雨垂れが落ちる音と同調するように右腕が熱くジンジンと響く。
ここが狭い納屋だと分かっていても、暗闇は果てしなく広い頭の中と変わりない。
ポトリ、ポトリ、雨音に小さな泣き声が混ざってくる。
暗い納屋で泣き続ける小さな少女。ごめんなさい、ごめんなさい、ここから出して……
狭い納屋で響いていた泣き声が、今は頭の中で繰り返される。
ああ、どうして、またここにいるのだろう。また、闇に囚われているのだろう……。
膝を抱く腕に額をつけ頭を伏せていると、ガチャリと音がしてそっと目を上げた。
橙色の光が滲み寄ってくる。コツコツと鳴る靴音が近づいて、視界にその靴先が入るより先に匂いが鼻をついた。昔から変わらないコロンの匂い。
「まったく……傷をつけるのはやめてくれ」
ため息交じりの声が届くと同時に右腕を取られる。
最初この屋敷に連れてこられた時は最上階の個室に通された。その後主人が外出した頃ははめ殺しの窓と部屋中のランプを割って火事を起こそうとしたが、従者に制圧され右腕に深い切り傷を作っただけで終わった。その後窓のない納屋に場所を変えられ、時間も感じられない真っ暗な空間でうずくまり時折疼く傷に耐えた。
「焼け焦げれば……簡単に手放すんでしょう」
は主人の手から腕を引き離し、黒い瞳を当てつけた。
その反抗的な目に主人はまた一度深く息を吐く。
「お前の母も乳母も穏やかだったのに……」
「……」
口をついた主人の言葉にピクリと耳を奪われた。
「ハンナ……? ハンナは、どうなったの……」
尖っていた目にも言葉にも丸みが帯び、小さな声が零れる。
「会いたいか」
「……生きてるの?」
「いい子にしていれば教えてやろう。私もお前をこんなところに閉じ込めたくなどないんだ。もうお前は、聞き分けのない子どもとは違うだろう」
「……」
”煩い子どもは好まれない”
「もう夜も深い、食事を取って休みなさい」
そう主人が去ると、代わりに入ってきた女中がトレイをテーブルの上に置く。
主人の靴音が聞こえなくなり、残り香を温かい食事の匂いがかき消した。
「スープなら食べられるでしょう?」
「……」
「昼も口にしていないし、体に悪いですよ……」
目の前に湯気の漂うスープが差し出される。その声はここに来た時からずっと聞いていた声。そっと優しい、女の声。
「要らない」
「だけど……。その腕も、ちゃんと手当させてください……」
「要らない。こんな怪我が何だって言うの……、腕を食い千切られた人に比べれば……、骨を踏み砕かれた人達に比べれば……」
「え?」
ポツリ、ポツリ、水滴の音がする。明日は壁外調査なのに、まだ雨が。
もう夜になっている……。街は、病気の人達は、薬は……?
「病に苦しんでる人がいる……、今にも命を落とそうとしてる人がいる……、明日また、壁の外へ行こうとする人達がいる……、……なのに私は……こんなところで、一体何を……っ」
身を裂き毛羽立った肌を掴み握り締めると傷口からまた血が生まれる。
その腕に落ちる涙が赤を薄め流した。
やめてくださいと女中の手がの痛く掴む手を止める。
するとはその手を逆に掴み、顔を上げた。
「お願いがあるの……」
「え……?」
「私の白衣……、あの人が持っていった私の白衣を……」
「……」
―やがて雨垂れの音も無くなり、夜は深々と更けていった。
冷え込む雨夜は身を縛るようで、逆立つ肌はヒリヒリと痺れた。
目を閉じればすぐにやってきていた朝も、ずっと遠い昔のもののように感じる。
与えられた自由も、降り注いでいた光も、絵本の中の出来事だったのだろうか。
すべて、幻想だったのだろうか。自由も、希望も、羽ばたく翼も。
「……リヴァイさん……」
返ってくる声はない。こんな鳥籠の中で、誰に届くはずもない。
応える言葉もない。人は光に向かうものだから。彼は明日へと向かう人だから。壁の外へと、突き進んでいく人だから。
うずくまる頭を起こし、は抱きしめていた白衣を見つめた。
潔い白のはずの白衣すら、この暗闇の中では無色でしかない。
