開け放たれた調査兵団本部の門を馬に乗った実行部隊がくぐってくる。それぞれに言葉は無くその面持ちも暗い。壁外へと進撃し巨人に占拠されたウォール・マリアまでの行路を徐々に築いてはいるものの、今回も多大な被害が出たことからは目を反らせない。

 療養棟の前を通り過ぎていくリヴァイが目線を流す。
 その姿を治療室の窓を隔て目にしたはホッと胸を撫で下ろした。
 震えているような冷ややかな音を立てていた心臓が、その姿を映してようやく穏やかに静まっていく。

 生きている……。
 その言葉を言い聞かせるように繰り返し、はマスクの下で口唇を引き締めこれからなだれ込んでくるだろう多くの怪我人に備えた。


「―今回、初めて巨人を生け捕り出来たことは大きな躍進だ。これを確実な成果に繋げ巨人討伐への足がかりとしよう。ハンジは早速実験に取り掛かってくれ」
「任せといて。今から楽しみで楽しみでもー武者震いするよ」
「経過は随時報告しろ。それからリヴァイ、君を兵士長に任命する」
「えっ、兵士長!? これはまた……大出世じゃないリヴァイ」
「次回の王都での報告会で任命式も行う。同行しろ」
「……」
「近年ゆっくりではあるが被害は減少し情勢は好転している。先人から引き継いできた地道な活動はやがては確実な成果へと繋がるだろう。皆これまで以上に尽力して欲しい」

 窓から射す茜色の陽光を背に、エルヴィンの強い意思を持った瞳に幹部達は呼応した。今回初めて巨人捕獲作戦に成功した実行部隊は大きな変化を見せ、ようやくこの活動にささやかながら光を見ようとしていた。
 そうして調査報告を各部終えようとした頃、会議室のドアが開き白衣を着た男がマスクを外しながら姿を見せ席についた。

「ビットマン、場は治まったか?」
「なんとかな。今回の死者は現時点で18名。帰還していない兵が7名。致命的な傷を負った者は12名と意識不明者が2名。過去に比べ被害は少なく済んだ。が、いくつか提案したいことがある」
「なんだ?」
「まずひとつ、今後は遠征に出立する前に全員の身体検査を行うこと。今回、怪我の治療中に病が発覚した者が一名いた。他にも怪我をした者の中には遠征前から体調が優れなかったという者も数名いた。今後検診で異常が認められた者はドクターストップをかけさせてもらう」

 ドクターストップ……?
 ざわりと会議室にどよめきが起こる。

「待ってくれ先生、それは壁外調査から外されるということか? たかが体調不良くらいで……」
「待て、最後まで聞こう」
「もうひとつは採血だ。先月行った検査で全員の血液の型を判明させたが、必要な型にかなりの偏りがある。実行部隊以外も含め、極力多くの血を採取して治療に備え保存しておく必要がある」
「血を保存? そんなことが可能なの?」
「血液を体外に出しても固まらない、抗凝固剤というものが開発されたんだ。これは医学界にとってもかなりすごいことだぞ。これによって大量出血によるショック死が減り延命率はさらに向上する」
「すごいじゃないか。そんな研究してたの?」
「いや、これは救援で来てくれているウォルト医師が尽力してくれた。彼は我々よりも王都の医療研究機関に顔が利く。強く協力を要請し開発に至ったようだ」
「ウォルト医師か……。彼にはウォール・マリア奪還作戦以来、かなり力を借りてるな」
「ああ。ウォルトも、その弟子達もだ。特にという若い医師はかなり有能……というか熱心だ。彼女は治療中に流れ出る血液をそのまま輸血に使うという革新的な技法まで編み出した。これにより輸血による副作用も治療時間も大幅に減少した」
「ああ、あの若い女の子。そんなに有能ならもういっそのこと医療班に入ってもらったら?」
「勧めたんだがな。実のところ、この提案を強く求めたのも彼女だ。だが断られたよ。自分が勉強させてもらっている身分だと」
「謙虚なものだな」
「提案はこの二つだが、どうだエルヴィン?」

