LESSON29 - moonlight

 一夜明け世間は騒然としていた。
 ナンバーワンヒーロー、オールマイトが事実上のヒーロー活動引退を表明。警察とヒーローとで組まれた爆豪救出作戦でオールマイトは因縁の敵と激戦。その模様はテレビ中継で全国へ放送され、死闘の末勝利したオールマイトだったが、自身が隠し続けていた衝撃の真実、体力の限界が世間に露呈し、翌日には正式に引退を発表。日本は”平和の象徴”を失った。
 他にも救出作戦に助力したベストジーニストも大ケガを負い、一命を取り留めたものの長期活動休止。プッシーキャッツがひとり、ラグドールは敵に拉致されており、救出作戦と同時に発見されたが個性を使用できなくなるという変調から活動の見合わせ。一夜にして多くのヒーローたちが大打撃を受けた”神野の悪夢”は世を震撼させた。


「……」

 世の喧騒とは隔絶された白い空間では目を覚ます。

「おはよう」

 視界の白が天井だと分かるより先に額に乗っている手が誰かは分かった。
 その声も。
 左側に頭を傾けるとやっぱりだった。
 おはようと返したが掠れた声はうまく出ず、ジョーが笑った。

 が目を覚ましたよ。
 ポケットで震えたスマホを取りだした相澤はその一行を見つめ下ろした。

「相澤くん?」
「すぐ行きます」

 返信をして車から降りる相澤は、教師の割に着なれないワイシャツにネクタイ姿で炎天下に出ると、チャイムを鳴らすオールマイトの背に立った。表札には「JIRO」の彫刻。

 雄英高校は敵の襲撃、活性化、そして今回の生徒拉致で、かねてより検討していた全寮制の導入を決定し、各家庭に事情説明・許諾取得の為に家庭訪問を始めた。またヒーロー科1年は度々の敵襲撃とそれによる被害もあり、A組は相澤とオールマイト、B組はブラドキングと校長の根津という手厚い体制で各家庭を回っていた。

 雄英高校は遠方から通う生徒も多く各家庭が離れており、全20軒といえど回り切るには時間がかかった。また最終日のこの日は敵の被害に遭った生徒が多く、慎重を重ねより時間を多めに取っていた。一軒目の葉隠宅は突然の寮制に両親は複雑な思いを隠せず長い話し合いとなった。そして二軒目も敵の毒ガスで2日間意識不明となった耳郎。葉隠同様に長い話し合いになることを覚悟していた相澤だったが、思いの外早く終わった。耳郎の父は最初こそ懸念を見せたが、神野区でのオールマイトの激戦の中継を見て雄英を信じる意思を伝えてくれた。

「もっと非難されるものと覚悟していました。……、一杯……奢ります」
「ハハハ、よせやい、らしくない。私飲めないしさ」

 その後最も懸念された爆豪宅も、両親はあっさりと理解を示し納得してくれた。敵襲撃、生徒拉致が発生した二日後に開かれた記者会見での相澤の爆豪に対する見解が爆豪の両親を安心させ、オールマイトはこっそりと相澤に「一杯奢ろうか?」と返してみせた。教師たちの熱意、献身は生徒にも引いては両親にも届いていた。

「本当に大丈夫ですか」
「ああ! 今日中に回らないといけないんだろ? この調子だとディナータイムに差しかかっちゃうぜ」

 次は緑谷の家が近いか……と車に乗った二人だったが、オールマイトの進言により緑谷宅はオールマイトに任せ相澤は次の家庭へ向かった。入学当初から緑谷をやけに気にしていたオールマイトのこと、また嘘のつけないあの顔。おそらく個人で話したいことがあるのだろうと思った相澤だけど深くは聞かずにおいた。

 爆豪と緑谷は幼馴染だけに近所だったが、そこから次の家までは車をとばして一時間以上要した。到着した車から降りた相澤は開口一番「でけ……」と漏らした。流石はナンバーツーヒーロー、高額納税者ランキングにも名を連ねるエンデヴァーの邸宅。

「すみません先生、姉の私で……」
「いえ、事情は伺ってますので」

 玄関を開けた轟に招き入れられ居間に通されると、姉の冬美がお茶を三つ持って轟の隣に座った。

「この度は生徒の救出にエンデヴァーにもご協力いただきありがとうございました」
「いいえいいえ! 当然のことですよ、無事で本当に良かったです」
「エンデヴァーは今日は仕事で?」
「オールマイトの引退発表があった後は訓練場に籠って荒れ放題だったんですけど、今朝は早くに出ていきました」
「……そろそろ細かなヴィランの動きが出始める頃でしょうからね」