は白衣の中を手探りに、ポケットから小瓶を取り出した。
この狭い納屋と同じ。壁の外と同じ。世界を食らう恐怖と絶望が詰まった小瓶―。
雲が厚く世界を隠す昼下がり。バタン! と扉の開く音が響くと、王都の憲兵団支部の中にいた兵達は怠惰に深く腰掛けていた体勢を崩し、カップから零れる茶に慌てながら立ち上がった。
「なんだ、お前は!」
「バッハという奴に用がある。どこだ」
支部に乗り込んだリヴァイは憲兵達を押しのけ、奥の部屋へと歩を進める。
隊長室と掲げられたプレートの扉を押し開けると、光に溢れる部屋の中に見覚えのある顔を見つけた。
「お前は、リヴァイじゃないか、何だ突然に、無礼な」
「という医者を知っているか」
「な、なに?」
顔を合わすなり突きつけられた名にバッハは動揺の色を隠せず、リヴァイもまたそれを見逃さなかった。
「医者? さぁ、そんな娘は知らんが……」
「……この街に巣食った病を治そうと駆けずり回ってる医者を知らんだと? 娘ということは分かっているのにか」
「! いや……名を知らなかっただけだ。確かに昨日、医者をここへ呼んだが、すぐに帰した。行方など知らない」
「……」
「本当だ! 医者ならどこかで治療をしているんじゃないのか? そうだ……医者は街を見捨てて多くが逃げ出しているからな、もう街を出ていたとしても……」
「お前はあいつに馬車まで出したそうだな。あいつを間近で見ていて本当にそう思うのか? それとも……馬車を出したのは他に何か意図でもあったのか」
リヴァイの誘導するような脅すような目と言葉に動揺を強くするバッハだったが、隊長! と荒々しく駆け込んできた兵に目線を変え何とか口を噤んだ。
「街中に調査兵が! 女の医者を探してるとかで、他の支部にも押し寄せてます!」
「何だと……おいリヴァイ、お前の仕業か」
「なんだ。調査兵は王都に来てはならない条例でもあるのか? 街中が混乱してる時でも呑気に茶を飲んでるお前ら愚図共よりずっといい働きをするがな」
「分をわきまえろ! お前達の役目は壁外だろ、王都で勝手な真似は許されん。いくら兵士長になったといえ、この王都ででかい顔が通用するなどと思うな!」
「お前……本当に分かっているのか?」
「な、何をだ」
「この街の病はお前には関係ないと思っているのか? 伝染病がお前や身内だけは避けてくれるとでも思っているのか? そのめでたい頭でよーく考えろ。あの女がいなければこの街は終わりだ。病に食い潰される。知ってる事をすべて吐け。命が惜しければな」
ゾクリ……。睨み上げる瞳の底から命すら脅かす狂気を感じ、バッハは思わず後ずさる。これまでは小柄で華奢に見えるこの男が何故兵士長なのか、何故最強などと謳われているのかまるで理解出来なかったバッハだったが、今目の前にいる男は自分など一息に飲み込む大蛇のように見え背筋が凍りついた。
「何故……、お前が、あの娘を……?」
上ずる声のままバッハは何とか声を絞り出す。
暗く見据えていたリヴァイの眼にほんの一瞬、色が射す。
「関係ない。話す必要もない。いいからさっさと答えろ」
「あ、あの娘なら……家に帰した」
「家?」
「私は、あの娘を探すよう命じられていたんだ。商会のトップだ、拒めるはずもない……」
力を失おうとするバッハの言葉に、リヴァイは目を丸くした。
まさか……そんなことまでが関係しているとは思っていなかった。
「お前も知っているだろう、数ヶ月前の火事があった……」
「あの屋敷か」
「な……、待てリヴァイ、下手な真似はするな! あの屋敷は並みの屋敷じゃない、お前の身すら危うくなるぞ! いや、それどころか兵団そのものが……、バッツドルフ家が兵団にどれだけ援助をしているか知っているのか!? あの屋敷に盾突いてはならんのだ!」
「鬱陶しい政治や金の話などお前らでどうにかしろ。それがテメェらの仕事だろ」
リヴァイはすぐさま部屋を出ると、後を追うバッハの忠告も聞かず支部を出ていく。
「待つんだリヴァイ! 何故あの娘を探している? あの娘がどんな娘が知っているのか、あの娘は、」
