対人戦闘訓練、第二戦。ヒーロー轟・障子組対敵葉隠・組。
と葉隠が建物内へ入り敵側としての作戦を立てた5分後、轟と障子が建物内へ潜入を開始した。
「4階北側の広間に一人。もう一人は同階のどこか……、素足だな……。透明の奴が伏兵として捕える係か」
体格のいい障子は異形型。背中面から伸ばした触手の先端に自身の身体を複製することが出来る。触手の先に復元した耳で建物内の微細な音を聞き障子は先へ進もうとした。
「外出てろ、危ねぇから」
しかしその障子の情報さえも無視して轟は右手を構え歩きだす。
「向こうは防衛線のつもりだろうが……、俺には関係ない」
轟は右手を壁に添え力を発動する。瞬間壁から天井へと氷が伝い瞬く間に建物全体が氷結した。絶対零度の最中、轟は4階へと歩を進め核のある部屋へ踏み入る。完全に凍てついた室内で奥にある核と、その隣に立つを視界に入れ、淀みなく室内へと脚を進めた。
「動いてもいいけど、足の皮剥がれちゃ満足に戦えねぇぞ」
冷たく静かに見据え勧告する轟。
見えない姿で確保を狙っていた葉隠も、ブーツを脱いだ素足が仇となり動けなくなっていた。
「仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化!」
「最強じゃねぇか!」
「ありゃ何も出来ねぇわ……」
上階よりも被害の大きい地下のモニタールームで戦況を見つめるオールマイトも生徒たちも、ガチガチと震えながら轟の強大な個性の力に成す術が見当たらない。相対するチームだけでなくそれぞれに強い個性を誇示しヒーローへの道を歩み出したA組生徒たち全員にまでレベルの差を見せつけた轟はそのまま歩を進め核にタッチし、第二戦もまたヒーローチームの勝利となった。
誰も傷つけず、何も壊さず静かに状況を完全制圧した轟は、本年度ヒーロー科推薦入学者4名のうちの一人。敵チームも何らかの策は講じていただろうが何も出来ずに終わる、当然こうなるだろうと予測の通りとなった轟は核にタッチした。
「やる気あるのか?」
轟は手を止めに振り返る。
轟が部屋に踏み入った時から慌てるでも悔しがるでもなく静かだった。それだけでなく轟はモニタールームで第一戦目を観察していた時から他の生徒たちがモニターに釘づけになる中、一人だけが戦況を論ずることもなくいたことに、生徒の中で唯一気がついていた。こうして相対していても何のアクションも起こさない。足は凍てついているとはいってもそれより上は動くだろうに、その両手はポケットに入れられたままでまるで抵抗する意思を感じない。
「良い力だな」
独り言のように零す。
「自信失くしたか?」
最初に見た時から一切その顔に表情はなかっただけど、ふと吹き出し笑った。
「早く溶かせよ。あの子裸足なんだ」
はパキ、パキンと両足を氷から外す。
凍ってなかったのか。なら何故応戦しなかった。それに何故”溶かせる”と。
「大丈夫?」
「痛タタタタッ……無理ぃ!」
動けないでいる葉隠の元へグローブとブーツを持っていく。
その様子を見て、轟は左手を再び核につけ熱を発した。瞬く間に氷は溶けポタポタと雫を垂らし、蒸気に包まれる建物内は洪水の後のように湿気た。
轟の個性は「半冷半燃」。右手で凍らし左手で燃やす、範囲も温度も未知数の強大な力。
「歩ける?」
「ちょっと、待って、痺れて……くぅ〜!」
葉隠の足を止めていた氷は溶けて自由になったが、冷やされ続けた素足には感覚が無く痒みを通り越して痛みが走っており、動けないでいる葉隠にグローブとブーツを履かせるとはその体を抱き上げた。
「え、え!」
「嫌? 自分で歩く?」
「いやっ、そんな、ありがとう……」
お疲れ、戻っておいで4人とも! 第二戦を行った4人の無線にオールマイトの声が届く。
