普段見慣れない角度からの街並みを見下ろしながら、轟は考えていた。
地面には研ぎ澄ましたまきびし。腕ごと上半身を捕えている相澤の捕縛武器は炭素繊維が織り込まれた硬い布。とはいえ燃やせば解けるし凍らせば割れる。あとは落下時にどうにかまきびしを回避すればいい。
けど轟は行動出来ずにいた。脱出方法を思いあぐねているわけでもない。ただ、やっぱり思い出せないのだ。さっきから何度も思い出そうとしている顔。いつかの朝に下駄箱で見たとついさっきまで隣にいたが重ならない。あいつはどんな顔をしてた。どんなやつだった?
すると、住宅街が続く街並みの先のほうでガラーンッ! と何かが崩れる音がした。あっちはが向かった脱出ゲート方面。が相澤に追い付かれたのか。交戦しているのか。思い返した轟は発炎し拘束を燃やし、落下する間に慎重にまきびしの合間を狙い手をついて即座に地面をまきびしごと凍らせ着地した。うまくいったと一息つくのも束の間、すぐに音がした方へ走りだした。
来い、と捕縛武器を構える相澤を前には肩を回し近付いていく。
口先から細長い息を吹きだした後、ぐと口を引き締めた。
「ただし、それ使え」
踏み込もうとした寸でで相澤がの腰元を指してくる。
じゃなきゃやらんと言われ、はチと舌を打ち腰の武器を取る。
ジャッと振り短刀の長さに伸びた武器を携え、構える相澤に向かって走った。
相澤が放つ武器を交わしするりと懐に入り込み武器を振るも弾かれ、その勢いのまま膝を顎目がけ打つも避けられ武器の手ごと引っ張りこまれ地面に叩きつけられる。背中を打つもは相澤のその腕に足を絡め腕を締めようとするも再び持ち上げられ叩きつけられる。しかし今度は地面にぶつかる前に腕から離れ距離を取り、武器を振るうもいなされ腹に膝を食らった。一瞬息が止まるうちに捕縛武器で右腕を絡め取られまた振り回され家の外壁へ叩きつけられガラガラッとコンクリートに埋もれた。
「ぜんぜんなってねぇな、おまえそれの練習してないだろ」
しゅる、と捕縛武器を腕に戻す相澤。
崩れた壁の中でそれを聞くはガランと瓦礫をどかし平然と立ち上がった。
まるで何も感じていない顔。武器を握り直し構え再び相澤へ向かっていこうとする。しかしその時、と相澤の間に氷壁が現れ空気を分断した。
「!」
の元へ駆けつける轟の声に相澤は早かったなと思う。
「大丈夫か」
「あれどけろ、邪魔」
「おまえ、戦うつもりか? 相澤先生だぞ」
「ならおまえはゲートに走ってろ」
「は……」
轟が出した氷壁の上から相澤がトンと飛び上がり姿を現す。轟はすぐに炎を出そうと左手を振るうも抹消されていてクソと嘆を吐いた。相澤の捕縛武器が轟に飛んで、轟は回避するがそれを掴んだが逆に引っ張りこみ相澤へ向かっていった。飛び上がり相澤へ武器を振るうが受け止められる。蹴りと殴打の応酬、弾き飛ばされては突進と攻撃の手を休めない。しかし武器が邪魔をして決定打にもならない。
「あいつ……」
初めて見るの戦闘。あの相澤と体術で渡り合っている。
轟はいつか見たの記事のワードを思い出した。
個性拉致。戦争に使われた子ども兵士。日本へのスパイ。洗脳。
違う、今はそんなことどうでもいい。試験の最中だ。
轟はと抗戦する相澤の死角を取り炎で攻撃したが、くるりと体勢を返し轟に向かってを投げ飛ばした。飛んでくるを認識し炎の手を止める。しかしは轟の目前で着地した。
「おい、やけになるな、このままじゃ時間切れだ」
「うるせぇな」
「勝つ算段でもあるのか、おまえだけの試験じゃねぇんだぞ!」
再び向かおうとするをぐと掴み止める轟。
しかしその手はこちらも見ずに振り払われた。
「戦闘訓練の時のおまえもそんなだっただろうが」
轟から離れは再び相澤へ向かっていく。
戦闘訓練の時……? 轟は記憶を巡らせた。
あの時、障子と組んでいた轟は戦略を話し合うこともなく、索敵を始めた障子のデータも不要とし建物を氷結させ完全制圧した。これ以上ない、味方の損失も核の破損も敵の逆襲もない完璧な任務遂行だった。けど確かに、ペアだった障子を鑑みなかった。自分一人で出来ると確信していたから。相談もしなかった。必要ないと疑いもなかった。
「っ……」
思い出せない。恨み辛みで頭をいっぱいし、視野を狭め、勝手な力だけを欲していたあの時の自分の……周りの人たちがどんな顔をしていたか。
……思えば、はあの時から仲間は思いやっていた。
”早く溶かしてくれ、あの子裸足なんだ”
はそう、仲間は労わっていた。
バキッ! 痛烈な音が響きがまた吹き飛ばされる。
