はい、と香り立つタコヤキを差し出され、は受け取った。
「何これ」
「祭りといえばタコヤキさ。中にタコが入ってるんだよ」
「タコってなに」
「タコっていうのは海の生き物で、こう……うねうねっとした」
体を揺らし表現された「うねうね」に顔を歪めはタコヤキを突き返した。
「出てきちゃっていいのか? 次の競技始まってるのに」
「出ないし」
スタジアムが揺れる程の歓声がどっと沸き上がる。
プレゼントマイクの声が第二種目のチーム決めを終え15分の騎馬戦開始を伝えていた。
「面白いなー今年は。テレビで流れるのはいつも3年生が多いからなかなか1年ステージ見る機会ってないけど、この前の事件のことで一気に注目集まっちゃったんだな。襲われたのがのクラスだって聞いた時は驚いて家飛び出ちゃったよ。途中でもう終わってるって気がついて引き返したけどね、ハハハ。帰って相澤に電話したんだけど、繋がらなくてさ」
「病院送りになってたからね」
「そうそう、もういいのか? かなりのケガだったんだろ? 実況席にいるみたいだけど」
「知らない」
「はにほほっへんあお」
タコ焼きを頬張る口はいまいち何を言っているのか分からない。
うまいから食べてみな。再び差し出されたタコ焼きをひとつ楊枝に差し口に入れると、ドロッと出てきた中身が熱くて地面に吐き出した。
「ハハハッ、出すなよもったいない」
「アッチ……」
「ごはんはちゃんと食べてるのかい? 騎馬戦が終わったら昼休憩だろ? 生徒はみんな食堂で食べるのか。いいなぁランチラッシュのごはん、うまいんだろ? 今日食堂解放されないかなって期待してたんだけど」
半分に割って中をフーフーと冷まし、再度ハイと差し出されたタコ焼きを口に入れる。
今度はうまく食べられた。
「障害物競走、ぜんぜん映ってなかったけどどこにいたんだ?」
「うしろのほう」
「一、二、三位とA組独占だったじゃないか。一位の子の逆転すごかったな」
「知らない」
「個性使ってなかったから、きっと必死に考えて策練りだしたんだろうな。それで一位獲ったんだからすごいな!」
「そのせいで今苦労してるんだろ」
スタジアム内の騎馬戦の攻防が叫ばれている。熱狂する観客の声援で実況の声もところどころしか聞こえてこないが、一位の緑谷が集中的に狙われているようだった。予選上位者から高いポイントを与えられ、一位の緑谷には1000万ものポイントが与えられ、それはつまり緑谷を倒せば誰でも一位になれる算段だ。上に行くものには更なる受難を。雄英にいる限り何度も聞かされる、プルスウルトラの精神。
「ずっと一位走ってた子も、もう個性の塊だったな。使い込んでる感じだったよ。あのエンデヴァーの息子さんなんだろ、名前なんていうんだ?」
「轟」
「苗字は知ってるよ、下の名前」
「知らん」
「クラスメイトの名前はちゃんと覚えなきゃ。友だち出来たのか?」
もぐもぐ。もう熱すぎないタコヤキは丸ごと口に入れられる温度になった。
もぐもぐ。どうやら質問に答える気はないらしい。
「騎馬戦観たかったなぁ」
「観に行けよ、もう終わるぞ」
「が友だちとやってるとこが観たかったんだよ」
「友だちって仲でもないだろ」
「友だちさぁ。そりゃライバルでもあるけど、学校っていうのはそれだけじゃないんだよ。良く学んで良く遊ぶ、大切なことさ」
最後の一つを口に入れ、空になったパックをポイと放るとゴンッと丸めた拳で頭を小突かれた。
ゴミはゴミ箱に! 屋台の傍にあるゴミ箱を指さされ、は地面のパックを拾いゴミ箱に捨てに行く。
戻ると、よしよしと子どものように撫でられた手を振り払った。