グローブとブーツが浮いて見える葉隠を抱いて建物を下りていくを、轟はポタポタと雫の落ちる中見ていた。
モニタールームで行われた講評では「圧倒的な轟のパワーに対し成す術が無いことは仕方ない」と一致し「ならば何が出来たか」という論議になった。は目立って論議に参加しないが、手足を擦り温める葉隠の隣にいた。「もう痺れなくなった」「よかったね」ささやかだが会話もしている。オールマイトはその様子を見て拍子抜けすると同時に「なんだ」と安心した。
間をおかずに第三戦目の対戦カードのくじ引きが行われ、生徒たちは自分の個性を発揮し、屋内での対戦方法と敵の思考を考察しながら訓練は進んでいった。短時間で敵を制圧すること、敵の戦法を読むこと。それぞれに力を駆使し活躍を見せつける生徒たち。そして終盤に差し掛かった第九戦目、再びと葉隠は名を呼ばれた。
「またあの女子チームはガタイいいのと当たるなー」
「女子ガンバレ!」
今度はヒーロー側に配置されたと葉隠は建物の前に立ち、葉隠はグローブとブーツを脱ぎ捨てた。
敵側はクラスでも体格の良い砂藤と口田。二人はその体格の良さを活かし、上階の広いフロアに核を置き二人で迎え撃つようだった。
「やっぱりこの二人なら葉隠をどう動かすかだよな」
「ヴィラン側よりヒーロー側の方が透明なの使えるよな」
「となるとはおとりとしてどう動くかってとこか?」
第九戦目がスタートし、建物内を奥へ歩いていくを定点カメラが捉えている。
潜入というにはあまりに堂々とした歩行で、まるで警戒心がない。
モニターを見る轟は「まただ」と思った。
「まぁおとりだもんな。見つかれば相手の警戒を自分に向けられるわけだし……」
「それは敵が二人だけだという思いこみのせいですわ。実際には何人のヴィランが潜んでいるのか分からないというのに、あまりに軽率ではありませんの」
「確かにコーナーでもまるで警戒してないし、部屋の中も確認しないで普通に通り過ぎてく。なんか、そういう”分かる”系の個性なのかな」
「分かる系って耳郎や障子みたいに音とかで?」
「じゃなきゃこんなにまっすぐ砂藤と口田がいるところまで行けないよ」
開始して1分が経とうとした時点では3階まで上がって来ていた。どこに核兵器を置いているかも知らないのに、他の階や部屋を一切見もせず、砂藤と口田が待ち構えているフロアへと淀みなく進んでいく。
「でも砂藤と口田も徹底抗戦の構えだぜ。一番広いところに陣取ってるしよ。ここで構えてりゃ絶対守れるっていう自信が見えるぜ!」
モニターに映るが砂藤と口田の待ち構えるフロアへと近付くにつれ観察する生徒たちの期待も上がっていく。あの鉄壁に見える強靭なガードをどう崩そうとするのか。
開始時から一切変わらない歩調でついに砂藤と口田の待つフロアへやってきた。その姿を正面に見据え、砂藤はグッと構え迎撃の態勢を取った。
「口田、あの透明のヤツがいるだろうから警戒しろよ」
うんうん、口田は砂藤の少しうしろで頷く。気合の入っている砂藤に対し、口田はドキドキと緊張した面持ちを隠せない。
見るからにパワー型の砂藤を前にしてもは再び歩き出す。どうするつもりなのか、正面から戦うつもりなのか。近付いてくるを前に砂藤は戦う構えを見せながらも、どこに潜んでいるかもしれない葉隠に気持ち悪さを感じた。
「口田、もう一人は頼んだ!」
「!?」
砂藤は目の前の標的に集中しきれずにいては勝てないと判断し、潜んでいる葉隠のことは口田に任せに向かっていった。ドドドッと一直線に突進していく砂藤はを取り押さえようと両手を構え、もまた向かってくる砂藤を前にずっと収めていた右手を出した。
「ストーーーップ!!!」
突然耳の中に響いた声に砂藤は驚きバランスを崩し前のめりにゴン、と頭を打って止まった。モニタールームで戦況を見守っていたオールマイトの声に、傍にいた他の生徒たちも全員驚きひっくり返った。
