季節の変わり目のせいか、ぐずついた空模様が続く。
 小さな川なら干からびるほど晴れ続いた季節が過ぎ去り、素肌には多少冷たい風が吹き始めた頃。調査兵団本部を訪れていた背の高い赤髪の青年、レイズは静養中の兵士のカルテをカバンに詰めると療養棟を後にした。まだ日は高い午後の空。だけども雲の多い暗がりの空。

「やぁレイズ、君ひとり? 珍しいね」
「ハンジ分隊長、お疲れ様です」

 訓練場の傍らを門へと進んでいたレイズを柵の向こうからハンジが呼び止め、そちらに目をやるとその近くに腕を組むリヴァイの姿も捉え、レイズは挨拶を返した。

の様子はどう?」
「お陰さまで、まだ外出は控えていますが随分元気になりました」
「そう、良かったじゃない。王都の伝染病も落ち着いてるんだろ?」
「はい」

 半月前の事件以降、は伝染病の治療も含め寝入る日々が続いた。
 に投与された薬はその後、王都で苦しむ多くの人達に与えられ、今もまだ治療と薬の製造は慌ただしく続いているが、随分と鎮静し人々は元通りの活気を取り戻そうとしていた。

「早くに戻ってきてもらわないと元気が湧かないよね」
「はは……さっきも療養棟の方達に言われました。に診てもらわないと傷が痛むと」
「ほら、聖女の不在は痛手だよ。ねーリヴァイ」
「その汚ねぇメガネ割ってただのクソになるかクソメガネ」

 何かと絡むハンジにリヴァイは苛立つも、その様子が何なのかレイズには伝わってこない。先日の一件は審議にまではかけられなかったものの憲兵団から苦言を呈され、その責任の一切を先駆者であり兵士長であるリヴァイが負う命令が出たことははもちろんレイズも知らない事実だった。

「次の調査はどう? 来れそう?」
「どうでしょう……もうしばらくはゆっくり休ませたいので」
「ふーん。体というより、心の問題かな」

 ハンジの言葉にレイズは笑みを残しながらも目線を下げる。
 体を蝕んだ病原菌よりも、改めて思い知った血と人の業がの心に深く根を張った。

「リヴァイ兵士長には、大変お世話をかけました。にも改めて礼を」
「いらん」
「そうだよ、元気に戻ってきてくれるのが一番だよ」
「死にかけたんだ、人の治療してる場合でもねぇだろ。放っておけ」

 言い放つリヴァイの言葉に、レイズは引っ掛かりを覚えた。

「診療所にも出てないの?」
「はい。最近は診療所も人手が足りてるので、ずっと医学書を読んでいます。今回の伝染病の件で医研にも多く通うようになりましたし、現場より研究の方に熱心になっているようで……。もしかしたら、は王都を出たがってるのかもしれません」

 木枯らしが吹くように、いつも穏やかに浮かんでいるレイズの口元から笑みが薄まる。

「それもあいつが決めることだ。好きにさせてやれ」
「……」

 柵の向こうから吹き抜けてくる言葉に、レイズは伏せていた目をリヴァイに上げる。その表情は普段のように柔らかくもなく、二人の間に流れた空気は今日の空のように重さを増した。

「まぁ、心配だよね君からしたら! あんなことの後だしね」
「……心配ですよ、小さい時からずっと見てますから」

 不穏を察知し明るく差し込んだハンジだったけど、リヴァイから目線を外したレイズは落ちついた声で返し、失礼しますと門の方へ歩いていった。

 どんよりと重く今にも降り出しそうだった空は夜になるとポツポツと雫を落とし、暗い夜を月も星もないさらに闇へと覆い隠した。長い間乾き続けた地面に雨が降り、地中深くに染み込む水はやがて川へと流れ二重の壁の中の東西南北に運ばれた。限られた大地の中で水は宝だった。土壌を豊潤にさせ草木を潤し、やがて作物となり人の糧となる。雨こそ人々の命を左右する天の恵み。降り続いた雨は窓ガラスをコツコツと叩き続け、橙色のランプの明かりを反射し万華鏡のように煌めかせた。


