生け捕りにした巨人が何者かに殺され貴重な被験体を失った日の午後。
第104期訓練兵達の正式な所属兵団を決定するための新兵勧誘式が行われた。
訓練兵の中で成績上位10名は最も王に近い内地で働ける憲兵団への入団が許されると共に、憲兵団以外の所属を希望する者も優遇される。今回、第104期訓練兵は兵士になると同時に巨人の恐怖を知ることとなった。多くの者が死に、また多くの者が巨人の恐怖に屈し、多くの者が己の力の限界を知った。
「トロスト区の扉が使えなくなった今、東のカラネス区から遠回りするしかなくなった。4年かけて作った大部隊の行路もすべてが無駄になったのだ。その4年間で調査兵団の9割以上が死んだ。4年で9割だ。少なく見積もっても我々が再びウォール・マリアに大部隊を送るには、その5倍の犠牲者と20年の歳月が必要になる……現実的でない数字だ」
整列する新兵達を前に、壇上で演説するのは調査兵団第13代団長、エルヴィン・スミス。
憲兵団、駐屯兵団、その他の多くの配属先があれど、調査兵団への入団希望者は毎年最少人数だった。そしてその僅かに入団した中の多くが今では姿を消した。月に一度のペースで行われてきた壁外調査で、毎回約3割の死者を出してきた。再起不能の兵士も。
「隠したりはしない。今期の新兵調査兵も一月後の壁外調査に参加してもらう。早急に補給ルートが必要なのだ。新兵が最初の壁外遠征で死亡する確率は5割といった所か。それを超えた者が生存率の高い優秀な兵士へとなってゆく。この惨状を知った上で、自分の命を賭してもやるという者はこの場に残ってくれ」
現実的な数字と、自分達が目にしたトロスト区での惨状が相まって、訓練兵の誰もが顔面を蒼白させた。またあの恐怖に直面しなければならない。あの化け物と対峙しなくてはならない。それも、自ら進んで……。
「もう一度言う……。調査兵団に入るためにこの場に残る者は近々殆ど死ぬだろう。自分に聞いてみてくれ。人類のために心臓を捧げることができるのかを」
以上だ、と締めくくったエルヴィンは、他の兵団への志願者へ解散を命じた。
最初に数十人がその場を去る。それからひとり、またひとりと訓練兵達の足が外へと向かっていった。立ちすくんでいる者達でさえも、次々と去っていく同期の仲間達の足音を聞きながら自問自答する。去るか、残るか。
今ここから動かないと、またあの巨人に遭遇しなければいけなくなる。彼らは知ってしまっていた。意気揚々と兵士を目指し、熱意を持って派兵されようとしていた矢先に突き落された現実。地獄。彼らはその目で見た。巨人がどうやって人間を食べるのかを―。
「……君達は、死ねと言われたら死ねるのか?」
乾いた風が吹いていた。多くの新兵達が去り広くなった演技場。
壇上から静かに見つめているエルヴィン。
「死にたくありません!」
どこからか誰かの声が飛んだ。それは誰の胸にもある心の叫び。
訓練兵だろうと、調査兵だろうと、エルヴィンだろうと。
「そうか……。皆……良い表情だ」
残った訓練兵は僅か。その誰の顔も、変わらず恐怖で疲弊している。
それでも残った。足は動かなかった。去りたかったけど。逃げたかったけど。
「では今! ここにいる者を新たな調査兵団として迎え入れる! これが本物の敬礼だ、心臓を捧げよ!」
ドンと力強くエルヴィンの右の拳が己の心臓を叩く。
ハッ! と同じく訓練兵が揃って左の拳を背に、右の拳を心臓につけ敬礼の姿勢を取った。恐怖で涙が止まらない者も。なんで残ってしまったのかと自問し続ける者も。最初からここ以外に行き場などなかった者も。揺るがぬよう決意を食いしばる者も。誰も死にたくなどない。生きるために残った。
「よく恐怖に耐えてくれた……。君達は勇敢な兵士だ。心より尊敬する」
第104期調査兵、総勢21名。
これより約一月後、彼らも交えた大規模な壁外調査が決行される。
すべての新兵達の配属兵団が決まった数日後、ついにエレンの巨人化実験が行われた。エレン自身、巨人になった後の保障はない。巨人になってもしっかりと自我を保てるのか。その後ちゃんと人間に戻れるのか。思い浮かぶことは最悪の事態ばかりだ。
「うなじの肉ごと……エレンを切り取る?」
