一人目の通過者が出たのを皮切りに徐々に100人の通過枠を減らしていく一次試験。
アナウンスと遠くの喧騒が響いているだけの静かな工業地帯で、は倒れている受験者の身体に付いているターゲットにボールを当て試験を通過した。腕につけていた機械が光り「控え室へ」と誘導すると、すぐに委員会が駆けつけ、血反吐を吐き痛みにもがく受験者達の救護にあたり、意識の無い者は救急搬送された。
「先に行っててくれ、」
控え室へ歩き出すはそう言う轟に振り向いた。
通過には二人からターゲットを奪えば良い。ここには30人以上が無防備に倒れている。
けど轟はターゲットを奪わなかった。
「俺はもう少しやっていく。自力で通過して追いつく」
何もしていないまま試験を通過するわけにはいかない。
は自分を「きれい事を言わない」と評したが、これはヒーローになるための試験。
一歩ずつ着実に歩まなければならない道程。
何も返すことなくは歩いていった。
真昼の月のようだった背中が、今は闇夜にくっきりと浮かんでいるかのよう。
何かが起こる前触れのようで恐れすら抱く。
大勢の受験者が”個性”を駆使し訓練の成果を見せる試験で、体術だけで勝ってしまった。培った力の半分を失い、右手の自由も失い、それでもあの体躯はこうも頑なに強靱に出来ている。
「……」
憧れてはいけないのかもしれない。
その口からこぼれる「死」という言葉はいつもリアルで、目指す先とは真逆のもの。
だけど、どうしたって轟の目には鮮烈に映る。
土埃舞う会場内でが見えなくなると轟は再び口を引き締め走り出した。
熾烈な生存競争を強いられる受験者達は、刻一刻と増えていく通過者にだんだん焦燥が入り交じり始める。たった100人しか通過できない一次試験の最中、地面が大きくぐらぐらと揺れ、ある地帯のフィールドでは地面が隆起し大きくひび割れ更なる混乱に陥った。
一次試験を通過し控え室へと向かうの頭上を、必死にターゲットを追いかける受験者が飛び交う。A組の皆と同じ、未来のヒーローを夢見て邁進し闘う子ども達。
彼らはあのオールマイトの激闘をどう見たのだろうか。
ヒーローを目指す以上、いずれ自分もあの場に立つ身になるということを理解しているのだろうか。
千の未来を持つこの若者達の、一体何人が想像出来ているだろうか。
「もらった!」
の頭上から一人の男がターゲットを狙って飛びかかってきた。
大勢のライバルと争い、時間と闘い、必死になって試験に挑むあまりの行動。だけど二人の間に風が巻き起こり、飛びかかってきた男の身体を空へ吹き飛ばした。突然発生した不自然な風の向き。
「もう合格してる人を攻撃しちゃあ駄目ッスよぉ、ちゃんと見ないと!」
空に吹き飛んだ男はドッと地に落ち、言われてよくよくを見た。身体に付いたターゲットは3つともすでに光っていて、それは合格か不合格を示している。そして不合格者が向かうのはこの先の控え室ではない。クソ! と男は焦りを隠せないまま立ち上がり他のターゲットを探して駆けていった。
「ありゃあもうターゲットを”ターゲット”としてしか見れてないッスねぇ」
今の”風”はこの男の力だったか。
190センチはある大柄の身体で大きなマントをなびかせ更に迫力ある印象を持たせているその男は、試験会場に入る前に雄英の円陣に混ざってきた夜嵐イナサ。声量から顔のパーツ一つ一つまでが夏の熱気を跳ね返す暑苦しさで、ぐるんと笑顔を向けてくる夜嵐を避けては控え室へ向かった。
「士傑高校1年夜嵐イナサッス」
とはいえ相澤が実力を認める男であるからには一次試験は通過しているんだろう、向かう先は同じで夜嵐も隣を歩いた。
「雄英の人ッスよね」
騒々しい上鳴や峰田とも声が大きい切島とも威勢の良い爆豪とも違う圧迫感があるが、控え室に入り日射が遮られると、ふと同じように夜嵐の声色も温度が下がった。
「会場入る前、覚えてるッスよ。轟焦凍と一緒にいたッスよね。仲いいんスか」
「なんで」
試験通過は夜嵐が一番早かったが、控え室からは距離があったのだろう、中に入った時には数人の通過者がすでにいて、奥でターゲットを外せるよと教えてくれた。
「どうして、仲良くやれんのかと思って」
