LESSON21 - trial

 カッと良く晴れた夏休み初日、ついに迎えた林間合宿当日。
 青い空、白い雲の下、雄英の正門前に集うヒーロー科1年生たち。

「A組のバスはこっちだ! 席順に並びたまえ!」

 今回の合宿は普段関わりの少ないB組も合同で行われる。集合時間にしっかり集まった生徒たちはそれぞれ抱える大きなバッグを詰み込みバスに乗り込んだ。前に立つ相澤が全員を確認しおはようと声をかけると生徒たちもおはようございますと返す。三列目の窓辺のシートにいる緑色のキャップを被ったも確認しバスは出発した。

「1時間後に一回止まる。その後はしばらく……」

 走りだしたバスはすぐに高速道路へ乗り、誰も行き先を知らずに進んでいく。
 もうすでに始まっている強化合宿に相澤はうしろの生徒たちを振り返るが……。

「音楽流そうぜ! 夏っぽいの! チューブだチューブ!」
「バッカ夏といやキャロルの夏の終りだぜ!」
「終わるのかよ」
「ポッキーちょうだい」
「席は立つべからずなんだ皆!」
「しりとりのり!」
「ねぇポッキーをちょうだいよ」

 強化合宿……、だが生徒たちはガヤガヤ遠足気分で大はしゃぎ。誰も聞いてやしない。いつもならここで相澤の睨みが入りシンと静まるところだが、相澤はまァいいかと座り直した。わいわい出来るのも今のうちだけだ。

「りそな銀行! う!」
「ウン十万円!」
「次、、え!」

 前の席から身を乗り出す芦戸の明るい声と一緒に葉隠がポッキーが差し出してくる。

「日本のしりとりはどんな進化を遂げたんだ」
「俺も知らねぇ。それどうなったら終わりなんだ?」
「いーからいーから! え!」
「エコノミー症候群」
「轟、ぐ!」
「グランドキャニオン」

 おー、おー? 考え出す芦戸にやはり終わりは来ない様子。
 ポッキーを咥えるは被っていたキャップを取りざかざかと熱のこもる髪を散らした。その泪の右手に、轟はきのうも見た手首の機械を見つけ、合宿でも付けられてるのかと思った。

「きのうはどうだった」
「べつに、メシ食って帰った」
「泊まりじゃなかったのか」
「泊まるか、息詰まる」
ちゃん、次、な!」
「ナポレオン」
「轟、お!」
「オラウータン」
「たーンザニアデビル!」

 終わんねぇなと呟くの隣で轟も終わんねーなと返した。

「お互い話しづらいのか」
「きのうは、そうでもなかったよ。よくしゃべる奴が来てたからな」
「誰だ?」
「前におまえと学校の前で会ったって言ってたぞ」
「俺と?」
、ね!」
「寝る」

 の頭には一回り大きいキャップを目深にかぶり、は俯き動かなくなった。
 コラ寝るなー!
 賑やかなバスの中でも響く芦戸の声もを目覚めさせはしなかった。

 高速道路を走っていたバスは公道に下りると深い山山の合間を走り、出発してから1時間が経った頃に停車した。おしっこおしっこ、と駆け出ていく峰田に続いてバスを下りていく生徒たちは山に囲まれた清々しい空気の中で思い切り体を伸ばした。

、休憩だぞ」
「いいよ、1時間しか経ってないのに」
「全員降りるみたいだぞ」

 轟に起こされ、は不機嫌にバスを降りていく。
 そこは山の中腹に位置する停車場で、生徒たちはアレ? と辺りを見渡した。

「何ココ、パーキングじゃなくね?」
「ねぇアレ? B組は?」
「トトト、トイレは……」

 目下には広大な森が広がり、どこまでも見渡す限りの山々。
 大自然が広がるそこはサービスエリアでもなければ休憩所でもない。
 何の目的もなくでは意味が薄いからな。意図の掴めない生徒たちの前で相澤が呟いた。