「リヴァイが思いついた。もしヤツが巨人になって暴走すれば俺達はヤツを始末しなければならない。だがヤツが巨人化した時にうなじ部分にいることは分かっているから、うなじを攻撃すると同時にヤツを切り出す」
「それでエレンは無事に戻ってくるんですか?」
「さぁな。そのための実験だ」
エレンの実験にあたっては調査兵団の訓練場に同行していた。
実験を行うハンジとリヴァイ班は訓練場よりさらに平地の奥の枯れ井戸のある場所へと早々に移動していった。井戸の中でエレンを巨人化させることによって、たとえ自我がなく暴走したとしても迅速に拘束できるだろう……とのことだった。すべてが予測、憶測の域を脱しない手探りの実験だった。
「ミケ分隊長は巨人化したエレンを見たんですか?」
「いいや」
「興味ないですか?」
「あれはリヴァイの仕事だ」
「さすが……ハンジ分隊長とは違いますね」
多くの兵士が合間に休息を取っている炊事場で、は丁度訓練場に訪れていたミケ・ザカリアス分隊長と同じテーブルにかけていた。長身で体格の良い体、冷静で的確な判断力もあるミケはその実力もリヴァイに次ぐといわれている。だが彼は無口で滅多と感情を出さず何を考えているのかよく分からない面がある。さらに初対面の人間の匂いを嗅いでは鼻で笑うという妙な癖があり、も初めて対面した時は散々匂いを嗅がれた。
「あれ……もう戻ってきた」
「……失敗か」
「え?」
エレンが巨人になった際の体格は15メートル級と聞いた。その大きさならここからでも多少は見えるかもしれないと思っていただけど、ハンジとリヴァイ班は早々に馬でこちらへ戻ってきた。
何があったのか、ハンジは残念極まりない顔をしており、リヴァイはいつも以上に不機嫌そうな顔をしている。その他の班員も沈黙したまま馬を小屋に繋ぎ、エレンはぺトラの馬のうしろに乗せてもらっていた。
「、エレンの手を診てあげて」
「何があったんです?」
「何があったっていうか……何もなかったっていうか……」
ぺトラに支えられ、両手を胸元に上げたままエレンが馬から飛び降りる。エレンもまた深刻そうな表情で口にはベトリと血がついていた。手と袖も真っ赤に染まっていては驚いて駆け寄り、絶えず滲みでる血に染まったエレンを近くの水場へ連れていった。
「なにもこんなになるまでしなくても」
「だって、ぜんぜん、巨人になれなくて……」
「他に方法ないの? こんなに深く傷つけなきゃいけないの?」
「分からないんだ……。オレには、これしか……」
血を洗い流すけど、両手を何度も何度も噛みついた跡からは血が流れ続け、は血管を圧迫し止血した。
「いい、エレン。ここに太い血管があるの。それが動脈。ここを傷つけると血が止まらなくなるわ。せめてここは避けて」
「うん……」
「そう落ち込まないで。これが壁外じゃなくて良かった。そのための実験じゃない」
「でも、オレが巨人になれなかったら……オレがここにいる意味が……」
「……」
しばらく押さえ続けてようやく血が止まり、消毒し綿で押さえ包帯で巻いた。エレンの巨人化発動方法はエレン自身が覚えていたが、何故それだけは覚えていたのかも、もちろん他の方法も分からない。遠くのテーブルにいるリヴァイを始めとする班員達もお茶を淹れながら俯きがちに座っていて、その空気は重いものに感じ取れる。
「皆さんのところに戻りなさいエレン」
「……」
「貴方はあの班の一員でしょ。どんな時も、離れちゃ駄目よ」
「はい……」
落ち込んだ声で答え、エレンは足取り重くリヴァイ達の元へと戻っていった。
空いているオルオの隣に座ると、正面のエルドがお茶の入ったカップを差し出してくれたが、その隣のグンタとぺトラは目も合わさずに座っていた。そんな班員達の空気も重かったが、最もエレンが顔を上げられない理由は……座りもせずに背を向けてカップに口をつけているリヴァイだった。
「自分で噛んだ手も傷が塞がったりしてないのか?」
「はい……」
エルド達の向こう側からリヴァイが問いかけてくる。
ずっと俯いていたエレンがようやくその表情を上げると、一瞬でビクリと身をすくめた。
「お前が巨人になれないとなると、ウォール・マリアを塞ぐっていう大義もクソもなくなる。命令だ、何とかしろ」
