夏休み前日。多くの生徒にとっては、期末テストも終わり待ちに待った夏休みの始まりだと解放感に包まれる雄英。
「ちゃん、一緒に行こー!」
「体育館ゴーゴー!」
朝のホームルームが終わり席を立つ生徒たちは皆教室を出ていく。
席まで駆け寄ってきた葉隠に腕を引かれ、夏空と同じくテンションの高い芦戸たちと共にも体育館へ向かった。
ヒーロー科、サポート科、普通科、経営科。各学年、全校生徒が整列する体育館は壮観なもの。特に異形型の個性を持った生徒は目立っておりは周囲を眺めた。
「どーしたー、人多くて気持ち悪い?」
「ううん。異形型が珍しい」
「異形型のお友だちは周りにいなかったの?」
「梅雨ちゃんは蛙だけどあんま変わらないよね」
「そうか、蛙吹は蛙か」
「そうよ。梅雨ちゃんと呼んで、ちゃん」
「梅雨ちゃん……」
「じゃあ私も透って呼んで!」
「おまえはいいだろ、もう定着してんだから」
「ええー、ずるい!」
ヒーロー科は特に男子に比べ人数の少ない女子だけど、その明るい声は高く響き少なさを感じさせない。どの生徒も夏休みを前に浮足立っている賑やかな雰囲気が、教師の「早く整列しろ」という号令ですぐに整頓された。
ヒーロー科1年B組の担任、ブラドキングを連れだって登壇する校長の話が始まる。入学式はなかったのに終業式はあるんだとまるで普通の学校のような雰囲気にA組生徒たちは「普通だ……」と誰もが思った。
「明日は8時半出発、時間厳守だ。全員荷物を持って正門前に集合してろ」
「いよいよだな林間合宿!」
「肝試し花火カレー!」
式を終え、クラスでのホームルームも終わりいよいよヒーロー科は明日から林間合宿を迎える。荷物も気持ちも準備万端の生徒たちはウキウキと逸る心を抑えることなく教室を駆け出ていった。
「バイバイー! また明日ー!」
「バイバーイ! あしたねー」
下駄箱で別れ明るい声たちが眩しい日差しの下へ走っていく。
その後緑谷と飯田、麗日が同じようにまた明日と声をかけて帰っていった。
「」
夏の熱をさわり、一掃するような涼しい声が硬い廊下に生まれる。
廊下の先へと歩きかけたは振り返り、熱と冷を併せ持つ轟を視界に入れた。
「トレーニングするのか?」
「やらない。今日は出かけなきゃいけないんだ」
じゃあなとは更衣室を超えて職員室へと歩いていった。
「6時までに帰れよ」
職員室で相澤に外出許可証を渡したは、「それと」と続けた相澤から大きなスポーツバッグを受け取った。
「ミッドナイトが全部揃えてくれた。礼言っとけよ」
受け取るとずしりと重いバッグ。
たった7日出かけるだけで何がこんなに入ってんだとは思う。
そんなのカバンを持つ右手首に相澤はカチッと機械を取りつけた。
行ってこい。送り出す相澤の前から歩き出しは職員室を出ていった。
寝起きしている仮眠室でバッグを置くと、ネクタイを解いて制服を脱ぎ、黒いパンツに着替える。ソファにかかった上着を掴み、携帯電話をポケットに押し込むと再び廊下に出て下駄箱へ向かった。
「……」
大半の生徒が下校し静かになった広い下駄箱に轟がいた。
「なんでいるんだ」
「出かけるってどこ行くんだ?」
「なんで言わなきゃいけないんだ」
は面倒くさそうに俯き、持っていた上着に袖を通した。涼しかった腕にまた膜が張る。すると轟はの左腕が上着に隠れる寸前に、その腕に何かを見た。
「なんだ、これ」
轟が掴んだの左腕。
黒い半袖のシャツから覗く泪の腕に焼き付いた数字。
「ただの火傷だろ。おまえと同じ」
手を離させ上着を着るは、靴を履き替え昇降口を出る。
離れていく背を見ながら轟は自分の左目の辺りに触れた。ざらっと同じ感触。
”あんたもヒーローを目指すなら、あの子という人間をよく見ておきな”
轟は手を離し、日差しの方へ出てを追いかけた。
「よく外出するのか?」
「しない。外出許可メンドい」
