LESSON30 - sunny

 連日の晴天でどこにいても汗ばむ夏休み中。
 オールマイトの引退発表から10日が経ちテレビではいまだ連日オールマイト、敵連合関連のニュースが大部分を占め、今後の日本の治安、情勢、果ては経済、世界均衡にまで思索は発展していたが、次第にその話題にも飽きつつある世間はテレビを消して外に出て大型連休を例年と変わりなく謳歌していた。

「あー暑かった、すっかり夏の暑さなんて忘れちゃってたから」
「疲れたでしょ、ゆっくり休んでね」

 荷物をどさりと置き、洗濯物持って帰るねと冬美が荷物を分ける。
 空調の効いた病室で兄たちも涼しーとソファに身を預けた。

「焦凍、買い物して帰ろうか、そろそろ寮の準備しなきゃいけないもんね」
「ああ」
「スゲーよな雄英も。いきなり全寮制にしますってポンっと寮建っちゃうんだから」
「しかももう仮免取るって、どんだけエリートコースなの」
「ほらもーくつろがないで、お母さん休むんだから帰るよ」

 カバンを預けられ、ハイハイと兄たちは立ち上がり病室を出ていく。

「あ、待って焦凍」

 兄に続いて病室を出ようとした轟を呼びとめた母は、カバンから小さな紙袋を取りだし轟に手渡した。中を覗くと赤いお守り。

「体には気をつけてね、ケガしないでね」
「うん」
「仮免頑張ってね」

 随分笑顔の戻った母が、昔のままの母らしい笑顔で見送る。
 また来るよと歩きだそうとした轟は、ふと視界に入った窓の外に立ち止まった。
 入院病棟の窓からだけ見下ろせる広い中庭の芝生の中で駆け回っている二人。
 どうしたの? 母の声も聞き零すほど窓の外を見詰めた。


 母の病室を後にして轟は姉たちに先に帰るよう伝えると、轟は中庭に繋がる扉を探した。見つけた入口から一面に広がる芝生に出て、奥で声を上げている二人の元へ行こうとしたが、扉口にいた男が轟の行く手を阻んだ。

「ヤヤ、轟くんじゃないか!」

 立ちはだかった男を見上げる轟に、中庭の奥から飛んできたジョーの声。
 手を上げたジョーの前で、背を向けていたも振り返り轟を見た。
 轟……、轟焦凍か。目の前に立つ男が呟く。奥でジョーが轟を手招くと、男は道を空け轟は奥へ芝生を踏み締めていった。

「なんでここに? 相澤に聞いたの?」
「はい。あと、ここに母が入院してるんで、窓から見えて」

 そう轟が病棟の高い位置にある窓を見上げると、窓から母がこちらを見下ろしていて手を振る姿が見えた。もその窓を見上げ、ジョーが一礼する。轟はがこの病院にいると相澤に聞いた後、母の見舞いの際に受付での病室を聞いたことがあったが、その名前の患者はいないと言われずっと会えずにいた。

「元気そうだな、

 右腕の包帯で顔に滲む汗を拭う
 には林間合宿以来。轟にとっては搬送された治療室で苦しんでいた時以来。

「腕、治ったんだな」

 轟はの元通りの右手を見下ろし胸を撫で下ろす。

「ちょっと休憩な、。喉渇いたから飲み物買ってくるよ」

 ジョーは腰に提げていたタオルを取りの顔をごしごし拭うと、ちゃんと話すんだぞ、とタオルを預け院内へ駆けていった。

「ちゃんとってなんだ?」
「……」

 こしこし、汗を拭うを轟はまっすぐ見下ろす。
 その轟を見返し、は右手を伸ばすとポンと轟の頭に置いた。

「……どういう意味だ?」
「何も見えないだろ」
「?」

 は轟から手を引くと芝生にどさっと腰を下ろす。

「こっちの力、消えた」
「消えた!?」

 芝生に膝をつき、轟はが掲げている右手を掴む。

「今発動してんのか?」
「ああ。親指以外動かねえし」
「指も!?」

 の右手は親指だけ動かしてみせるも、それ以外はまるで力を通していない。

「リカバリーガールにもう一度診てもらえねえのか」
「それで治るならとっくにやってるだろ」
「もうずっと動かないのか?」
「さぁ、リハビリは続けろって言われてるけど、指が戻ったところで力も戻るのかどうか」

 事も無げには轟から右手を引く。
 その様子はこれまで見てきたそのままの顔だ。もう過ぎたこと、と言わんばかりの。それしか知らないままなら、それだけで終わっていたかもしれない。けどあの日……誰も寄せ付けず一切を拒否していたの血にまみれた姿を轟は忘れることが出来ない。それも確かにの中にある表情なら、今こんな顔をしていたって、何も感じていないわけではないんだ。

