Two shot!!




登校初日。
教室で今日の日程を軽く説明された新入生たちは、その後全員ぞろぞろと体育館へ移動して入学式が行われた。

高校生っていっても式なんていつでも同じ。2・3年の”センパイ”たちにキョロキョロと視線を浴びせられているのは対面というより物色といった感じで、新入生たちはみんなビシッと立っていたけど、俺はその頃にはだんだんと飽きてきていた。

体育館の壁に掲げられた大きな時計がガチンと音を立てながら一歩進む。だけどまだ30分も経っていないことを確認すると余計に疲れてきて、早くおわんねーかなーと人の陰に隠れてダラリと立った。そんな中でふと、俺の数人前に立っている黒髪の奴に目が行った。

「・・・」

―てかお前ら誰

・・・まさか、そんな言葉は想像していなかったから、浮足立ってたテンションの落下距離といったらなかった。

あいつは、俺たちのいうあの”大野”じゃない。
はまじとブー太郎にはああ言ったけど、けどどう見てもあいつはやっぱ、あの”大野”・・・なんだよな。

あいつが何を思ってああ言ったかは分かんないけど、それでもやっぱ俺たちがあいつを見間違えるわけないんだよ。あんな顔してあんなことを言うあいつを認めたくないけど、それでも俺が・・あいつを他人と間違えるなんて

「おい、前」
「あ、ワリ」

後ろの奴にトンと背中を押され、いつの間にか式が終わり体育館を出ていく列から離されているのに気づいて急いで足を前へ出した。やっと入学式が終わり、だけどこれから対面式があるらしく、1年は一度体育館の外に出され、しばらくたってまた入場からやり直すという、なんともメンドくさいしきたりに沿っていた。

外に出された新入生たちは緊張感から解放された安堵の笑顔を浮かべてそれぞれに喋りだし、友達作りにいそしんでいた。その新入生たちの中で、あの別人「大野」が近くにいた女子たちに声をかけられてるのが見えた。

なんか、さっきとはずいぶん違ってテンション高くしゃべってる。
俺たちには微塵も見せなかった笑顔をさらけ出して、さっきとは別人みたいで、なんだか無性にイラッと来た。

「ねぇ、杉山君」

がやがやうるさい体育館前で小さい声が俺を呼ぶ。振り返るとそこには冬田がいて、なんかもじもじしながら俺に近づいてきてこっそりと喋りかけてきた。

「ねぇ、やっぱりあの人って、大野君なんじゃないかしら」

俺越しに別人「大野」のほうへと視線を投げかけながら、冬田はうるんだ目でそう言った。
こいつは小学校の時、大野が好きだとかいって俺たちの周りをいつもうろちょろしてたのだ。大野が転校していった後も大野は元気にしてるのかとか、連絡取ってるのか、手紙を書きたいから住所を教えろとかさんざん俺に言ってきてた。おいおいまさか、今でもまだ?それとも再熱?

「だからさっき本人が違うって言ってただろ」
「でも、あれはどう見ても大野君じゃない。さっきはいきなりみんなに囲まれて恥ずかしかっただけかもしれないわ。大野君てほら、照れ屋さんだし」
「・・・」

てれやさんて・・。(あの時の大野はテレじゃなく本気で嫌がってたけどな。)

「きっといきなりみんなと会って恥ずかしかったのよ。もう一度ちゃんと話せばきっと・・」
「だから、あいつが俺らのことしらねーって言うんだからそれでいーだろ、なんでお前が首突っ込んでくるんだよ、あっち行けよ」
「そんな、だって私・・」

ぐすり、うるんだ目をさらに滲ませだした冬田にギクリと身構えた。

「あーれー、杉山くんが冬田をなかせてるぞー?」

げっ、山田・・・!(サイコーにマズイ!)

「いーけないんだー、杉山くんは女泣かせだなぁー」
「やめろ山田、あっち行けっ!」
「冬田が泣いたー杉山くんが泣かせたぁー」

バカな山田が踊るように騒ぐと俺は一身に周囲の注目を集める羽目となり、隣の冬田はここぞといわんばかりにしくしくと泣き出した。小学校の時からまるで進歩ない山田と冬田の間で、俺はもうとにかくそこからいなくなりたくて、もっと奥のほうへと早足で突き進んでいった。

「あー、女泣かせの杉山くんだー」
「こらー杉山ー、何逃げてきてんだー」
「お前ら・・・勘弁しろよ、俺のほうが泣きたいっつーの!」
「っはは、冬田だろー、大野がいたとなったらあいつも知らん顔できないもんなー」
「なんでだよ、あいつが大野大野言ってたのなんて小学校の時だろ?」
「でも俺中学の時もあいつに大野のこと聞かれたぜ?」
「俺も。住所とか電話番号とかさ」
「ったくしつけーな!すぐ泣くし、だから女は嫌なんだよ!」

