LESSON08 - Sabotage

 雄英体育祭。
 ヒーロー科、サポート科、経営科、普通科の全校生徒参加の体育の祭典。
 学年ごとに分かれたステージで予選競技を行い、勝ち抜いた生徒が本戦で競う学年別総当たり戦。
 かつて国民的スポーツの祭典はオリンピックが最大規模であったが、今となっては未来のヒーローを排出するトップ校、雄英高校の体育祭こそが国民的祭典となっている。多くのマスメディアも大々的に扱いテレビ放送もされ、観覧席には未来のヒーロー視察、スカウト目的のプロヒーローも多く来場する、生徒たちにとっては華々しいプロデビューのキッカケとなる最大のアピールの場でもあった。

 敵襲撃事件から2週間後、ついに迎えた本番当日。

「コスチューム着たかったなぁ」
「公平を期すため着用不可なんだよ」

 1年生ステージのスタジアム内控え室で入場を待つA組生徒たち。
 外では花火が上がり屋台も出ていて祭り気分が盛り上がっている。父兄、一般観客、プロのスカウトマンも大勢来ていることだろう。毎年種目の違う体育祭は直前まで競技内容は知らされない。生徒たちは何やんのかなとワクワク開始時間を待った。

「みんな準備は出来てるか!? もうじき入場だ!」

 時計を見上げ飯田が声を上げる。
 朝から緊張の止まらない緑谷はもうすぐ入場の言葉に更に身震いして何とか気持ちを落ちつけようとしていた。
 去年まではテレビで見ていた夢の舞台に自分たちが立つなんて。緊張しないわけがない。

「緑谷」

 一人そわそわし通しの緑谷に声をかけたのは轟。

「轟くん……、何?」
「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」
「へ!? うっ、うん……」

 轟の声はそう大きくはないが、声をかけられた緑谷だけでなくクラス中が振り返る。
 推薦1位の実力者である轟は普段の授業でも成績がいいことは十分に分かっている緑谷だったが、彼はどこか近寄りがたい雰囲気もあり緑谷はいまだまともに話したことはなかった。そんな彼が自分に話しかけてくる理由など考えもつかず、何事かと驚いた。

「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな。べつにそこ詮索するつもりはねぇが、お前には勝つぞ」
「おお!? クラス最強が宣戦布告!!?」

 轟の発言に上鳴がちゃちゃを入れるが、それを一番疑問に思っているのは緑谷自身。
 何故、轟が、そんなことを自分に。

「急にケンカ腰でどうした!? 直前にやめろって……」
「仲良しゴッコじゃねぇんだ、何だって良いだろ」

 和やかだったクラスのムードが轟の行動で急に神妙めいて切島が仲裁に入るも、轟は肩に置かれたその手を撥ね退けた。

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか……は、分かんないけど……、そりゃ君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う……。客観的に見ても……」
「緑谷もそーゆーネガティブなこと言わねぇ方が……」
「でも、みんな……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって……」

 当初、緑谷はどこか、この体育祭の盛り上がりについていけていない部分があった。
 けどクラスの盛り上がりが日に日に上がっていき、クラスメイトたちが真剣にこの体育祭という舞台に懸けている心情を目の当たりにし、他の科の生徒がA組まで敵情視察に来たりする姿を見て、考えを改めた。

「遅れを取るわけにはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く!」

 強く言いきる緑谷の言葉にクラス中の気持ちが引き締まる。
 そこに「間もなく入場」のアナウンスが流れ生徒たちは気合を入れて立ち上がった。

「がんばろーねちゃん!」

 入場ゲート前から大勢の観客の大声援が聞こえる。
 拳を握り締めているらしい葉隠には小さく笑い返した。

 実況を務めるプレゼントマイクの声がスタジアム内に響き渡る中、入場が開始される。
 通常、体育祭で最も人気があるのは3年生ステージだが、今年は先日の敵襲撃で1年A組の知名度は大きく上がり、1年生ステージは例年以上の盛り上がりを見せていた。360度囲む2階から4階席までの大収容観覧席も大勢の観客とメディアで埋め尽くされ、生徒たちが姿を見せるとスタジアム内の盛り上がりは一気に爆発した。