「出る時は許可取んないといけないのか」
駅へとすたすた歩いていくは鼻に浮かぶ汗を袖で拭い、両腕の長袖を肘までめくり上げる。薄手の上着といえど真昼の炎天下には暑そう。右手首には普段付けていないブレスレットのようなものがある。アクセサリーのようには見えないが。
最寄駅に着くとは右手首の機械を改札でかざし、ピッと音を鳴らし改札を通り抜けた。機械だったのかと思いながら轟も定期をかざして改札を通った。
「どっちに行くんだ?」
「登り」
「俺もだ」
まだ雄英の生徒が何人か見えるホームでは日陰のベンチに座った。
間もなく電車がきますと報せるアナウンス。
雄英の生徒は遠方から通う生徒も多く、登下校の時間帯は本数も多くなる。
「乗らないのか」
「いいから行けよ」
電車の扉が開くとホームにいた生徒たちが乗り込み発車ベルが鳴る。
しかしは立ち上がらずベンチに座ったまま。
「……」
地面を見るの目線の先にあった轟の影が離れていった。
タタン、タタン、タタン……、遠ざかっていく電車の音。
やかましく蝉が鳴り響いている。見上げればきっとそこにある青空。
座っているだけでもじわじわと汗が滲んでくる夏日。
また傍に現れた、轟の気配。
「やる」
顔を上げると、目の前にバナナ牛乳のパックジュース。がそれを受け取ると、轟もベンチに座り手にしていたイチゴのパックジュースにストローを刺した。じわじわとうるさい蝉の音の中、じわりと熱を持つ体の中を冷たい感触が落ちていくのを感じた。
「甘……」
「嫌いだったか?」
「いや……」
ただ飲み慣れないだけ。はまたストローを口にする。
しばらくするとまた徐々に雄英の制服が目立ってくる駅のホーム。
また次の電車が到着するアナウンスが流れる。
「あ、轟くんだ、1年生ヒーロー科の」
「あーほんとだ」
名を呼ばれ轟はその方に顔を上げる。
知らない女生徒3人がキャッキャ声を上げながら近付いてきた。
体育祭の時のテレビ見たよ、準優勝だったっけ、おめでとー、かっこよかったよー。楽しげにかけられる声に「どうも」と返し、到着し扉を開けた電車に乗り込んで行く女生徒たちが手を振ってくるのに頭を下げた。
「おまえも行けよ」
「あれには乗りたくないだろ」
はぁー、と長く息を吐くはジュースを飲むのも遅く、駅までスタスタと足早に歩いた歩調と違い、まるでここを動きたくないように見えた。
「もうぬるいんじゃねーか、それ」
「ぬるい」
の手の中でまだ重みを残すパックジュース。
轟はそれに右手を延ばすとパックに触れキンと氷を纏わせた。
「便利な奴だな」
「うちじゃ冷房使ったことねーよ。姉は氷の方が強く出てるからな」
「炎が出たのはおまえだけか。だからエンデヴァーはおまえに執着してんだ」
「体育祭の時のこと言ってんのか」
凍りを纏ったパックは中のジュースを冷やし、口にするとまたひやりと喉を通った。
「炎が強く出たからじゃねーよ。氷と炎のバランスが一番良かったからだ。個性婚……て分かるか。俺の母は氷を操る個性を持っていて、親父は……その個性目的で母と婚姻関係を持ったんだ。親父はトップヒーローになりたかったが、オールマイトには敵わねぇから万年二位で、自分を超える個性を持った子どもを作ってオールマイトを超えさせようとしたんだ」
「そのおまえがオールマイトに憧れてんのか。可哀想に」
「知るか。俺は親父を憎んだし、今でも軽蔑してる。俺がナンバーワンヒーローを目指すのは俺の意思だ。親父は関係ねぇし親父の言う通りの道を行く気もねぇ」
「トップに立ちたいなら道選んでる場合じゃないんじゃないか」
「……、それは、もう理解した。だから職場体験もエンデヴァー事務所に行ったしな」
「緑谷が叫んでたのはそれか」
「ああ……、あいつは、オールマイトに目ぇかけられてるからな。無意識に……てわけでもないが、意識してた。親父の方の力は使わなくても、こっちの力だけでトップに立って親父を見返してやろうとしてた」