「まぁ雄英の体育祭は大きなイベントだからね、テレビカメラも多いし今回の1年生は注目されてるし、仕方ないか。それにしてもすごい盛り上がってるなぁ、強い子が揃ってるんだろうな。未来のヒーローだもんな」
割れんばかりの歓声、昂るプレゼントマイクの実況。
残り時間があと半分となりB組がA組を凌駕しているよう。
個性の光るスター選手の多さ、拮抗する騎馬力、獲って獲られての大接戦。興奮し盛り上がる大熱狂のスタジアムは世のすべてのことを置き去りにしてどんどんボルテージを上げていく。
「オールマイト、見た」
「ん? ああ、今年から先生になったんだよな、羨ましいなぁ! あんなトップヒーローが先生になるとは思わなかったけど、後進の育成はテレビでも良く推進してたしな、人としてもヒーローとしても素晴らしい人だ!」
「戦ってるとこをだよ」
「この間の事件の時? 凄かっただろう! 僕もオールマイトが戦っているところは何度か見たことがあるけど、彼が来ればもう大丈夫って感じで」
「初めて見た」
「うん?」
初めて見たよ。
また一度繰り返されたの声は、見つめる足元の地面に零れ落ちた。
熱気を放つスタジアムの傍でなくともかき消されてしまいそうな、微弱でささやかな声。
わしわし、小さい頭を丸ごと覆う手がの髪を揺らす。
「ゆっくりいこう。まだ始まったばかりじゃないか。相澤もいるし、君はここで良いヒーローになろう。出来るよ、は」
「……」
ポンポン、ポンポン。指先の振動が深い所まで響き落ちてくる。
手の熱が頭の中、体の中、胸の中。血が巡るように。
その手から離れは立ち上がる。
残り一分、と今日一番の歓声で揺れるスタジアムの脇を歩きだす。
「!」
大歓声の中でも見失わない声を拾って振り返った。
「卒業までには友だちの一人も紹介してくれよな」
ニッと笑う太陽のようなそれは眩しくて目に痛いほど。
何も言えなかったけど、その言葉はちゃんと聞いて、はスタジアムから離れ歩いていった。
熱戦のまま終わった騎馬戦は、一位に緑谷から1000万点を奪い取った轟チーム、二位に爆豪チーム、三位に終了直前でのし上がった心操チーム、四位にギリギリ点を取り返した緑谷チームが勝ち残り、午後の最終競技への参加権を獲った。
午前の種目を終え昼休憩となった体育祭はしばし落ち着き、全生徒で溢れる大食堂は体育祭の興奮もあり普段以上の賑やかさ。
「さん、いませんわね」
「いつもいないじゃん」
「もうお昼は召しあがられたんでしょうか」
「何気にしてんの。私は正直爆豪と同じ気分だよ。みんな必死になってやってんのにさ、手ぇ抜いてアレならふざけんなって感じ」
「まぁ、確かに何を考えてのことなのか、よく分からないところはありますわね。あまりお話もしてくれませんし、クールと言いますか」
「女・轟って感じ」
「そういえば、その轟さんもいませんわ。どこかで集中してらっしゃるのかしら」
「最終種目なんだろうね。頑張ってよね」
「ええ、ありがとうございます耳郎さん、精一杯頑張りますわ」
込み合う食堂内で空いているスペースを探す八百万と耳郎は遠くですでにテーブルを確保しこちらを手招いている麗日たちを見つけそちらへ向かっていく。すると途中で峰田と上鳴に呼び止められた。
競技中の熱気をしばし忘れ、静かなスタジアムの外、裏手の林。
「こんなところにいたか」
草間を踏み、林の中を静かな方へ歩いてきた常闇は、木々の合間に人影を見つけ寄っていった。近付くにつれ樹の根で座り込んでいるその背中は思った通りのもので、声をかけた。足に肘をつき、強く胸を圧迫する激しい呼吸で肩を揺らしている背中。かけられた声に振り向く、大量の汗で髪を濡らす。