 医療班の提案が終わり全員の目が上座のエルヴィンに向かう。
 静かに聞いていたエルヴィンは口の前で組み合わせていた両手を解くと広げていた資料を手に取りトンと揃えた。

「提案は前向きに検討する。その医師にも一度顔合わせしよう。今日も来ているのか?」
「ああ、いるが」
「後ほど顔を出す。他に報告は無いか? なら以上だ、皆休んでくれ」

 幹部達から声は上がらず、調査直後の報告会議は終了した。壁外遠征で憔悴しきった身体と精神はようやく任務から解放され、それぞれ息を吐き出しながら席を立つ。

「リヴァイ」

 幹部達が部屋を出ていく中、席を立ったリヴァイをエルヴィンが呼びとめた。

「まだ体力は残ってるか?」
「なんだ」
「以前言っていた立体機動装置の改善を技術班が仕上げたそうだ。試運転して欲しいと言われている。少し休んだらやってみてくれ」
「今からで構わん」
「遠征の後でも元気だねリヴァイは。どんな体力してるんだか」

 ハンジの呆れ声の前を素通りし、リヴァイは部屋を出ていった。

 壁外調査後の本部は疲弊もあり日没が近づくほどに静まっていく。
 西に傾いた日差しが強くなりはカーテンを引いた。
 皮肉にも壁外調査後で最も人が溢れている療養棟。

「腫れはすぐ引きますが、多少跡は残ってしまうと思います」
「平気よ、命落とすことに比べれば傷跡くらい」
「皮膚が乾燥しないようにしてください。今度来る時薬持ってきます。皮膚の再生を促す薬です」
「気にしないでよ、こんなの勲章よ勲章」
「でも、女性ですから……」
「こんな仕事しておいて女だなんて思ってないって」

 手負いの兵が休む療養棟の二階には女性の兵士達が並ぶベッドに横になり傷を癒していた。鍛えられていても男性兵士に比べ細い手足に痛々しい傷を負い、顔面にまでも酷いアザを残す。それでも気丈に笑う気勢は兵士皆変わりなかった。

「私は女としての幸せだって諦めてないからね。結婚だってしたいし子どもだって欲しいし」
「じゃあ早く相手見つけなさいよ。仕事にかまけてたらあっという間に行き遅れるって」
「だけど出会いなんて限られてるしねぇ。周りにいるのは汗臭くてごっつい男ばっかり」
「結局男なんて若くて可弱い女に弱いのよ。、あなた気をつけなさいよ。ここの野郎共は飢えてるから」
「そーそ、どうせなら王都の男でも捕まえて優雅な生活しなきゃ。うちの男達は薦めない」
「あはは……私は自分のことで手一杯ですから」

 男に負けぬ気勢や鍛え抜かれた身体を持っていても、女性兵の部屋は男達の部屋のような汗臭さや雑さはなく、ハンカチやペンなどといった所持品も女性らしい色や柄をしている。日頃性別など感じさせなくともやはり彼女達は女性だった。

「クララさん、背中の傷……縫合やり直させていただけませんか?」
「なんで?」
「処置をした方は急いでいたんでしょうが、少々縫い方が荒いのでこれだと皮膚が綺麗に戻りません」
「うそ! やってやって!」
「そんなこともあるんだ。私も見て
「……ああ、この結び方はレイズですね。大丈夫です、レイズは丁寧ですから」
「どういうことよ、うちの医療班よりウォルト先生のとこの子の方が優秀じゃないの」

 各所のベッドから明るい笑い声が上がる。は薬と道具を揃えると処置用の手袋をつけ、うつ伏せに寝る背中の縫合糸にハサミを入れた。

 二階での処置を終え階段を下りていくと、空はすでに茜色に染まり夕暮れに近かった。そろそろ帰らなくては、シーナ内地に戻る頃には夜になってしまう。最後に挨拶だけしていこうと奥の部屋に歩を進めかけた時、出入口の傍らに立つ一人の兵士の背中を見た。誰もいない訓練場の方を向き、ただ立ち尽くしている兵士。