「親父に捉われまくってるじゃないか」
「そうだな……」
ズズ……、が口にするパックジュースが底を着くと、また次の電車がやってくるアナウンスが流れた。
「乗るのか?」
遠くから近付いてくる電車。ホームの人たちが乗車線へ近づいていく。
話している時は軽かったの口が、はー……とまた重苦しい息を吐き出した。
「乗ったら着いちゃうだろ」
が足元に零す言葉の意味を轟は理解できなかったが、そんなもまたこれまで見たどの様子とも違う気がした。
するとベンチにブブブ……ブブブ……と振動が伝わり、がうしろのポケットから携帯電話を引き抜いた。着信を報せ続ける画面をしばらく見て、すいと画面上に指を滑らせ電話を耳に当てた。
……、べつに。……分かってるよ、行くよ。ああ……。
いちいちうるさい奴だな……。小さく呟き電話を切り、ゴミ箱にパックを捨てると滑り込んでくる電車を待ち、扉を開けた電車に今度こそ乗った。
「どこに行くんだ?」
「……親の家」
空いた車内で扉にもたれ流れる景色を目に映すがようやく答えた。
「家に帰るのか」
「帰るなんて感覚ないけど、行くのが決まりなんだ」
「行きたくないのか」
「なんで行きたいって思うんだよ」
それでこんなにぐずっているのかと今さら分かる。
「さっきの電話、親か?」
「相澤だよ」
相澤先生? 轟が反復すると、は右手を上げ手首の機械を見せた。
「今は校長が請負人であいつが世話役だから。中でも外でも見張られてる」
「見張るって、なんでだよ」
「そりゃそうだろ。ヴィランに浚われた子どもが数年ぶりに戻ってきました、ですんなり喜ぶほど政府も警察もバカじゃない。自分たちで頑張って取り戻したんならまだしも、急にひょっこり現れりゃ尚更な。なんで今急に戻ってきたのか、罠なんじゃないか、ヴィランに内通してんじゃないか、って普通は考えるだろ」
「……」
「しかし国をあげてようやく取り戻したと発表した拉致被害者を監獄行きにするわけにも施設に閉じ込めとくわけにも体裁が悪い。かといって世間に放置しとくわけにも。じゃあ国民的にも信頼と人望のある、プロヒーローが集う雄英ならちょうどいーんじゃないか。で結果押しつけられたのが相澤だ。あいつも面倒被せられて、不憫だな。ああ、おまえも私のこと見張ってるの?」
「なんで俺が見張るんだ」
「どっちでもいーや。どーせこれ着けてりゃ居場所分かるんだし」
「言われてねぇって」
扉を背に、もう話を聞いてない様子のに何を言っても通じない気がした。
拉致事件の記事は今でも時折目にするが、の口から出てくることほどの真実はない。の力は”ヴィランの教え”、政府が危惧する体裁……。どんな公式発表もマスコミ記事も、これに勝るものはないだろうと轟は思った。それだけに、想像もつかない現実を見てきた泪にかけられる言葉など何もなかった。
「……あ」
ぽつり、見上げているが零した。
「なんだ?」
「USJって、何のことかわかんなかったんだ。アレか」
が見ている方を追い、轟は反対側の扉の上にあるモニターに映っているテーマパークのCMを見た。雄英にある災害救助演習場がUSJと名付けられていることにクラスのみんなは盛り上がっていたが、は分かっていなかった。
「ああ……知らなかったのか。昔からあるだろ」
「知らない。有名?」
「有名だろ、西側じゃ特に。俺も行ったことねぇけど」
「ないのか」
ネクタイも、箸も、学校の勉強も、USJも。
ごくごく普通の生活の内なら当たり前に慣れ親しんできただろうものたち。
