2日目の夜、遅くまで相澤の補習を受けていた期末テストの赤点者たちは、降りてくる瞼と戦いながら自室へと体を引きずり戻っていった。真っ暗な部屋ではすでにクラスメイトたちが心地よさそうに眠っている。その合間を縫って空いているふとんに身を倒し泥のように眠った。
片づけた学習室の明かりを消す相澤が教員部屋へ戻っていくと、先にB組の補習授業を終えたんだろうブラドキングが戻っていた。こんな時間まで補習だった生徒たちが苦難なら教師もまた然り。肩の捕縛武器を外す相澤はハァと吐く息と共に一日の荷を下ろした。
「相澤、は確か期末で轟とペアを組ませたんだったな」
「うん?」
数時間後には夜明けが迫っているが、今日一日の生徒たちの課題と進行状況を記録し明日からのメニューを組まなければならず相澤はまた机に向かう。
「前におまえ、あの二人は組まないと言ってただろ」
「ああ、なんか意外な方に進んでるな」
「今日の夕飯の後も轟とは広場で組手してたぞ」
「期末以来授業でもよくやってる。どういう風の吹きまわしかね」
「良いことじゃないか。雄英に入れた甲斐があるというもの」
「まぁな……」
「轟にも良い影響だ。の技術を学べばあいつは本当に最強のヒーローとなり得る器だ」
相澤は数枚のプリントの中から今日、泪に受けさせた全教科のテスト用紙を手に取った。正誤はともかく全て埋まっている答案。
「だか、正直おまえはどの程度だと思っている? がヴィランと通じている可能性」
「……」
カチカチと音を立てる時計と重なって外から鳴り響いてくる生物の音。
カーテンの外から光を滲ませる月明かりが畳に筋を作る。
外界と遮断されたような、山と森に囲まれたこの宿舎。
これを機とするなら、こんな好条件はない。
合宿3日目、続・個性伸ばし訓練。
昨晩、補習組の勉強会は深夜2時まで続いたにも関わらず今朝もしっかり7時に起こされ昨日に続いてハードな個性伸ばしのトレーニングに勤しんでいる。が、他生徒に比べ補習組は眠気と疲労は著しく見て取れて動きが鈍く相澤の檄が飛んだ。
「って奴どこだ!?」
「なんだ?」
「B組の鉄哲だ」
A・B組の生徒が散らばっている広場に響く鉄哲の大声に轟が振り返る。
近くにいた瀬呂が昨晩のことを思い出して「またあいつは」と声を漏らした。
「鉄哲、はここにはいねーぞ。それには勝負しねーってきのう言っただろ」
「だからなんでだ! きのうはやってたじゃねーか」
「あれは勝負じゃなくて訓練。あいつが相手にすんの轟だけなんだって。俺らとだってしねーんだから」
「なに、何の話?」
瀬呂と鉄哲の話に割って入ろうとした切島だけど、相澤の睨みに気付き二人はいそいそとトレーニングに戻った。
「鉄哲、ちょうどいい、おまえ切島とやれ」
「え!」
「おまえら個性似てんだから高め合うにはちょうどいい」
「よーっし切島ァ! 体育祭のリベンジだ!」
「おお! これが本当の決着だぜ!」
ヘトヘトに疲れていても、いつかの熱戦を思い出し手を組む切島と鉄哲。
あっという間にやる気を戻させる相澤の手腕に生徒たちはおおーと声を漏らした。
「先生、は今日も勉強なんスか?」
「きのうの再テストまだダメだったの?」
「赤点は回収したがまだまだだからな。当分あいつは集中講義だ」
「集中講義ったってタブレットで勉強してるだけでしょ?」
いいからおまえらは自分のことに集中しろ、と相澤は瀬呂や芦戸たちを広場へ押し戻す。まだ若い彼ら、高い志があっても集中力の持続時間はそう長くはない。そんな生徒たちにやる気と集中力を与え続けるのも教師の役目。
「相澤先生」
補習組がトレーニングに戻ったというのに次に相澤の元へやってきたのは轟。
「俺もとやりたいんですけど、少しも出して貰えないんですか」
「おまえは今は最大値の超過と調整に集中しろ」
「……、がずっと中なのは、あいつを疑ってるからですか」
