脚の腱を伸ばし、キャップを被り直して走り出すに「ペース早……」と麗日、峰田、葉隠、常闇、そして最後に選ばれた瀬呂がついていく。この走り辛い土の地面、襲ってくるように向かってくる木々、でこぼこした木の根や岩、それをこのペースで走るのかとの背を見る面々は必死について走った。
「、俺の役割は何だ」
泪の傍らにつく常闇が声をかける。
「麗日のガード」
「承知した」
「俺は!?」
「おまえはオトリ」
「オトリかよ! まぁ分かってたけど! 魔獣が現れたら麗日に触らせりゃあいーんだよな!」
「こんなペースで走ってたら、さっきのが出る前に、ヘトヘトんなっちまうよォ!」
「走ることに集中しろ。魔獣とかゆーのは二の次でいい。このペースで走ったって森を抜けるのに5時間はかかるぞ」
「ごじかんん!?」
「二の次って言ってもただで走らせてくれないのが……!」
疾走する先にのそりと姿を現す魔獣。ビッと木の枝にテープを発射し飛び上がる瀬呂は魔獣目がけて飛びかかり、敵を認識しブンと攻撃をしてくる魔獣の下をくぐり抜け注意を引きつけた。背を向けた魔獣に向かって麗日は両手を一度合わせ手を伸ばす。しかし魔獣の尾が麗日目がけて襲いかかり、不意で避け切れずにいた麗日だが常闇がその間に入りダークシャドウでガードしつつ麗日を回避させた。常闇に押しのけられた麗日だったがすぐに体勢を整え再び魔獣の脚に飛びかかり両手を着くと魔獣は重力を失くしふわりと浮き上がった。わああ! 叫びながら峰田が頭からもぎったグレープをふわふわ浮いている魔獣に投げつけると葉隠が飛びかかり魔獣を地面に接着させた。背中が地面にくっつき手足をバタつかせる魔獣を前に全員がふぅと息をつく。
「いーじゃんコレ! 俺ら行けるよ!」
「ああ、良い連携だった」
「チームワークサイコー!」
「うん!」
「アレ!? は!?」
わっと盛り上がるみんなの隣で峰田が見渡し叫ぶ。どこにもがいない。まさかまたとっとと先に? そうみんなで周囲を見渡すと、傍に胸から手を離すがふと現れた。
「明確な方角が定まらないな。さっきのヒーローも車で移動してる、到着するまで目的地が分からん。このまま東に進むぞ」
「なんだよおまえ、どこいたんだよ!?」
「落ちつけって峰田、の個性だ」
「何の個性だよ!?」
「うるさい。選べ、交戦してもまっすぐ進むか距離を伸ばして回避するか」
「見ただろ今の! 魔獣なんか怖くねーよ!」
「まっすぐ進もう、俺たちがこのまま先頭を走っていれば他班の牽引にもなる」
「ならもう少し省エネしろ。森を抜けるまで200キロはある。もたないぞ」
「お、おお。200キロかぁー……」
「麗日は真っ先に飛び出すな。確実に触れるタイミングを計れ」
「うん」
「行くぞ」
「だから何の個性なんだって!」
「黙れ」
こいつ、女爆豪だ……! 峰田の叫びも無視して再び走り出す。
「、このチーム編成は咄嗟に考えついたのか」
「考えたのは麗日と峰田だけだ」
「俺と瀬呂はオマケだったか」
「というか選ぶまでおまえが残ってると思わなかった」
「褒めてるのか。光栄の至りだな」
その後も森を疾走しながら魔獣と交戦しながら、天頂へと登っていく太陽がやがて傾いても走り続けた。
先頭より数キロ後方、八百万班。
尾白の攻撃で大腿部を破壊される魔獣は体を崩し、それでも襲いかかろうとしてくる体を丸ごと轟の氷が飲み込んだ。
「お二方、おケガはございませんか」
「大丈夫だ。それよりルートは?」
「問題ありませんわ。何より……」
八百万は二人にペットボトルの水を手渡す。それを口にする轟は、氷結させた魔獣の傍にもう一体、背中を地面につけジタバタと暴れている別の魔獣を見た。
「麗日さんと峰田さんに止められた魔獣が道標のように点々としてますもの。さんの戦略がうまく機能しているようですわね」
「しかし追い付けねぇな」
「飯田くんの班はあっちに見えてるけど」
「たちはまだ随分先だよ。ペースも恐ろしく早いし……、何なのあいつ」
少し離れた場所では飯田たちが魔獣と交戦している音が聞こえる。
