぼうとしているのに……。オールマイトは生徒たちの背後で壁に背を付けうとうととするようなにどうしたらいいものかと困った。
制限時間は15分。それまでに何らかの決着をつけなければ「敵」チームの勝ちとなる。
残り時間も尽きようとしてきたころ、隠れて算段を練る緑谷を見つけた爆豪は、両腕につけた大型の装備を構えた。当然各生徒の装備も承知しているオールマイトは制止するも、爆豪は聞かずに発射する。装備内に溜まった爆豪の汗は大量の燃料となり、装備で威力を膨大に上げた巨大な爆破を放った。壁が突き破れた建物はガラガラと激しく崩れ、地下のモニタールームまで響いてくる。
「先生、止めたほうがいいって! 爆豪あいつ相当クレイジーだぜ!」
「いや……」
爆豪が装備を構えた時は危険と判断し止めたオールマイトだったが、怒りに駆られているようで爆豪の妙に冷静な部分にも気付いていた。
『爆豪少年、次それ撃ったら強制終了で君らの負けとする。屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く! ヒーローとしてはもちろん、ヴィランとしても愚策だそれは! 大幅減点だからな!』
音声で攻撃を止められた爆豪はさらに苛立ちを増幅させ、再び緑谷に殴りかかる。緑谷は応戦しようとするも爆豪の画一的ではない攻撃にやられる一方だった。
「目くらましを兼ねた爆破で軌道変更、そして即座にもう一回……。考えるタイプには見えねぇが意外と繊細だな」
「慣性を殺しつつ有効打を加えるには左右の爆発力を微調整しなきゃなりませんしね」
「才能マンだ才能マン、ヤダヤダ……」
画面の一方的にも見える殴打戦に生徒たちの評論が飛び交う。
オールマイトはうんうんと満足げに聞いたが、壁際のの様子に変わりはなく、うーん……と唸るしかなかった。
爆豪の一方的な暴行に緑谷はどんどん策を失い逃げ惑う。緑谷が逃げれば逃げるほど激情する爆豪。
「なんで個性使わねぇんだ、俺を舐めてんのか!? ガキの頃からずっと! そうやって!!」
「違うよ」
「俺を舐めてたんかてめェはぁ!!」
言い合いながら闘う二人は必死にもがいているようにも見え、オールマイトはマイクを握り締めながら、止めるべきと考えながら、止めたくはなかった。
「君が凄い人だから勝ちたいんじゃないか! 勝って、超えたいんじゃないかバカヤロー!!」
逃げる一方だった緑谷が初めて見せる抵抗。
ついに拳を握った緑谷に応戦する爆豪。
あまりの激戦に観察する生徒たちも拳を握って画面を見入る。
「先生! やばそうだってコレ! 先生!!」
どこで止めるべきか。教師としての判断。師としての期待。
迷い、止めかけたその時、攻撃に出た緑谷は真っ向する爆豪ではなく天井に巨大なパワーのパンチを繰り出した。振りかぶった衝撃が上階まで建物の中を突き抜けていく。それは5階中央のフロアにいた麗日と、核を守る飯田の立つ床をも破壊しコンクリートを巻き上げた。崩れ落ちる柱。麗日はその柱の重力を無効化し振りかぶると周囲のコンクリートを撃ち飛ばし飯田を攻撃し、飯田が飛んでくるつぶてをガードしたその隙に自身を無重力化し飛び跳ね、目標の核を回収した。戦闘訓練第一戦目は「ヒーロー」チームに軍配が上がった。
個性を使用した緑谷はまた腕を負傷し、爆豪から受け続けたダメージも合わさって即刻保健室へと運ばれた。真っ向で勝負し、緑谷を倒すことで頭をいっぱいにしていた爆豪は、作戦を立て任務を遂行しようとしていた緑谷の策略に気付かず、結果負けた。緑谷に負けた。爆豪はその現実を受け入れられず、打ち震え、激情に乗っ取られようとしたが、突如現れポンと肩に手を置いたオールマイトに誘導されモニタールームへ戻り、全員での講評が行われた。
「さぁどんどん行こう! 第二戦目は……ヒーロー、轟・障子組VSヴィラン、葉隠・組!」
再びくじが引かれ、第二戦目の組が決定する。
自分で引いておいて、あの激しい第一戦の直後にこれか、とオールマイトは己の引きの良さを少し呪った。
「ぅわお! 来たね、さん」
「寝るとこだった」
「コラ! 目ェ覚まして!」
場所を変え、手渡された新たな建物地図を受け取る。
小型無線を耳に取り付け、葉隠の「聞こえる? さん」と女の子らしいかわいい声が直接耳に届くとはゾゾッと身の毛がよだち、外した。
モニタールームから出る4人は所定の建物へと向かい、敵側となったと葉隠は中へと入っていった。
「核移動させなきゃね、どこがいいかな。狭いところに隠すか、守るために広いところにするか……」
「広いところがいいよ」
「でも轟君と障子君だよ? 障子君なんてガンガンきそう、でかいし」
「隠密行動超得意だろ」
「うん……、うん、よーし、私ちょっと本気だすわ、手袋もブーツも脱ぐわ!」
うおー! とヤル気をみなぎらせる葉隠は装備してた手袋とブーツを手に取りポイと放った。
いいのか。まぁもともと全裸だったか……とは思う。
葉隠の個性は「透明人間」。その姿は誰の目にも映らず、耳の小型無線が浮いているように見える。作戦は核の部屋に、隠密に動く葉隠がヒーローチームのどちらかを「確保テープ」で確保することになった。
「男チーム対女の子チームかー、あの轟って推薦組だろ?」
「女子ガンバレ!」
では第二戦、開始!
スタートの合図が鳴り、葉隠が部屋から飛び出していく。
「女子チームのキーパーソンはやっぱあの透明女子だよな」
「しかし急造チームでは味方としても彼女がどこにいるか分からなくなってしまうぞ。声を出せばバレてしまうし」
「もう一人の子は……、さんてどんな個性なんだろう」
「きのうのテストで誰か何か見た?」
「いや」
「コスチュームもシンプルっつーか、普通だし、むしろ私服かってくらいだぞ」
「手には何か意図があるのかしら。もう始まっているというのに、ずっとポケットに入れたままですわ」
「ほんとだ、ヨユー」
「でもあいつさ、なんていうか……雰囲気あんな、どことなく」
「そうか? ボーっと立ってるだけに見える」
第二戦が開始し、モニタールームでは訓練の形式が分かった生徒たちが第一戦より多弁に意見を交わす。
モニターでは入口を見つけたヒーローチームが建物内に潜入したところで、葉隠はどこにいるのか、やはりどんなに目を凝らしても見えない。は一人核の前に立っている。特に不安がる様子も周囲を警戒する様子もない。
さて、どうなるかな……。
生徒たちと同じように画面を見つめるオールマイトは、手に握ったマイクを脇腹に構え、戦況を見守った。
尾白君ごめんなさい。 「女子ガンバレ!(峰田)」