元より大きくは響かない轟の声だけど、その声はさらに相澤以外に届かないような声だった。
轟は気になっていた。移動中だけでなく、今もずっとの右手首についているあの機械。
「勉強の為だ」
「はずっと監視され続けるんですか」
「保護だ」
「あいつの行動をずっと覗き見るのが保護なんですか」
まっすぐ突き刺すように問い正してくる轟に、随分仲良くなってんだなと相澤は思った。
「まァ自由時間にまで口出しはしねーよ。だが今はメニューに集中しろ」
納得したようには見えないが、轟は「はい」と返し戻っていった。
他の生徒にしてもそう。いつの間にかすっかりクラスメイト。
良かったな。相澤はそう眩しく晴れた空の太陽に伝えた。
教科書を下敷きにぐったりと机に頭を横たえるの耳に、タタタと近づいてくる足音が入ってくる。
「くん! 夕食作りの時間だぞ!」
ガラッと扉を開けて現れた飯田の声はずっと静かだった学習室にこだましは頭痛を覚える。生徒たちが今日のメニューを終了し着替えに行っている間にを呼びに来た飯田は、疲労や汚れは見えるものの声は相変わらず元気。着替えてから呼びに来いよ……そう呟くをお構いなしにハリアップ! とパンパン手を叩いて呼び起こしてきて、気だるく頭を起こすは傍らに置いていたキャップを被り飯田と部屋を出ていった。
「今日は夕食後に肝試しをやるんだそうだ。B組とクラス対抗なんだぞ」
「肝試しって何」
「何! 肝試しを知らないのか!」
「だから何」
「陽が暮れた頃合いにひと気のない場所を進み恐怖に打ち勝ち精錬された精神を養うという日本の夏の風物詩だ!」
「精神を養う風物詩っておかしいだろ」
隣で飯田は肝試しの何たるかを力説するが、は分かった分かったともう聞いちゃいない。
「ずっと思ってたんだが、くんはキャップが好きなのか」
「は?」
「ずっと被ってるじゃないか。学校では見たことなかったから、新しい一面だ。けどそれ少々大きいんじゃないか? 買う時サイズを確かめなかったのか」
の頭には大きいその緑色のキャップはすぐにずれて顔まで覆い隠してくる。
うしろを調整すればいいんじゃないか?
飯田はそうキャップのサイズ調整の部分を覗き見るが、はくいとツバを上げ戻した。
「いいんだ、借りモンだから。どーせすぐ返す」
「借り物?」
玄関ホールまで来てはドアへ向かっていく。
飯田は部屋へ着替えに行かなければならず足を止めた。
「そういう人がいるのか。嬉しいな」
嬉しい? は振り返り飯田を見た。
「嬉しいじゃないか。借り貸し出来る人がいるなんて」
玄関のガラス扉から差し込む暮れかけた黄色い太陽の光を受けて、飯田が嬉しそうに笑っていた。なんでおまえが嬉しそうなんだ。呆れたが外へ出ていくと、飯田も急ぎ部屋へ駆け戻っていった。
外は山に隠れる太陽の残り火で黄色く染まっていた。青い空も緑の森も白い宿舎の壁も茶色い地面も、元の色を携えながら黄色を被る夏の夕間暮れ。ザッと木の葉を撫ぜる強い風は昼のぬるさを含んでいながらも素早く夜の涼しさを運んでくるよう。こんな豊かな空気の中に溶け込めるのはきっと心地良い。風と温度と色と匂いと季節と音と移り変わる陽の巡り。
ザァッ! 木々を揺らし土の地面から砂埃を巻き上げるつむじ風が大きな空から小さなへと突進し浴びせかかって、咄嗟に腕でかばったがの頭にはぶかぶかなキャップは突風に吹き飛ばされ、は焦って巻き上がったキャップを見上げた。
はすぐに手を出しかけたが、それより先に宙を舞うキャップにザッと影が伸び、同時にビッと白いテープが空を切った。
「あ! クッソー負けた!」
「ハハ、ナイスキャッチ、ダークシャドウ!」
「瀬呂ー、発射速度! ってまた相澤先生に叱られんぞ」