「よーうイレイザー」
「ご無沙汰してます」

 ザ、と踏み締め現れた影に頭を下げる相澤。

「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」

 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!
 ビシッとポーズを決め生徒たちの前に現れたコスチュームを纏った女性ヒーロー、マンダレイとピクシーボブ。そして一人の少年。

「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ」
「連名事務所を構える4名一チームのヒーロー集団、ワイプシ! 山岳救助を得意とするベテランチームだよ!」

 プロヒーローの登場に緑谷は興奮し拳を握った。

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」
「遠っ!!」

 ピッと黒髪ボブの女性ヒーロー、マンダレイが遠くの山を指差す。

「え……? じゃあなんでこんな半端なところに……」
「いやいや……」
「バス……戻ろうか、な、早く……」
「今は午前9時半。早ければぁ……12時前後かしらん」
「ダメだ……、おい……」
「戻ろう!」
「バスに戻れ! 早く!!」
「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 大慌てでバスへと駆け戻る生徒たちをよそに、ロングヘアをなびかせるピクシーボブは土の地面に両手を着く。すると生徒たちの足元がゴゴゴ……と揺らぎ始めた。

「わるいね諸君、合宿はもう始まってる」

 次第に波打ちだす地面は水のように跳ね上がり、生徒たちをも巻き込んで崖から大波のように土砂を崩す。土に呑まれ押し出される生徒たちは遥か崖下へ吹き飛ばされ、森の中へと突き飛ばされた。

「私有地につき個性の使用は自由だよ! 今から三時間、自分の足で施設までおいでませ! この……魔獣の森を抜けて!!」

 土砂ごと森へと落ちてきた生徒たちは意味もわからぬまま土から這い出る。白い制服のシャツを汚した土を払い、高いところから微かに降ってきたマンダレイの声を聞いた。

「魔獣の森……!?」
「なんだそのドラクエめいた名称は……」
「雄英こういうの多すぎだろ……」
「文句言ってもしゃあねぇよ、行くっきゃねぇ」

 突然の奇行でも入学以来頻発する試練を超えてきたA組はすでに慣れており、土砂から下り遥か遠くにあるという宿泊施設を目指すことにした。バスを降りて以来ずっと尿意をしたためていた峰田は突然のハプニングにも耐え抜き、今にもはちきれそうな膀胱を押さえ森の奥へ駆けていった。
 そんな峰田の前に現れた、巨大な異形生物。

「マジュウだー!!?」

 マンダレイの言ったものはこれかと生徒たちは驚愕する。

「静まりなさい獣よ、下がるのです!」

 突然現れた獣に咄嗟に指示する口田だったが、動物を使役する口田の個性がそれには効かず生徒たちに襲いかかった。何故……、戸惑う口田の両脇から飛び出す緑谷、轟、飯田、爆豪。4人はその獣が生物ではなく土で出来た異物と見極め魔獣を撃破した。

