LESSON07 - Scars

 深い爪痕だけを残し敵が去った演習場。
 戦闘の砂埃がオールマイトの周辺をいまだもくもくと包んでいる。

「なんてこった……」
「これだけ派手に侵入されて逃げられちゃうなんて……」

 飯田が必死に駆け抜け呼びに行った教師陣は、オールマイトと対峙していた敵・死柄木に銃弾を浴びせ痛手は負わせたものの、黒霧のワープゲートに逃げ込まれ捕獲には至らなかった。しかし今はまず生徒の安否が最優先と雄英高校校長の根津に命じられ各地へ飛ばされた生徒たちの救出に走った。
 オールマイトを助けようとたった一人渦中へ飛び込んだ緑谷は両足を負傷し動けない状態にあり、近くにいた切島は大丈夫かと駆け寄ったがその行く手をプロヒーロー「セメントス」に阻まれ、ケガ人は任せて安否確認の為ゲート前に集合をと指示され、一緒にいた爆豪、轟と共にゲートの方へ向かった。

「あ、おい? お前は無事だったのか!?」

 オールマイトの戦いからずっと渦中を見据えているはいまだ相澤に打たれた後頭部への衝撃をずくずくと感じ、疼く痛みに連動して沸々と沸き続ける苛立ちを抑えられずにいた。階段まで来た切島は一人立っているを見つけ手を上げるも、は切島たちが傍まで来るより先に踵を返し階段を上がっていった。なんだよと切島は手を下げる。

 警察が到着し敵の残党が逮捕されていく中、各所へ散っていた生徒たちは全員ゲート前に集められた。重症の相澤、13号は病院へ搬送。オールマイト、緑谷は雄英の保険医・リカバリーガールの処置で間に合うとのことで保健室へと搬送されたが、その他の生徒たちには大きなケガもなくそれが何よりもの幸いだった。

「尾白くん、一人で戦ったんだってね……強かったんだね」
「みんな一人だと思ってたよ俺……、ヒット&アウェイで凌いでいたよ……。葉隠さんはどこにいたんだ?」
「土砂のとこ! 轟くんクッソ強くてびっくりしちゃった」
「何にせよ無事でよかったね……」
「そうか、やはりみんなのとこもチンピラ同然だったか」
「ガキだとナメられてんだ」
「とりあえず生徒らは教室へ戻ってもらおう。すぐ事情聴取ってわけにもいかんだろ」
「刑事さん、相澤先生は……」

 最も重傷を負った相澤をゲート前まで運んだ蛙吹が状態を尋ねると、現場を統括する警察庁塚内警部は電話で連絡を取り相澤に付き添う者に様態を聞いてくれた。両腕粉砕骨折、顔面骨折。幸い脳に異常はなかったが、眼窩底骨が粉々になっており、最悪目に何かしらの後遺症が残るとの診断だった。
 誰よりも真っ先に敵の気配に気づき真っ向から飛び出してくれた相澤の重症は生徒たちを消沈させた。落ち込んだり心配し合ったりする生徒たち。その中で爆豪が集団から一歩外れているに気付き見た。も相澤の様態を耳に入れはしたが案じる気配はなく、いまだ眉間に集中する不穏を拭いきれないでいた。

 制服に着替え教室に戻ってきたA組生徒たちは、演習場内で一緒だった者同士グループごとに分かれ、順に別室に呼ばれ事情聴取が行われた。順番を待つ間も生徒たちは敵の思惑は何だったのか、どう対処すべきだったのかと話しあい、聴取が終わった生徒もなかなか帰れずにいた。

「あれ、がいねーぞ」

 窓側の列に座る峰田が自分の前のふたつの空席に気付き声を上げた。一つ前の緑谷は保健室にいるはずだが、その前のの席も空いていて、普段はそう見えることのないもうひとつ前の爆豪が窓を背にドカッと座っている姿がよく見えた。教室内は席を立ち話している者もいるが、はそのどこにもいない。

さん、順番までには戻ってくるからってどこかに行っちゃったんだよ」
「そんな勝手な行動を……、そもそもいつ順番が回ってくるかわからないじゃないか」
「なんか、テキトーに呼んでくれればいいって言って」
「呼ぶって、どうやってだ、適当とはどうするのが適当なんだ」

 グループごとに別室へ呼ばれ、もう大半の生徒が聴取を終えている。
 じきに最後のの順番も回ってきそうだというのに。飯田は立ち上がりを探しに行こうとした。

「もしかしてどこかケガでもしてたのかしら。ちゃん、相澤先生と一緒だったみたいだし」
「相澤先生とって、あの広場か? いちばんヴィランがうじゃうじゃいたとこじゃねーか」
「一緒のところを見たわけじゃないけど、私たちが広場に行った時にはもう相澤先生があの大きなヴィランに酷くやられていて、ちゃんは大階段のそばで気を失っていたわ。相澤先生の捕縛武器に包まれて」
「捕縛武器に? なんで?」
「分からない。相澤先生が守ってくれたのかと思ったけど、ちゃんは何も答えてくれなかったわ」
「そういやあいつ階段のとこにいたけど、声かけても答えずに行っちまったな。ヤベェ、どっかケガしてたのか?」