 轟は悔やんだ。一体何を、どうすればよかったのか。
 それも……また”手”だ。緑谷も、飯田も手を壊した……。今度はまで。

「……おい、なんでおまえがそんなヘコむんだ。おまえに関係ないだろ」
「なくねえよ……、なんか、なんか出来たんじゃねえか……」
「何がだよ。その場にいたわけでもないんだし、おまえに出来たことは何もないよ」
「……」
「……だからぁ」

 その場にいなかった。蚊帳の外だった。
 何か出来たことが……と思うことすらうぬぼれな程。

「俺は……おまえと組んで、何かお前の得になったことあるか」
「得?」

 演習テストでに組もうと持ちかけた時、が言った。
 私に何の得があるんだと。
 轟はの戦い方、技術、思考、精神を傍で見て学んできた。得たものは多かった。けど、には? 思い当たらない。窮地には傍におらず、苦しんでいても役に立たず、一人で戦わせ一人で背負わせ一人で乗り越えさせ。

「あるさ! の初めての友だちなんだから」

 コン、との頭にパックジュースを乗せてジョーが戻ってきた。
 轟にもハイとジュースを手渡す。

「ほら、友だち出来たら紹介するって約束だろ? 紹介して!」
「紹介ってもう知ってるだろ」
「いーからハイ!」

 ストローを口にすると轟の向かいに座りジョーがほらほらと催促する。

「同じクラスの轟焦凍くん」
「うんうん、それから?」
「ぬるくなったジュースも冷やす便利な轟焦凍くん」
「ご馳走してくれたんだよな、ありがとね! これお気に入りなんだよ」

 ジョーがの飲んでいるジュースのパッケージを轟に見せる。
 バナナミルクのパックジュースは前に駅でに奢ったジュース。
 それを思い出して轟は何でも話してるんだなと思った。気に入っていたとは知らなかったが。

「それからそれから?」
「火起こしに便利な轟焦凍くん」
「利便性しか紹介されねえな」
「なつかしーなー林間合宿、キャンプで食べるカレーって格別だよね! それから!?」
「お母さんが大好きで親父が大嫌いな轟焦凍くん」
「その紹介はいらねえ」
「ええーそうなの!? エンデヴァー強くてかっこいーから僕憧れなんだけどなあ!」
「そーいやオールマイトが引退したから親父がナンバーワンか?」
「暫定ではな。次のランキングが発表されたら分からねえよ。エンデヴァーはアンチも多いし、1位には納得しねえ奴もいるだろうからな。万年2位が染みついてるし、ああいう奴はどうやったって結局2位なんだよ」
「親父のこととなると途端に性格が悪くなる轟焦凍くん」
「クールな轟くんの意外な一面だなぁ」

 ハハッと笑うジョーの傍にいるは、やはり違うと轟は思った。
 クラスの中にいるはいつもつかず離れずの位置で、輪の中にいてもどこか余所を向いている。戦闘や戦略についてなら自ら話もするが和気あいあいとした空気の中からは出ていってしまう。
 けどジョーの傍にいるはどこにも気を逸らしはしない。ジョーを見て話すし、ジョーの言うことを聞く。周囲を警戒する雰囲気もないし、人前では晒されることのない左腕も隠れることなく半そでシャツ一枚きり。これがのありのままなんだろうと思った。

「そーかぁ、轟くんは4人兄弟の末っ子か。しっかりしてるから末っ子に見えないな。は弟がいるんだよ、こう見えてお姉ちゃんなんだ」
「そうなのか。何歳だ?」
「7歳」
「今年小学校に入ったところだよ。ゲーム好きでね、現代っ子だよね。でももゲームめっちゃ強いから結構仲良いんだよ」
「得意なのか。俺ゲームはあんま馴染みねぇな」
「この夏は外に出られなかったからゲーム三昧だったな。轟くんはどこか出かけた?」
「今日まで母の実家に」
「へえ! 家族で?」
「母と兄姉と。ここんとこ調子良かったから、外泊許可が取れて」
「そりゃあ良かったね! お母さんも楽しかっただろうね」

