Two shot!!




あの後、俺は先輩に約束してたのも忘れて、サッカー部に顔を出さずに一目散に帰ってしまった。家に向かって歩いてる途中も、自分の部屋に入ってからも、ずっとイライラしてて、でもその苛立ちは同時にやるせなさというか、悔しさも連れてきて。

込み上げるものを、無理やり苛立ちで誤魔化そうとカバンを壁に叩きつけた。それでも治まらずに枕やらマンガやらを投げまくっていたら、遠くでドアが開く音がして、すぐに俺の部屋のドアが開けられた。

「さとし煩い!何あばれてんの!」
「るせーな、入ってくんな!」
「また壁に穴開ける気っ?人の貴重な休日の邪魔すんじゃないわよ!」
「るせーこのウソツキババア!」
「誰がウソツキよ!」
「その化粧とスッピンの違いが全部ウソなんだよ!」
「なんですってえ!」

破壊音に加え、姉ちゃんとの取っ組み合いのケンカが始まると今度は階下から母さんに「二人ともうるさい!」と怒鳴られた。姉ちゃんのせいで俺の部屋の汚さは3倍に膨れ上がるが、もちろんあのバカ姉が片づけていくことなんてなく、俺は自分で散らかしたわけでもない部屋の片づけをする羽目となるのだった。

百貨店の紳士服売り場で働く姉ちゃんは仕事にこそ顔を塗りたくって出ていくくせに、休日は眉毛のない顔とジャージで1日中ゴロゴロ寝ているような女だ。いや、もはや女と呼ぶのも世間に申し訳ないような生命体だ。そんな姉のせいで俺は苛立ちの憂さ晴らしすらろくに出来ず、その日は不貞寝して暮れていった。

だけどそんなときほどぐっすりと寝れず、暗い中で時計を見れば夜中の3時。
やっと眠りについたというのに、見た夢は小学3年生で、小さな俺たちが楽しそうに走り回っていた。

はまじがいた。ブー太郎と関口がいた。山田やさくらもいた。
大野もいた。一番近くに。


それからさらに春は深まり、次第に桜の花が散っていった。
どこか気が重いクラスに身を置きながら、それでも時間は勝手に過ぎていく。
嫌でも視界に入る前のほうの席のあいつは別段いつも変わらずそこにいる。
ふつーに笑って、ふつーに先生の話を聞いて、ふつーに女と喋って。
俺もふつーに友達作って、サッカー部に入って、ふつーに過ごしてた。

「全員席決まったら移動しろー」

身体検査とか学校案内とか他のいろいろな行事とか。
それらが終わっていよいよ明日から授業が始まるかといった頃、そうそうに席替えがあった。出席番号順に並んでたクラスメートたちは、自分で引いたくじと黒板に書かれた席の番号とを照らし合わせながら自分の荷物を持って移動していく。

俺はもともと窓側のほうの後ろのほうだったからあまり席が変わってほしくなかったけど、俺はなんたる強運か、変わった後は一番窓際のうしろから2番目になった。ラッキーと斜め後ろの席に移動してカバンを机の横にかけ教科書やらを机の中に入れる。

すると、前のほうからあいつ…大野がこっちに歩いてきた。
俺は気にしないフリして完璧無視する…けど、あいつは俺の横を通り過ぎて、そして、俺の後ろでガガッとイスを引く音がしたのだ。

「………」

あいつが俺のうしろになった。(おいおい)


昼休み、こんな席でメシ食ってられるかと廊下に出ると、プロレスゴッコしてたはまじと関口を見つけた。お前ら高校生にもなって…と思いながらも走っていって飛び蹴りをかますと、はまじと関口は面白いくらい床を転がり滑っていってゲラゲラ笑ってやった。
するとふたりは共闘して俺をはがいじめにしてきたものだから、俺らは通行人の邪魔になりながら廊下のど真ん中でバタバタ暴れて、終いには3人揃って先生に怒られた。

「あっははは!それで、お前さらに大野と席近づいちゃったわけ?」
「そーなんだよ、何の嫌がらせだって感じだよな」
「ははは!やっぱお前らはそーゆー運命なんだって!」
「どーゆー運命だよ」
「どんだけ仲最悪でも一緒になっちゃううんめー」
「冗談じゃねーよ、あー気分わりー!」

少しの運動の後、俺たちは2組の教室でひとつの机を囲んで弁当を広げた。
べつに俺もこいつらもクラスに友達がいないわけじゃないけど、やっぱまだ、こいつらと一緒なのが一番落ち着く。でも、こいつらと一緒にいるとやっぱり話題は、あいつのことばっかりだ。