 蛙吹の話に切島が乗ると、教室後方の扉が静かに開き、が姿を見せた。

くん、どこへ行っていたんだ!」
「着替えてもないじゃねーか、どっかケガでもしたのか?」

 自分の席へと向かうに駆け寄った切島はの様子に異変を見た。肩を弾ませる程の荒れた呼吸を口内に抑え、前髪で見え難いながらもポタリポタリと汗を流している。まるで何十キロも走り終えた後のような。何の反応もないままは自分の席へと戻ると机にかけてあるカバンを掴んだ。

「頭冷えたかよ」

 の前の席で爆豪が呟く。ゲート前で見たような不穏な表情程ではなくなっていたけど、普段うしろの席でたまに見かける顔はこれとは別人にもっと何も感じていない顔だった。目線を上げてくる爆豪にも前髪の下で目を合わす。けど無関心に目を離し前方扉へ向かっていった。

くん、どこへ? 君はまだ聴取が終わってないぞ!」

 出ていこうとするを飯田は呼び止めたが、直後、前方扉が開き八百万と耳郎と上鳴が聴取から戻ってきた。

「終わりました。最後は尾白さんと青山さんとさんです、わ……?」

 教室内に声をかける八百万の横を通り過ぎていった
 クラス全体がなんというタイミングの良さに呆気にとられていると、尾白が慌てて立ち上がり駆け出ていって、その後を青山も悠々と出ていった。

ってあんなだっけ」
「いや、まだ話したことないから……。印象薄いっつーか、あんま目立ってないしな?」
「え、なに、どーしたの?」

 静まっていた教室内にざわめきが戻ると、フンと吐きだした爆豪がカバンを掴んで立ち上がった。

「爆豪、帰んのか?」
「うるせぇバカ髪」
「帰宅する者はなるべく複数で帰ろう、みんな気をつけてな」
「飯田くん帰らないの?」
「僕はくんたちが終わるまで待つよ」
「私も、デクくん心配だしなぁ」
「相澤先生の様子、見に行けないかしら」
「あ、私も13号先生気になる!」

 生徒たちは聴取が終わってもなんとなく残っていたが、爆豪が教室を出ていったのをきっかけにそれぞれ帰宅していった。

 別室で警察により行われている事情聴取は、二つのテーブルに各二人ずつ警察官が待機していて、片方のテーブルではまだ常闇と口田が話を聞かれており、と尾白と青山は空いた長テーブルに誘導された。

「尾白くんは火災ゾーンだったんだね。一人で、えらかったね」
「いえ……」

 火災ゾーンに一人飛ばされた尾白は集中的に敵に狙われながらも炎上する地形を利用して身を隠し、倒せる敵は倒しながら戦い抜いた。

さんは広場でヴィランに囲まれたところ、相澤先生が助けてくれたと。同じく近くで見ていた蛙吹さんと峰田くんの話じゃ、主犯の男は死柄木と呼ばれていたらしいが、君は何か他に目撃したことや気になったことはなかった?」
「いいえ」

 隣のテーブルでは調書を終えた常闇と口田が一礼し部屋を出ていき、同じテーブルに座る青山もこれといった証言は取れず退席させられた。

「そう。じゃあ相澤先生のことはさぞ気がかりだろうけど、君が無事なら先生も安心していると思うよ。命に別状はないそうだから安心して今日はまっすぐ帰宅してくださいね」

 はい。静かに答えるの調書も終わり二人も退席した。

さん、あの広場でヴィランと戦ってたの? 相澤先生が一緒だったっていってもあそこは一番ヴィランの数も多かったし、やっぱりすごいね、力あるんだね」

 もう全校生徒が帰宅した空虚な学校内を行く泪を尾白は追いかけ声をかけるも、から返ってくる言葉はない。演習場へ向かうバス内で話した時はもう少し話しやすかったのに、今は表情は平穏でもどことなく近寄りがたい。

「あの、さん、バスに乗る前……俺、何か武道やってるのかって聞いたろ? あの時、さん、スポーツは何もって答えた」
「だから?」

 答えのなかったから返答があった。
 尾白は一歩踏み出しに向かい合った。

「俺は小さい頃から空手習ってて、俺こんな尻尾あるけどそれだけじゃヒーローって程強くはなれないから、毎日練習してずっと鍛えてきたんだ。今回だって、そのおかげで何とかヴィランとも一人で渡りあえて、成果が出たんだと思ってる。戦場において武道は役立つのかっていう議論は聞くけど、俺は信じてる。武道はスポーツじゃない。スポーツを下に言うわけじゃないけど、武道はスポーツじゃないよ」

 バスに乗った時から小骨のようにずっと引っ掛かっていたそれを、尾白は強い意思の滲みでた口調で吐き出した。それは尾白が幼い頃から地道に培ってきた、信じてきた穢されたくない軌跡だったから。