玄関口にダークシャドウを放った常闇とテープを巻き取る瀬呂、笑う上鳴に続いてA組の男子たちがどんどん出てくる。空中でキャップを掴んだダークシャドウが降りてきて見上げるの頭にパサッとキャップを被せた。陽の光にも染まらない闇色した影だけど、ありがとうと呟くと照れたような表情をした。
「、おまえ肝試し知らないってマジか」
「知らない」
「そりゃあ楽しみだな!」
「に効くかなぁ、放課後の学校の怖さもわかんねー奴だぞ」
「狩るか狩られるかの話か?」
「狩っちゃダメだ。、狩っちゃダメだ」
「ほらな」
皆と一緒に宿舎向こうへ歩いていくと、炊事場の手前に立つ相澤が早く取り掛かれと生徒たちを急かした。
「さァみんな作ろう! 今日は肉じゃがだ!」
「ほれ皮むけ、皮むき名人」
ポイと渡されはジャガイモの皮を剥いていく。
着替えを終えた女子たちも続々駆け寄ってまた夕飯作りが始まった。
隣に座る葉隠に剥き方を教えていると周囲も真似して山積みになっていくジャガイモ。
「爆豪くん包丁使うのウマ! 意外やわ……」
「意外ってなんだコラ! 包丁に上手いも下手もねえだろ!!」
「出た! 久々に才能マン」
「みんな元気すぎ……」
野菜が切られ、大きな鍋の中できのうとは違う味で煮込まれる。
ごぉごぉと燃える火にかけられる飯ごうがグツグツと煮汁を溢れさせていく。
色を落とす空に空腹に染みる匂いが立ちこめて、早く早く! と急かす男子とまだ煮えてない! と蓋を開けない女子の攻防が賑わい出来あがりを今か今かと待った。
「……、?」
おーい。
星の光り始めた薄暗い空の遠くへ離散していた意識が常闇の声で手元に戻り、はっきりと捉えた瀬呂の声に振り返ると隣で葉隠もこちらを見ていた。夕食が出来上がるまでの最中、点在するテーブルに散らばる生徒たち同様、森にほど近い端のテーブルにも煮える鍋の香りが漂っていて、テーブルを背に長椅子の端に座るは同じテーブルの向こうに座る常闇と瀬呂を見た。
「おまえはいつもボーっとしてんな。勉強疲れか? 今日は何の勉強だったんだ?」
「一日中歴史」
「日本史、どこまで行った?」
「安土桃山時代」
「マジか、きのうまで源氏だ平氏だって言ってたのに」
「群雄割拠の乱世。名立たる武将が多いからな、覚えることも多いだろう」
「おまえ誰? 俺武田信玄!」
「無論、大谷吉継。義の男だ」
「男子って歴史好きだよねー」
あ、飯田飯田! 瀬呂に呼ばれ、通りがかった飯田は足を止めた。
「戦国時代で誰好き?」
「僕か? 当然、徳川家康だ」
「家康かぁ。家康って流れっていうか、棚ぼたなイメージなんだよな」
「何を言う、戦乱を終わらせ日本を長きに渡る平穏に導いた偉大な人物だ」
「確かに、日本では信長や秀吉人気が強いが海外では最も有名で有能な武将は家康だと名高い」
「ふーん。では? 誰好きだった?」
「関心ないよ」
一度振り向いて以来、また森の方を向いてしまった背中がぽつり言う。
下げんなーおまえは。呆れる瀬呂がぼやく。
「くんは合宿中ずっと勉強なのか?」
「つってもに個性伸ばしってゆーのもな」
「気になってたんだが、くんは近接戦闘中、個性を活用してるのか?」
「してない」
「素でアレだもんな。たとえばおまえ、消えてる間に倒すことだってできるわけだろ?」
「出来ないよ。インパクトの瞬間は実体でないと」
「そーなの? じゃあ無敵ってわけでもねーのか。カウンター食らう可能性あるもんな」
「出来るのか、瀬呂」
「ゴメン無理」
「つまりは爆豪くんと対戦した時も、特異な細工があったわけではなく、それでも入ったわけだろ。スピードはもちろんだろうが、僕がレシプロを使ってもああは決まらない。その違いは何なんだろうか」
キャップのツバが丸く星空を隠す下では少し考えた。
「違いといっても、おまえの蹴りと私のそれとではそもそもの成り立ちが違うからな」
「成り立ち……?」