「……俺んちは、母は俺が5歳の時から病院に入ってて、あんまりまともな生活はしてなかったから、ああいうのには縁が無かった。縁が無いっていうか……俺が受け入れなかった。母が入院したのも俺に煮え湯をかけたからで、危害を加えたと親父が俺から母を引き離した。母は俺には優しかったが、親父への畏怖は拭えなくて、俺の左側が醜いと、耐えられなかったんだ。それ以来俺はずっと親父を恨み続けて生きてきたし、母にも会えなくて……ずっと見舞いにも行ってなかった」
普段ならまさか人には話さないことを轟は口にしていた。
体育祭で緑谷に話したのは本気を出し合う為、という意味合いが強かった。
けど今思うと……誰かに吐きだしたかったのかもしれない。
しかし不思議なことに、同じことを話していてもあの時緑谷に話した時とはまた違う気がした。恨み辛みにガチガチに固まった時の見え方と、今とでは本当に言いたいことも少し違った。
「ああ、だからおまえの中で昔の母親と今の母親がダブってんだな」
「……どういうことだ?」
「前におまえに触った時、ちょっと見えた。母親が」
「そぅ……いうのも見えんのか」
「探ろうと思って見たわけじゃないから断片だけな。それだけおまえの中で母親がでかいってことだ」
「……」
自分で話しはしたが、そう言い当てられるとものすごく気恥かしく感じた。
それは自分でもうまく表現できない部分であり、隠したいものでもあったから。
「は、なんで親に会いづらいんだ?」
体育祭の後、気負いを押しながら会いに行った母は、驚くほどあっさりと自分を許し、迎え入れてくれた。これまでずっと5歳の時で止まっていた母の顔が、次第に今の母になり、いつも記憶の中で泣いていた姿は笑顔になった。
「そりゃあ、おまえとは違うよ」
「違う?」
「私は手放したんだ。おまえとは違う」
「……」
言葉足らずなの気持ちを汲み取ることは轟には出来なかった。
思い耽るでも悩むでもなく、モニターを見上げたままぼんやりと、まるでいつも教室で窓の外を眺めているような顔で話すの心は掴み取れなかった。当然複雑だろう。当然言葉では表現できないもので溢れているだろう。ただそれだけを汲み取ることしか出来なかった。
「……あれ、行ってみるか」
またモニターに流れているUSJのCM。
何があるのか、楽しいかどうかも知らない二人だけど。
「学校にあるだろ」
「あれとは違うだろ、たぶん」
「私はあそこですらほとんど見てないんだけど」
「そういえばおまえ何してたんだ? あの時」
「相澤に殴られて寝てた」
「なんであの状況で相澤先生がおまえ殴るんだよ」
「知るか。あいつ絶対ブッ倒す」
「当面の目標だな」
やっぱり自分たちにはテーマパークより演習場だと合致し会話は閉じた。
しばらく走り続けた電車はひとつの大きな駅でを下ろし、二人は分かれた。
別れ際のは普段通りの顔つきではあったけど、足取りは重そうだった。
明日から一週間の林間合宿。
おそらく過酷だろう合宿の前に立ちはだかる、重く高いハードル。
それから轟は電車に乗り続け、自宅へ戻る道から外れ病院へ向かった。
これまで気にしつつも近付けなかった母の病院は今では毎週通っている。
幼い頃から空いてしまった空白を埋めるように、母とたくさん話した。
これまでのこと、今のこと、これからのこと。
「足りないものはないの? お金は?」
「金なんて使わないよ、合宿だし。遠足じゃないんだから」
「でも焦凍、楽しそう」
「まあ、楽しみではある」
これまで学校行事を楽しみに感じたことがあっただろうか。
むしろいつどこへ行ったかもよく覚えていない。
「お友だちと仲良くね、帰ってきたらまた話聞かせてね」
「うん」
わだかまりが薄くなって、抵抗が次第に無くなって。
母にはいろんな話をした。話をすることで自分がどう感じているのかを見返すことも出来た。家のこと、学校のこと、将来のこと、友だちのこと。
「……、同じクラスに、って奴がいて」
「うん?」
「そいつ強くて……、強いっていうか、戦いがうまくて。これまでずっとそういう戦いを経験してきたんだろうなって感じの、熟練っていうか……俺とは違う力を持ってるんだ」