カチ。ターゲットを外しながら、学帽の影に隠れる夜嵐の言葉尻に不穏が混じった。
雄英の円陣に混ざってきた時の馬鹿な程まっすぐな勢いとは別人のような顔つき。
世間に周知されている雄英は、体育祭の影響で今やナンバーワンヒーローであるエンデヴァーの実子である轟が代表していると言っても過言ではない。
しかし雄英に対する憧れに比べ、この異様なほどの轟に対する不穏は。
「轟はおまえを覚えてないけど」
「……」
はまだ冷え込む季節にあった推薦入学試験での夜嵐を覚えていた。一際体格が良く”個性”も実力として使いこなしており、何より声が馬鹿でかく良くも悪くも浮いていた。
比べて轟は記憶に薄い。春に行われた対人戦闘訓練で対戦した時にそういえばこんなハイブリッドがいたなと思い出したくらいだ。
「好きなヒーロー誰ッスカ!?」
パッと表情を変え、夜嵐は突然話を変えた。
触れられたくない事を聞く気も無くは壁沿いの椅子へ腰掛けた。
まだ人の少ない控え室で夜嵐の声は騒々しかったが、雄英関係者もA組の誰もいない、何の事情も知らない人間は今のには楽にも感じた。
「いないな。そんなに知らないし」
「憧れたヒーローいないんスか、めずらしーッスね。じゃあどんなヒーロー目指してるんスか」
「……」
どんなヒーロー。
の中には「憧れのヒーロー」とも「どんなヒーローを目指す」と言われても浮かぶのはジョーだけ。
ヒーローとしてのジョーを潰したのは、自分なのに。
「雄英といえばやっぱオールマイトじゃないッスか! 神野の戦い、激熱で興奮したッス! オールマイトの授業ってどんなんスか!?」
夜嵐はヒーローに強烈に憧れる子どもそのものだった。
神野のあんな惨状を見ても、一人で最後まで戦い抜き一人の命も犠牲にせず高々と拳を上げたあの背中に、緑谷や爆豪のように絶対的な信頼と憧憬を抱いていた。
がこの日本の地を再び踏んだ約2年前―、世間はオールマイト一色だった。
誰もが信頼し憧れ、慕い、支持していた。
平和の象徴、絶対的ナンバーワン。
けど……の記憶に、オールマイトはさほど存在していなかった。
10年以上前から活躍していただろうけど、にとってヒーローが身近ではなかったこともあり、浚われた時も固有のヒーローを思い出すことはなかった。
日本に戻り、街のどこにも見えるポスターやCMでオールマイトが溢れテレビでも連日名を呼ばれ、ジョーだって尊敬し憧れていたオールマイトだけど、にとっては対人戦闘訓練の時が初めてで、戦闘を目の当たりにしたのもUSJでの時だった。
「オールマイトなんて強化型よりエンデヴァーの方が風使いのおまえには参考になるんじゃないか」
「……」
この国の全ての子ども達が憧れたヒーロー。
そんな対象が嫌悪にすげ替えられるほどの何か。
エンデヴァーの名を聞いた夜嵐は、轟の名を口にした時と同じく口をつむぎ嵐の前のように静まった。
「俺はあの親子が嫌いだ」
光があまりに強いから影も根深く蔓延る。
純粋で無垢だったからこそ。
「おまえの言ってる轟は今の轟じゃないだろ」
「そうッスかねぇ……」
夜嵐の中にどんなエンデヴァーや轟が存在しているのかは知らないが、確かに轟の変化は体育祭やヒーロー殺しの件以降だ。だってそれ以前の轟に何の関心も無かった。
「あんな親子がヒーローだなんて、俺は認めない」
夢、希望、自分の空に降り注いだ光り。
誰だってそれらを遮ぎるものが現れたら力ずくで振り払いたくもなる。
こんな目をして否定したくなる。
「べつに認める必要もないけど、あいつはあいつで……」
試験通過者が次々と増えて、控え室入り口に今、轟がやってきた。
まだ燃焼と氷結の同時発動に手間取っていたけど、やはり自力で通過してきた。
「……いや、おまえみたいなのも必要かもな」
轟は奥へ向いながら辺りを見渡し、大きな背中の陰にいるを見つけた。
近づいてこようとするが先にターゲットを外すよう誘導を受け奥へ向かった。
「あのクラスは受け入れ過ぎる」
失敗も、暴言も、非道も、愚かしさも、仲間同士で受け止めて。許されて受け入れられて認められて和んで。
絶対的な力と突破力を要するヒーロー育成という場において、轟の実力はどうしたって認められてしまうから。支持されてしまうから。受け入れる力をあいつらは多大に持っているから。