「ななな、なんなのアレー!?」
「魔獣だよ! 魔の獣だよ!! 魔獣の森だあー!!」

 緑谷の超パワー、轟の氷結、飯田のレシプロ、爆豪の爆破。
 破壊された魔獣に生徒たちは一旦は落ち着くも、目の前に広大に広がる森の静けさに次の恐怖を感じた。

「とにかく進もうぜ、3時間でこの森抜けなきゃなんねーんだ」
「初日からコレかよおー!」
「あれ、ちゃん?」

 深い森を進み始めようとする生徒たちの中で、葉隠が辺りを見渡す。
 どこにもの姿が見えず、他の生徒たちも周囲を見渡した。

「おーい、ー?」
「まさか、土砂埋まってんじゃねーだろーな」
「うそ、まさか」
「いや、大丈夫だ、あそこにいる」

 を探す皆は土砂の下を見たが、障子が森の先を指差した。
 緑谷たちが倒した魔獣の破片の更に先、はすでにタッタカ走り出していた。

「こらぁー! ! さっさと先に行くなぁー!」
「心配したダロ、バカー!」

 クラスの声が遥か後方から届き、は振り返った。

「おまえらに合わせてたら昼メシ食いっぱぐれるだろ」
「おまえはまず団体行動を勉強しろよ!」
「つかおまえがいなきゃ宿舎の方角とか距離とかわかんねーだろ!」

 知るか。
 ギャーと叫び声を上げる生徒たちをよそには走り出す。

ちゃん待ってぇー! 置いてかないでえー!!」

 だけどピタリと足を止めた。葉隠の泣き声が呼んできて、また振り返った。

「……なら早く来いよ」
ー!!」

 追いかけ走り出す葉隠と芦戸はガシッとを捕まえた。
 あいつ、女に弱いな。切島がたちを追いかけ走り出すと皆もそれに続いた。

、宿舎の方角わかるか?」
「さっきの奴が指した方角で概算だ。近づきゃはっきり分かるだろうけど」
「ではとにかくその方に進もう。さっきみたいな魔獣とやらが出るだろうから、みんな気を付けて」
「うん!」
「目標! 全員ゴールな、皆で昼メシ食うぞ!」

 切島の掛け声に皆おお! と応えた。
 昼メシ、というあたり分かっていないようだけど。とは思う。

「全員到着したいなら人数割れ。こんな大所帯じゃ日が暮れるどころか夜になる」
「そーか……、まぁそうだな、分かれて班作ろうぜ」
「くだらねェ、先行くぞ」
「待て爆豪、おめェ方角わかんのかよ、魔獣倒しながらやってたら迷っちまうぞ!」
「アレが出る方進んでりゃ合ってるってことだろーが、舐めんな」
「そうとも言えないんじゃないか。あれはどう見てもさっきのプッシーキャッツの個性だ。迷わせようと思ったらそう操作してくるだろう」
「ほら爆豪、分が悪ィって!」

 うるせェ! 怒鳴り爆豪は一人森の奥へ進んでいった。

「待てって爆豪!」
「時間の浪費だ、気になるならおまえもついてけよ」
「え、俺も……?」
「ならあとの18人で3チーム作ろう。どう分ける?」

 切島と爆豪を除いたチーム決めが始まり、ああもう! と切島は爆豪を追いかけていった。

「切島さん、せめてこれを!」

 走っていく切島に八百万が何かを投げる。
 それを受け取った切島は手の中にコンパスを確かめ、サンキュ! と走っていった。
 八百万はポコポコと腕から更に3つコンパスを作る。

「班ってどーやって分かれんだよ? 体育祭の時の騎馬戦みたいな感じで行くか?」
「全員で相談は時間がかかり過ぎる。まず3人決めて、その3人で一人ずつ取っていくってのでどうだ」
「なんだソレ、総選挙みてェ!」
「やめろよコエーよォ、ジャンケンにしよーよォ」
「それが一番パワーバランスが取れる。異議はない」
「ではその3名はどなたが担いますの?」
「とりあえずもう委員長飯田と副委員長八百万でいいんじゃないか?」
「わ、私ですか?」
「ならもう一人はさんでどうかな」

 ……え、なんで? 緑谷の提案にが問い返す。
 クラスもと同じように何故? という顔をする者もいれば、緑谷に同意する者もいた。

「いや……単純に、さんがどういうチーム組むのかなって、見てみたいだけなんだけど……」
「俺もそれでいい」
「じゃあおまえら選ぶ順番決めろよ」
「いいから早く選べ」
「では飯田さんからどうぞ」
「僕か……、じゃあ」

 飯田は注目してくるクラスの皆を見渡すが、先程の魔獣の対策を考え他にないと思った。

「緑谷くん、頼む」
「うん」
「次は、私でよろしいんですの?」

 八百万がを見るとは促し応えた。
 八百万も当然この森の攻略にまず必要なもの、そして自分に足りないものはと考えた。

「轟さん、お願いします」
「ああ」

 突然の魔獣の登場に瞬時に反応したのは飯田、緑谷、轟、爆豪の4人だった。
 当然誰もが戦力を欲するしこの4人から取っていくことは想像ついた。
 では次に誰を。全員の目がに集まる。