「今全員参加のレクリエーションをやっているぞ。参加しないのか」
常闇を見上げていた目をふいと離し、は手にしていたペットボトルの水を飲み干すと空になったそれをポイと放り、少しずつ呼吸を落ちつけた。
「爆豪の言い分ではないが、俺も少々解せない。あんたの成績はそう悪くない。予選も通らないのはおかしい。何か考えがあってのことなのか? それとも何か悩んでいるのか?」
これまでの種目と一転、殺伐とした空気もなく束の間のレクリエーションは賑わいを見せている。
その笑い交じりの歓声も届かない静かな林の中。木々の合間から見える空は青く、風がさわさわと葉をこする。
「おまえのも良い力だな」
ようやく息も落ち着き、静かになった体を背の樹に預ける。
「”個性”か……」
の言わんとしたことは理解できなかった常闇だが、その様子には幼い甘えや怠惰は感じられなかった。
「レクリエーションの後は最終種目だ。騎馬戦で勝ち残った16名でトーナメント戦を行う。A組からは緑谷と麗日、轟、八百万、飯田、上鳴、爆豪と切島、瀬呂と芦戸が残っている。尾白も残っていたが奴は己への誇りの為に出場を辞退した。俺も出場する。ここへは集中の為に来た、上借りるぞ」
そう常闇はがもたれる樹に登り太い幹の上に落ち着くと、腕を組み目を閉じた。
大玉転がし、借り物競走と、レクリエーションの楽しい時間はあっという間に過ぎ、いよいよ決勝種目の個人トーナメント戦が開始する時間となった頃、懐の懐中時計を見る常闇は地面へ飛び降り着地した。すぐそこにはさっきまでと同じ姿のまま、静かにいる。
「観戦しないのか」
樹にもたれたままのは、ひとつ深く呼吸すると立ち上がり常闇と同じ方へ歩いた。しかしすぐに足を止め、引き返し転がった空のペットボトルを拾うと再び常闇と共にスタジアムへと向かった。
「あ! クッソー、連れ戻したの常闇かぁ」
歓声に包まれるスタジアムの観覧席に常闇とが姿を見せると、競技場最前席に集まって座るA組の中から切島がこちらに気付き、他の生徒たちも振り向いた。
「たまたま会っただけだ」
「俺もちょろっと探したんだけどなぁ」
「どこにいたんだくん、レクリエーションも参加せずに!」
みんなのところまで下りていくと、端のベンチに座っていた爆豪がに振り向いたがすぐにフンと前を向いた。
「バカヤロー! ちゃんとレク参加しなきゃダメだろ! 罰としてひとりで応援合戦やれー!」
「峰田ちゃんはチア姿が見られなくて怒ってるだけだわ」
「チア楽しかったよ、一緒にやりたかった! ちゃん一緒に座ろう!」
爆豪が座るベンチの一つうしろの列に座る常闇は一席空けて奥に座るが、がそこに座るより先に駆け寄ってきた葉隠に引っ張られていった。反対側のベンチに誘われると、前の席から尾白がこちらに振り返っていて、目を合わせるとバツの悪そうな顔をして前を向き直した。
「1回戦は緑谷くんが出るんだよ、応援しようね!」
「相手は普通科の人なの、どんな戦いになるかしらね」
「なんかこうしていざ一対一で戦うとなると、個性が分からないってやっぱ怖いね」
「でもヒーローになればそれが普通ですわ」
ワーワーと反響するスタジアム内の中央に作られた舞台に両ゲートから緑谷と普通科の心操人使が入場する。
熱狂の中、開始される第1回戦。
スタートと同時に動き出したのは緑谷だったが、すぐに足を止め、そのまままったく身動きしなくなった。心操の個性なのか、場外まで歩けという言葉をそのまま聞き入れ緑谷はうしろを向き歩きだす。
「ああ、せっかく忠告したってのに……!」
前の席に座る尾白が立ち上がって頭を抱える。