という存在すらも笑って受け入れ支え、仲間であろうとする彼らだから。
「」
ターゲットを外した轟がの元までやってくると、夜嵐はフイと顔を逸らし離れていった。
行った先では賑やかな声を上げ人を巻き込み盛り上がっていた。
「あいつ、士傑の? 何話してたんだ」
士傑の。
恨みとは一方通行であることが常だけど、こうも記憶にないと不憫にも思える。
「べつに」
「そうか。やっぱり右と左、同時に発動すると動きが鈍る。まだ訓練が足んねぇ」
隣に座って轟は両手を見下ろし試験内容について話した。
忌み嫌っていた片方の力を自分の力だと緑谷に気づかされ、自分のため人のため、ヒーローになるために使い始め、これまで拒否していた分今はまだ未熟である同時発動の訓練に邁進し始めたところ。
新たなステージに上がり目標が出来た。進むべき道が目の前に出来た。共に進む仲間もいる。
だから見えなくなってしまった。乗り越えた気になってしまった。
足下に蔦が絡みついたまま。
通過者控え室に集まる受験者が密度を増していき、静かに待つと轟の元に八百万や蛙吹達がやってきた。それから程なくして爆豪、上鳴、切島が、別方向から緑谷と麗日、瀬呂が顔を見せた。外では依然、激しい争奪戦が繰り広げられているだろうけどここからでは様子を窺うことも出来ず、残り人数を報せる実況を聞きながら八百万や耳郎はそわそわとまだ来てないクラスメイト達を待った。
「あと10? 雄英はまだ半分近く来てねぇぞ」
控え室には合格人数が常に表示されており、通過者がついに90人となった。
A組は緑谷と爆豪達が来て11人。まだあと9人が残っている。
「飯田君、大丈夫かな」
「うん……、みんなのこと心配して自分を後回しにしてないかな」
轟の前に立つ麗日が心配を漏らし、隣の緑谷が懸念した。
クラス委員長である飯田は普段から全員へ気を配り、クラスを牽引する立場であることを強く念頭に置いている。仮免取得を目標に訓練してきたこの数ヶ月、一次で脱落など自身も許さないだろうが、まだ残っているクラスメイトがいれば飯田は放ってはおけないだろう。
「、前に飯田に言ってたよな、林間合宿の時。俺との試合で一気に仕留めず加減したこと、俺にとどめをささずに場外負けを狙ったこと、あいつの甘さだって」
「言ったっけ」
「それは俺も思う。勝たなきゃ次はねぇ。俺にはその感覚はねぇ。倒さずに勝とうなんてことが出来るほど俺達はまだ強くない」
ざわっと控え室にいる受験者達がどよめき、静かな轟の話し声は一瞬かき消された。残り10人の残席を突如、雄英生が続々と埋め始め、麗日達は外へ駆け出ていった。
「けど……飯田はすげぇよな」
甘さや未熟さを痛感する出来事に直面しても、自分の指針が揺るがない。
方向を転換するよりも更なる努力に邁進することに懸命した。
きっと今だって、クラスメイト達を信じ支え、最後まで全力で走っているんだろう。
あと7人、6人……とカウンターが減っていくも、アナウンスでは雄英生の健闘が伝えられ続けていて興奮と祈りを込めて切島や瀬呂達は声を上げた。あと3人、あと2人……。
そうして残席がゼロとなり一次試験が終わった。
最後の最後で青山と飯田がターゲットを奪取し、雄英は全員が一次試験を通過した。
雄英潰しなどと揶揄される状況にあっても、受験者のほとんどが自分たちより長く訓練時間を費やしてきた2年生だとしても、常に不利な状況を打破し道を拓こうとする力をA組は身につけてきた。
「ちゃーん! ハードだったよー、他校の人達みんなして雄英ばっかりー」
「一番はか。心配など無用だったな……」
「さっさと一抜けしてんじゃねー! 救けに来いよなあ!」
最後まで戦い続けた飯田達がやってくると瀬呂や麗日達が出迎えた。
の元に葉隠が汗だくで寄ってきて常闇や峰田が安堵の息を漏らす後ろで、ターゲットを外した飯田もも見つけ笑顔を見せた。
「僕の方が心配をかけてしまったな」
飯田が最も心配していたのはだった。の心を心配していた。
「してないよ」
返すに飯田は汗を拭い嬉しそうに笑った。
―僕は君のヒーローへの道を決して途絶えさせはしないからな!!
