広い噴水広場に続々と現れる敵の数は生徒の数をも優に超え脅威をむき出しにしていた。
「ヴィランン!? バカだろ、ヒーローの学校の入りこんでくるなんてアホすぎるぞ!!」
「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」
「現れたのかここだけか、学校全体か……。何にせよセンサーが反応しねぇなら向こうにそういう個性を持ったヤツがいるってことだな」
敵の出現に生徒たちは狼狽するが、平静を保てている者もいる。この演習場が学校から離れた場所にあること、外部との連絡が取れなくなっていること、ここで授業が行われる時間割が知られていること。それらは何らかの目的の為に画策された奇襲であることを判らせた。
「13号、避難開始! 学校に電話試せ! センサーの対策も頭にあるヴィランだ、電波系の個性が妨害している可能性がある。上鳴、お前も個性で連絡試せ」
「先生は!? 一人で戦うんですか!?」
イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛。
真っ向から大勢を相手にして有利な個性ではないと知っている緑谷は相澤を案じるが、相澤は大階段を飛び降りた。
広場に現れた敵たちは一人で向かってくる男を迎え撃つ構えをとる。これだけの数を相手に一人で正面から突っ込んでくるなど間抜けの所業とすぐに迎撃態勢を取るも、敵の個性はイレイザーヘッドの「個性末梢」により消され、捕縛武器で捕らわれるとぐんと宙に引っ張られ地面に叩きつけられた。多勢相手では不利と見ていたイレイザーヘッドが次々と敵を倒していく。いつも眠そうに無愛想に授業をこなす相澤先生が。
「個性を消す? 俺らみたいな異形型のも消してくれるのかぁ?」
「いや、無理だ」
イレイザーヘッドの前に異形型の個性を持った敵が現れる。イレイザーヘッドの個性末梢は「発動系」や「変形系」に限り効果があり、もともとその個性が肉体に反映している「異形型」の力を消すことは出来ない。
それでも尚、イレイザーヘッドは止まらない。それは相澤の持つ、個性ではない、純然たる体術の強さ。肉弾戦も強く、その上ゴーグルで目線を隠している為誰の個性を消しているのか分からない。有象無象の寄せ集めでは連携が遅れを取った。
「……無理しちゃって」
広場で敵と戦う相澤を、演習場の天井近くから見下ろす。イレイザーヘッドの強さを前にしてもひるむことなく敵は集団攻撃をするが相澤はそれを一人ずつ確実に数を減らしていく。しかしその戦いを傍観している、最初に姿を露わしたあの男。その男はきのう正門の前で見た。そしてその隣の、人とも言い難いもの。他の敵などただの寄せ集めにすぎないが、”あれ”は違う。”あれ”は駄目だ。
しかしおかしいのが、敵の数と位置。広場だけでなくこの演習場の四方八方、水難ゾーン、火災ゾーン、山岳ゾーンとあらゆるところに敵がどんどんと現れている。何故だ?
入口付近では13号が生徒たちを誘導し避難を始めた。しかしその前に出現する、黒い霧。この優れた警戒網を持つ雄英の中に悟られずに侵入出来る”入口”を作った、「ワープ」のような個性。
「初めまして、我々はヴィラン連合。せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
「は……!?」
「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ……ですが、何か変更があったのでしょうか?」
これだけの人数を成す大きな組織。その目的が、平和の象徴オールマイト。
生徒たちに動揺が走り、13号は生徒を守ろうと構えるが、それより先に敵に向かって飛び出していった爆豪と切島の攻撃がさく裂した。霧状の敵に物理攻撃は効かなかったが、彼らはヒーローを志す雄英の生徒。敵を前にひれ伏すことはない。
「ダメだ、どきなさい二人とも!!」
尚も黒い霧が生徒たちに襲いかかる。13号は「ブラックホール」の個性で霧を吸い込み生徒たちを守るも、何名かの生徒は黒い霧に取り込まれそこから姿を消した。
そうか、とは思った。オールマイトに何の恨みがあるのかは知らないが、たとえオールマイトがここにいたとしても敵はこうして生徒たちを散り散りにし、殺す算段を立てていた。それはオールマイトにより負荷を与える為か、陥れる為か。何にせよ敵の目的は”雄英への挑戦”と”秩序の瓦解”。
「どこの世界も同じだな……」
はパッと掴んでいた鉄筋の梁から手を離しトントンと飛び降りていくと、13号と残った若干名の生徒がまだあの黒い霧と対峙しているエントランスとその先の大階段をも飛び越え敵の渦中で戦う相澤の背後に立つ敵を背中から勢いよく踏み潰した。
「!」
コンクリートに頭を埋め動かなくなった敵の上から歩いてくるを睨む相澤。
だがすぐに戦闘に目を戻した。
「どこにいた」
「上」
「ったく……、生徒たちは」
「あの黒い霧にあちこち飛ばされた」
何だこのガキ、と指を伸ばし捕えようとしてくる敵の個性を相澤が止めると、は瞬間その敵の懐に飛び顔に手を伸ばした。
「!」
相澤の声には手を瞬間ピタリと止め、体勢を変え顎を蹴り入れると地面に叩き伏せた。
「やめろ、下がれ」
「なんだよ、手こずってるだろ」