「通常蹴りっていうのは軸でスピードを決めるが、それをおまえは蹴り足の勢いで打つ。だから基本鉄砲玉だ。飛んだ後の動きに責任が持てない。体育祭でおまえは轟に初撃からレシプロを使ったがまんまと避けられた。初見で対応できるスピードではなかったから来ると読まれてたんだろ」
答えるんだ、と瀬呂と常闇は思った。
はいつも勝負や教えるということをしないから。
「ああ、轟くんには騎馬戦の時にすでに見せていたし、俺は轟くんの騎馬だったからそのスピードを体感もしていた」
「あの時は俺も目の前でレシプロを見たが、俺はおまえと対戦してアレに対応できるかは定かじゃなかったぞ。だが轟は初見でも俺たちのハチマキを獲った」
「その時点で轟はレシプロに対応できると考慮すべきだった。だから初撃で避けられ、二発目は入ったが打点をずらされた。轟にそれを決めるにはおまえは早々に使うべきじゃなかった。速さにかまけて攻撃が単調なんだよ」
「ああ……まさしくその通りだ」
「おまえの蹴りは溜めが目立つ。瞬発力があってもそれ以前に来ると予想出来る。それがレシプロであったとしても警戒されちゃパターンは限られるし、初見の人間に対応されるようじゃこの先対応できる人間はいくらも出てくる」
飯田はヒーロー殺しと対峙した時を思い出した。
これまで鍛え、使い込んできた技なのに、その速さも威力も完全に見切られていた。
ヒーロー殺しが特別なんじゃない。ヒーローの世界で、それは当り前なんだ。
当たらなければ如何に早くても意味が無い。
「ようは使い方だ。おまえの動きは直線的すぎる」
俯く飯田の前で泪が立ち上がり向き合う。
「撃つぞ、対応しろよ」
「あ……ああ」
まさかそこまで。瀬呂と常闇も立ち上がり二人が良く見える位置へ移動した。
は右足を上げると飯田の左脇腹目がけ蹴りを撃った。飯田が左腕でガードしバシッと大きく音をたてると、その後ステップを踏み二発目の蹴りが初撃の倍以上の重さで入り、飯田はガードしたもののフラッと二・三歩圧された。
夕暮れの広場に響いた音を聞きつけ、調理場にいた他の生徒たちが首を伸ばし、並んだテーブルの向こう側にいる飯田や瀬呂の背中に目を向けた。煮える鍋の傍にいた轟は飯田たちの影にを見て立ち上がるとその方へ寄っていった。
「当然私はおまえより早くもないし蹴りも重くはないが、足だけで振るのと軸に溜めて撃つのとではそれだけの違いがある。おまえのレシプロの使い道はおまえの方が分かってるだろうけど、私は基本的に打撃は地面から離れちゃ効力は減少すると思っている。轟に入れたレシプロの二撃目も、ヘタに飛び上がらず溜めて撃ってりゃもっと効いたんじゃないか」
ジンと左腕に痺れを感じながら、飯田はのニ撃目の軸足がつけた地面の踏み跡を見た。硬い土の地面をえぐる踏み込みの強さ。
次いくぞ。
暗がりでは微かにしか見えないの右足を凝視し、飯田は先程より高い位置に向かってくる蹴りをガードを上げて踏ん張るも、当たる寸前にクンと止まりポイントを変えた蹴りがガードをすり抜け今度こそ左脇腹に直撃した。アバラに痛みが走りぐっと息を飲んだ。
「勢いをコントロールできないとこういうフェイントが使えない。まっすぐ狙いどころに向かってくるだけなら多少早くても対応してくる奴はいるだろう。肝心の一撃を決めるには、それ以前の動きが必要だ。相手に自分の攻撃の手段を迷わせないといけない。守る箇所が多ければ自然とどこかで隙が出来る」
「なるほど……」
「もう一発な」
何してんだ、と轟が常闇の後ろからたちを見るが、常闇は静かにというように轟を制止した。
再度体勢を整えるに飯田は肩の力を抜いて構える。どこに来ても対応できるようガードを胸元に下げ、足を見るのではなく全体を観た。三度目の蹴りは高い位置から肩に振り下ろされガードも間に合わなかった。
「見えたか?」
「く……、いや、見えたんだが、何故だか……」