「わあああ……人がすんごい……!」
「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか……、これもまたヒーローとしての素養を身につける一環なんだな」
「めっちゃ持ち上げられてんな、なんか緊張すんな……! なぁ爆豪」
「しねえよ、ただただアガるわ」

 ヒーロー科1年A組に続いてB組、サポート科のC組、D組、E組、続いて普通科F組、G組、H組、経営科I組、J組、K組。1年生全生徒が揃い踏みし会場の雰囲気に圧倒される中、整列する生徒たちの前の壇上に立つプロヒーロー・ミッドナイトがピシャンと鞭をしならせた。

「おお、今年の1年主審は18禁ヒーロー、ミッドナイトか!」
「18禁ヒーローなのに高校にいてもいいものか……」
「静かにしなさい! 選手宣誓、1-A爆豪勝己!」

 一般入試を一位通過した爆豪が名前を呼ばれ登壇する。
 先日、A組のクラスの前に大勢の生徒が詰め寄せたことがあった。それは敵の襲撃を耐え抜いたA組がどんなものかと見に来た他の科の生徒たちだったのだが、爆豪はその生徒たちにも「意味ねぇからどけモブ共」と悪態ついたことがあった。

「せんせー」

 マイクで響き渡る爆豪の選手宣誓。

「俺が一位になる」

 絶対やると思った!!
 A組の全員がやっぱり! と冷や汗をかく。ただでさえあの時、押し寄せた全生徒を敵に回しA組は調子に乗っているすっかりヒール扱いだというのに。
 全生徒から大ブーイングが飛ぶ中、台から下りていく爆豪。しかし緑谷は感じていた。昔から確かに爆豪は全てを見下しているし口も悪いし態度も悪いが、これまでの爆豪ならああいう煽り文句は笑って言っていた。完全に見下し、バカにするように。けど今の爆豪にそんな気配はない。全員を敵に回し、炊きつけ、敵対心を煽り、自分を負いこんでいると感じた。一位にならざるを得ない状況を作りだしたんだと。

「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう。いわゆる予選よ、毎年ここで多くの者が涙を飲むわ! さて運命の第一種目、今年は……!」

 大画面にバンと映し出された競技名は「障害物競争」。

「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周約4キロ! わが校は自由さが売り文句、コースさえ守れば何をしたって構わないわ。さあさあ位置につきまくりなさい」

 ドームのひとつのゲートが開き、生徒たちがスタート位置に集まる。既に始まっている位置取り競争。そして鳴り響くスタートの合図。
 一斉に駆けだす生徒たちはゲートの中へと入っていく。
 しかしその人数に対しゲートはあまりに狭く、通り抜ける前からごった返し前に進めなくなった。
 つまりスタート地点がもう。

「最初のふるい」

 スタートで良い位置を取った生徒はA組に限らず大勢いた。
 しかしゲートを最初にくぐり抜けたのは氷結で後続を凍り付けた轟だった。

「ってぇー! なんだ、凍った! 動けん!!」
「さみぃ!」

 地面に着いた足から凍りつき足止めを食らう生徒たち。

「甘いわ轟さん!」
「そう上手くいかせねぇよ半分野郎!!」

 しかし身動きの取れない生徒たちの頭上をくぐり抜けてくるのはA組生徒たち。爆破で飛ぶ爆豪、創造の力で棒を作りだし氷を脱する八百万、硬化で氷結を防いだ切島、ビームで避けた青山。他にも多くのA組生徒たちが轟の攻撃を掻い潜り走りだす。A組の生徒たちは皆、先の対人戦闘訓練で轟の氷結は見たことがあった。それに対応し応戦していくA組。以前一位を独占するのは轟だが、続々と後続も追いかける。

 前方ではすでに最初の障害ゾーンに入った先頭グループの活躍で大騒ぎだったが、スタートでてこずった人だかりは今ようやくゲートを通過しようとしていた。しかし今度は凍ってつるつると滑る道にまた戸惑っている。当然彼らも何らかの個性を持ち、偏差値の高い雄英の普通科受験を突破してきたのだが、常に授業でも実戦訓練をしているヒーロー科とは明らかに違う、普通の高校生たちだった。