逃げ込んだところにちょうどはまじと関口がいて(こいつらは同じクラスだったらしい)、遠くで見えてた俺の災難を傍観して面白がってたらしい。俺が元いた場所ではまだ山田と冬田が騒いでるのが見える。

その近くにはさっきまで大野と話してた女子の姿も見える。
のに、大野の姿はその辺りには見えなくなっていた。

「大野が転校してく直前のバレンタイン、あん時笑えたよなー」
「え、なに、何あったっけ」
「冬田が大野にチョコ持ってきてさ、でも大野がいらねーって言って、たしかさくらにあげちゃったんだよ」
「うわー冬田の知らない衝撃の事実。知ったらまた泣くだろーなー」
「お前ら、よくそんな昔のこと覚えてんな」
「だってなんか、あん時おもしろかったもんなー」

そんな風に、俺らは妙に、その時のことをよく覚えていた。
確かにあの時の、小学3年の時のクラスはそれ以前・以後の中でも特別仲がいい・・というか、やたらと濃いクラスではあったけど、もう6年も前の話だ。だけど地元なだけに中学や高校が変わってもみんな近くにいるからか思い返す要素が多く、忘れてしまうということがなかなかない。

特に俺は、小3までの記憶とその後の記憶じゃまるで色が違って、ふと思い出したことをアレいつのことだっけと思いだそうとする時には必ず、大野がいたから小3かなとか、あの時にはもう大野がいなかったからとか、そこではっきりと境目になってしまってるだけに、記憶は入れ違うことなくきちんとしまわれてる感じだった。

だけど思い出というものは、楽しかったことよりも痛いことのほうが強く残るから、幼心だけに俺にはやっぱ「大野がいた」ということより「大野がいなくなった」っていうことのほうが、強く残ってしまっていた。

―俺はお前らのいう大野じゃないから

・・・お前があの”大野”じゃないって、だったらお前は、誰なんだよ。


その後、また体育館に入れられた俺たちは、2・3年生との対面式と部活紹介を終えてようやく行事は終わった。あとはもう教室でホームルームというものをして帰れるらしい。

「杉山!」

体育館でバラバラに解散となって出て行こうとする俺はまた名前を呼ばれて足を止めた。俺を呼んだのは俺が行ってた中学の1こ上のセンパイで、同じサッカー部でもあった。

「なんだよー、杉山がうちに来ると思わなかったよ。もっとサッカー強いとこ行くと思ってたのに」
「考えたんすけど、やっぱ近いとこがいーなと思って」
「はは、そんな理由かよ、うちとしてはラッキーだけど。サッカーやるんだろ?」
「はい、入るっす」
「じゃあ今日終わったら一度来いよ、練習あるから」
「ウス」

やっぱこの学校は近いだけあってセンパイでも知ってる顔が多い。同じサッカー部だった人も何人かいる。だけどやっぱりうまい人はそれなりの学校に行くから、ここにいるセンパイたちを見る限りでもそう強くないだろうなってことが伺える。

サッカーで推薦の話も貰っていたし、サッカーが強い学校に行くのも面白いと思ったけど、でもいーのだ。サッカーはどこでもできるし、完璧なサッカー部として成り立ってる学校より少しくらい劣る学校のほうが、気が楽だし楽しめる。と思う。

昼までには学校が終わるから、その後でサッカー部を見に行こう。
そうこれからの予定を考えていたから、体育館の出入口で行き詰まる人の波の淀みに気付かず前のヤツにドンとぶつかってしまった。俺はすぐ顔を上げるけど、目の前にいたやつの後頭部が妙に見覚えがあり俺は咄嗟に口を閉じた。

振り返り俺を見たのは、やっぱりあの別人「大野」。
そしてやっぱりさっき見せてたような笑顔はまるでない。
冷めてるというか、何を考えてるのか分からないような眼で俺を見て、

「悪い」
「え?」

そう呟いて、そのまま人の流れに乗って体育館を出ていった。
俺は呆然と立ち尽くしてしまって、出て行こうとする流れをせき止めてしまっていたから後ろのやつから文句言われ、それでもしばらく立ち止まっていた。

ぶつかったのは俺のほうなのに、なぜかあっちが謝った。

その瞬間の目は、確かに照れているようであり、申し訳なさそうでもあり、

”大野”と、だぶった。





杉山君の敬語はバリバリ体育会系。