あの日の飯田の糾びは今もの耳の奥に居着いている。
しばらくの休憩の後、再び登壇した目良により二次試験の説明がされる。
試験前はあんなに密集していた会場もすっきりとしてしまったが、つまりそれは次の試験が更に厳正されたものになるだろうことが予想された。
「えー、一次試験を通過した100人の皆さん、これをご覧ください」
開始を待つ受験者達が壁の巨大モニターを見上げる。
そこには先ほどまで大勢が切磋琢磨していた一次試験で使用された町並みが映されていた。
「フィールドだ……」
「なんだろうね」
緑谷や麗日を始めA組も同じくモニターを見上げ、何が始まるのかと注目した。
すると映っているビルが突然大破。工業地帯でも爆発が頻発し建造物が崩れ大きなコンクリートの瓦礫がガラガラと地に降り、山岳地帯でも崖が崩れ、全受験者達が「なぜ……!!」と目を大きくした。試験のためにこれだけの設備が用意されていることがすでに壮大なことなのに。
『次の試験でラストになります。皆さんにはこれからこの被災現場でバイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます』
バイスタンダー。
一般市民をさす言葉でもあるが、この場合は災害や事故などで大きな被害を受けた現場に居合わせた人のことを表している。つまりは準備を整えた救助活動ではなく、たまたまその現場に出くわした状況で……という試験となる。
『一次試験を通過した皆さんは仮免許を取得したと仮定し、どれだけ適切な救助を行えるかを試させて頂きます』
「ん……人がいる!?」
「ああ!?」
映像を見る障子が瓦礫に包まれる街の中で人の影を見つけた。
いつ崩れるかも知れない建物の周りに老人や子どもが何人も。彼らはヒーロー公安委員会に雇われた団体。ケガや出血が見て取れるがそれは血のりや演出であり、実際に被災した現地住民のケガや精神状態を模し、救助される側の人間を演じるHelp us company所属の要救助者のプロである。
『HUC(フック)の皆さんは傷病者に扮して被災現場の全域にスタンバイ中。皆さんにはこれから彼らの救助を行っていただきます。なお、今回は皆さんの救出活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします』
「緑谷君……」
「うん、この現場、神野区を模しているのかな……」
映像と説明を聞きながら、緑谷と飯田は脳裏に痛ましい記憶を蘇らせた。
神野区で起きた敵連合とオールマイトの激闘。圧倒的パワーを持つ敵頭、オール・フォー・ワンの力により壊滅状態となった神野区で、それでもオールマイトは被災した住民を守りながらに闘い続けた。
「確かに状況は似ている。あの時俺達は爆豪くんをヴィランから遠ざけ、プロの邪魔をしないことに徹した。その中で死傷者も多くいた」
日本屈指のヒーロー育成校の雄英生といえど、まだ活動資格を持たない緑谷達。
ヒーロー殺しの時然り、自分たちは「救助される側」の人間だった。
何もしてはいけない。力を発揮してはいけない。
でもそれは今日までの話。ヒーローの卵から、ひよっこへ。
「がんばろう……!」
自ずと声に気迫と覚悟が乗る。隣で飯田もぐっと顔を引き締めた。
10分後、二次試験を開始します。
目良の言葉を最後に受験者達は手近な者同士救助演習の段取りを組んだり、装備や体調を整えたり散り散りに動いた。
救助演習とは、1年生である轟達にはまだ経験が薄かった。座学の授業でケガや病気の対処方や専門用語を習ってはいるものの。
轟は後ろにいると思っていたに振り返った。
だがはどこにもおらず、近くにいた常闇と蛙吹と目が合った。
「しらねぇか」
「今し方どこかに歩いて行ったぞ」
「お手洗いかしら。透ちゃんがついて行ったわ」
「そうか」
轟は、なら人命救助の心得もあるのではと思った。
事故や災害だけでなくそれは戦地に於いても重要な知識と技術だろうから。
「ちゃんと轟ちゃんは一次試験、一緒に行動したのよね。どうやって通過したの?」
「一緒にはいたが、あいつは一人でやった。自力で30人くらいあっという間にのしちまった」
「ケロ……手をケガして、”個性”も使いづらくなってるのに」
「やはり桁が違うか……」