さらに離れた所からは時折爆豪の爆音が響いてくる。
しかし前を走っているはずのたちの方からは何も気配を伺えない。
ただ足止めされた魔獣が点々と行く路に転がっている。の策がハマって。
「先急ぐぞ」
走り出す轟たちは自分たちより先を行っている班を追いかけた。
と組み戦闘訓練をするようになって轟は感じていた。と対戦をすると、勝負する前に勝敗は決しているような気にさせられる。状況、力量の判断力。個性の把握、応用。戦略、知略。
まさに百戦錬磨という言葉が脳裏に浮かんだ。
の空白の年月に詰め込まれた場数。そしておそらく死線。
出来れば今回も目の前で見ていたかった。
ドン! と爆豪の衝撃と切島の破壊力が魔獣を大破させる。
もう何体相手にしてきただろう、右手に痛みを持ち始める爆豪とゼェゼェ息を切らす切島。
「よォ爆豪、道こっちであってんのかァ!?」
「なに言ってんだ、コンパス持ってんのてめェだろーが」
「そーだけど、そもそもコンパスの使い方自体よく分かってねー」
「ならてめェが持ってんじゃねーよクソボケ! 貸せ!」
魔獣が襲いかかってくるからには大げさにルートを外れているわけではないと思っている二人だけど、飯田が言った通り使役者の思惑通りに迷わされているかもしれない。魔獣との遭遇が減っているのも気がかりだ。
「みんなどーしてるかな、ケータイバスに置いてきちまったんだよな」
「こんな山ん中で通じるかよ」
「まぁあいつらなら大丈夫だと思うけど。この森、あとどんくらいあんのかな。どーする爆豪、あっちの方で戦ってる音するけど、そっち行ってみるか」
「進むのは前だけだ」
「ああ……分かってんよ!」
コンパスを見て進む爆豪のあとを切島は汗を拭いついていく。
静かな森でどこかから聞こえてくる戦いの音が励みになった。みんな戦っている。
「なァ、爆豪。おめェなんでにケンカ売ったんだよ?」
「またその話かよ。気に入らねぇからだろ」
「もう謝れとか言わねーけど。何が気に入らねぇんだ、は何もしてねーだろ」
「だからだろーが」
「は?」
「どの訓練もダンチで突破出来る力あるクセして手ェ抜いてコソコソしやがってクソサボ野郎が」
「おめェ、にそんだけ力あるっていつから知ってたんだ?」
「知らねェよ!」
「はァ?」
木々の合間を草木を掻きわけ走っていく二人。
じわじわと熱気の籠った湿気が肌にまとわりつくが、街中での熱さに比べれば過ごしやすい森の中を先程までとは少し方向を変えて走っていく。
「前にさ……が言ったんだよな。あいつ、自分の力はヴィランの教えだって」
「……」
「どう思う、爆豪?」
「知るか、それがなんだ」
ガサッと駆け抜けた草木の中、前を走る爆豪が足を止めた。
どうした? と同じく足を止めた切島は、爆豪の視線の先に魔獣を見る。
咄嗟に構える切島だったが、どうも様子がおかしい。
魔獣は地面にひっくり返ったまま起き上がれないでいた。
「なんだこりゃ」
「あのくっつく野郎だ」
「くっつく? おお峰田のか、スゲーじゃん!」
「あのザコ一人でこんなこと出来るかよ」
爆豪はザッと走り出し、切島もまた追い掛け走った。
木の葉の隙間から空に見えていた太陽が傾き森の中もひやりと温度を下げてきた頃、足早に前へと進む常闇はポケットから懐中時計を取り出し時間を見た。昼食の時間などとうに過ぎていた。
「休憩だ」
前を走っていたがふと速度を緩めると後続もそれに倣った。
朝走り出した頃に比べれば随分速度は落ち、がこのペースなら5時間と言っていた時間も過ぎた。あれだけのペースを保ち続けられるわけもなく、先頭を走っているせいか魔獣に裂く時間もかなりあった。
「しかし、もう3時半を回っているぞ」
「もう走れねーよォ、先頭なんだし、ちょっとくらい休んだっていーだろー」
体力を温存しつつ魔獣をいなしここまでやってきたが、誰もが肩で息をし汗だくになって力は底尽きようとしていた。常闇はに時計を向けるが、はそれより後方の麗日に振り向いた。