「あいつは俺の女だといえば満足か」
「な……!?」
「その腐った脳味噌に叩き込んでおけ。誰にも、二度とあいつに手を出させるな。あいつに手を出すことはこの俺に喧嘩を売ることと同義だと思え」
馬に飛び乗り、手綱を引くと砂埃を巻き上げリヴァイは走り去っていった。
ひと気のない王都の公道は蹄の音が空まで響くほど静まり返っている。
中央から南へと流れる川まで戻り、いつかの記憶を辿り屋敷を目指す。
暗い雲に覆われた空は、不穏な心と同調するかのようにどんどんと陰っていった。
やはり、どうしたって、いつまでも纏わりつくのか。血筋。過去。影の糸。
「リヴァイ! が見つかったのか!?」
「お前らはここで待ってろ。他の奴らも全員集めておけ」
「何だよ、おいリヴァイ!」
屋敷に辿り着きリヴァイは馬から飛び降りる。王都の街を走り抜けるリヴァイに気付き追いかけてきた他の調査兵達が、屋敷に入ろうとしたリヴァイを呼び止めたがリヴァイはそのままひとりで入っていった。
立派な門構え。王都の中でもどの屋敷にも引けを取らない豪邸。火事があったはずの最上階の部屋もリヴァイが蹴破ったはずの窓も、もうどこにも跡など残していない、威厳と風格を持った屋敷。
豪奢な扉についた獅子の形のノッカーをガンガンと叩くと扉はすぐに開き従者が顔を見せた。
「兵士様、何用でございましょう……」
「ここに女がいるだろう。昨日連れてこられた女だ」
「え……」
「そいつを引き取りたい。出してもらおう」
「お、お待ちください、困ります!」
屋敷の中に踏み入ろうとすると他にも従者が集まってきてリヴァイを止めた。
この広い屋敷の中、どこにがいるかなど分からないが虱潰しに探したとしてもたかが知れている。王都中を探し回ることに比べれば。
「お引き取りください、そのような者はここにはおりません」
「調べはついてる。無理にでも返してもらう」
「ですから、ここにはそのような方は、」
「見たところ調査兵のようだが……どなたかな」
玄関エントランスで揉み合うリヴァイ達を、大階段の上から見下ろす男が声を降らせた。
従者達の合間から見上げた先に、このバッツドルフ家の主人の男。
丸いメガネの奥から突き刺すように見下げる主人の目は、兵士相手といえど一寸の脅威も感じていない。
「お前達が浚った女を返してもらう」
「名乗りもしないとは、やはり調査兵は不躾な者の集まりだ。……あの子があんなにも悪影響を受けたのも頷ける」
「仲良くお喋りをしにきたつもりはない。すぐにあいつを引き渡せ」
「勘違いしないでいただきたい。あの子は私の娘だ。7年前にあの子を奪われたのは私の方なのだよ」
「娘? 金で手放したのにか」
「……」
前の階段を上がっていくリヴァイは主人との距離を詰め、その間一度も主人から目を離しはしない。
すると後方でまたドンドンと扉をノックする音が響き、玄関が開けられると外で揉み合う憲兵と調査兵の喧騒の中からバッハが現れ、開いた扉の狭い隙間から体をねじこみ屋敷内へと入った。
「も、申し訳ありません、このようなことに……!」
「やれやれ……支部隊長ともある男がこんな騒動を引き起こすとは。外の連中も含め、お帰り願おう。こちらも遊んでいる暇はないんだ。応じないと言うなら君達のトップに話を通させてもらうが」
「お、お待ちください……!」
「勝手にしろ」
「リヴァイ!」
階段を駆け上がってきたバッハを払いのけ、リヴァイの眼光が主人を射ぬくように睨み据える。
しかしその様相とは裏腹に酷く落ちつき払った声色。脅しも厭わぬ威勢。
外に群がる兵達を差し置いて一人乗りこんできたことを踏まえても、主人には目の前の男がある程度の位を持った者であることを悟らせた。
「バッハ支部隊長、彼は誰かな」
「は……、この男は、調査兵団、兵士長、リヴァイです」
「ほぅ、君が。話には聞いている。随分と腕の立つ英雄だとか。……だがあまり賢いとは言えないな。兵士長の名が飾りでないなら、もう少し自分の立場というものをわきまえたまえ。君の一挙手一投足が君の組織にどれほどの影響を与えるのか、よく考えたまえよ」