「ど、どうされたのですかオールマイト、突然……」
「声でっけぇ……!」
「いやすまない、どうもさっきから小型無線の調子が悪いようだ。少女の分かな?」
「はああ?」
「これでは公平な講評が出来なくなってしまうから、取り返させてくれ!」
「せっかくやる気なってるとこ水差すなよなぁ、砂藤たちに悪いぜ」
「すまないすまない、すぐ取り替えてくるよ!」
そうオールマイトはモニタールームを飛び出ていくと、颯爽と現場に現れ戦闘真っ最中の4人に何度も謝った。
「すまないな少女、君も階段のところからやり直してくれるか!」
砂藤と口田を核の前に戻し、オールマイトはの小型無線を取り替え階段前まで戻した。
「少女。君は今、”ヒーロー”だよ」
ポン、との肩に手を置くオールマイト。
いつも浮かべている余裕の笑顔で、をジッと見つめる。
その眼を見返し、が右手を下げるとオールマイトはすぐさま身体を翻し「さぁ再開だ!」と戻っていった。
オールマイトがモニタールームまで戻ってくると所定の位置から再スタートの合図が鳴る。砂藤と口田は断ち切られてしまった集中を何とかもう一度引き締めようと構え、もまたボリボリと耳のあたりを掻き再度核の方へ歩き出した。
「そりゃあんなとこで腰折られちゃやる気失くすぜ」
「うん、ごめんね……」
「いや、先生のせいってわけじゃねーけど……、けどまぁ、なぁ!」
思わず口に出してしまった切島の気持ちは全員が共感するところだけど誰も同意は出来ない。本当に済まないと深く反省するオールマイトに切島は必死に頭を上げさせた。みんなが苦笑いを浮かべたりまだ耳が痛かったりしている中で、轟だけはオールマイトの行動に違和感を抱いた。
再開した第九戦はその後、マンツーマンの形を取った砂藤が再びを捕まえようと走りだすも避けられた。立て直し追いかけ掴もうとするもあと少しというところですり抜けまた空を掴まされた。
「はは、振り回されてんなー」
「砂藤も動き悪くねぇんだけど、あいつすばしっこいな」
掴んだ、と思うのにいない。ここだ、と手を伸ばすのにぬるりとすり抜ける。あまりに避けられ馬鹿にされているようにも思えてきて、砂藤は拳を握り動きを止めにかかるも、捉えたと思った時には拳は空を切っていて、かすりもせず気がつけばすてんと地面で頭を打っていた。
「オールマイトせんせー!」
続く砂藤とのやりとりに全員の視線が集まっていると、無線機に葉隠の声が入った。
ここだよー! と核の上のほうで小型無線がブンブン動いていて、口田がいつの間にと慌てる。
全員すっかり忘れていた葉隠が核に飛び付き確保したことで第九戦目は決着し、ヒーローチームの勝利となった。
「お疲れさん! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! しかし真摯に取り組んだ! 初めての訓練にしちゃみんな上出来だったぜ!」
全員の訓練が終了し、オールマイトの賛辞に生徒たちは充実感を得た。
常に追い立て切羽詰まらせる過酷な相澤の授業の後にこんなまっとうな授業が行われると拍子抜けにも感じたが、生徒たちはチームを組み敵対しそれぞれの戦い方を目にしたことで親近感も仲間意識も芽生えだし、ワイワイと更衣室へ向かっていった。
「あれー? さんどこだー?」
ぞろぞろと校舎へ向かうA組生徒たちの中で葉隠がキョロキョロとを探す。
「あれじゃありません?」
「わ! はや、もうあんなとこに! 話したかったのにぃ」
「戻るところは同じよ透ちゃん」
「そっか、今日一緒に帰ろーっと」
授業終了と同時に他を寄せ付けず足早に去っていったのは爆豪だったが、もまた早々に校舎に入っていた。