 7歳なら……がいない間に出来た弟のはず。
 に兄弟がいる雰囲気が無いのは当然のこと。

、寝るか?」

 ジョーが俯きがちなを覗きこむ。
 うつらうつらと頭を揺らすは目をこすり眠気を拭うもジョーがその手を止めた。

「寝ろ寝ろ、せっかくの眠気を無駄にするな」
「睡眠不足なんですか?」
「右の力が無くなっちゃっただろ? はいつもそっちの力で周りの状況を掴んでたから、それが出来なくなって、目の届く範囲のことしか分からなくなっちゃってね、風で窓が揺れただけでも気になっちゃうくらい過敏になっててゆっくり寝てくれないんだよ」

 崩れ落ちそうなを背負いジョーは病院内へ向かった。
 の手から落ちたタオルを拾い轟もそれについて歩いた。
 ジョーの背中で目を閉じるはあっという間に意識を失った。

「こんな状態で寮生活大丈夫なんですか」
「どうだろーねー、この10日あまりで随分慣れたとは思うんだけど。ま、これからずっとこんな生活なんだから嫌でも慣れるだろうし、轟くんもクラスの皆も一緒なら大丈夫だよ」
「右手のこと……当然気にしてますよね。平気そうな顔してますけど」
「まぁ半分とはいえ、突然力がなくなったらって考えるとね。轟くんの方が分かるんじゃない? 急にどちらかの個性がなくなってしまったらって」
「……」

 一般的に親のどちらかの力を引き継ぐか、混成された力が宿る個性。
 轟のように半分ずつバランス良く備わることは珍しいことだった。
 長い間、父から受け継いだ炎の力は忌み嫌ってきたけど、もし今……この力がまったくなくなったらと考えると、確実に自分の中のバランスは崩れるだろうと思った。少し前なら何とも思わなかっただろうに。むしろ炎の力が無くなっていたら父にざまぁみろという気にすらなっただろうに。

「ありがとうね轟くん、気にかけてくれて」
「俺は何も」
「入寮明後日だっけ。また面倒かけるかもしれないけど、よろしくね」

 エレベーターに行き着くと轟は警備の男に病室までついて行くことは止められ、持っていたタオルをジョーに渡すとエレベーターは閉じた。
 結局またジョーのことは聞けなかった。気になっていることは多くあるのに。
 けどまた機会はいくらもあるだろう。明後日には寮生活も始まる。
 そう轟は病院を後にし、まだ日差しの強い午後の炎天下へ出ていった。

 チン、と到着したエレベーターを下りジョーがを背負い直し病室の扉を開けようとすると、扉が向こう側から開き目の前に黒いスーツの男が立ちはだかった。

「ヤヤ……これはこれは、いらしていたんですか」
「どうも」

 メガネの奥でジョーは、先程まで轟に見せていたような笑みとはまた違った顔でその男を見る。を背負う腕も心なしか力が入った。

 そして2日後の8月中旬。
 世間の学生はまだ夏休み中だが、例年以上に早い後期開始となった雄英高校ヒーロー科の生徒たちは早朝から学校へ集まった。そして雄英敷地内、校舎から徒歩5分の築3日。

「でけー!」
「恵まれし子らのー!」

 ハイツアライアンス。
 各クラスに1棟ずつ用意された専用寮に生徒たちは歓声を上げた。

「とりあえず1年A組、無事にまた集まれて何よりだ」

 寮の前に集まった生徒たちの前に相澤が立つ。
 林間合宿、その後の敵連合の騒動以来の集合。しかし轟は辺りを見渡した。

「先生、ちゃんがまだ来てません」
は入寮に合わせ退院する予定だったが……、事情が変わって合流は午後になった」
「あいつまだ入院してたの!?」
「ケガの具合がよくないのかしら、心配だわ」

 事情が変わって。相澤の言い分に轟は疑問を抱いた。
 右手のことはあっても、ケガの具合や検査結果が影響してのことではなさそうな口ぶりに感じた。

「すぐ会いたかったのになぁ、ちゃんずっとケータイも繋がんなかったし」
「え、あいつケータイ持ってんの!?」
「へへー知らなかっただろー、女子はみんな合宿ん時に番号もアドレスもゲットしてんだぞー」
「知らなかった! 教えろよ!」
「ダメです! 個人情報ですもの。ご本人の許可なしに漏えいは出来ませんわ!」

 そういえば、と轟もが携帯電話を持っていることは知っていたが番号は聞いていなかったことを今思い出した。

「てことは以外の全員集合か。てかみんな許可降りたんだな」
「私は苦戦したよ……」
「フツーそうだよね……」
「二人はガスで直接被害遭ったもんね」
「無事集まれたのは先生もよ、会見を見た時はいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」
「うん」
「……俺もびっくりさ。まァ……色々あんだろうよ」