 オールマイトはここ数年、その圧倒的パワーと存在感で敵を抑制し安泰をもたらしていた。しかし”平和の象徴”を失った今、これまで抑圧されていた敵の氾濫は想像に易い。引退発表から3日、小物の敵が暴れ出す頃合いだろう。

「寮制については両親ともに賛成してますので、よろしくお願いします」
「お預かりします。我々も弟さんには期待していますので、何か心配なことがありましたら何でも言ってください」
「そんな、心配だなんて。焦凍はほんと、雄英に行ってまるで変わったんです。前とは顔つきがぜんぜん違って、母のお見舞いにも行くようになって……、父とは相変わらずですけど……」
「姉さん、そんな話しなくていい」
「ああごめん、言っちゃ駄目だった? でもほんとにお礼言いたくて……。私は弟に何もしてあげられなかったんです、同じ教師なのに恥ずかしい……」
「お姉さん教師なんですか」
「はい、私は小学校ですけど……」

 母が入院した時から弟が強く父を恨み、日に日にその顔が暗く恨みがましく変わっていくことに冬美はずっと心を痛めていた。幼い弟に何もしてあげられなかったことを悔いて教師になったようなもの。

「俺は何もしてませんよ。ただ弟さんに成長する時が来ただけです。これからも我々は全力でサポートさせて頂きますので、今後ともよろしくお願いします」
「……」
「?」

 相澤をジッと見つめる冬美は、尊敬! と涙目で相澤の言葉に心打たれた。

「いい先生だねぇ焦凍、さすが雄英の先生だねぇー!」
「姉さん、もういいから」
「先生、もうすぐ夕飯なんですけど良かったら食べていってください」
「いえ、まだ次がありますので」
「ですよねぇー、家庭訪問の食事の誘いって困るんですよねぇー」
「分かってるなら言うなよ」
「だってほんとに感動しちゃって、もう私も指導してほしいくらい」

 普段接している生徒も、家庭訪問となると雰囲気は皆変わる。それぞれの家に特徴があり、この家で、この家族の中で育ってきた顔を見せる。ヒーローを目指すまだ15、16の子どもが独立して前へ進み、高みを目指す生徒たちは早い成長と崇高な精神力を求められるけど、家にいる時はただ一人の子どもに戻る。
 だがこの大きな家にはこれまで回ってきた家とはまた少し違う空気が流れている。整った部屋、広い屋敷、その中央を空風が吹くような。どの家にも当たり前に存在していたものが抜け落ちているような。

「寮の完成予定日に変更があれば早めに連絡回す。それ以前に荷物送らないように気をつけろよ」
「はい」

 見送ろうと靴を履く轟に相澤はここでいいと差し止めたが、轟は玄関先まで一緒に出た。

「先生、はどうしてるんですか」

 玄関を閉めた轟がまっすぐ相澤を見上げ聞いてくる。
 その顔は普段から学校で見る顔そのもの。

「まだ入院中だ」
「まだ? ケガの具合悪いんですか」

 轟の家の独特なところはこういうところだった。家にいても学校にいる時とそう雰囲気が変わらない。先生の前で家での姿を見せてしまい恥ずかしがるとか、自宅で安心しきった顔とか、親にまるで子ども扱いされている姿とか、どの家庭にもあったそれがこの家にはない。姉と一緒にいる轟は当然家族の雰囲気を発してはいるものの、それも甘えや幼さというほどのものではない。

 轟の家には両親がない。だから親子の空気がこの家には流れていない。当たり前の存在、自然と滲み出る家族感、甘え、慣れた会話。母は10年近く入院していると聞き、姉がこの家の母代りであることは伺えた。父は、相澤はそう何度も会っているわけではないが、入学前の面談などで見た限りでも親子という関係からは著しくずれていた。

「昼頃に目を覚ましたと連絡がきた。どうせだから学校が始まるまで入院させとく予定だ」
「どこの病院にいるんですか」
「行っても会えねぇぞ。国家レベルの警備がついてる」
「それは、またあいつが狙われることを想定して?」
「当然だ。万が一にもあいつを取られるわけにはいかねぇからな」