「どうかなさいましたか?」

 声をかけると、驚き振り向いた青年は背が高く良い体格をしているがまだ顔つきに幼さが見てとれて、おそらく同じ年くらいだろうとは思った。調査から戻った兵士達はすでに休んでいる頃だろうに、その青年はまだ汚れた隊服とベルトを装着したまま。
 青年は何でもないと答えるとそのまま歩き出しいなくなってしまった。傷を負った仲間でも見に来たのだろうか。だけど彼は訓練場の方を眺めていた。それもこんな離れた場所から。

「どうかしたか
「いえ……」

 医療班の医師がに近づき、が見ていた方を覗くと離れていく若い兵士の背中を見た。

「ああ、ガイか。帰ってきてからずっとここに立っていたよ。おそらく今回初めて壁外に行ったんだろうな。少なくないよ、ああいうヤツも」
「ああいう……とは?」
「調査兵は生きて帰って一人前というが、生きて戻ったからといって強い兵士になるとは限らないよ。巨人を目の当たりにして、それにやられた仲間を目にして、心折れてしまう兵士も大勢いる。それを乗り越えてこその調査兵だが……それをけしかけるわけにもいかんしな。見た目では分からない。心の繊細さは」
「……」
、カールが目を覚ましたぞ、会っていくか?」
「本当ですか? 行きます」

 外から目を離し、は医師について療養棟を奥へ急いだ。
 休む兵士達が寝ている広い部屋を通り過ぎ、奥の個室へ入ると一床のベッドの上で体のほとんどに包帯を巻いた兵士の元へ駆け寄った。巨人に捕まったという彼は全身計18か所もの骨を砕き意識を失っていた。だが彼は生きていた。絶望的な状態で誰もが助からないと口唇を噛み締めたが、が死の淵から引き戻した。

「カールさん、聞こえますか?」
「……」

 呼吸で包帯が揺れた。言葉までは出ないが、確実に意思がある息遣いをした。
 生きている。戻ってきた。

「しばらくは動けないでしょうが、ゆっくり治しましょう。生きています。もう大丈夫ですよ」
「……どのくらい……」
「どのくらい……、治るまでですか? おそらく、数ヶ月はかかるでしょう。それに、呼吸が停止していた時間が長かったので、もしかしたら何か、後遺症が残るかもしれません」
「後遺症……」
「手足に麻痺が残るとか、言葉が上手に出せなくなるとか。ですが今は、」
「なぜ……」
「え?」
「なぜ……助けた……。動けないなんて……もう、兵士として……」
「……今は、少しでも改善するよう努めましょう。せっかく繋ぎとめた命ですから」
「兵士で、無ければ……、俺に、価値など……!」
「カールさん……」

 力も込められない砕かれた体で、歯がギシリと音を立てて締まる。
 弱音も涙も出さない強い兵士が、包帯の中で悔しさと無力さを握り締める。
 はいつかウォルトが言ったことを思い出した。
 兵士には二度死がある。兵士としての死。人間としての死。

「君は我が調査兵団の兵士だ。カール」
「!」

 突然背から降ってきた声には振り返る。
 すぐそこに調査兵団団長、エルヴィン・スミスが立っていて、は驚きベッド脇から離れた。

「まだいくらもやってもらいたいことはある。早く元気になれ。君は我が調査兵団の誇りだ。まだまだ休ませないぞ、カール」
「だん……ちょう……」

 砕かれた重い腕が何かを訴えるように動こうとして、悔しさを噛みしめていた口唇が涙に震え、エルヴィンの期待に彼は確かに「はい」と返した。

「君がか。ウォルト医師の弟子だそうだな」
「は、はい」

 個室から出たは目の前のエルヴィンにかしこまった。
 が調査兵団の本部に出入りするようになってもう何ヶ月も経っているが、こうして団長であるエルヴィンと真っ向で対面するのは初めてだった。その逞しく堅固な体格も、引き締まった威厳ある表情も、どこからともなく滲み出る圧倒されるような雰囲気も、彼を表すすべてが他とは一線を画す偉大な存在感を放っていた。