「大丈夫か」
「ん……、まだまだ、大丈夫!」
傷つき汚れ、ボロボロな顔をしながらも拳を握って見せる麗日。
瀬呂も常闇もここまで麗日をサポートしガードしてきたが、やはり麗日の負担が最も大きかった。
「ー、あとどのくらいなんだー?」
「30キロくらいか」
「ならもう走ってしまった方が速くないか」
「うん、私大丈夫! 行けるよさん」
「ここから勾配が強くなるぞ、ほぼ山道だ。後ろが追い付いてきてるから魔獣も集中的に出るようになるだろう。体力見誤るなよ」
「う……ごめん、休みます……」
「気にしないで麗日、みんな同じだよ」
拳を解き膝に手を着く麗日を見て瀬呂と峰田、葉隠が草場にドサッと腰を下ろした。
肩で息をしながら常闇はを見る。平然とは言わないが自分たちほどではない疲労感。垣間見える体力の差。体育祭の時、森の中で見つけたは汗だくになって疲弊していた。普段どれほどのトレーニングを施しているのか。
「あとどのくらいで到着すると踏んでいる?」
「1時間半から2時間だな」
5時過ぎか……。考え込むような常闇には振り返る。
「、今でもすでに森の中は影が濃いが、これ以上更に日が暮れると俺は個性を使えない。俺のダークシャドウは光に弱く、日中はパワーが半分以下になる分制御が可能だが、夜になると獰猛になり制御が難しくなる。それが俺が到着を急ぎたい所以だ」
「半分以下?」
「ああ」
遮るもののない街中ではまだ西日にもならない明るさを持っているだろうが、ここは山に囲まれた森の中。日が傾きかけたこの時間はもうすでに薄暗く影が色濃くそこかしこに点在している。森の中にいる数名の人間など簡単に飲み込んでしまう闇深さ。
「何それ、見たい」
キャップの下で薄く笑む。
いつも遠くを観ているようにピタリとは合わないの眼がまっすぐ自分を捕えていて、常闇はその眼から離れられなかった。がふいと目を逸らし解放される。
「何にせよ戦力が低いな」
「ああ……、飯田と八百万の班を待ち、残りは全員でいこう」
「先にあいつらが来るよ」
「あいつら?」
しばらく待つとガサッと茂みの中から爆豪と切島が姿を現した。
「おーおまえら、こんなとこにいたか!」
「おおー切島ァ、生きてたか」
切島が駆け寄り瀬呂とハイタッチを交わすうしろで、爆豪はその先にいると常闇を見る。
「俺たちが先頭だ、合宿所まであと30キロだってよ」
「マジか、時間くっちまったがあとちょっとだな。他の奴らは?」
「すぐそこまで来てるってよ」
切島たちがここまでの道のりを話していると、すでに合流していた飯田と八百万の班が追い付き、約5時間ぶりにA組全員が集まった。
「よーし、ここまできたら全員でゴールしようぜ」
「コメーッ、にくーっ」
日が暮れ始める森の中、まだ見ぬ合宿所を目指し、空腹を抱える生徒たちは走り出した。
地平線に近付いていく大きな太陽が空に溶け、悠々と空を舞うカラスが鳴き声を響かせる。森の中はシンと静まりやがて訪れる夜を思わせた。
「やーっと来たにゃん」
「とりあえずお昼は抜くまでもなかったねえ」
山のふもとに建つプッシーキャッツのマタタビ荘。
入口に立つ相澤とマンダレイ、そしてピクシーボブは森の樹影から走ってくる人影を待った。誰もが息を切らし制服を汚し、傷を負い疲弊しきっていたがA組は全員で合宿所へやってきた。
「何が3時間ですか……」
「悪いね、私たちならって意味アレ」
「実力差自慢の為か……やらしいな」
「ねこねこねこ……。でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ君ら……特にそこ4人。躊躇の無さは経験値によるものかしらん?」
そうピクシーボブは開始早々に魔獣へ突進した飯田、緑谷、轟、爆豪を指差した。
「三年後が楽しみ! ツバつけとこー! プップッ」
「うわっ」
「マンダレイ……、あの人あんなでしたっけ」
「彼女焦ってるの、適齢期的なアレで」