 ある部分、と似通ったところがあると相澤は思った。
 それも二人がどこかチグハグながらもはまった理由なのかもしれない。
 家には帰らないのか、両親はどうしているのか、なんて質問があってもいいようなものの、轟の思考にはそれもない。

「先生はいつからを知ってるんですか。親しげというか、もやけに相澤先生には恨み事言うし」
「あいつ……、人がこんな身を粉にして世話焼いてやってるってのに……」

 体育祭以降、轟が吹っ切れた頃にの事情が知れた。
 期末でペアになるも、轟が盲目のままなら組もうということにはならなかっただろう。それはも同じで、一方だけを頑なに拒否するくぐもった思考の轟に目を向けることはなかっただろう。そんな二人の生い立ちがつかず離れずの関係性を作り、二人の時間が妙に上手く組み合った。

 計ったかのような偶然の重なり。それはもう必然のような。

「あいつが雄英に来たのはちょうど1年前の今頃だ。あいつのことはもう少し前から知ってたがな。俺は去年も1年を受け持ってたから、時期だけでいえば去年のクラスに入れても良かったんだが、夏休みが終わる頃にはクラスは半分くらい減ってたからな。あの頃のあいつは今より手がかかったし、その時のクラスには入れなかった」

 全国でも屈指のヒーロー養成所。その訓練は中学を卒業したばかりの子どもには過酷なもので、乗り越えても乗り越えても次々と立ちはだかる壁に阻まれる生徒も少なくない。また相澤は中途半端に夢を負わせるほど酷なことはないと、見込みが無いと判断した生徒は問答無用で除籍処分とし、その行使の数は群を抜く。昨年受け持ったクラスは翌年を待たずして全員を除籍処分とした。

 どの生徒も実力を見込まれ、夢見て入学してきた生徒ばかりだった。当然轟と同じ推薦入学者も、爆豪のような入試試験一位の者もいた。だが相澤の目にはどれも親譲りの強い個性だけでエリート扱いされてきた慢心、怠慢の子どもに映り、訓練を追うごとにその脆弱さは露呈していった。敵の凶悪化に伴い年々力不足だとヒーローへのバッシングは強まっている。それは雄英のような養成学校にも及んでくる。

「あいつは最初から静かな奴でしたよ」
「そりゃそうだろ。年の瀬には俺も手が空いたからな、それ以降あいつとマンツーマンでどれほど叩き直したことか……」
「ああ……」
「とはいえ、新しいクラスに入れるのも賭けだったがな。まぁ……、待って良かったと思ってるよ」

 門をくぐって車の前に立つ相澤は轟に振り返る。
 去年では考えられなかった。だから心配でもあった。
 まさか、生徒にを委ねようとは到底思えなかった。1年前は。

「あいつが入院してんのは国立病院だ。じゃあな」

 バタム、とドアが閉まると黒塗りの車は静かに滑っていった。
 ……母さんの病院だ。
 見えなくなった車の方を見つめたまま轟は呟いた。

 日没頃、最後の家を終えた相澤はネクタイを解き、ふぅと肩の荷を下ろした。
 オールマイトからも無事終了したと報告が入り、学校に全家庭承諾取得の旨を報告するとそのまま直帰していいと言われ、相澤は病院へ向かった。

「ヤーヤー相澤先生、家庭訪問お疲れ! ピシッとしててカッコいーなぁ、いつもそうしてればいいのに!」
「お疲れじゃねぇよおまえ……、同席するっつっただろ」

 クーラーの効いた涼しいロビーに入るとジョーが出迎えた。
 相澤は最後の家庭訪問での実家へ行ったが、そこに同席するはずだったジョーは目を覚ましたを一人に出来ないと来ず、相澤一人での両親に今回の件の謝罪と全寮制の説明を行った。

は?」
「検査が終わって今は点滴中だよ。やっぱり右手……ダメみたいだ」
「そうか……治療が遅れたからな」
「自業自得だとか言わないでくれよ」
「自業自得だバカ野郎。まるでコントロール出来てねえじゃねぇか」
「仕方ないよ……、今回は」

