Two shot!!




クラスのヤツらともめて、いよいよ大野の居場所はなくなった。
あからさまに大野に嫌がらせするヤツ、完全に無視するヤツ、関わらないようにしてるヤツ。
いろんなヤツがいるけど、あいつらだってべつに嫌なヤツらじゃない。
これは、あいつが自分で巻いた種だ。自業自得だ。


「やっぱうまいなー杉山、いきなりレギュラーかっさらわれそー」
「へへ、うかうかしてるとヤバいっすよー」
「お前はシャレになんねーんだよなぁ」

たぶん知らないセンパイばっかりだったら、俺みたいなのはなかなか受け入れられないと思うけど、中学の時のセンパイの、それも気のいい(実力は乏しいが)ほうの人たちがこの学校には多かったから、これから部活もうまくやっていけそうだった。

「杉山くんカッコいい!ファンになっちゃぁう!」
「きゃー杉山くんこっち向いてぇー!」
「うっせぇさっさと帰りやがれこのヒマ人どもがっ!」

昼間の一件でまだどこかイライラしてたけど、そんな気持ちを引きずっててもいいことないし、サッカーやってりゃ気は晴れる。ヒマなはまじと関口がグラウンド脇から飛ばしてくるヤジに怒鳴り返しながら、これから本格的に始まる部活に勤しんだ。

べつにもう、席が近くったって、嫌な気にもならない。
もう、いいんだ。
あいつが大野で、もういいんだ。

「す、杉山くん!」
「ああッ?」

またグラウンド脇から名前を呼ばれ、今度は誰だと勢いよく振り返ると、頼りなさげに一人でキョロキョロしてる山根だった。あいつも小学校の時からずっと一緒だけど、こうして呼ばれるのはなんだか久しぶりだ。

「なんだよ、お前まさか入部希望じゃないだろうな」
「違うよ、そうじゃなくて・・・」
「そうだろうな。お前中学ん時も張りきって陸上部入って1ヶ月も持たなかったもんな」
「そんなことは、どうでもよくて!」
「なんだよ」

パス練習の最中、ちょっと来てと手招く山根のもとへ、センパイたちに断り入れて寄っていった。山根はひ弱な体をもじもじさせて、不安そうな顔であたりをキョロキョロ、薄い唇を青ざめさせて(あ、それは昔からか)。

「あの、ブー太郎なんだけど・・・」
「ブー太郎?」

そういや、はまじと関口はそこにいるのに、ブー太郎はいないな。

「ブー太郎、もしかしたら、同じクラスの男子たちに、イジメられてるかも・・・」
「ああ、よく一緒にいるヤツらだろ?俺も最初そー思ったけど、聞いたらフツーに友達だって言ってたぞあいつ」
「そうなの?・・・でもアレは、あんまり、友だちには見えないけどなぁ」
「そーいやお前ブー太郎と同じクラスだっけ」
「うん。だから一緒にいるところよく見るけど、やっぱり友達には、見えないよ。昼ごはん買いに行かされたり、お金・・・取られてたり、今日だって昼にブー太郎、鼻血出してたよ・・・」
「・・・」

山根に言われ、今日の昼にサッカーを誘いに行ったときのことを思い出した。
みんなと遊んでたと言った時のブー太郎が、言われてみれば、何気なく顔を隠していたような・・・

「で、今ブー太郎どこにいんだよ?」
「分からないんだ。だいだいいつも学校終わった後、あの人たちとブー太郎はみんなが教室出てくまで残ってて、ボクも気になってたからさっき教室覗きに行ったんだけど、もういなくて・・・」
「・・・」

何でもないとか笑ってたクセに、やっぱりブー太郎のヤツ、そんなことされてんじゃねーか。
そう思いつつ、けどそんなことより先に俺は走り出した。
どこ行くんだってセンパイの声がしたけど、聞かずにグラウンドの真ん中を突っ切っていった。

校舎を回って下駄箱でブー太郎のクツを確認して、まだ学校にいるらしいブー太郎を探して階段を駆け上がっていった。4階まで昇ってすぐの1組の教室のドアを開け、息切れながら「ブー太郎!」と叫ぶけどそこはやっぱり空っぽで。

「おい杉山!どーしたんだよ!」
「ブー太郎だよ、ブー太郎探せ!」
「はあっ?」

血相変えて走っていった俺を案じて、はまじと関口が俺を追いかけ教室までやってきた。
・・・すると、どっかでドンドンと何かを叩くような音が遠くで聞こえた。
誰かが叫んでるような声も聞こえる。
それがブー太郎の声のように聞こえて、俺たちはその声を辿って教室を出て、発信源であるすぐそばの男子トイレのドアを開けた。

「ブー太郎!」
「杉山君っ・・・、杉山君!」

放課後で薄暗いトイレを開けると、一番奥の個室のドアノブがほうきと一緒にビニールテープでぐるぐる巻きに固定されていて、開けられないようにされていた。そのドアがドンドン叩く音と一緒に揺れて、ブー太郎の涙ながらに叫ぶ声も響いて、それを見て俺は一瞬サッと血の気が引いて・・・、その直後、沸々と怒りがこみ上げてきた。