右手に麻痺が残っていてもあの力量。超常の力を半分失ってもあの突破力。
だけど二次試験はまた少し傾向が違う。
救助という場でがどのように動くのか、轟は今度こそと共に行動し結託しようと思った。
「お、なんだなんだ?」
轟達の背後で緑谷や峰田、上鳴が何やら騒いでいる奥から揃いの学帽を被った士傑高校の一次通過者達が近づいてきた。彼らの目的は爆豪なようで、大柄なけむくじゃらの男とその後ろには夜嵐らの姿もあった。
けむくじゃらの男は士傑の同胞が何かと目立つ存在である爆豪に対し固執していたことを踏まえ、試験中に演習を逸脱し爆豪に絡んだことを謝罪した。互いにヒーロー育成の代表校として「雄英とは良い関係を築き上げたい」と。
良い関係。雄英生の数名はその言葉に疑問を抱いた。
傍から聞いていた轟もそう。けむくじゃらの男の傍らにいる夜嵐イナサ。
彼とは何度か目が合うがその度、まるで敵意のような悪意ある目線を感じ取っていた。試験前に雄英の円陣に加わってきた時は快活で明朗な人間に見えたのに、一次試験後にと話していた時には轟を目にした途端に笑みが消えた。何を思ってかは分からないが、彼も自分と同じ本年度雄英入学推薦者だったというし。
「おい、坊主のやつ」
謝罪を済ませ離れていく士傑高校の中の、夜嵐を轟は呼び止めた。
同校生徒の中、彼も一人だけ1年だが、他の誰よりも大きな体を持つ夜嵐は足を止め轟を見下ろした。
「俺なんかしたか」
疑問をまっすぐに呈してくる轟に夜嵐はやはり「良い関係を築き上げたい」とは思えない目つきをした。それどころか素直に聞いてくる轟に余計腹立てているようにも見える。
「いやぁ……申し訳ないッスけど、エンデヴァーの息子さん。俺はアンタらが嫌いだ」
夜嵐の答えに轟は一層疑問を抱いた。
嫌いだと真正面から言われたことよりも、突然名が出た”エンデヴァー”に。
「あの時からいくらか雰囲気変わったみたいッスけど、アンタの目はエンデヴァーと同じッス」
「……」
何故、今、エンデヴァー。こいつと何の関係があるのか。
夜嵐は先輩に呼ばれ普段通り明るく応え走って行った。
ただ嫌われている、ただ敵対意識を持たれているだけならそこまでも思わなかったが、エンデヴァーの名が混じると不意に不愉快さが混じり顔面の左側がひくりとうずいた。
”親父の目”……?
ジリリリリリッ! ……
控え室にけたたましくベルが鳴り響き、受験者達の目が被災地を映すモニターに引き付けられた。
『ヴィランにより大規模テロが発生。規模は○○市全域、建物倒壊により傷病者多数。道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ。到着するまでの救助活動はその場にいるヒーロー達が指揮を執り行う。一人でも多くの命を救い出すこと』
鳴り響くアナウンスが状況を説明し、それは同時に二次試験の始まりを知らせた。
「人命救助、それこそがヒーローの本懐……!」
控え室が再び展開し、開始のブザーで受験者は一斉に被災地へ駆け出て行った。
「、始まったぞ、急げ!」
周りが走り出す中、轟は辺りを見渡しやっとの姿を見つけた。
素早く一歩を踏み出す受験者達に置いて行かれあっという間に控え室はがらんと静か。
「行けよ」
「あ!?」
自分達も早く。急ごうとする轟だけどがついてこない。
遠くでは建物が崩壊し煙が上がっている。一目散に現場へ急行したヒーローを目指す者達はもうとっくに見えない。
「何言ってんだ、早く」
「私はもうおまえとは組まない。二次も一人でやれ」
「は……!?」
「早く行け。こっちを見るな。現場を見ろ」
「……?」
ドドンッ……! またどこかで倒壊が始まり地鳴りが響く。
被災者の声と救助者の声が入り交じる危機的現場は轟の遙か後方。
「行こ轟くん! 試験中だよ!」
「おい、葉隠……!」
見えていなかった葉隠の声がしてぐいと身体ごと腕を引っ張られていく。
「ッ」
歩き出さないから離れていく。声もだんだん届かず。
被災の怒号にかき消され。時間の波に押し流されて。
「!! ……」
ずっと探していたのに。今度こそ、おまえにとって俺が”得”となる時を。
決めていたのに。今度こそ、葉隠じゃなく、爆豪じゃなく、飯田じゃなく、常闇じゃなく。
俺が、俺が、おまえの瞳に映る番だって。