 メシ食ったかい? と食堂を指すジョーと共に相澤は夕食を取った。
 朝も昼も車の中で軽食だった相澤にはやっとまともな食事だった。

「今回の前に現れた男……、やはりと同じ拉致被害者の男の子だった。深鋭牙顎……名前は僕も覚えている。2年前、が日本にやってきた時にその子も同行していたそうだ。彼がそれからずっと日本にいたのか、今再びやってきたのか、そして何故ヴィラン連合の元にいるのかはも分からないらしい。けど、彼はヴィラン連合に賛同するようなことはないとは言っている」
「というと?」
「目的はただ、だけじゃないかと。推測だが、が雄英にいることを知って彼は雄英を襲撃したヴィラン連合を伝手に、と接触するタイミングを計っていたのではないかと思う。が言うには、彼は一人であれこれできるようなタチではないと。ヴィラン連合という存在を知ったからと言ってそこに辿りつく術も持っていないはずだと言うんだ」
「奴らは闇に潜む。ヒーロー殺しの信念を利用して仲間を増やしていることからも、連合は本隊と傘下に付きたがる奴らとの間に仲介役を持っているはずだ。USJの時はただの有象無象だったのが、今回は戦闘力の高いヴィランばかりだった。奴らは仲間を選別し始めてる」
「仲介役……スカウトと言ったところかな。連合側が偶然にしろ必然にしろどうにかして彼を見つけたか、もしくは彼が連合の目につくような事件を起こしたか……。警察がここ数ヶ月内にそれらしい事件が起きていないか調べてるよ」
「今さらを狙う理由はなんだ。バックはついてないのか」
「それも分からないそうだ。も離れて2年経つ。いつまでもが知っている内情のままとも限らないからと」
「まぁそうだな。むしろ政府連中はそっちを危惧してるだろうが」

 相澤は米を口に運びながら食堂の入口に立つ男をちらり見やる。
 病院の出入り口にも、外にもそれらしい人間が配置されていた。

「また来ると思うか?」
を見つけた以上……諦めはしないんじゃないだろうか。彼はかなり泪に執着しているようだ。と同時期に浚われた子だ……ずっとと行動を共にしていたんだろう。彼からすれば、突然を奪われたんだ。こちら側に恨みを持っていてもおかしくはないよ」
「政府はどう考えてる? 見つけたとして、保護か、逮捕か?」
「今後の状況によるって……。ヴィラン連合がここまで世間に周知されてる以上、奴らと一緒にいるなら逮捕せざるを得ないし、もし日本で罪を犯していたらそれも影響してくる……。もそれを気にしてたよ。僕も、出来るなら彼も助けたい」

 ただでさえ学校が厄介な連中に目をつけられているという時に、畳みかけての深く大きい不穏な動き。不安材料が多すぎて相澤は眩暈を起こしそうだった。

「ジョー、おまえもう無茶するなよ。これはもう一般人が手ェ出す案件じゃねえぞ」
「分かってるよ、僕だって分をわきまえてる」

 どうだかな。茶をすすりながら相澤はへらり笑うジョーを睨みつける。
 早々に食べ終えて二人は食器を片づけ食堂を出ていった。

「相澤ももう夏休み?」
「んなわけあるか。明日も会議だ。その資料もまとめなきゃなんねえし……」
「先生も大変なんだなぁ。ところでそれはここでも出来るの?」
「あ?」
「僕一度着替えとか色々しに家に帰りたいんだけど、戻るまでいてくれよ」
「おまえまで俺を酷使するのか……」
「眠そうだったらちゃんと寝かしつけてくれよ、なかなか寝ないんだ。じゃ頼んだ相澤先生!」

 颯爽と出口へ消えていくジョーを充血した目で睨むも、もう力を込めるのも疲労を感じ相澤は目薬を差しながらエレベーターへ向かった。

 リカバリーガールの治癒後この病院へ移送されてきたは3日間眠り続け、その間にも相澤は一度ここを訪れていたから病室へはまっすぐ向かえた。その時から変わらず、エレベーターを降りたところに警備、病室の前にも警備と厳重な警戒。人の行き交いが多い下階は警備の人間とは分からない配慮がされているが、の病室があるこの階は明らかに何らかの能力に特化した人間が配置されている。相澤ですら疑うような目に会釈しドアを開けた。いや、ですらも……か。

