Two shot!!




俺は窓側から2列目の、一番後ろの席。
あいつは一番窓際の、俺の前の前の席に座っていた。

「大野君て東京に住んでたんだー」
「他にも神戸とか福岡とかいろいろ。父親が転勤族だからさ」
「へぇー、いいなーいろんなとこいけてー」

ホームルーム中から大野は隣と前の女子としゃべり続けてて、その声は半径2メートルくらいまでは聞こえていた。つまりは俺の席までも聞こえてくる声のでかさ。俺は知らん顔して机に頬杖ついてるんだけど、あいつの話を聞けば聞くほど「やっぱ大野じゃねーか」という思いがよぎって仕方ない。女に囲まれて笑って返してるその顔はあの頃とは似ても似つかないけど。

「え、じゃあもともとはこの辺に住んでたの?」
「ああ、生まれたのは清水だし」
「そーなんだ!いつ転校してったの?どこの小学校?」

大野が転校していったのは、小3が終わった春だった。親の仕事の都合だといわれても、あの頃の俺はまるで子供だったから納得がいかず大野に詰め寄って、でも大野は意外と平然とした顔で仕方ないだろって言ったもんだから俺は余計に頭にきて、あと少しで大野がいなくなるっていうのにケンカしたんだっけ。

思えば大野はあの頃から妙に大人びてた気がする。横着なクセに先生の言うことも普通に聞くし、クラスの先頭切って突っかかってくクセに頼まれごとは引き受けてしまうようなやつだった。

急に親の仕事で引っ越すことになったと聞いて、あいつもそれなりにショックを受けただろうに、たぶんその姿を人に見せたくなくて、親にも、俺にも、平気なフリしてたんじゃないかと思うんだ。

そう、フリだった。
だから俺がなんで転校するんだよって突っかかったとき、消化しきれない思いを俺に言われて怒ったんだ。あの時、俺には少しだけ本音を見せた。だけどその感情に飲まれるわけにはいかなくて、しょうがないって諦めで自分抑えつけるしかなくて、そんな”子供”みたいなこと出来るかって意地はってた。

あいつは何でも平気なフリをする、変に大人びたヤツだった。

「じゃあもしかしたらまた転校しちゃうかもしれないの?」
「さーどうだろ」
「ええーせっかく高校入ったのに転校しちゃったらさみしーよねー」
「そうだ、これからどっか遊びに行こうよ!」

ホームルームが終わると同時に前の奴らの話の方向は転々と変わっていって、支給されたばかりの真新しいカバンを持ってどこに行こうかなんて話しだしていた。俺は心の中でケッと吐き出してカバンを肩に担ぎ、ぞろぞろ出ていくクラスメートの波に乗って教室を出ていった。

「あ、杉山くーん!」
「杉山!どーだったあの大野は!」

廊下を歩いて下駄箱に向かっていると、階段を下りている途中で後ろからブー太郎たちが集団で走ってきた。晴れて高校生となった初日なのに、こいつら考えることはみんな変わりないようだ。

「どーもこーもねーよ、あんなのぜんぜん別人だよ」
「なんで?なんかしゃべったの?」
「しゃべらねーよ!ずっと女子とくっちゃべってたからな!」
「なんだそりゃ。それってただ単に羨ましかっただけじゃねーのー」
「ちげーよ!大野はなぁ、あんなんじゃねーんだよ!女にしゃべりかけられてあんなふーに笑い返すよーな軟弱なヤツじゃねーんだよ!大野はもっとこう、硬派なヤツでだなぁ!」
「硬派って、俺らの知ってる大野って小3だぞ?」

ゲッラゲッラと笑ってくるはまじと関口に、ここが階段だということもお構いなしに蹴りを入れてやった。落ちかけるふたりはあぶねーだろ!と蹴り返してくるけど、足技で俺に勝とうなんざ100年早いのだ。ひらりと簡単に避けて返り討ちだ。