「バカ野郎!お前なにやってんだよ!」
「杉山く・・・」
「なんで黙ってたんだよ!俺聞いただろーがよっ!」
「ごめ、ごめん、杉山君、でもっ・・・」
「あーちきしょうっ!取れねーよこれ!」

何重も巻きつけられて、何度も硬く結ばれたそれはまったく緩まずに取れなくて、怒りでとても細かな作業が出来なくなってる俺にはもっと解けなかった。

「でも杉山君、」
「うるせぇよ!すぐ開けてやるよ!」
「違うよ!俺はいいから、先に大野君を助けに行ってよおっ!」

指先に力を込めて結び目を睨みつけてた俺の手を、ピタリと止めさせた。

「は・・・、大野・・・?」
「大野君が連れてかれたんだよぉ!大野君が助けに来てくれて、でも代わりに連れていかれて、おれ、止めようとしたけど、閉じ込められてっ!・・・」
「・・・ウソだろ、あいつが、そんなことするかよ」
「ウソじゃないよ!今日の昼だって大野君、俺がお金取られてるの見て助けてくれたんだ!でもその代わりに大野君が殴られちゃってっ・・・」
「・・・」

今日の昼っていったら、あいつがクラスのヤツともめた時か?
あの時、腹を押さえてうずくまったのは、ウソじゃなかった?

「杉山君っ!」

俺を呼ぶブー太郎の声が、ビクッと胸を震わせる。

「杉山君、大野君は、やっぱりあの大野君なんだよぉ!昔と何も変わらないよ、大野君はあの時と同じ、大野君なんだよぉ!」
「・・・」
「早く、大野君を助けに行ってよぉ!杉山君じゃないとダメなんだよおっ!・・・」

狭い個室で泣き叫ぶブー太郎の声が、俺の体の真ん中あたりでズキズキ響く。
もういいと見限った俺を、ズキズキ責め立てる。

最初に見たあいつの冷めた目と、でもその後で聞いた意味の分からない謝罪。
ともだちなんかじゃないと吐き捨てたあいつと、ブー太郎たちと笑ってたあいつ。
クラスから孤立しようとするあいつと、俺よりずっとブー太郎を助けてた、あいつと・・・。

たった小学3年生だった、あの頃。

15になった、俺たち・・・





校舎の端から端まで、教室の一つ一つを覗きながら走り回った。
どこにいんだよと頭の中で思うあいつの、今と昔が入り混じってた。

「!」

もう絶対呼ばないと決めた、あいつ。

「大野ーっ!」
「!」

走り回って2階まで下りてきて、教室とは反対側の窓をふと見たときに、陽の当らない校舎裏に数人の学ランと、地面に転がってる大野らしい姿を見つけた。窓を開けて叫ぶと全員が俺のほうを見上げ、地面に両手ついて伏せていた大野も俺を見上げ・・・

「杉山・・・」

そいつらめがけて、窓枠に足かけて飛び降りた。
なんかもう、怒りやらなんやらでまともな思考も働いてなかったけど、雑草の生えた地面に手をついて着地して、大野を囲んでるヤツらを押しのけて、前に立った。

「なんで・・・」
「うるせーな」

こいつはぜんぜん、”あの大野”じゃないけど。
俺はまだまだ、何も許せないけど。

「お前が大野だからだよ!」
「・・・」

いっこだけ許せるとすれば、それだけだった。
何度否定してもやっぱ、お前は、あの。

「なんだよ、ジャマすんなよ」
「ジャマしに来たんだよ。ブー太郎から取った金、返してもらうからな」

突然降ってきた俺に驚くそいつらはやっぱ1組の連中で、そいつらも制服汚して多少ケガもしてるけど、大野の比じゃない。俺のうしろでゆっくり立ち上がる大野は顔中傷だらけだし、腹押さえたままだし、制服も泥だらけだし。

「それと、コイツの分もきっちりやり返す!二度と俺のダチに手出すんじゃねー!」
「うわっ!・・・」

・・・4・5人相手に何が出来るって、冷静に考えればバカだと思うけど、最高にキレてた俺は無心で向かっていった。大野もいたけど、あっちは人数が多すぎてすぐ分が悪くなって、けどやられるわけにはいかなかった。

「オラーッ、ケンカヤメナサーイ!!」
「杉山君っ、大野くーん!」

いよいよ囲まれそうになった時、俺を追いかけてきたはまじと関口、それからブー太郎も走ってきて、大乱闘になるけど、俺たちはやられた分をきっちりやり返した。

高校でのイジメはシャレにならないって、いつか言ったように、俺たちも相手側も誰ひとりとして平気なヤツは残らなかった。けど、ケンカは最後まで立ってたヤツの勝ちだ。俺たちはみんな傷だらけだったけど、誰も倒れはしなかった。あっちは逃げてったヤツ以外はみんな倒れてた。

高校に入って数週間でなんとなく似た空気で集まったような連中とはワケが違うのだ。
ガキのころからずっと一緒だった。はまじも関口もブー太郎も、あと山根も。
体張るのにワケなんてないけど、理由を付けるとしたら、それだけだ。

友達なんだ、こいつらは。今までずっと。これからずっと。
そのためになら、ケンカもしょうがない。
もう二度とゴメンこうむりたいけど・・・。





高校でケンカもシャレになりません。