「言っただろう。勝手にしろと」
「それほどまでにあの子を欲するにはどういう理由があるのかね。まさか、あの子を嫁にくれとでも言うのではないだろうな」
「あいつはうちの兵を何人も救っている。必要な人材だ。我々調査兵団が引きとらせてもらう」
「医者など……余計なものを植え込んでくれたものだ」
じわり、これまで冷静に見えた主人の眼に怒りが混濁する。
「本当にあの子を引きとりたいと言うのなら、貴方が買い手になればいい、リヴァイ兵士長。私はあの子に多大な投資をしてきた。教養、素養、美しさ……、あの子を育てるのに一体どれだけの資金がかかっていると思う。引きとりたいの一言で渡せるほど安い人間ではないんだよ、あの子は」
ふー……、細く長い息がリヴァイの口から洩れゆく。
「いいだろう。言い値を払おう」
「ふ……、あの子の価値を馬鹿にしてもらっては困る。一介の兵士に払えるような額ではない」
「いくらでも構わん」
シャン、とリヴァイは隣のバッハの懐から剣を抜き取ると階段を駆け上がり、胸倉を掴みその体を押し倒すと主人の鼻先に剣を突き立てた。丸い眼鏡の寸前で細い剣先が鈍く光る。
「で……お前の命はいくらだ」
「……!」
一体何が起こったかも分からない程、自分の今の態勢がどういった流れで成されたのかも分からない程、一瞬のことで声すら上げられなかった。ただ体がとんでもなく大きな力に呑み込まれたと。意識するより先に心臓がド、ド、ド、と激しく命の危険を叫んだ。悲鳴を上げる従者達の声が今頃階下で響く。
「やめろリヴァイ! 兵が民に手を上げるなど……、お前は、兵士長になったんだろう! ただじゃ済まないぞ!」
「……まったく、次から次へと、面倒な奴らだ。位などいらん、欲しけりゃくれてやる」
主人から手を離し体を起こすリヴァイはポイと剣を階下に放る。
その権威ごと、簡単に手放してしまえるとでも言うかのように。
「あいつを金で買う気はない。渡せんと言うのなら盗むまでだ。強盗犯でも誘拐犯でも好きにしろ」
主人は目にしたことが無かった。
兵士など、制服を着るように権威を着飾っただけのものでしかなかったはずだ。
光も行き届かない、底無しの闇を孕んだ眼など、兵士の目ではない。
「を渡せ」
いつでも喉元に噛みつけるような脅威と、いくつも死線をくぐってきたような腹の据わった冷静さを前に出る言葉も無い。主人は眼を閉じ、いまだ激しい心音を落ち着けるように深く息を吐いた。……そして口端をにじり上げ、くくくと喉を鳴らした。
「まぁいい……。元より値などつかない、あんな状態じゃ」
「なんだと」
「奥の部屋だ。その目で確かめるといい」
「……」
掌で顔を覆い、いまだ薄い笑みを零し続ける主人の異変に不安を抱きリヴァイは走った。主人が指差した方へと駆けていき、最奥のドアを開けると薄暗い中に光が射しこんだ。
突然扉が勢いよく開き、ランプを持った女中が驚き悲鳴を上げた。
その足元に横たわる人影があり、リヴァイは床に散らばる黒髪と細い肩を見て近付いていった。
案じた通り横たわっていたのはだったが、異常にガタガタと細い身を震わせ腕を抱きうずくまっていた。
「おい……」
こんな暗闇で、この屋敷で、きのうからずっと。
リヴァイはを抱き起こそうとした。けど傍にいた女中がリヴァイを止めた。
「触ってはいけません、これは……おそらく伝染病です……!」
「……」
女中の言葉を聞きリヴァイは再びを見下ろす。
酷く震えていながら息は荒く、体が異常に熱を発散している。
「伝染病だと? 何故だ、この屋敷に感染者がいるのか」
「い、いいえ、何故かは分かりませんが……この症状は……」
高熱、異常な体の震え……確かに話に聞いたような伝染病の症状だった。
何故感染者もいない屋敷で、それもこんなところに閉じ込められていたが感染など。
そう思案したリヴァイは、床に転がる小さな瓶を目にした。
いつかの真っ赤な夕陽の中で、が目の前にかざした、あの小瓶。
「お前……」
あの病原菌を……自分に?