そう狭い階段で暴れていると、俺たちの横をだだっと走り過ぎていく集団が俺よりもっと危険にブー太郎をどんと突き飛ばした。小さいブー太郎は足を滑らせ落ちそうになったところをギリギリで手すりにつかまりホッと安堵の息を吐いた。

「あ、ワリーブータロー!」
「ぎゃははっ、ごめんブー!」

走り去る集団は真新しい制服を俺たち並みに着慣れて着崩した同じ1年だった。でもどいつも見たことない顔ばかりで同じ中学ではない。なんでまったく見覚えのないやつらがブー太郎のことを「ブータロー」と呼ぶのか。そんなことに引っかかりを覚えると、あーあと俺の後ろで関口が変な溜息をついた。

「ほら見ろブー太郎、どーすんだよアレ」
「うん、ごめん・・・」
「なに、なんかあったの?」
「こいつホームルームの時間に自己紹介でテンパっちゃってさ、よろしくお願いしますブーって言っちゃったんだブー」
「はー?おいブー太郎、それやめろって言っただろ」
「だからごめんってばぁ、クセなんだよぉ」

ブー太郎のソレがいつまでもやめられないクセなのは分かっているが、そんなものを純粋に受け止めて、なおかつ受け入れられるのは、純粋な小学生までなのだ。それを当たり前と思って大きくなってきた俺たちとは違う、中途半端に成長した赤の他人からしてみればブー太郎のソレは冗談としか思えないし、それが冗談でもないと分かったらもうカッコウの餌食だ。からかいの対象にしかならない。

「ったく、しょうがねーな。ブー太郎、もう二度とあいつらの前で言うなよ。あいつらに何言われても無視しろ」
「うん」
「相手にしなきゃすぐ飽きるだろ。ムシすんのが一番だよな」
「ブー太郎のクラス誰いる?」
「山根がいるよ。あと藤木」
「うわー話になんねー、よわよわコンビじゃん。なんで杉山と同じクラスになっとかないんだよお前は」
「俺が決めるわけじゃないんだからしょうがないじゃないか!俺だって杉山君と大野君がいるクラスになりたかったよぉ!」

いや、なんでそこで大野が出てくるんだよ・・・
ブー太郎の相変わらずの崇拝っぷりに呆れつつ、下駄箱まで来た俺たちはそれぞれに靴を履き替え昇降口を出た。

「杉山ぁ、これからどーする?どっか遊びに行く?」
「俺サッカー部覗きに行くからお前ら遊びに行けよ」
「これから?もうサッカー部に決めたの?」
「当たり前だろ。杉山に他に何があるんだよ」
「おい、それはどーゆー意味だ」

「あ、いた!杉山!」

はまじの本気のボケに冗談交じりに突っかかったところで、なんだかまた嫌な雰囲気漂う声で呼びとめられた。振り返ると案の定、そこには前田と、その後ろにもじもじ隠れてる冬田がいて、俺たちは揃って一糸乱れぬ嫌な顔をした。

「あんた冬田さん泣かしたでしょ!公衆の面前で女の子泣かせるなんてサイテーよ!」
「あー?冬田が勝手に泣いたんだろ?俺の何が悪かったのか言ってみろよ」
「あんた嘘ついたじゃない!やっぱりあの大野はあの大野だったんでしょ!」

あの大野あの大野ってどの大野だよ。
ていうか俺が嘘ついたんじゃなくてあいつが自分で違うって言ったんだし。

言い返すことはいくらでもあったがもうこいつらと言い合うのはすべてメンドくさくて口に出す気にはならなかった。もう相手にしないのが一番だ。そう俺たちみんなが思ってそのまま帰ろうとした。まぁ間違いなく前田があのでかい口と声で「待ちなさいよ!」と怒鳴るんだろうけど。ていうかもう怒鳴ってますけど。

ああもうめんどくせーなぁともう一度振り返ると、俺たちと前田たちのそのまた奥に、数人の女子と一緒にあの、大野が来てた。大野と女子たちは前田が発した「大野」という名前をしっかり聞き取ったようでこっちを見てる。