「じゃあ、麗日」

 ええ!? 一番声を上げ反応したのは当の麗日だった。
 しかしその人選を見て緑谷はそうかと合点がいった。魔獣といえど土の塊。何も戦闘しなくても麗日なら触れさえすれば無重力化し戦闘を回避できる。この深い森で体力が温存できる。何故そこに頭が回らなかったのか、いつも傍にいるのに。そう飯田も虚を衝かれる思いだった。

「緑谷くん、どうする」
「うん……僕らで魔獣に対応するとして、状況を冷静に見られる道標になる人が必要じゃないかな」

 そうだな。そうして飯田と緑谷は蛙吹を選んだ。

「轟さん」
「おまえが決めろよ、おまえのチームだ」
「ですが……私は副委員長という立場から選ばれただけで……」
「おまえなら少しでも早くこの森を抜けるよう、もう作戦考えてるんじゃないのか」
「ですが、私の策が本当に……」
「学級委員を決めた時、おまえの2票目を入れたのは俺だ。そういうことに長けた奴だと思ったからな」
「轟さん……」

 八百万は体育祭以来、自分の力に自信を失いかけていた。
 万能な個性を持ちながら有効に活用できていない自分自身に失望していた。同じ推薦入学者であったはずの轟との実力差を目の当たりにし、自分が格下であると決めつけ判断を委ねようとしてしまった。しかしその轟が、自分を認め、任せた。頼ろうとした自分がとてつもなく恥ずかしく思えた。

「耳郎さん、お願いします」
「うん」

 索敵を可能にし、さらに轟の攻撃のサポートも担える人選。

「峰田」
ーッ!!」
「ええ!?」

 間髪のないの人選に周囲が驚く。飛びついて来た峰田は蹴り飛ばしたけど。

「そうか、麗日さんが無重力化して峰田くんが固定する。空も見えない森の中で魔獣を遠くに飛ばすことは無理だし、放置も危険。何かにくっつけておくのが一番だ、なるほど。麗日さんと峰田くんの意外なコンボが出来あがった。さんは完全に体力を温存するよう考えてるんだ」
「緑谷くん、感心している場合じゃないぞ」
「あ、ごめん! 次は、ええと、どうしようか!?」
「僕らも索敵を厚くしたい、障子くんにしよう」
「そうだね、うん」
「では次は私……、近接戦闘を仮定して、尾白さんお願いしますわ」
「うん!」

 葉隠。がそう手招くと葉隠は喜び飛び上がって抱きついた。
 オイラのことは蹴った癖に……と恨みがましく見る峰田だったが、このチームの女子率の高さに怒りはすぐ治まった。

「上鳴君だ」
「よーやく来たァー! 冷や冷やしたぜ!」
「芦戸さん」
「はーい!」

 順次チームが定まっていきそれぞれの形が見えてくる。
 再び順番が回ってきたは初めて間を置き、じゃあ……と常闇を選んだ。
 そうして全員のチーム分けが済み6人ずつの3班が出来た。

「班を分けはしたがあくまで全員でのゴールが目標だ、もし手こずることがあれば共に助け合っていこう!」
「急ごうぜ、切島たちは随分行っちまったぞ」
「このチーム分けにかけた時間は決して無駄じゃありませんわ、皆さんお気をつけて!」
「さっさとこんな森抜けてみんなでメシ食おーぜ!」

 おお! 全員が意気込み、いよいよ森の奥へザッと走り出した。
 向かうはこの巨大な森を抜けた先にあるという宿泊施設。
 森の中にも日差しが強くなってきた午前9時50分。A組の本格的な強化合宿が始まった。









ポッキーを執拗に要求してるの誰。

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