生徒たちは時間がかかったものの無事到着し、それは予想より早いもので相澤はひとまず全員通過かと思った。疲弊は見られるもののしゃべる余裕もある。何よりさっさと一人で先に来てしまうかと思っていたが他の生徒たちと共に現れた。
「全員バスから荷物を下ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ」
「メシー!」
疲れ切っていたはずの生徒たちは走りだしバスから荷物を運び出す。
荷物を部屋に入れた後、食堂にやってくるとテーブルいっぱいに並ぶ料理の数々に歓声を上げた。B組の生徒たちも汚れた体を引きずりやってきて、全員がテーブルに着くと手を合わせ一斉にいただきいますと声を上げた。
「へえ、女子部屋は普通の広さなんだな」
「男子の大部屋見たい! ねえねえ見に行ってもいい後で!」
「おー来い来い」
「美味しい! 米美味しい!」
「五臓六腑に染み渡る! ランチラッシュに匹敵する粒立ち! いつまででも噛んでいたい!!」
「ハッ……土鍋……!? 土鍋ですか!?」
「うん、つーか、ハラ減り過ぎて妙なテンションになってんね……。まー色々世話焼くのは今日だけだし食べれるだけ食べな」
わいわいがやがや、豊富な食事を囲み次々手を伸ばす生徒たちは、朝ご飯以来空っぽだった腹の中に片っ端から詰め込んだ。
「瀬呂くんが注意を引きつけて麗日さんが浮かす、反撃は常闇くんと葉隠さんでガードして峰田くんが動きを封じるか……、最高の布陣だね、見たかった……!」
「うん、チームワークバツグンだった!」
「くんはあれでみんなの個性を良く見てるんだな」
「あいつはずっと先頭走ってただけだけどな! オイラたちにだけ戦わせてよ!」
「でも迷わず最短距離を走れたのはちゃんのおかげ!」
賑やかな食卓。ガツガツと食べ物を詰め込みながら、そこかしこで森の中での苦節が飛び交い、一番端のテーブルでは緑谷と飯田、麗日と峰田たちが戦いぶりを交わし合った。
その隣のテーブル、一番端の席では空になった茶碗と箸を置いた。食堂内の大騒ぎの明るさも、隣に座る体の大きな口田のせいか一枚幕の外の音に聞こえていた。口田はを気遣い大皿からおかずを取って差し出すも、は首を振り席を立った。
「?」
前に座る轟が声をかけるがは食堂を奥へ歩いていき、食事を配るマンダレイに声をかけ、食堂を出ていった。
「マンダレイ、どこ行ったんですか?」
「さっきの子? 気持ちが悪いからお風呂に入りたいって言うから大浴場教えたよ。まー女の子だしね」
はいどうぞー、とマンダレイがおかずの大皿を取り替えると取り合うようにあっという間に減っていく。食べ盛りの生徒たちは食事に夢中で、が席を立ったことに気付いた者は何人もいなかった。
「あれェ、ちゃんは?」
大きなお腹を抱え満足する女子たちは部屋に戻りお風呂道具と着替えを準備するが、どこにもがおらず葉隠がキョロキョロと廊下を見渡した。
「さんごはんどこで食べてたっけ」
「私らのとこにはいなかったよ」
「まったくは単独行動のオニだなぁ」
「あの爆豪ちゃんでさえ一緒にいるのにね」
男湯と掲げられたのれんの前を通り過ぎると中から大騒ぎする声が聞こえてきた。男湯ののれんを通り過ぎ女湯へ入っていく女子たちは泥だらけになってしまった制服を脱ぎ始める。普段更衣室での着替えは慣れているものの、全て脱ぐのはどこか戸惑いもあり、しかしばばっと全てを脱ぎ全裸で走っていく芦戸が「温泉ー!」と叫んだからみんな駆け出ていった。
「ヤオモモおっぱいでか!」
「発育の暴力……」
広い浴場で体を流し、外に見える露天風呂へ駆け出ていく。
山の中だけあって満天の空。湯けむりが星空に溶けていく美観。
「気持ちいいねぇ」
「温泉あるなんてサイコーだわ」
肩に湯をかけ、熱が深くに染み渡っていくのを肌に感じる。傍らの高い壁の向こうは男湯だろう、同じようにはしゃいでいる声と水音が夜空に響いていた。しかしその中に混ざる「峰田くんやめたまえ!」と声を荒げる飯田の声。
「なんだぁ?」
「まさか……」
壁とは越える為にある! プルスウルトラ!!