余震のような静けさを孕んだ口調で睨み下ろすリヴァイに「ハイ」と返事しながらもエレンは溜まらず目を伏せ、リヴァイが背を向け離れていく音を聞きながらエレンは居たたまれない気に陥った。その様子をはため息交じりに見つめる。の場所までリヴァイの声が届くことはないが、どんなことを言ったのかはおおよそ見当がついた。
しかしそれ以外の班員達はエレンに対しそう辛く当たってはいないように感じた。
エレンに声をかけているエルドも、それに混ざって会話しているグンタやオルオもエレンを責めているようには見えなかった。
大丈夫そうかなとはミケの元へと戻っていく。
すると突然ドォン! ……と大きな爆発が起き爆風と衝撃で多くの兵士が吹き飛んだ。
「何だ!? 何の爆発だ!?」
近くにいた他の兵士達も、テーブルから離れていたリヴァイもぺトラも爆風に煽られ何事かと振り向く。爆発が起こった辺りでは熱い蒸気がもくもくと立ち込めており、巻き上がる砂埃が余計に視界を悪くさせた。
その蒸気の中からは巨大な腕の骨格が現れた。
肩から手にかけての巨大な右腕。皮膚はなく骨格と筋肉だけが蒸気を発しながら存在している。それはまさに……巨人の大きさ。それを目にした全員が凍りついた。爆風に煽られ地面に手をつくもそれを見た。そしてその巨大な手に右手を取られているエレンも―。
「な……なんで今頃……!」
先程はどんなに自傷しても変化しなかったのに、今頃になって巨大な手が出現しその筋肉にエレンの傷を負った右手が結合していて、錯乱するエレンは蒸気の中で驚嘆した。
「落ち着け」
「リヴァイ兵長、こ……これは……」
近くでリヴァイの声がしてエレンは振り向いた。
けどエレンの背に立っていたリヴァイはその声をエレンに向けたわけではなかった。
「落ち着けと言っているんだ、お前ら」
リヴァイはエレンに背を向け立って、正面にいるぺトラとエルド、グンタとオルオに向かって静止するよう命令した。彼らは皆一様に剣を抜き、戦闘態勢を取って緊迫した表情でエレンを睨みつけていた。
「エレン……! どういうことだ!? なぜ今許可も無くやった、答えろ!!」
「は……はい……!?」
「エルド、待て」
「答えろよエレン! どういうつもりだ!!」
「いいや……そりゃあ後だ。オレ達に……いや、人類に敵意がないことを証明してくれ!」
「え……!?」
エレンには、まくしたてている彼らの言葉の意味さえ分からなかった。
彼らは何にそんなに緊迫し、怯え叫び、剣を抜いているのか。
「証明してくれ! 早く! お前にはその責任がある!!」
「その腕をピクリとでも動かしてみろ、その瞬間てめぇの首が飛ぶ! 出来るぜ俺は! 本当に!! 試してみるか!?」
「オルオ! 落ち付けと言ってる!」
「兵長、エレンから離れてください! 近すぎます!」
「いいや、離れるのはお前らの方だ。下がれ」
エルド達4人が広がりエレンを四方から囲んで攻撃態勢に入る。
その時エレンは確信した。迷っていたけど、認めたくなかったけど、確信した。
「エレぇン! その腕触っていいぃぃぃ!?」
「ハ……ハンジさん!?」
「ねぇ! いいよねぇ!? いいんでしょ!? 触るだけだから!!」
「ちょっと待って―」
エレンと班員達を取り巻いている疑心と敵意の中、爆音と蒸気に気付いたハンジが全力疾走でエレンの元へ駆け寄ってきた。血走った目で感激を抑えられないハンジはエレンの巨人化した腕に飛びつき、けどそのあまりの高温に手を熱し途端に飛び退いた。
「あッ……つい!! 皮膚ないとクソあっついぜ! これ!! すげぇ熱い!!」
「分隊長! 生き急ぎ過ぎです!!」
「ねぇ! エレンは熱くないの!? その右手の繋ぎ目どうなってんの!? すごい見たい!!」
異常なまでのハンジの興奮に周囲は唖然としその動向を見守ることしか出来なくなった。だけど依然警戒態勢を解きはしない。
エレンはハンジに言われて、この手を抜けばいいのかと思い立った。右手の噛みついた部分から巨人に結合している部分を引っ張り力ずくで引き千切ろうとした。そして結合部分はブチッと千切れ、エレンは勢いのあまり巨人の右腕の骨格から地面へと転がり落ちていった。
「ええ!? ちょっと……エレン! 早すぎるって! まだ調べたいことが……」