 何より……リヴァイをこの調査兵団へと引き入れた人物。
 それだけでにとっては何か強い引力のある存在であった。

「君には大変世話になってるとビットマンから聞いている。ありがとう」
「とんでもありません。私こそ、勉強させていただいてますから、感謝しています」

 身を引き恐縮するにふと笑んで、エルヴィンは高い位置から柔らかい視線を下ろした。その笑みは厳格な空気を吹き流す春風のような軽さで、は抱いていたエルヴィンへの堅いイメージを崩した。

「ここの者達に聞いても君の支持は非常に厚い。これからも我々の力になって欲しい」
「私で出来ることなら、是非に」
「医療班に入ることは断られたとビットマンに聞いたが? 君さえ良ければ私もそうして貰いたい。君のような志も力もある若者を我々は必要としている。医療班に入れば君の働きに十分な報酬も出せるんだが」
「私は、ウォルト先生に育てられている身ですので、私の一存では……」
「そうか。ウォルト医師はご健在か?」
「はい。ここのところは診療所が忙しく壁外遠征の際にもこちらに来れませんが、先生は元気です」
「近頃王都では何やら病が流行っていると聞いたが、その関係か?」
「はい。私の街ではさほど広がっていませんが、中心部では随分蔓延しているようで、その影響が強いと思います」
「そうか、大変な時にも来てくれて感謝する」
「いいえ」

 廊下の奥で話すふたりは歩き出し出口へと向かった。
 通り過ぎる広い療養室からは休んでいる兵士達がに気づき、「もう日が暮れるぞ」「気をつけて帰れよ」と声をかけは笑み返した。

「先程会議で提案されたが、遠征前に兵士の検診が必要だと?」
「ここの方達は我慢強い方が多いですし、壁外へ行く緊張のせいだと体調不良の自覚の無い方もいらっしゃると思います。壁外に出てから異常を来たしても手に負えませんし、私としては、万全の状態で出立していただきたいと」
「君の意見はもっともだ。だが知っての通り、特に実行部隊は意気の荒い奴が多い。多少の体調不良でも部隊から外れることの方を恐れるだろうが」
「人命が最優先です」

 開け放たれた出入口に射し込む茜を足元に当て、エルヴィンはに振り返る。
 マスクで表情の見え難いの真摯な目がエルヴィンに向いていた。
 だけどは気づきすぐにその目を弱め俯いた。

「いえ……兵士の方達の志は、兵士の方にしか分かりませんので、私は提起するだけで、徹するつもりは……」
「いや、今その必要性を確信出来たよ。ビットマンに至急計画を立てさせよう。次回の遠征には間に合わないかもしれないが」
「あ……ありがとうございます」
「今から内地まで帰るのか? 馬を出そうか?」
「いえ、まだ馬車がありますから」

 壁の向こうに夕陽が沈み色褪せていく外にふたりは出ていく。
 門近くまで歩いていくと傍らに広がる訓練場の柵に背の高い人影が見え、エルヴィンとが近づいていくとその背の高い影が振り向き、その影の向こう側からさらにもうひとつ人影が覗いた。

「エルヴィン、見に来たの?」
「ああ、ついでにな。どうだ調子は」
「なかなかいいんじゃない」

 腕を組み柵の向こう側を見上げていたふたつの人影はエルヴィンに気軽に話しかけ、はエルヴィンの傍らで頭を下げた。

だね。私はハンジ。前にも一度会ったよね」
「はい、存じています、ハンジ分隊長」
「こっちはミケ。こっちも分隊長」

 エルヴィンに対する接し方から誰もが幹部クラスだろうと想像はしたが、はハンジの差し出す手を握り返すとその隣のミケにも恐縮し一礼した。エルヴィンよりも背の高いミケをは見上げるが、暗がりの中でその表情は見えづらく一切言葉も発しないミケは寡黙で厳格な人に思えた。だがミケは背をかがめるとに顔を近づけて、身を引くの傍で鼻をスンスンと動かし匂いを嗅ぎ出した。