外壁にぶつかりそうになり轟はすぐに氷壁を出し、を囲み滑らせ激突を回避させた。個性が使えた。
「!」
「余計なことすんな」
「余計じゃねぇ、ペアだろうが」
「個性消されたらおまえ役立たずだろうが」
「っ!」
立ち上がるは口内に滲む血をペッと吐きだし拭う。息も上がっている。
このわずかな時間でどれだけの応酬をしているのか。自分はケガどころか汚れすら着いていない。
「」
は一度も轟を見ない。仲間だと思われていない。
また向かおうとするを轟は掴み止めた。
「このままじゃ消耗戦だ。個性だけでも、体術だけでも相澤先生には勝てねぇ。俺を使え、」
「……」
バシ、また手を振り払われる。
しかし今度は轟を見た。
「このまま仲違してる振りしろ。奴の死角取っておまえも攻撃し続けろ。氷の方でだ。次に私が飛ばされたらすぐに氷を解かして蒸気で埋めろ」
「目くらましか」
「その隙に私があいつを捕まえる。そしたら私ごと奴を凍らせろ」
轟を振り切りは再び一方的に相澤へ向かっていく。の攻撃はだんだんと粗っぽく力任せになっていた。そんな攻撃は相澤には簡単に抑えられ何度も反撃を食らう。轟もまた相澤の背面から氷壁で襲うもバラバラな二人の攻撃は全て噛み合わず逆にが氷壁に叩きつけられる。頭に血を昇らせ嘆を発しは相澤に武器を振るうがかわされ腹にひじ打ちを食らい、蹴り飛ばされは吹き飛ばされる。
その瞬間、氷壁に身を隠し相澤の目から外れた轟は最大量の炎を発し氷ごと辺り一帯を吹き飛ばすと白い蒸気が一面を包みそれは相澤をも呑みこんだ。相澤の視界からも轟も消えた時、突然目の前にが武器を振りかぶり現れ、相澤は咄嗟に両腕を構え防御したが、は武器を捨て相澤のその腕をガッと掴んだ。キン、と冷気が走る。パキパキと足元から氷が浸食しそれはあっという間に相澤を飲みこんだ。
「私ごとって言ったろ」
「氷の調整は炎の方より出来る。仲間ごと凍らせる必要はねぇよ」
カチャン、ハンドカフスを相澤の腕にかける。
試験場一体にリカバリーガールの声で「条件達成最初のチームは轟・チーム!」と放送が響いた。
肩で息をするの隣で轟は相澤の氷を溶かし、相澤は手のカフスを外す。
そしての傍まで歩み寄ると、頭にゴンと拳を下ろし、轟はぎょっと驚いた。
「ってぇ……」
「おまえは俺が言ったことを何も実践しちゃいねぇな。武器の使い方がまるでなっちゃいねぇ、何のための武器だ。役に立ったのは最後のフェイントだけじゃねーかバカ野郎。すぐ目ェ獲りに来るクセも直ってねぇ」
「だからこんなの要らないって言っただろ」
「要らないじゃねぇ、やれって言ったんだ俺は。次の試験までに使いこなせるようになっとけ」
苦虫を噛む顔で相澤から目を離すはこれまでに見てきた顔とは違い、まるで子どもっぽく見えた。相澤がこんな直接的に説教をするのも珍しい。
「轟はまだ炎の方が大雑把だ。個性を消されるということは間々あることでもねぇが、そうなった時どう動かなければならないか、もっと考えろ」
「はい」
「まぁ即席にしちゃ手段はまぁまぁだった。おまえらはどっちも個人主義だが、共闘というのを勉強するのもいいのかもな。おまえらが一番か。さっきの広場にリカバリーガールが構えてるからこいつを連れていけ轟。その後は全員が終わるまで待機してろ」
それはそうと……、と相澤は懐をごそごそ探る。
「これはどういうつもりだ?」
ぴらりと相澤は細長く切られた紙をの目の前に垂らす。
轟も見たそれは各教科名と数字が並んでいて、筆記テストの点数のようで、現代文と古文と日本史の科目に赤い数字が並んでいた。それを黙って見つめるはふいと目線を外し、するとまた相澤の拳が頭に落ちた。
「林間合宿行きたくねぇって犯行か?」
「実力だろ」
「まぁ赤点でも林間合宿には全員行くがな。おまえは合宿所で補習地獄だ」
「は?」
残念だったな。くるりと背を向け相澤が去っていく。
クソ、と吐きだすはドサッと地面に座り込み、手にしていた武器をポイと手放した。治まらない荒れた呼吸を肩で繰り返しぐいと汗を拭う。
「歩けねぇか?」
「先行けよ」
さっき一度はこちらを見たのにもうその目はこちらを向かない。
轟はの傍へしゃがみ、転がるの武器を手に取った。
「これ、相澤先生が使えって言ったのか? なんでだ?」
「……」
「目獲りに来るクセってなんだ?」
カシャンと刃渡り部分を引っ込ませ轟はそれをへ差し出すと、はそれを受け取り腰に戻した。
「なんで目なんだ」
「一番手っ取り早いだろ」
「そういう戦い方をしてきたのか」