激しく呼吸が乱れている。地面で起き上がったエレンは青い顔で自分の手を見ると、怪我どころか噛み切った傷跡さえも無くなっていた。エレンは顔を上げ、目の前で蒸気と共に消えていく巨人の右腕を見た。エルドもグンタも、オルオもぺトラも、エレンを見ながら剣を下げた。
熱い蒸気が空に吸い込まれ、やがて落ち着いた大地は何も残さず涼しい風が吹いた。
周囲は静まったがまだ砂埃と共に疑心暗鬼が漂っている。誰もがエレンを遠巻きに見ていて、リヴァイは班員全員に建物の中へ入るよう指示した。
「」
「……、は……はい」
芝生の地面に座り込んでいたにミケが手を伸ばし腕を引く。
強い手に引っ張られるだけど、足を立てた途端にガクンと膝が崩れ落ち再び地に手をついた。
「あ、あれ……」
立てない。ただ立つだけなのに。
どこに力を入れればいいのか。どうやって立つんだったか。
普段意識してそうしているわけではないから、出来ないとなると途端に立ち方が分からなくなった。
「わっ……、え……?」
立てないをそのまま引っ張り、ミケはを右肩に担ぐとのカバンも持ってそのまま建物の中へと歩き出した。
「あの、ミケ分隊長、わたし、歩けますから……」
いまだ動揺で動けない兵士の合間をミケはまっすぐ歩いていった。普段以上に遠く離れた地面。ミケの大きな背中では周囲の兵士に注目されているのが分かって恥ずかしさを感じた。運ばれていく途中、遠くにリヴァイとその隣にいるエレンもがこちらを向いているのを視界の端で見た。
その後兵士達は建物の中へと移動し、エレンとリヴァイは別の場所で待機、ハンジは今日の実験の結果とその後に起きた不測の事態を上層部へ報告した。
待機中も兵士達は口々に不満を口にした。エレンへの疑心。壁外調査への不安。ウォール・マリア奪還の危機。……それらを遠くに聞きながら、隅のテーブルに座らされたはいまだ低く唸っている自分の不安定な心音を聞き続けていた。
「あ、、よかったまだいてくれた。これからエレンを呼ぶから後で診てくれる?」
「はい」
「大丈夫?」
「もちろんです」
「そ、じゃよろしく」
扉を開け入ってきたハンジはすぐにを見つけ笑って声をかけた。
この不安と疑心の蔓延している部屋でハンジだけは幸せそうだ。
いや、の斜め前に堂々と座っているミケも動じず不平不満のない……何を考えているのか分からないいつも通りの無言だった。
「じゃあ説明するよ。エレンとリヴァイを呼んできて」
ハンジにまで大丈夫かと聞かれるとは……。は動揺をあからさまにしてしまったことを深く恥じた。そう俯いていると、頭の上にずんと重い圧力がかかり、目を上げると斜め前からミケの大きな手が伸び頭の上に乗っていた。撫ぜるわけでも叩くわけでもないその手の意図は分からず、ミケも相変わらず無言であさっての方を向いていた。
そこにガチャリとドアを開けリヴァイとエレンが入ってきた。長いこと待たされたリヴァイの鬱憤が嫌味となってハンジに向けられる中、エレンがふとの方を向いて目が合ったが、すぐに逸らしエレンはハンジの方を向いた。
今回の一連の事態について、エレンの証言と予測を交えていくつかの可能性が示唆されたが、肝心の核心については結局分からぬまますべては憶測の域を脱しなかった。その結果ハンジは実験方法を考え直すことを決め、次の壁外調査まで時間が無いことも踏まえ今後はエレンへの無茶な実験は控えることを決定した。
「つまり……お前が意図的に許可を破ったわけではないんだな?」
ハンジの解説と予測が尽くされた頃、グンタがエレンに確認した。
それに確かに「ハイ」と答えたエレンに安心して誰もが深く安堵し、そしてグンタとエルド、オルオとぺトラは頷き合って、それぞれが自分の手に強く噛みついた。
「ちょっと……何やってんですか!?」
4人共手に歯型が残るほど跡をつけ、いってぇ……と血を垂らす。
エレンは4人の奇行が分からなかった。
「これはキツイな……。エレン……お前よくこんなの噛み切れるな」
「俺達が判断を間違えた……。そのささやかな代償だ。だからなんだって話だがな」
「え?」
「お前を抑えるのが俺達の仕事だ。それ自体は間違ってねぇんだからな! 調子乗んなよガキ!」
「ごめんねエレン……私達ってビクビクしてて間抜けで失望したでしょ……? でも、それでも……一人の力じゃ大したことはできない。だから私達は組織で活動する。私達はあなたを頼るし、私達を頼ってほしい」