「いいから、黙って下がってろ」
「なんで」
「お前は手を出すな、言うこと聞け」
「だからなんで」
殴りかかってくる大柄の敵の拳が振り下ろされると、は足を上げるが、それが当たるより先に相澤の捕縛武器が敵を捕えなぎ倒した。
「学校じゃ、生徒は先生の言うことを聞くもんだからだ」
「……ぜんぜん合理的じゃない」
個性を消し攻撃。捕縛し行動不能にするもまた次から次へと。
「そんなに疲弊して、あれとやれるのか」
敵の数は随分と減ってはいるが相澤の息も上がってきている。
それでもまだ周囲を囲む敵はぞろぞろといるし、何より一番最初に顔を見せたあの禍々しいオーラを出す男と、その隣の”あれ”……。相澤の意識にも常にあった。何だ、あれは。
「ならあれは俺がやる。お前は他をやれ」
「切り替え早」
「それが戦闘だ。ただし、いいか、ヒーローは”捕縛”だ」
「ハイハイ」
主犯らしきの男に向き合う相澤対しは他の大勢に意識を向ける。
じり、と足を浮かせた瞬間……相澤の打突がの後ろ首に強く入った。
「!?……」
不意に撃たれ意識がぐるっと回り掠れる中で相澤を睨んだだったがそのまま力を失い倒れ、相澤は泪を捕縛武器で包むとグンと振り上げ大階段の方へ放り投げた。階段近くに落ちたはそのまま動かない。
「おいおい先生……いいのか?」
ついに動き出す男。まだ周りに数もいるというのに。
「それ、とんでもない体罰だぜ……」
「知ったようなことを言うな。現場には現場にしか分からないものがある」
顔を覆う掌。身体の至る所に掴む手。なんだ、何の力を持っている。
周りをいなしながら向かってくる男に捕縛武器を飛ばすも軽く受け止められる。他に気を取られている場合じゃない。相澤はまっすぐその男へ向かっていき体勢を崩させドッと腹に肘打ちを入れた。
「動き回るのでわかり辛いけど、髪が下がる瞬間がある」
ぼそり、くぐもった男の声。
腹に入ったはずの相澤の肘がボロ……と崩れる。
「一アクション終えるごとだ。そしてその間隔はだんだん短くなってきてる。無理をするなよイレイザーヘッド」
腹に入ったと思われた肘は男の手に掴みとられていた。そしてその掴まれた部分からボロボロと崩れていく。皮、肉、筋、骨。
「―ッ!」
殴り返し手を外させ間合いを取る。
しかし間を置かずして周りの敵が襲いかかり息つく間もなく攻撃を返す。
個性を消し、捕え、倒し、避け。
「その個性じゃ……集団との長期決戦は向いてなくないか? 普段の仕事と勝手が違うんじゃないか? 君が得意なのはあくまで、奇襲からの短期決戦……じゃないか? それでも真正面から飛び込んできたのは、生徒に安心を与える為か?」
その相澤を覆う黒い影。
「かっこいいなぁ……かっこいいなぁ……、ところでヒーロー」
気配を察しゴーグルの中で目にした影は、男の隣にいた”あれ”。
「本命は俺じゃない」
……演習場内に散り散りに飛ばされた生徒たちは、待ち構えていた多勢の敵に集中攻撃を受けた。中には戦闘に向かない個性の生徒もいる。けれども生徒たちは一緒に飛ばされた仲間と共闘し、頭を働かせ、それぞれに窮地を凌いだ。
倒壊ゾーンで共闘し敵を蹴散らした爆豪と切島。山岳ゾーンで敵を瞬間で一掃した轟。火災ゾーンで一人隠れては撃ち凌いだ尾白。水難ゾーンに飛ばされた緑谷もまた蛙吹、峰田と共に策を練り負傷しながらも敵を一網打尽にしピンチを脱した。
みんな必死に戦った。恐怖を押さえつけ頭を動かし、仲間の無事を案じた。
オールマイトを殺すなどと言っている敵を放ってなどおけない。
何かしなきゃ、動け、頭を使え、みんなを守れ。
水難ゾーンから脱した緑谷たちは戦い通しの相澤を案じ広場へと向かうことにした。加勢できると思ってのことではなかった。けれどもやはり相澤は生徒を守るため無理をして戦闘の渦中へ真っ向から飛び込んだのだ。何かしなきゃ、みんな戦っている、やらなきゃ、自分たちにも出来る何かを。
そう思っていた。
「対・平和の象徴……改人、脳無……」
地面に押さえつけられた相澤の上に乗る巨体、相澤の腕を小枝のように掴みベキベキと折っていく怪力。押さえつけられているとはいえ、身体の一部さえ視界に入れられれば個性を消せる相澤の力が効かない。つまり、これが素の力。
「ぐぁ……!!」
右手、次は左手……、まるでオールマイト並みのとんでもない力で、人形遊びのように軽く頭を掴まれ、地面に叩きつけられゾッとする鈍い音が広場の噴水まで来た緑谷たちの耳に響く。
やればできると猛りを抱いていた心が、縮み上がった。
まだ、何も見えてはいなかった。
「死柄木弔」
「黒霧……13号はやったのか……」
エントランスにいたワープの黒い霧が広場へ戻ってくる。
「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……、一名逃げられました」
「………………は?」
13号が戦っていたワープの霧を掻い潜り、飯田が学校へ報せに走っていた。
それを聞いた男、死柄木は不満げに唸り声を発し首筋をガリガリと爪を立てて引っかきだす。
「ゲームオーバーだ、あーあ……、今回はゲームオーバーだ……」
帰ろっか……。
手を止める死柄木が呟く。噴水に身を潜める緑谷にもそれは届いた。
帰る? ゲームオーバー……? 何を考えているんだ、こいつら……!?