「あ……あの……」
「ごめんね、これはなんと言うか、彼の挨拶みたいなもので。初対面の人に会うと必ず匂いを嗅ぐんだ。気を悪くしないでやって」
「はぁ……」

 はハンジと初対面した時も十分変わった人だと思ったが、今ではそれも薄まるほどミケはかなり変わって見えた。スンスン、スンスン、鼻を動かし続ける。一度止め、やっと終わったかと思いきやまたも匂いを嗅ぎ出す。

「あれ、笑わないねミケ」
「これは新しい反応だな」

 エルヴィンとハンジは冷静に会話を続けるが、はいつまでも終わらないミケの挨拶に戸惑い困惑した。

「でもエルヴィン、リヴァイは軽いからあれでいいだろうけど、あまり巻きの良さを強くすると体格のいいミケみたいなのは逆に使いづらいんじゃない」

 まだ鼻を寄せるミケを傍に、はハンジの言葉の中の「リヴァイ」を拾い柵の奥へ目を向けた。遠くでカン、カン、と何かの音が響いている何層もの木の壁。灰色に落ちていく空を背景に、壁の合間を飛び交う影が見えた。

「リヴァイの早さには誰もついていけないだろう。それぞれが適した装置をつければいい。リヴァイが足りないと言うなら彼の力が最も発揮できるよう装置を変換していくべきだ」
「それでいーの? リヴァイひとりで突っ走っちゃうよ」
「だからこその兵士長だ」
「なるほど、抑止力代わりの配置ね。……あ、落ちた」

 リヴァイが兵士長……。ふたりの会話からそれを聞き取り再びリヴァイらしい人影を見上げただったが、迅速な早さで飛び交う影が壁から壁へと渡る間でポロリと落ちは悲鳴を上げた。だが落ちた影はすぐに体勢を取り直したようで落下には至らず、高いところから降りて地面に着地しこちらの方へと歩いてきた。

「どうしたリヴァイ。異常があったか?」
「いや、装置に問題は無い」
「じゃあなんで落ちたの?」
「包帯が取れた。気にしたらタイミングを外した」
「あらら凡ミスだね。まぁあのスピードで飛んでたら些細なことが大きな被害をもたらすよね」
「リ、リヴァイさん、お怪我は……」
「まだいたのかお前」

 腰の立体機動装置を外すリヴァイの右手から包帯の先が垂れている。もうあの火事から数ヶ月が経ち火傷も治ったリヴァイの右手だが、火傷跡はまだ消えず包帯もついたままだった。腰の高さ程に低くなっている箇所の柵を乗り越えるリヴァイはそのまま柵に腰を下ろし、はカバンから包帯を取り出しながらリヴァイの元へ駆け寄った。

「薬、塗ってますか?」
「もうなくなった」
「なくなったのなら貰いに行ってください、医療班の方に頼めばくださいますよ」
「療養棟など滅多と行かんからな」
「通り道じゃないですか、もう……。ああでも、随分治ってますね。包帯よく外れますよね、緩いですか?」
「いいや。動いてるとどうしても取れる。しょうがない」
「動かれる時は貼るタイプの方がいいかもしれませんね。巻き方覚えていただいて……面倒くさそうな顔しないでください、綺麗に治りませんよ」
「べつに構わん。跡が残るくらい」
「私はきちんと治っていただきたいんです」

 ここ数ヶ月、火傷の薬も持ち歩くようになったは包帯と一緒に薬をリヴァイに託した。

「ふたりは知り合いか?」
「そのような空気だねぇ」

 火傷跡を診るにおとなしく右手を献上しているリヴァイの姿はエルヴィンやハンジでさえ物珍しいものに思えた。普段は厳しい表情と粗い口調で人を寄せ付けないリヴァイがたしなめられている姿など、エルヴィンには微笑ましくさえあった。

「……なんだそのツラは、エルヴィン」
「いいや」

 日が暮れゆく灰色の中で、微笑んでいるような、笑いたい衝動を堪えているような……。何ともバカにされている印象しか受けないエルヴィンの表情にリヴァイは苛立った。壁の向こうへと陽が沈んでいく静かな訓練場の片隅。包帯を巻き直されながら、リヴァイの不機嫌な舌打ちが鳴った。



未知らぬ夜に

Unknown nocturne