「相変わらず、だな」

 ゲートをくぐりようやく光の下に出たは、目の前に広がる残った生徒たちの大慌ての惨状を見て呟く。
 轟の氷は大勢の人が通り、地熱もあって溶けかけている。それが余計に足を滑らせるようだった。

「痛たた……!」

 薄くなった氷に足を取られた女子生徒がはまった足を抜けずにいた。
 はその女の子の足元の氷を踏み割り、腕を引っ張り上げた。

「あ、ありがとう……?」
「がんばって」

 場内に響き渡るプレゼントマイクの拡張された声で、先頭集団は最初の障害ゾーンも次々とクリアしている様子を伝えた。巨大ロボの仮想敵が道を塞ぐも個性の使い慣れたA組生徒たちは続々倒し、いなし、くぐり抜け、脱していく。ヒーロー科のB組生徒も他の科の生徒も備わった個性を活かしている。しかし先の敵襲撃で本物の脅威を目の前で見たA組は、敵を前に何をすべきなのかの判断が早かった。一歩の遅れが命取りになることを知った。次々と障害をクリアしていくA組の独壇場のようだった。
 はおよそ2ヶ月前、ヒーロー科一般入試があった日に演習場でこの大型ロボと戦う受験生たちを眺めていた。その時から爆豪や切島、飯田や常闇などヒーロー科に所属する生徒たちの活躍は目覚ましかった。巨大ロボに普通科の生徒たちは及び腰になっているが、今さらこんなロボットはA組の敵ではないのだろう。泪が行き着いた時にはもうヒーロー科の生徒は誰もいなかった。

「おい、お前危ないぞ!」

 ロボットに逃げ惑う生徒たちの騒ぎの中をは小走りに通り抜ける。仮想敵は動く者に反応して追いかけ攻撃をしかけてくる。当然走り抜けるを感知し攻撃を仕掛けてくるが、そのどれもには当たらなかった。腰を抜かす生徒もいる中、がひょいひょいと駆けていくからそちらに反応を感知した仮想敵がどんどん増えてくる。踏みつぶそうとしたりなぎ払おうとしてきたり、ロボットはそれぞれに攻撃を仕掛けてくるがひょいひょいと避け走るにはやはりそのどれも当たらなかった。

「なんだあいつ……?」

 もう見えなくなったにポカンとする生徒たち。
 しばらく走ると途中からもう仮想敵は追いかけてこなくなった。どうやら範囲が決まっているようで、それはつまり次の障害があることを意味していた。先程の仮想敵に恐れ進めない生徒たちがいたのと同様に、障害の手前で立ち止まっている生徒が大勢いる。今度は地面が割れ飛び石のようになっているところにロープが渡っているだけの道を通過しなくてはいけないらしかった。落ちれば遥か下の谷底まで落ちてしまう。頼りは一本のロープだけ。しかしそこにももうA組の生徒は誰もいない。
 ロープの上を行くは途中、挑戦はしたが力尽きぶら下がって動けなくなっている生徒を掴み、向こう側まで渡った。

「行ける?」
「いや、無理、もう無理!」

 ひとつのロープを渡り切った後もまだこの障害ゾーンは続く。途中拾い上げた男子生徒はブンブンと首を振った。
 次のロープを渡る途中、先の方で大きな爆発音がした。爆豪かとも思ったけど、爆豪の音はまた別で響いている。

『後方で大爆発!? 何だあの威力! 偶然か故意か、A組緑谷爆風で猛追ー!!』

 爆音に混ざって響いてくるプレゼントマイクの実況アナウンス。先程から轟や爆豪を始めA組生徒の名前がよく叫ばれているが、終盤になって緑谷の名前がようやく呼ばれた。

『さぁさぁ序盤の展開から誰が予想できた!? 今一番にスタジアムへ還ってきたその男、緑谷出久の存在をー!!』

 スタジアムに大歓声が沸く。ようやくゴール到達者が出たようだ。その後も次々到着する生徒の名前が呼ばれていく。
 全てのロープを渡りきり走っていくと、地面に細かく穴のあいた最後の障害ゾーンが出てきた。地中に地雷が埋まっているようで、大勢の生徒が通ったゴールまでの直線上はほぼ爆発して掘り返されており、特に注意深く見ずとも渡れるレベルのものになっていた。