荒れた呼吸も次第に落ち着いていく。
轟よりも10センチ以上小さい体なのに、まるで戦闘が染みついたその体。
「さっきの、個性も使わず相澤先生と渡り歩いてたのか」
「渡り合ってないだろ。見てなかったのか」
「その武器が不慣れだったんだろ」
「あいつはずっと私とおまえを視認できる位置取りをしてた。おまえを警戒しつつでこの様だ」
「俺が個性を使うタイミングまで図られてたのか……。最後は? おまえの策はうまくハマったようだったが」
「おまえに自由に氷壁を出させていたあたり勘づいていたかもな。その上で何をしてくるか観察してたんだろう。所詮これは試験だからな、高みから見下げてやがんだよ」
「相澤先生にやけに突っかかるな。何かあるのか」
「嫌いなんだよあいつ……」
ぎりぎりと歯を噛むの怨恨は相当根深く感じた。
しかしその姿にも轟は幼さを感じ、と同じように地面に腰を下ろした。
「次またやれるとしたらどうやる?」
「目ェつぶす」
「……、俺を入れて策練ってくれねぇか」
「あいつの視界から外れるくらいの力養ってから言えよ」
「ああ……思い知った。前にも言われた。強力な個性のせいで戦い方が大雑把だと。自分じゃ自力もトレーニングしてきたつもりだったが、おまえの戦い見てたら、そんなつもりも失せた」
「良かったな。そこが戦場なら弱点が知れた時点で死んでる」
「……」
戦場……
の言うそれとは違うかもしれないが、ヒーロー殺しとの戦いは、確かに生死をかけた戦場だった。
「そうだな……、今生きてんのは仲間のおかげ。それと俺が標的ではなかっただけだ」
相澤のように個性を抹消できるわけでもないのに、まるで攻撃が効かなかった。何をしても避けられ、両方の個性を使っても通じず、どうすればいいのか分からなかった。飯田がいなけりゃ、緑谷がいなけりゃ、きっと死んでいた。
「生き残るのは運だ。強くても死ぬし弱くても生き残ることもある。おまえらみたいなのが生き残るとしたらそれはただの運だ。それだけは鍛えようが無い。持ってることに感謝しろって話だよ。そんな経験出来て生きてんなら儲けたじゃないか。実戦に勝る経験はないんだ」
が立ち上がり服の砂を払う。前向きだなと思いながら轟も立った。
さっきまでの戦いが嘘のように、は静かに歩きだす。
「、俺と組まねぇか」
地面を踏むが止まり、轟に振り返る。
「は? それ私に何の得があるんだ」
「おまえの得は、分からねぇが、俺はおまえから学べることは多い。おまえから学んで、その中でおまえに返せることを探す」
「ヤダね、邪魔」
「ならせめて、俺とおまえで相澤先生に完全に勝てるようになるまで、ならどうだ」
「だからもっと自力養ってから言えって」
「武器の練習、しなきゃいけないんだろ。俺が的になる。実戦に勝る経験はない、だろ?」
轟はに歩み寄り右手を差し出す。
「頼む」
まっすぐ見下げてくる轟を見返すは、いつかは鬱憤だらけだった顔がずいぶんフラットになったものだと思った。頑なに封じていた炎を使うようになったことも、仲間なんてことを言うようになったのも。
「自分の命と私の命を天秤にかけたとして、自分の命を取れるか?」
「……?」
「このままじゃ二人とも死ぬって時、おまえは迷わず自分を取れるのか。私は迷わない」
一瞬のうちには、その問いかけに応えられなかった。
の乾いた、何も感じていないような目は、いつも正しい選択を誤らないように見えた。
「俺は、オールマイトのようなヒーローになりたい。ヒーローは助けるべき人も仲間も見捨てたりしない」
「……」
すべてを守れるくらい、何も失わなくて済むように、強くなる。
強いヒーローに。
「私に必要なのはそこなんだろうな」
がふと呟く。
まただ……と轟は思った。いつか見た、のこの顔。
は轟に向かって左手を出した。
左利きなのか、と思いつつ轟はその手に左手を重ねた。
するとの左肩からボッと炎が立ち空へ巻き上がった。
驚き目を見張る轟の足元はパキパキと凍っていく。まるでこれは、自分の。
「同化。これが私の力だ」
「……マジかよ……」
「なるほど、加減が難しいな」
轟から離れは歩いていった。
手が離れた途端、炎は消えた。
あれだけの体術があり、人の個性まで使える。
無敵じゃねぇか……。轟は自分よりずっと小さなその背に畏怖を感じつつ、追いかけた。
最後、相澤の手を掴んだ時に相澤の抹消を「逆抹消」し轟に攻撃させました。そうしなくても相澤は轟の個性を消してはいませんでしたが。だから余計にキレてます。