「焦凍と同じ年なのに?」
「うん……、そういう経験をしてきた奴なんだ。でもその力はそいつが自分で求めたものとは、たぶん違って、だから単純に凄いと思っていいのか……迷う」
迷う。その言葉は母には目新しいものに感じた。
いつも話してくれることの中にそれは少なかったから。
「そいつは、手放したって言った。俺とは違うって」
「うん……?」
「俺、これまでずっと親父に反発して、親父の力とは別のところで強くなろうとしてきた。親父の言う通りになんてなってたまるかと思ってたし、こっち側の力もなくて良いと使わずにきた。でも、もし……、そういうの全部無く、手放しに親父の教えを受け入れてたら……、俺もあんな風に、最低でも今よりももっと俺は強くなってたのか……とか……」
到底あり得ない話だけど。そんなこと思いたくもないけど。
敵の教えだというの力を、賛同出来ずとも、やっぱり惹かれるものは、あって。
職場体験で目の当たりにした、腐ってもナンバーツーという地位のヒーローである父に、まっすぐ抵抗なく言う通りに教わっていたとしたら……
「あり得ねぇけど」
絶対。そこだけは確実に。
ぶれのない轟の頭にふわりと母の手が触れた。
「ごめんね、お父さんを恨ませちゃって」
「何言ってんだよ、お母さんのせいじゃない。全部あいつのせいだ」
「そういう頑固なところ、お父さんソックリ」
「やめてよ」
ふふと目の前の母が笑っているからギリギリ受け入れられているだけのもの。
父を許す日なんてきっと来ない。
「だけどね、焦凍が似てるから、お父さんのそういう面も……分かるようになってきたの。このまま、焦凍がお父さんとのわだかまりをなくして、分かり合える日がきたら……、お母さんも、理解できるようになるのかもしれない」
なでなで、なでなで、母の厚みある手が髪を撫でる。
空想じゃない、過去じゃない、母の温かい掌。
その手が父の象徴である左側を撫で、そっと歪んだ火傷跡に手を当てた。
「ごめんね……、本当にごめんね」
「もういいよ、何度も」
きっと母の悔いが晴れることはない顔面の火傷跡。
「こんなの、ただの火傷だ」
ただの火傷だ。おまえと同じ。
昼間に聞いた泪の声を思い出した。
そう、自分が背負っていれば母はその何十倍も背負うことになるのだ。
自分がゼロなら、母もきっといつかゼロになる。
「優しい焦凍。きっとお友だちにも焦凍の優しさは伝わる」
「え?」
「きちんと、大切に向き合えば、焦凍の心はその子にもきちんと伝わるはずだよ。急がなくていいの、時間をかけてもいいの。私ももっと早く焦凍と話せていたらと思ったけど、きっとこれが私と焦凍の必要な時間だったの。これまでの長い時間があったから今こうして焦凍との時間を過ごせているんだと思うの」
「……」
「焦凍にもそう、これが一番いい時間だったの。これまでかかった時間のおかげで全部こうして上手に出来あがったんじゃないかな。だから、焦凍は今が一番いい形なの。そのお友だちとも、これから良い関係を築いていける」
そうかな。なんだか、世界が違い過ぎて、理解できる気がしないけど。
「仲良くなったらお母さんにも会わせてね、楽しみにしてる。その時は病院じゃないといいな」
けど、母がそう笑うから、そうなのかもしれない、なんて。
こんなに世界は単純だったかな。
「うちでたくさんごはん作ってみんなで食べたいね。食べ盛りの男の子だもの、いっぱい作らなきゃ。好きな食べ物聞いておいてね」
「うん。でも、お母さん」
「うん?」
「そいつ女だ」
「え」
気がつけば窓の外も薄暗い夜の手前。
季節は病室に似合わず夏真っ盛り。
明日からはいよいよ、林間合宿。
終業式、原作では体育館でアニメでは講堂でしたね。
原作に倣って体育館にしましたが私も講堂派です。