私達を信じて。
4人はエレンと同じ痛みを持って決意した。エレンを信じよう。エレンは仲間だと。
……エレンは巨人化して向けられた周囲の自分への確実な敵意で、自分がどんな存在かを改めて痛く思い知った。この特別作戦班に見張られていることで生かしてもらっていることも、エレン自身が人類の天敵たりえる存在であることも分かっていたはずなのに、実際に敵意を向けられるまで気付かなかった。そこまで自分が信用されていなかったとは。
だけど今、エレンの中に渦巻いていた不安と恐怖と悲しみは消えていこうとしていた。
リヴァイに選ばれるほどの実力者達。巨人に対する情報は何もないままでの戦闘でそれでも生き抜き、壁外調査でも何度も生きて帰ってきた精鋭達。そんな彼らだから巨人の強さも恐ろしさも分かっている。彼らだからこそ、巨人を最も警戒し戦おうとした。
だけど彼らはそんな自分達を恥じて、エレンを信じると決めた。その代償は小さなものかもしれない。けれどエレンには大きなもののように感じた。自分に居場所を作ってくれるのはこの人達なのだと思えた。ここにいることで、また前のように……信頼し得る仲間を作りたいと思った。居場所が欲しかった。仲間が欲しかった。昔みたいに。
「エレン……手を見せて」
「……」
緊迫していた空気が解け、話し合いは終わりそれぞれが帰宅の準備をし始めた。
エレン達も古城に帰る。その前にエレンはの元へ行くようハンジに指示され、エレンはの隣の椅子に向き合って座った。
「治ってるね……。さっきの怪我も」
「すいません。驚かせて」
両手を出しながら、エレンの目はその手に向いている。
がエレンを見てもエレンは目を上げない。
「エレン……」
「オレが怖いですか?」
エレンは最初にに訴えた質問を再び投げかけた。
あの時とは問う意味も答えの欲しようも違うけど。
「エレン……私は5年前に巨人が壁を壊して入ってきた時から、兵士の方達の治療にずっと携わってきたわ。調査兵団の壁外調査にも、壁の中までだけど同行して、いつも悲惨な状況を見てきた」
「……」
「巨人の恐ろしさは知ってるつもりだった。人が食べられるなんて、どんな恐怖かといつも想像してた。……けど、やっぱり想像でしかなかった。トロスト区で初めて巨人を見て、迫ってきた時、初めて分かった。それまで抱いていた恐怖とは全然違った……」
はエレンの傷ひとつ残っていない手に手を添えた。
その細くて白い手はひやりと冷たくて、エレンは手から目の前にいるへと顔を上げた。いつも見上げればまっすぐ見つめていた、笑っていた目はそこにはなく、の伏し目がちな顔は頬にまつ毛の影を落としていた。
「ごめんねエレン。私は貴方も怖かった。リヴァイさんの頼みでなければ貴方を診ることだって引き受けていなかったかもしれない。巨人が怖くて今でも夢に見てしまう。人が食べられる姿が簡単に想像つくようになって、兵士の方達の誰に会うのも悲しくなってしまった。……だから私は貴方を知りたかった。貴方を知って、貴方の話を聞いて、貴方は人間だと安心しようとした。不純よね……医者なのに」
ひやり冷たい手。緊張している。怯えている。あんなに温かかったのに。
エレンは、そのの手をぎゅと握った。
冷え切った手を握って温めた。自分の温度を移すように。
「オレ、嬉しかったですよ。オレに触ろうとしてくれる人がいて。オレの話を聞いて、オレを心配してくれて……」
じんじんと指先から熱が生まれる。体中を巡る血液が心臓から手の先まで。
触れるという信頼。安心。愛情。あの時貰った温度を、今度は貴方へ。
エレンの手は温かかった。冷えたの指先まで温めるほど。
それは間違いなく、人の温度。
「エレン……私の名前を覚えてくれた?」
「え? もちろん……」
エレンの手を握り返し、はエレンを見つめ返す。
「貴方が私の名を呼んでくれる限り、私も貴方をエレンと呼ぶわ」
「……」
「エレン」
また込み上げるものが喉を詰まらせて、エレンはぐと口唇を引き締める。
「うん……」
だけど、こんなところで心を緩めるわけにはいかないから、口も頬も目も手も腹もすべてにしっかりと力を入れた。目の前にいるには無理が伝わって、結局また笑われてしまったけど。