 今回の寮制は生徒の安全を確保するだけではない。
 以前拭えぬ敵の脅威、また内通者を見極めるものでもあった。
 元より相澤は敵連合の襲撃の際に戦闘許可を出した時点で処分を受ける覚悟は決めていた。解雇だろうと辞職だろうと促されれば受けていた。しかし現状担任を継続しているあたり校長は、全体的に、下手に動かすより泳がせて尻尾を掴むハラなのだろうと感じていた。

「さて……、これから寮について軽く説明するが、その前に一つ」

 パンと手を叩く相澤がお喋りの尽きない生徒の気を引き戻す。

「当面は合宿で取る予定だった、”仮免”取得に向けて動いていく」
「そういやあったな! そんな話!」
「色々起きすぎて頭から抜けてたわ……」
「大事な話だ、いいか」

 相澤は轟、切島、緑谷、八百万、飯田の名前を呼び挙げていく。
 5人は名を呼ばれるごとに次第に相澤が何を言いたいのかを悟っていった。

「この5人はあの晩、あの場所へ、爆豪救出に赴いた」
「え……」

 ざわり、他の生徒たちの顔色も変わっていく。
 本気で行ったのか、と思った者。やっぱり、と思った者。

「その様子だと行く素振りは皆も把握していたワケだ。色々棚上げした上で言わせてもらうよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は、爆豪、、耳郎、葉隠以外全員除籍処分にしてる」
「!?」
「彼の引退によってしばらくは混乱が続く……。ヴィラン連合の出方が読めない以上、今雄英から人を追い出すわけにはいかないんだ。行った5人はもちろん、把握しながら止められなかった他の者も、理由はどうあれ俺たちの信頼を裏切ったことに変わりない」

 信頼。そう聞いて尚更、生徒たちの顔は沈んでいった。
 当事者の5人も、その他の者もみんな。

「正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい」

 以上! さ、中に入るぞ。元気に行こう。
 相澤はくるりと身を翻し寮へ向かうが、生徒たちは誰一人として元気に歩きだすことは出来なかった。中でも発案者だった切島の顔は誰よりも沈み込んでいた。

「来い」
「え? 何、やだ」

 見かねた爆豪が上鳴の後ろ首を掴み近くの茂みの中へと連れ込んでいく。
 皆何事かと見つめる先で上鳴の”電気”がバリバリバリと音と光を響かせ、オーバーショートした上鳴が間抜けヅラで現れると耳郎がブッフォ! と激しく吹きだした。

「うェいうェイうェうェうェイ!?」
「だめ……ウチ、この上鳴ツボッフォ!!」
「あはははは! ハー! ヒー!!」
「笑い過ぎだろ! ハハハハハ!」

 クラスが上鳴のアホヅラに爆笑する中、爆豪は切島にお金をつき付けた。
 それは爆豪救出の際に切島が用意し駄目にさせた暗視鏡の代金だった。

「いつまでもシミったれられっとこっちも気分悪ィんだ。いつもみてーに馬鹿晒せや」

 助けられたとも足を引っ張ったとも思いたくない爆豪だが、これで切島たちが除籍されても、いつまでも引きずられるのも解せない。そんな爆豪の気持ちを汲んで切島も受け取った。普段ならこんな生徒たちの馬鹿騒ぎも許さない相澤だったけど、茶番も時には必要かと見過ごした。
 それから生徒たちは相澤の案内で新築の寮内を見て回った後、割り振られた自室にすでに運び込まれていた荷物を解きそれぞれ部屋の整理に取りかかり、その日は暮れていった。

「結局夜になっちゃったじゃないか。話が長いんだよねお役人てのは」
「おまえがアレコレごねるからだろ」
「ごねるさ! は雄英で! ヒーローになるんだからね!」

 日没になり街中にも影が多くなっていった頃、シャーと自転車を走らせるジョーは後ろに緑のキャップを被ったを乗せ、目前に見えてきた雄英へと向かっていた。

「コラ、しっかり捕まってないと落ちるよ!」

 自転車に掴まるのも携帯電話を操作するにも役に立たない右手に苛立ちながら、はずっと電源を切ったままだった携帯電話を起動させた。すると早々に未読のメッセージが怒涛のように届き、親からの数件と、その数倍はあるA組女子たちからのメッセージをスイスイと流し読み、A組女子のグループメッセージ欄にもうすぐ着くと送信した。