「で?一言くらいしゃべったの?」
「ぜんぜん」
「お前、あん時マジだったもんなー。やっぱしゃべりづれーか」
「べつにしゃべりづらいわけじゃねーよ。しゃべることがないんだよ」
「なんでもあるだろ。そういや大野も中学の時ずっとサッカー部だったらしーよ。誘ってみれば?」
「は?なんでそんなこと知ってんだよ」
「だってこないだお前が先に帰っちゃった後で俺ら大野と一緒に帰ったもん」
「はあっ?お前ら、俺があんだけキレてたってのに何一緒に帰ってんだよ!」
「だってお前がさっさと一人で帰っちゃうから。あのあと大野もやっぱ帰るわって一緒にいた女子と別れてたし、家の方向一緒だったし、別々に帰ることもねーよなって」
「あーそーかよ!お前らは俺より大野をとったんだな!」
「なんだよとったって大げさな。お前らはな、話し合いが足りないだけだ。一度ハラ割って話してみろ、ふつーにあいつは大野だから」
「話すかバカ!」

なんでこいつらは、あんだけ暴言吐いたヤツと仲良くなっちゃってんだ。
こいつら、昔の大野忘れちまってんじゃないか?
今のあいつがどんなだろうと大野ならそれでいいってのか。そーじゃねーだろ!
なのにこいつらときたら…

「杉山って大野にすげー夢見てんだなー」
「ちげーよ!」

ゲッラゲラ笑ってやがる。もうこいつらとは話が合わん!
弁当の中身を全部口に詰め込み、蓋をしてぐちゃぐちゃに包むと、俺ははまじと関口を置いて教室を出ていった。うしろであいつらはまだ「仲良くしろよー」と笑ってやがる。(弁当にあたってゲリになっちまえ!)

「ちきしょーあいつら…」

ぶちぶち言いながら、弁当の包みを持って賑やかな廊下をのしのし歩いていく。
しかしまだ昼休みはもう少しあって、今教室に戻ってもうしろの席にはあいつがいるだけだ。それもたぶん周りの女どもと一緒にいやがる。いつもいつもうしろの席でキャッキャ女の声がうるせーんだ。ああ早く席替えしてぇえええ。

そう教室に入ろうとした直前、正面の廊下の角から歩いてきたブー太郎と、大野が見えた。成長ののろいブー太郎と、標準的な体格してる大野とでは身長差が著しく、大野の肩くらいにブー太郎の頭がある。しかしあの、ブー太郎の嬉しそうな顔はなんだ。始終大野の顔を見上げて、女子とかわらねーじゃねーか。

「あ、杉山くーん!」

まっすぐこっちに歩いてくる大野が、4組の教室のドアの前にいる俺に気づいて目があった。だけど俺はその瞬間に目を逸らしたから、ブー太郎が寄こした声に答えることなく教室に入っていった。

教室の中は人もまばらで、何個かある人の塊が教室の端々に点在していた。
高校入学した俺たちはまだ、普通ならそんな時なんだ。
少しでも知ってる人間を増やすのに躍起で、探り探りに会話するのに精いっぱいで、問題なんて起きるにはまだ早い。

窓が開いてる教室の一番奥は、春らしい涼しげな風がカーテンを揺らしていた。
そこから見下ろせるグラウンドでは昼メシを終えた生徒たちがサッカーしたりバレーボールしたり、季節に負けじと青春らしいことをしてる。
なのに俺はひとり、こんな浮かない顔をして。
ひとりこんな、しけた顔して。

「…なぁ」

席に座り頬杖ついて窓の外を見てた俺に、かけられた春風のような声。
俺は一瞬、分からないようにドキリとする。
頬杖ついたまま振り返ったそこには大野がいて。

「あいつ…ブー太郎が、今日の帰りはまじたちと遊びに行くから一緒に行かないかってさ」
「……」

たぶん、ブー太郎が変な気遣って、そう言えって言ったんだろう。
ブー太郎。はまじ。
もう、俺らくらいしかあいつらをそう呼ぶやつもいない。

「お前らでだけで行けよ」

俺らだけの呼び方がある。俺らだけの聞こえ方がある。
それはある種の郷愁と。どこか尊い、神聖さと。

「…」

自分の席の手前で俺にそう言った大野は、それから黙って、席に座りもしないまま。
硬いイスに片膝を置いてガタガタ揺らして、ポケットに手突っ込んで。
何か言いたいような、でもないような。
けど、いつまでも座らずにいるもんだから、こいつが。

「………俺、今日から部活あんだよ」
「…」

窓の外の下手くそなサッカー見ながら、そう口先で投げ捨てた。

「あ、そうか」

そう言って大野は、じゃあそう言っとく、と付け加え、ようやく座った。
その声色は、俺が今まで聞いてきたこいつのどこ声よりもやや、大野らしく。
俺は外を見下げたまま。

昼休みが終わるにはまだもう少し。
教室の中も廊下もグラウンドも、生徒で溢れる学校は春の風が吹き抜ける。
広い教室の、一番奥の、一番うしろ。
下手くそなサッカー。

「へたくそ」

うしろでぽつり笑った、さらにやや、大野らしい声。





男の子同士の関係は時に恋のようである。