リヴァイはが抱きしめている右腕を取り、その腕に巻きつく白衣を剥ぎ取った。その右腕には縦に走る切り傷があり、その傷口を中心に青い斑点が出始めていた。
「いくら東洋人といえど、伝染病感染者に買い手などつかんだろう?」
「……」
背の扉口から主人の声が、いまだ笑みを引きずって届く。
「だから言ったんだ、余計なものを植え込みよって……。医者など、そんなものに関わらなければこんなことにはならなかった」
「……医者は、こいつの誇りだ」
「誇り? そんなものにいくらの価値がある。誇りの為に死ねれば本望か。お前達調査兵団のように、大義の為の死に価値があるとでも? 病も、巨人も、この子には不要だったのだ。お前が私の娘を死に追いやったのだ!」
……まさか。
暗闇に浸食され、過去に連れ戻され、絶望に陥り、血筋を呪い……自ら断ち切ったとでも?
いっそ滅んでしまえばいい。……いつかの言葉が脳裏を過ぎった。
リヴァイはの腕を再び白衣に包み、その体を抱き上げる。
小さな身に科せられた重荷と重責とは裏腹に、あまりに軽く持ちあがったその体。
ガタガタと震える体はまるで人体ではない程冷たく、橙色のランプの中なのに青白く浮かぶ頬には涙の跡が線を引いた。浅く繰り返す呼吸に混じり、怯え、震えながら、うなされるようにしきりに何かを呟き口唇が動いた。
「……」
……リヴァイさん……リヴァイさん……リヴァイさん……
確かに聞こえた。僅かだが、微かだが、空気のように掠れた声は確かにそう形を成した。
そしてリヴァイは見た。震えるほど強く握り締めているの手から零れる紐。
その中に握られているはずの、青い泪型のペンダント。
「……お前は知らないんだろうがな」
― 私、立派な医者になります。一人でも多くの人を救える医者に。
「こいつは意外に頑固なんだ。手を焼くほどにな」
「……」
「まだ娘だと言うのなら行かせてやれ。こいつが選んだ道だ」
を抱いて歩き出すリヴァイは、コツコツ主人に近付いて、その隣を通り過ぎる。
部屋を出て階段を下り、避ける従者達の間を通り抜け屋敷を出た。
外ではまだ調査兵と憲兵が揉み合っていたが、二人が姿を現すと調査兵達は憲兵を押しのけて駆けつけ、リヴァイに集まりを見た。
「これが、なのか……?」
これまで一度も見ることのなかったの素顔。
黄白色の肌。目鼻立ちの浅い顔。真っ黒な髪、睫毛。
他とは一線を画す血統。
「それ以上近づくな。医研に向かう、馬車を出せ」
「医研? 感染してるのか!?」
リヴァイが馬車に向かうと、調査兵達は急ぎ馬を出し駆けていった。
空は夕暮れが近づき明るさを失せていたが、暗雲は解け始め空は覗いていた。
ガタガタ揺れる馬車の中でを膝に抱きながら、次第に熱を上げ、乱れる呼吸を肌に感じていた。いまだ震える体、時折首元に落ちてくる水滴、繰り返される呼び声が、激しい憤りを抑え込みながら静かに到着を待つリヴァイの胸の奥を、これまで感じた事のない程に締め付けた。