左肩を押さえ飯田は沈みかけた足を踏みとどませる。
傍で見ていた常闇や瀬呂も何故決まったのか分からなかった。
これまでに見せてきた蹴りより特別早いとも感じなかったしフェイントもなかった。
「今のがまぁ、爆豪とやった時の蹴りに近い。あいつは目が良いし反応も良い分、見切りも良いからな。何で入ったかは自分で考えろ」
「……」
「おまえのレシプロは直線的で読みやすい上にコントロールが利かない。攻撃が単調じゃ早かろうが強かろうが何も脅威じゃない。決めるべき一撃の前にそれが最も効果的に働く状況作りと相手に違和感を与える攻撃パターンがいる。連打は持ち味なんだろうが、もう少し工夫がいるな」
「しかし……レシプロは現状、10秒ほどしか持続時間がない。その後はほぼ使いものにならなくなるんだ。だから轟くんと対戦した時は性急になってしまった」
「……」
泪はキャップを外しざかざかと髪を散らした。
「……そんなんでよくヒーロー殺しを殺そうと思ったもんだ」
被り直すの呟いた声は上手く聞き取れず、目の前の飯田だけドキリと胸を揺らした。
「轟への二撃目は打点をずらされたんじゃなく、おまえがずらしたのか。その後場外に持っていこうとしたな。何故レシプロで決めなかった」
「あれは、試合だから、勝負を決することが出来れば」
「轟、おまえ舐められてるぞ」
「違う、そうじゃない!」
「仮に轟に勝っていたとして、それで爆豪とも渡り合えると思ってたのか。傷もつけずに勝てる程おまえは強いのか」
「それは……」
「手ェ抜いて、負けて、次の戦闘の機会も失って、おまえはあれで何を得たんだ。爆豪が何故あんなバカみたいに勝つことに執着してるのか分からないのか。強くなる一番手っ取り早い方法だと分かってるからだろ。教科書読みこんで、先生の言うこと聞いて、カリキュラムこなして、それでおまえはいつ轟や爆豪に勝つつもりでいるんだ。負けても次があると思ってるのか。まさか、自分は死なないとでも思ってるのか」
「……」
「、もうやめろ」
に歩み寄った轟が肩に手を置き、それ以上を止めた。
苦く顔を歪め歯を食いしばる飯田はもう分かっていた。痛いほど思い知っていた。
ヒーロー殺しの殺意を一身に受けたあの時から。
殺さなかったんじゃない。殺せなかった。微塵も適わなかった。
キャップの下でがふと笑う。
「……ああ、そうだな。おまえらが弱いのはおまえらのせいじゃない。この生ぬるい国のせいだ」
空気から伝染するように、そわり、肌が逆立つ。
「戦場に立つ以上弱いことは罪だ。負けても、死ぬのがおまえひとりだと良いな」
歩きだし、は飯田の横を通り過ぎていく。
みんなーメシだぞー! 切島の声が飛んできて葉隠はを追いかけていったが、飯田はもちろん、轟も常闇も瀬呂も動き出せずにいた。
「なんだよ、あいつ……、国とか、戦場とか」
ごくり、飲み込みようやく息を通す瀬呂。
「轟、は……」
耳にした誰の脳裏にも蘇った。個性拉致。紛争。子ども兵士。洗脳。
常闇は轟を見るが、轟だけは皆ほど固い顔はしていなかった。
の口から「戦場」という言葉を聞いたのは初めてではなかったから。
夕食が取り分けられ皆が席につき始める食卓で、その中にいるの、もうまるで覇気の纏わない様子に飯田たちはまるで蜃気楼でも見ていたかのような違和感に抱かれた。
ポンと轟は飯田の背を押し、食事を取り分ける皆の方へ歩いていった。
常闇と瀬呂も賑わう皆の元へ混ざっていった。
星が光を強めていく空に比べ明るい食卓の声はちっぽけなものだった。
けど確かな息吹だった。まるで夜を行くひとつの舟のようだった。
轟は、隣のテーブルで夕飯を食べるを見た。
女子の輪の中にいながら決して混ざり合わない確たる個。
たとえこの満天の中に混ざっても溶け込むことは無いのではないかと思った。
これを孤独というのだと、夜の中で知った。