壁際で発される峰田の叫び声。女子たちは咄嗟に身を隠したが、その壁と壁の間にバッと現れた小さな男の子のうしろ姿。プッシーキャッツがA組たちの前に現れた時から一緒にいた少年、洸汰。
「クソガキィイイイイ!!?」
洸汰は壁を昇ってきた峰田をドンと突き飛ばし覗きを阻止した。
「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」
「ありがと洸汰くーん!」
これまで幾度となく峰田の失礼な発言、覗き行為を目撃してきた女子たちは守ってくれた洸汰にありがとうと手を振った。しかしその声に振り返った洸汰は驚き壁の向こう側に倒れ落ちていってしまった。
「ええ!? 落ちた!」
「男子ー! 洸汰くん大丈夫!?」
壁の向こうで洸汰がどうなったかは定かじゃないが、緑谷の声で「大丈夫、無事だよ!」と返ってきたから一安心した。緑谷に受け止められた洸汰はそのままマンダレイの元まで運ばれた。落下のショックで気絶しているがケガはなく事なきを得た。
「峰田ちゃんのせいよ」
バシっと蛙吹の舌で殴られる峰田。
風呂から上がった生徒たちの多くは男子の大部屋に集まっており、女子たちは洸汰の無事を緑谷から聞きホッと胸を撫で下ろしたが、風呂上がりの女子たちの香りに恍惚な表情を浮かべる峰田には何を言っても無駄だった。
女子たちの部屋に比べ広い男子部屋で、飯田や緑谷と共にふとんを敷くのを手伝っている麗日、上鳴や瀬呂と枕を投げ出す芦戸、トランプに混ざっている蛙吹と耳郎らを見るも、常闇はその中にがいないなと廊下に出た。夕食時、轟の隣で食べていた常闇も早々に席を立った泪を見ていた。広い玄関ロビーまで来ると、キョロキョロと見渡しながらトイレから出てくる葉隠を見つけた。
「葉隠、どうかしたのか」
「あ、常闇くん、それがちゃんがどこにもいないんだよ」
「風呂では一緒じゃなかったのか」
「うん、さっきマンダレイに、私たちがごはん食べてる間にちゃん先にお風呂行っちゃったって聞いたんだけど、私たちが行った時にはもういなかったの。今ヤオモモが2階探してる」
「そうか。俺も探そう」
「ほんと? じゃー私この奥行くから外ぐるっと回ってくれないかなぁ」
「承知した」
そう玄関前で別れ、常闇は外に出る。眼前に広がる真っ暗闇の森、周囲を囲む山々、広がる星空。建物から漏れる僅かな明かりがぼんやりと照らしているだけで外はどこもかしこも闇だった。
建物の周りを落ちつきそうな場所を探して常闇は歩いていく。自分も一人になりたい時はあるから、この広大な施設内で居心地の良さそうな場所を探した。しかしどこにもはいない。体育祭の時はたまたまではあるが見つけられたのに。しばらく探し回るとまた葉隠と八百万に出くわしたが二人も見つけられなかった。
「皆さんにも声をかけて探しましょうか」
「全員で探されるのもは嫌だろう」
「そうですわね……、就寝時には戻ってくるでしょうし、待ちましょう」
「もう、なんでいなくなっちゃうのかなぁー」
3人が捜索をやめ皆がいる大部屋へ行くと、枕投げに熱中するグループとトランプで盛り上がっているグループとに分かれているがどこも賑やかだった。葉隠は飛び上がって枕投げに混ざっていき、八百万はトランプをしている耳郎に寄っていく間で、常闇はどこ行ってたのというように見上げてくる口田の傍に腰を下ろした。
「がどこにもいなくてな」
口田に言うと、口田もまた心配気な顔をした。
するとその声を聞き取ったんだろう、本を読んでいた轟が振り向いた。
「を探してたのか?」
「ああ、見つからなかったが」
「あいつ合宿嫌がってたからな。どこかに行っちまうわけでもねーし、放っといていいと思うぞ」
「……そうか」
轟はの手首につけられた機械で居場所は相澤に通じていることを知っていて、この合宿所からいなくなることはないだろうと思った。期末テスト以来、轟とが一緒にいる姿を見かけることは増え、その言葉からも他の者よりは親睦を深めていることを常闇に感じさせた。
風呂場の湯けむりが薄まっていく頃、は玄関上の屋上にいた。葉隠たちが自分を探す声も意識も肌にそわそわ感じていたが、八百万が2階の窓から自分がいる方を覗いた時は姿を消しやり過ごした。風呂場での騒動も、まだ年端も行かぬ男の子の不幸な境遇も、今も続く賑やかな声も、全て届いていた。
笑い合う声。賑やかな食卓。楽しい時間。
どれもは知っていた。それは自分の中にもあった時間だった。
そして今、そんな世界にまたいる。けれども混ざり込めはしなかった。
それはにはもう”あの頃”だった。
過ぎた時間だった。
ヤオモモはこの森の中でライジングしてくれ。