 核の次は地雷か。平和だな。
 ポツリ零し、泪はスタジアム内に沸き続ける歓声を見上げ、A組生徒全員がゴールしたのを聞き走りだした。

「ようやく終了ね、それじゃあ結果をご覧なさい! 予選通過は上位42名!」

 棄権者以外の生徒が全員ゴールし、一位から順に発表される。
 一位、A組緑谷出久。二位、A組轟焦凍。三位、A組爆豪勝己。四位、B組塩崎茨。五位、B組骨抜柔造。……
 その後も順当に名を呼ばれていくヒーロー科生徒たち。結果に納得のいかない者、予選通過にとりあえず胸を撫で下ろす者と様々。

「あれ? あれ!?」
「どーした切島」

 ランキングが発表される間は九位の成績に喜べないでいた切島が、モニターに映し出される全予選通過者の名前を見て気付いた。A組の中で唯一入っていない名前。

!」

 辺りをぐるぐる見渡し、大勢の生徒たちの中からを見つけ出す。
 画面を見上げるみんなの最後尾で同じように見上げていた

「なんだよ、どうしたんだよ? 何かあったのか!?」

 切島の様子で他のA組生徒たちも気付き、続いて集まってくる。

「おまえ、どっかケガしてんじゃねーの? USJんときのさ、じゃなきゃおまえ……」

 目の前で、本気で心配してくる切島。
 ヒーロー科の生徒は誰もが将来を見据え何でも懸命。ほぼ全員が委員長に名乗り出るほどリーダーシップがあり、仲間を想う気持ちがあり、人を助けようとする。中でも切島は明るく前向きで、誰にも分け隔てなく男気があり、人の環を作りだすような人物だった。まだ1ヶ月も経っていないクラスでも中心的存在となっていて、誰かれ構わずケンカを売る爆豪とでさえ会話できるような心の広さを持っている。今も、クラス内での名前だけが無いとすぐに分かったほど。

「ん……?」

 目の前の切島をはまっすぐ見返し、切島の肩にポンと手を当てた。

「がんばって」
「お、おお……?」

 一言残して、は他の予選を通らなかった生徒同様にゲートへ向かった。
 答えは何も返ってこなかったのに、思わず黙って見送ってしまった。

「顔赤いぞ切島」
「はっ!?」

 赤くねーよ! からかってくる上鳴に叫ぶと余計に頬に熱を感じた。

「てめぇ、さがることしてんじゃねーよ」

 最早聞き慣れてきた爆豪の苛立ちの籠った声がして切島たちが振り返ると、の前に爆豪が立ちはだかっていた。予選三位と上々な成績でも、一位になると宣誓した彼にとって一位以外はない。ましてや一位を獲ったのは緑谷。怒りと屈辱の入り混じった衝動はの行いにも飛び火した。
 けれどもの表情はずっと変わりない。

「私は一位、狙ってないよ」

 スタジアム内から予選落ちした生徒たちが退場し、次の種目競技が発表されようとしていた。
 沸き上がる熱気と相反して二人の間の空気は冷たく圧縮されるよう。

「そーかよ。じゃあどーでもいいわ」

 爆豪が一歩踏み出すのと同時にも歩きだす。
 互いを通り過ぎ、爆豪はA組の方へ、はゲートへと歩いていった。
 第二種目「騎馬戦」のルールとポイント制の説明が場内に響き渡る中、控室ではロッカーを開け水の入ったペットボトルを取るとそのまま部屋を出る。歓声とアナウンスがこだまする廊下を進み、外へ出るとスタジアム内の出来事が全て他人事に思えた。ゲート周辺では警備依頼をされたプロヒーローたちが入場者をチェックしている。

!」

 ひと気の少ない方へ歩いていくを呼び止めた、声。

「ヤ」

 春過ぎにしては暑い今日の風が屋台の旗をパタパタ揺らしている。
 にわかに滲む鼻頭の汗をゴシゴシ拭いながら、はその声のほうへ歩いていった。










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