静かな廊下を歩く爆豪は一戦目終了から明らかに様子が変わっていた。いつもなら対抗意識と怒鳴り声でどこにいてもその存在を強烈に主張してくるのに、一言も発さなくなった今は地中に潜む地雷のように密やかだった。強い自尊心が一番見下していたものに崩され、怒りが怒りとして形成されず、知らない物体が体内に入りこみぐるぐると駆け巡っているようだった。
更衣室の手前の廊下で爆豪は足を止めた。
どうしてだか歩くことすら分からなくなった。
「邪魔」
遠いところから落ちてきた雨の最初の一粒のような声だった。
「ああ……?」
顔中に鬱憤を塗りたくった顔で爆豪は振り返る。けれどもそこに誰もいなかった。
キ、とまた背後で音がしてすぐにそちらに振り返ると、自分の向かう先だった男子更衣室の手前の扉が開いていて、が中へ入っていった。扉にその姿が隠れる寸前までの白けた目が爆豪を見ていて、何も言わずパタンと扉は閉められた。知った風な目で、馬鹿にしているような。蔑まれたと感じた爆豪だったが、それが今までのようにすぐに怒声となって飛び出てはこなかった。怒り方も、怒りというものの形さえ、喪失していた。
更衣室で汗を流し制服に着替えるA組生徒たちは教室へと戻り、ホームルームを終えて解散となった。緑谷は保健室からまだ帰ってこない。戦闘訓練の熱がまだ冷めやらない生徒たちは緑谷を待ちつつ反省会しようぜと集まった。
「おいおい爆豪! 待てよ!」
「爆豪君、せめて緑谷君が戻るまで」
カバンを担ぎ席を立つ爆豪は誰の制止も聞かず教室をでていった。
当然二人の因縁など知りはしないクラスメイトたちだけど、爆豪の実力と激しい猛りは感じ取れて踏み込めはしなかった。
「あれ!」
「どーした葉隠」
「さんもいない! いつの間に!」
「あれ、ほんとだ」
爆豪がただならぬ雰囲気で教室を出ていく様を見ている間に、ホームルームが終わったら声をかけようと思っていたがすでにおらず葉隠は廊下を見渡した。
「そいや葉隠、あいつの個性ってなんなん?」
「さん? 振動で人数とか位置が分かるって言ってたよ」
「やっぱ”超感覚”系か。それであんだけ一直線に核のとこまで辿りつけたんだな」
「あんときはどういう作戦だったん?」
「単純に、さんが砂藤君たちのところまで行って引きつけてる間に私が核タッチするって感じだよ」
「それって見つかっても捕まらない自信がねーと出来なくね? 感覚系ってことはそんなパワーはないだろ?」
「反射が速いってことだろ? 砂藤の攻撃避けまくってたもんな」
「言うなよ、アレ結構ショックでかかったんだからよ……」
わはは、と笑い声が上がるうしろでみんなの話を聞く轟は、に氷結で足止めが出来ていなかったことも冷気が伝ってくる振動を「察知」したからなのかと考えた。なら氷を溶かせると分かったのは? 熱も感知するのか?
「おお緑谷来た! お疲れ!」
教室のドアが開き緑谷が姿を見せるとみんなの関心はワッと緑谷に向かっていった。爆豪のめちゃくちゃな破壊力を目の当たりしたことは、同時にそれに対応し続けた緑谷にも称賛が集まった。
みんなが緑谷の元へ集まり騒いでいるうしろを通り抜け轟は教室を出た。放課後の広い廊下は静寂と喧騒を抱き合っている。階段を降り下駄箱近くまできたところで、長い廊下の先にのうしろ姿を見つけた。誰にも気付かれない静けさで教室を出ていった姿は廊下を歩く足取りも静か。
「」
ひと気のない廊下だからこそ聞こえたその声。廊下を歩いていたは声のほうに目を向け、その方に方向を変える。轟もそのまま下駄箱の方へ歩いていき、その途中のが曲がっていった方を見た。
が歩いていく先にいたのは、相澤だった。確かに今一瞬響いた声は相澤の声だったような気もする。誘導されは個室に入り、相澤も入るとドアは閉められた。
。
聞き慣れない呼び名が妙に耳に残った。
女子の中では主に葉隠と関わっていきます。