 天井、壁、カーテン、床、ベッド。白いライトに照らされた室内の一色が眩しく反射し、相澤の疲労と寝不足の祟った目に痛く刺さった。ベッドの上に座るは伸ばした脚の上に新聞を広げているが、静かな目で見下ろしていたのは自分の右手。開いたドアの音に目を向けたはまるで起きたてのような顔をしていたが、入ってきたのが相澤だと認識すると目も口もしっかりと引き締まった。

「何その格好、気持ち悪……」
「起きて早々悪態つくんじゃねーよ」
「ジョーは?」
「一旦うちに帰るってよ」

 肩にかけていたカバンをソファーに置く相澤は、縛っていた髪を解きガシガシとかき乱した。普段見てくれなどに気を使わずむさ苦しい、小汚い、と囁かれる相澤だが、先日の敵襲撃・生徒拉致の報告記者会見や今回の家庭訪問など人目に触れる仕事の際にはやはりTPOを考慮しなければならない時もある。

「手はどうだ」
「検査結果のままだ。ほら武器の練習無駄だったじゃないか」
「そりゃ結果論だろ。もっといえば自業自得だバカ。どうせなら相手の腕やりゃあ良かったのによ」

 相澤の言葉には目を逸らし口を噤んだ。
 の右腕には包帯が巻かれているが、その中には腕を一周回る傷が残った。切断した腕は接合手術で復元し、リカバリーガールの治癒により骨、血管、神経、筋繊維など大半は大きな回復を見せたが、親指以外に麻痺が残り4本の指が動かなくなった。

「爆豪、取り戻したんだろ。何もなかったのか」

 が広げる複数の新聞はどれも一面に大きく敵連合による再襲撃、生徒拉致、オールマイトの激戦、引退が大きく書かれていた。詳細には逮捕した敵の特徴、爆豪が狙われた意図の憶測、雄英の防衛体制の不備や危機管理の落ち度から報告記者会見の一部始終まで事細かに載っている。

「無事だったよ。もう家に帰ってる」
「頭の中まで調べたのか」
「洗脳の可能性か? 本人はすぐに救出隊が来たから何も無かったと言ってる」
「本人の意見なんか関係ないだろ」
「警察が一通り調べたよ。昼にも会ってきたがそんな兆候は感じなかったしな」
「良心的な敵で良かったな」

 折り畳み、はバサッと新聞の束をベッド奥へ放った。

「おまえのウチにも行ってきたぞ。大層心配してた。明日見舞いに来るってよ」
「葉隠と耳郎は?」
「無視か。二人とも回復したよ、後遺症もない」

 家族の話は続けないに愛想尽かし相澤はソファに腰掛けた。

「あと、飯田がえらく動揺してたぞ、次会ったら詫び入れとけよ。そのせいもあってかあいつら……、飯田に緑谷に轟、あと切島と八百万が爆豪を救出しに勝手に動きやがった」
「八百万? らしくないな」
「襲撃の際、八百万がヴィランの一人に発信機をつけてたんだ。あいつはそれを警察へ提出したが、それを切島と轟がどうにかして知ったんだろう。その二人は襲撃の翌日にも病院に来てたからな。発信機のことを八百万が教えたのかあいつらが聞きだしたのかは知らねえが、結果同行した以上同じだ。本来なら5人とも除籍処分だ。まったく……どいつもこいつも面倒かけやがる」
「愚痴りに来たんなら帰れよ」
「説教しに来たつもりだが疲れたから今度にする」
「なら帰れ。ここで寝んな、おい」

 はーあ、と大げさにため息ついて相澤はソファで横になる。
 静かな夜の病院に眠りを妨げるものは何もなかった。
 本当に動かなくなった相澤の頭から目を離しは下敷きにしていたふとんを掴もうとしたが、右手は思った通りにはまるで動かなかった。普段、意識せずとも思い通りに動いていた指がまったく動かせない。

 カタッと音がして泪はパッとカーテンの向こうを見た。
 風で揺れただけの窓。けどはしばらく見続けた。
 何事もなく、は左手でふとんを引っ張るとベッドに横になった。
 カーテンの向こうに月明かりが透けて見える。それをずっと見ていた。

「……」

 ―パチン。
 電気を消すと真っ暗になった部屋に青白い月明かりが目立った。
 背を向けるの傍に寄ると、僅かに小さい背中が上下しているのが見てとれた。
 包帯の右腕。古い焼印の残る左腕。
 眠ったを見下ろし、相澤は静かに自責と悔恨を握り締めた。









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