俺たちがその大野を見てるから、前田と冬田も後ろを振り返って大野の存在を見つけた。冬田は顔を赤くしてキャアと声を上げる。もうすっかりそれがあの大野だと信じているようだ。

大野はちょっと嫌そうな顔で俺たちを見てて(ていうか俺も同じ顔してただろうけど)、だけどそのまま靴を履き替えて何も聞かなかったように歩き出し俺たちの横を通り過ぎて行こうとした。まぁそれも案の定、

「ちょっと待ちなさいよ大野!」

でかい口と声に呼びとめられるんだけど。
大野と一緒に歩いてた後ろの数人の女子たちは足を止めて振り返り、当の大野も、嫌そうな顔を隠しきれてない顔で振り返った。

「なに」
「あんたやっぱりあの大野なんでしょっ?だったらなんで朝嘘ついたのよ!」
「嘘?」

―俺はお前らの言う大野じゃないから

「ああ・・」
「どういうつもりなのっ?久しぶりに会ったのに嘘つくなんてサイテーよ!あんたのせいで冬田さん泣いちゃったんだからねっ!?」

おっと、俺のせいがいつの間にか大野のせいになってます。
大野はもうほんと嫌そうな雰囲気を背負いながら、たぶんどうやってこの場を抜け出そうか考えてるだろう。こればっかりは少し同情する。

「ねぇ、何なの大野君」
「知り合い?あそっか、小学校まではこっちにいたんだから友達いるんだ」
「ともだち?」

大野の後ろの女たちが口を挟み、大野はその中の単語を拾った。

”友達”

「冗談だろ。ともだちじゃねーよ気持ちわりぃ」

ざわっ・・・

偶然なのか何なのか、大野が発した言葉が俺たちの中に走るのと同時に風が吹いて、地面に散る桜の花びらを一掃し舞い上げた。

その言葉を聞いてさすがの前田もあんぐりと口を開けている。
大野の後ろの女たちはプッと吹き出し笑って、しばらく何を言われたのか理解できないみたいだった冬田は、ゆっくりその丸い目に涙を溜めていって今日一番の大粒の涙をぼろぼろとこぼした。

泣きだした冬田にゲと小さく焦りを見せる大野は、もうその場にいたくないようで歩き出そうと前を向く。
その大野のすぐ目の前に、俺は詰め寄って、大野が俺に気づき目を上げたと同時に俺は大野をドンと突き飛ばし、圧されて大野は地面に倒れ込んで尻もち付いた。

「す・・杉山君っ」
「・・・」

大野が大げさに地面に転げて後ろの女子たちがキャアと声を上げた。
俺の後ろでブー太郎があわあわと声を上げ俺の腕を掴んでくるけど、俺はその手を振り払った。

大野は地面にひじをついたまま、俺を見上げる。
その大野を見下ろして俺は、抑えきれない怒りでいっぱいで、

「今分かったよ、お前が言った意味が」

完全頭に血が上ってた。目が熱かった。握りしめてる拳が痛いくらい振るえた。

別に、冬田をかわいそうに思ったわけじゃない。
ただ、俺はどうしても、

「お前は、俺らの知ってる大野じゃないってことだよな」
「・・・」
「似ても似つかねーよ、お前と、俺らの言う大野は」

あいつは、大野は、女子をからかって泣かせたりするクセに、いじめられてる仲間を助けるために年上相手でもケンカしにいくようなヤツだった。普段仲良くしたくないようなやつでも、困ってたらしょうがねーなって手を貸してやるようなヤツだった。子分にしてくれなんて寄ってくるブー太郎に命令したりしながらも、仲良く笑い合ってるようなヤツだった。

間違ってもこんな、言っていいことと悪いことの分別もつかないような、人を見下しといて逃げようとするような、卑怯者じゃなかった。

「お前は大野じゃねーよっ!」

ただ俺はどうしても、こいつがあの”大野”だって分かってた。
分からないわけがなかった。

でも違った。

それが許せなかった。





だんだん杉山派になってきた私。