「相澤に連絡した?」
「それおまえの役目だろ」
「これからまた世話になるんだから、ちゃんと言うこと聞かなきゃ駄目だぞ。あんな良い先生いないんだから」
「どこが」

 広大な雄英の敷地を囲む塀を辿り、正門前に行き着いた自転車がキッと停まる。
 お母さんにもちゃんと着いたって連絡するんだぞ。
 別れる間際まであれやこれやと言ってくるジョーにハイハイと返していると、校舎の方から「ちゃーん!」と声を張り上げる葉隠や芦戸ら女子たち、その後にも続々とクラスメイトが連れだって向かって来ていた。

「ハハ、賑やかなお出迎えだな。はい、いってらっしゃい!」

 トンと背中を押されは雄英の敷地を踏む。
 ほんの1ヶ月ぶりなのに、妙に久々に感じた。

「おっと。これはもう必要ないな」

 ひょいとジョーはの頭からキャップを取る。
 緑色に、ほんの少し赤い跡が残るジョーのキャップが無くなって、髪に風が吹きこんだ。
 またいってらっしゃいとヒラヒラ手を振るジョーの傍から歩き出し、は駆けてくる葉隠たちの方へと歩いていった。

「遅いよぉちゃん! 寮すっごいよ!」
「もう! 何でメール返さないのさ!」
「悪い」
「心配しましたわ」
「おかえりなさいちゃん」
「おかえりー!」
「今日まで入院て何、そんな酷かったの?」

 さすが校舎からわずか3分の立地にあるハイツアライアンス。
 連絡してすぐに駆け出てきた女子たちに囲まれ、二つの耳では足りない程の言葉が飛んできた。

「おう! 元気そーだな!」
「なんだよこの重役出勤は! シャチョーかよ!」
「大事なくて何よりだ
「腕くっついたんか! おめェもう二度とあんな怖ェことすんじゃねーぞー!」

 晩ごはんの焼き肉準備中、ちゃんがキター! と叫びながら寮を駆け出ていった葉隠の声につられ出てきた数名の男子も追い付き、皆で寮へと歩いていった。を囲む生徒たちの輪の外で轟が門前にいるジョーに一礼すると、ジョーも笑って手を振り返し帰っていった。

、あれって……もしかしてジョーか?」

 わいわいと団子になって進む生徒たちの中で、瀬呂が去っていくジョーを見ながら言った。他にもいくつもの声が飛び交っていたけど、はその名を発した瀬呂に目を向けた。轟も。

「瀬呂、ジョー知ってんのか?」
「やっぱ!? マジ!? なんで一緒にいんの!?」
「何、誰?」

 より先に問い返した切島に瀬呂は身を乗り出し、興奮しにも詰め寄った。

「ガキん頃に住んでた街の近所の兄ちゃんでさ、俺5歳くらいの時にヴィランが起こした事件に巻き込まれてジョーに助けて貰ったんだよな! ジョーはヴィランが出たり事故とかがあると真っ先に駆けつけるような人でよ、あの街でジョーのこと知らない奴なんていなかったよ! 前に言わなかったっけ? 俺ガキん時にヒーローに助けられてそれでヒーロー目指すって決めたって! それがジョーだよ!」
「え! ジョーってヒーローだったのか!?」
「いや、確かプロじゃなかったんだっけな……。ヴィランが出ると真っ先に走ってっちゃうもんだから警察によく怒られてた気が……。だよなぁ?」
「ああ……」
「けどあの街の子どもは皆ジョーに憧れてたし、子どもだけじゃなくて大人だって皆ジョーのことヒーローだって言ってたよ。こー言っちゃなんだけど、街のどんなプロヒーローよりジョーは愛されてたよ。俺にとっちゃジョーが目標! ジョーはサイコーのヒーローだぜ!」
「へぇー、知らなかった!」
「なんでジョーと一緒にいんだよ! 久々にしゃべりたかったなあ!」

 に振り返る瀬呂を、はまっすぐ見ていた。
 こんなにもまっすぐ見返したことがあったかというくらい。

「そうか……」

 零し、みるみる変わっていくに瀬呂も、周りの誰もが目を見張った。
 皆より多少はの表情を知っている轟でさえ驚いた。
 これまで、こんなに嬉しそうに笑ったことがあっただろうか。

「ええーなになにー!? 超うれしそうちゃーん!」
おまえそんな顔出来んのか!」
が笑ったー!」

 冷やかす声が集まるとすぐにそれは消えてしまったけど、誰の目にも焼きついた。

「なんだよもっかい笑え! つかいつもそんな顔してろ!」

 寄ってくる手たちを振り払い歩いていってしまうを追いかけ、笑え! と騒がしい声は寮まで続いた。
 ようやく久々に全員集合したA組の寮はどこよりも賑やかだった。
 暮れなずんでいく日没なのに、まるで燦々と眩しい空の下だった。









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