「急がなくていい」
「え……?」
「死ぬときに答えは出る」

 止められた足を前に、は尾白の隣を通り過ぎていった。
 出した答えは決して間違ってはいないと思うけど、それに対し返ってきたものはまた胸の奥に小さな塊となって残った。

 敵の襲撃を受けた雄英高校は全校生徒を即時帰宅させた後、翌日も臨時休校となった。白昼堂々の雄英襲撃、敵連合と名乗る組織と目的はオールマイト殺害だったということが大きくニュースに取り上げられ、世間にセンセーショナルな話題を与えた。それと同時に敵の襲撃を耐え抜いたとしてヒーロー科1年A組もまたその雄姿が伝えられた。

 そんな世間の注目度とは相容れず、本物の敵の脅威、プロの世界、実戦を目の前で体験したA組生徒たちの気は休まることなく、明くる日の登校日を迎えた。

「ねぇねぇきのうのニュース見た? クラスのみんなが一瞬映ったでしょ」
「どのチャンネルもけっこうでかく扱ってたよな」
「無理ないよ、プロヒーローを排出するヒーロー科が襲われたんだから」

 教室に全員が揃ったA組生徒たちも、テレビでの大きな扱われ方に驚いた。
 あの日の出来事は出来れば思い返したくない程の恐怖だったけど、これからあんなプロの世界に足を踏み入れようとしているのだから、これも糧にしなくてはいけない。

「みんなー! 朝のホームルームが始まる、私語を慎み席につけー!」

 時計の針が8時25分を指し学校内にチャイムが鳴り響く。委員長の飯田は教卓に立ち指示するも全員ちゃんと着席しており、「ついてねーのおめーだけだ」とつっこまれた。
 いつもならこの時間ピッタリに姿を現す相澤だけど、先日の敵襲撃で相澤の酷いケガを目の前で目撃した緑谷は今頃どうしているだろうかと案じた。相澤と13号は重症の為入院したとだけ聞いたけど。

「おはよう」
「相澤先生復帰早えええ!!」

 チャイム終了と同時に静かに開いたドアから入ってきたのは、顔と両腕に包帯を巻いた相澤で、そのプロすぎる教育姿勢に生徒たちは驚くとともに感嘆を漏らした。

「先生無事だったのですね!」
「無事言うんかなぁアレ……」

 よろりとふらつきながらも教壇に立つ相澤はどう見ても重症者のまま。
 生徒たちを守るために真っ向から敵の渦に飛び込んでくれたのだ、気にせずにはいられない。
 クラス中が相澤を案じている中、緑谷は前の席のだけが相澤の方ではなく窓の外を向いているのを見た。が窓の外を向いているところはよく見かけるが、今朝蛙吹に泪が広場で気を失っていたと聞いた。それも相澤の捕縛武器に包まれて倒れていたと。も相澤を案じてあの場に駆けつけていたのだろうか。それでダメージを負って相澤に助けられたのだろうか。なら、相澤を案じていても良さそうなのに。

「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ」
「戦い?」
「まだヴィランがー!?」

 手負いでも迫力の衰えない相澤の厳しい目が生徒たちを刺す。

「雄英体育祭が迫ってる」

 クソ学校っぽいの来たあああ!!

「待って待って! ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」
「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す……って考えらしい。警備は例年の五倍に強化するそうだ。何よりウチの体育祭は……最大のチャンス。ヴィランごときで中止して良い催しじゃねぇ」

 かつてオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂したが、現在では個性の発現により規模も人口も縮小し形骸化した。日本に於いて今、かつてのオリンピックに変わるのが”雄英体育祭”だ。

「当然全国のトップヒーローも観ますのよ、スカウト目的でね!」

 通常、プロヒーローとはヒーロー科卒業後、プロヒーロー事務所に所属し先輩のサイドキックとして学んだ後、ゆくゆくは独立し己自身の力で本格的なプロヒーローとして活躍していくのが定石。ヒーローを目指す者なら資格を獲ると同時に、早いうちからプロの目に自身の存在を知らしめておくことは有益。

「独立しそびれて万年サイドキックってのも多いんだよね。上鳴、あんたそーなりそう。アホだし」
「くっ!!」

 当然名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。
 プロに見込まれればその場で将来が拓ける。
 年に一回……、計三回だけのチャンス。ヒーローを志すなら絶対に外せないイベント。

「テンション上がるなあー!!」

 ワッと盛り上がるA組。憧れていたあの舞台へ。
 敵襲撃の直後で心配する生徒もいるが、誰もがやる気に満ち溢れた。
 ……なのに、そのクラスの盛り上がりにどこか乗りきれずにいた緑谷は、だからこそ自分と同じく、盛り上がっていない前の背中に気付いた。相澤が教室に入ってきた時からずっと、今も静かに窓の外を向いている、

 関心ないのかな……。
 さんは、どうしてヒーローを目指しているんだろう。

 賑やかな声の飛ぶA組教室内で、この席だけ抜け落ちているようだった。










:: BACK : TOP : NEXT ::