心操の個性「洗脳」で体を操られているらしい緑谷は、まっすぐ場外へと歩いていく。もう1メートルもない所まできて、勝負は決したかに思えた。しかし寸でのところで緑谷は爆風を巻き上げ足を止める。何ごとか、見守る観客も対戦相手の心操も理解できないでいる中、緑谷は洗脳を解き場外ラインの手前で再び心操に対峙した。緑谷の個性「超パワー」で指を暴発させそのショックで洗脳を解いた。その後は洗脳を回避し操られることなく緑谷は心操に掴みかかり場外へ投げ飛ばし勝利、2回戦進出を果たした。
「良かったぁ〜、緑谷くんどうなるかと冷や冷やしたよ」
「元が弱すぎだ」
「ちゃん、辛辣」
続く2回戦、轟VS瀬呂。開始早々に仕掛けた瀬呂は個性「セロハン」で肘からテープを飛ばし轟を拘束、場外へ投げ飛ばそうとしたが轟の「氷結」が爆発。瀬呂のみならず会場ごと飲み込みかねない莫大な氷結を放出、瀬呂は氷漬けにされ身動きも取れず1回戦敗退となった。あまりに瞬間的・圧倒的な負け具合に観客席からドンマイコールが送られる。
「ダメだ、ありゃ勝てる気がしねぇや……」
「やっぱ轟が優勝かなぁ」
あらゆる個性を持ったA組内でもトップクラスの力を持つ轟は、そのあまりに強い個性で第一種目から常に上位を獲り総合優勝も確実視される。生徒たちだけでなくプロヒーローまで息を飲み轟焦凍という存在を認知させられた。
自ら発した氷を、もうひとつの力「燃焼」で溶かしていく轟。
あれだけの力を発揮したとは思えないほど、その姿は静かなものだった。
「どこ行くの、ちゃん」
「着替え」
客席まで飲みこみかけた氷の塊で冷気が漂い、汗で冷えた体に寒気を感じは席を立った。ヒーロー科は体操服の消費も激しいためジャージやアンダーシャツは無償配布される。支給されたシャツを持って控室まで戻ってきたはロッカーを開け体操服を脱ぎアンダーシャツを着替えると再び観客席へ向かった。
凍った舞台の整備の為トーナメント戦は3回戦を前にしばし休憩となり、廊下は食べ物やドリンクを持って行き交う人が多い。その合間を歩くは肌にじりっと感じた熱に足を止め、通り過ぎようとしていた観客席への階段を見た。その階段を下りてくる、全身を炎の熱気で包んだ男。ナンバーツーヒーロー・エンデヴァー。
「ん?」
その存在感から行き交う人々に「エンデヴァーだ」と囁かれる中、エンデヴァーは階段下にいるに目を留めた。雄英の体操服を着た少女。重めの前髪の下から静かに見上げている双眼と、炎で威厳を放つエンデヴァーの視線。ふたつが交わるも、はすぐに歩き出し視線は外れた。
「君」
視界からいなくなる前にエンデヴァーはを呼び止めた。
その眼は行き交う人たちや時折出会う雄英の生徒らが向けてくるそれとは違った。しかし呼ばれ振り向いた泪が見上げてきた目は先程僅かに感じたものはなく、ごく普通の子どものものだった。
「何科の生徒だ?」
「ヒーロー科」
「見かけないな。騎馬戦はどこのチームだった?」
「出てない。一つ目で落ちた」
出てない? 淡々とした返答にエンデヴァーは違和感を感じた。
ヒーロー科の生徒があの1種目で選外に? 騎馬戦進出者はほぼヒーロー科生徒で埋まっており、その中には当然順位もあるからないことではないが。
「名前は?」
しかし何かが引っ掛かる。
「」
変わらぬトーンで発される名前。
しかしエンデヴァーはその名に開眼した。
「そうか。君が、か」
もういい?
それ以上言葉の無くなったエンデヴァーからは離れていった。
エンデヴァー、サインください! いつの間にか出来ていた周囲の人だかりにやがて埋もれるのうしろ姿。周囲に群がる声よりも、エンデヴァーは静かに離れていく小さな背中を見ていた。
常闇に忘れられてる青山くん。