激しい恐怖の中にある小さな抵抗。オールマイトを殺すと言ったヤツらへの畏怖と、昂る怒り。
そんな感情のせいか。ただ見えなかっただけか。
消えてはいなかった禍々しいオーラを引きずった男の掌……相澤の肘を崩したあの掌が、隣の蛙吹の小さな顔を包んでいた。
「……本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド……」
掌の力は働かなかった。
脳無の手の下で粉々に骨を砕きながらも相澤が生徒を守った。
ヤバいヤバいヤバいヤバい。緑谷は飛び出し拳を死柄木に振った。個性の超パワーがこんな時にちゃんと働いた。けど死柄木には当たっていなかった。脳無がいつの間にか前にいた。超パワーはちゃんと働いた。なのにまるで効いてない。脳無に腕を掴まれる。相澤の骨が砕ける音が脳裏に過ぎる。再び死柄木の掌が蛙吹を襲う。何も見えてなかった。分かっていなかった。もう駄目だもう駄目だもう駄目だ!……
―おい、! しっかりしろよ、おいっ!
身体を揺さぶられ頭に痛みが走った。
おかげで意識が戻り余計に痛みを自覚した。
「ッ……」
「あッ、起きた! 起きたぞ!」
「大丈夫、ちゃん」
背筋から後頭部にかけてズキズキと痛みが響き視界が冴えない。
「相澤先生の武器に包まれていたわ、相澤先生が助けてくれたのね」
「まったくすげぇぜ、俺らの相澤先生はよ!」
痛む部分を押さえて起き上がろうとすると蛙吹と峰田が肩を支えた。
肩までくるまった相澤の捕縛武器が落ちる。
「どうなった……?」
「もう大丈夫だ、オールマイトが来てくれたからもう大丈夫だぜ!!」
「みんな無事よ、まだ終わっていないけど」
オールマイト……。
蛙吹にも峰田にも汚れた顔に安堵があった。
「相澤先生は……」
蛙吹が振り返る方に横たわる血みどろの相澤。
「あんなになっても守ってくれたの……、息はあるわ」
「おまえも相澤先生のところにいたのか? 気付かなかったぜ」
「あんなにいっぱいヴィランがいたところに、大変だったわね」
顔色が見えないほど赤く血に染まる相澤。砕けた両腕、意識のない顔。
は激情に駆られた。沸々と湧き起こる怒りに似た、何か。
「さすがオールマイト、ぶっ倒せ!」
「オールマイトー!!」
階段上のエントランスから声を上げる砂藤と瀬呂。
まだ戦っている。は痛みを押さえて立ち上がった。
その瞬間、わっと熱風のように走る圧。脳無と戦うオールマイト。
「ちゃん行きましょ、相澤先生を運ぶわ」
「おい行くぞ、聞ーてんのか!」
少し先に緑谷、爆豪、切島、轟。
けどその誰もがただ棒立ちするだけ。オールマイトだけが戦っている。
手を出すなと言った相澤と同じ。
真っ向から殴り合う。一発一発の激しい爆風が周囲の木々を煽り倒す。
手を止めず殴り殴り殴り、ついには打ち勝ちあの脳無を吹き飛ばし天井をも突き抜け吹っ飛ばした。
何というパワー、何という存在感。
蛙吹たちが昇っていった階段の上から生徒たちの歓声が飛ぶ。
もう誰もが確信している。勝利、安全、平和。
あのパワーに。あの存在に。
絶対的正義……、平和の象徴……。
「はじめまして……オールマイト」
意図せず零れ出た言葉は誰の元にも届かず、そこでだけ消えた。
最後に残った死柄木と黒霧も、駆けつけた教師陣のプロヒーローたちを前に退散を余儀なくされ、ようやく脅威は去った。誰もが怖かっただろう。それでも立ち向かい、無事生き残った。誰の顔にも疲弊と安堵、汗、涙、傷、汚れ。
だけが綺麗なままだった。
原作沿いは原作の描写だけしててもつまらんので難しい。