 時計の針が午前から午後へと移り変わりを示し、それに気付いたは机の上に広げたカルテと医学書から目を離し窓の外を見上げた。昨夜から降り続いている雨はその足を緩めることなく、昼間なのにランプをつけていなければ本も読み難い。

、どこか行くのか?」
「うん。ちょっと出てくる」
「そうか……冷えるから何か羽織って行けよ」

 台所の扉を開け隣の診療所から戻ってきたレイズは、玄関先で白い帽子を被るを目にした。ツバの大きな帽子の中から垂れる青いリボンを首元で結び、青いストールを羽織って玄関先の椅子に座る。室内用の靴から膝丈のブーツに履き替え、白い傘を持って立ち上がるとマスクをつけて扉を開けた。

「ああ、、買い物を頼めるか。夕食の食材を買っておくようにおばさんに言われてたんだった」

 出ていこうとしたを呼びとめ、レイズは急ぎ台所へ戻ると紙にペンを走らせた。外から流れ込む湿気と雨音を肌に感じながら、はマスクの中でフと微笑む。

「これ、頼むよ」
「うん。いってきます」

 メモとお金が入った小さなカバンを受け取り、は傘を差し出ていった。
 視界の悪い雨の中で白い傘が朧に滲んでいくのを見送るレイズは、見えなくなった所で玄関を閉めた。
 台所には三人分の昼食が整っている。ウォルトとレイズ、そして最近診療所を手伝いに来ていて今もウォルトについているガイの分。

 昼食を済ませ食器を片づけると、レイズは不意に雨音の響く家の中がガランと広く感じた。13歳の時から住んでいるウォルトの家は、5年前に改築され広くなったとはいえ十分に慣れ親しんでいるのに。渇いた板間を歩き、台所を出て階段を上がっていくレイズは一番手前の扉が開いている部屋を覗いた。綺麗に片付いているのに机の上や本棚だけは雑然としているの部屋。先程まで見ていたんだろうカルテと医学書が広げられたまま、残り香と雨音が室内に佇んでいて、何故かレイズはフと安心できた。

 扉を閉めて再び階段を降りていくと、レイズは閉めたはずの玄関から雨音を聞きつけ「え?」と驚き足を止めた。開いた玄関先に立っていたのが緑色のマントを雨に濡らすリヴァイの姿だったから。

「リヴァイ兵士長……、どうしたんですか」
「あいつ、はいるか」

 リヴァイが自宅を訪ねてくるなどそう滅多とあることではなくレイズは驚いた。
 そうでなくても昨日、リヴァイに対して不穏な感情を出してしまった事を多少なりとも後悔していたから。

「いえ、今外出しました」
「外に出たのか」
「はい。様子、見に来てくださったんですか」
「いないならいい」
「何か伝言でも?」

 言葉短く断り、リヴァイは早々に雨の方へと踵を返す。
 レイズは急ぎ階段を駆け下り、閉まる玄関を止めた。

「リヴァイ兵士長……少し話してもいいですか」
「なんだ」
「あの、前に……に言ったそうですね。ずっと顔を隠して生きていくつもりかと」
「ああ」
「それは……どういうつもりで?」
「そのままだ」

 背の高いレイズに比べ、玄関先の階段を下りかけているリヴァイはさらに低い位置にいる。その低く端的な声も強く打ちつける雨にかき消されそうな程。濁った景色の向こう、読み取り難い表情。言葉。

「……今回のことがあっても、その言葉は変わりませんか?」

 読み取ることも感じる取ることも出来ない。
 感じ取ろうとする、配慮も持てなかったかもしれない。

「変わらないが」
「……」

 分かりにくい人だと。立場上、性格上、想いを内側に秘めてしまう人だと。

 ……本当に?

「僕は、にそんなことは言えません」
「……」
「僕は……兵士になりたくなくて医者になった人間です。命を懸ける覚悟も無い……戦いから逃げた人間です。戦う力を持つあなた方を尊敬しているし、羨ましくもあります。あなたの言い分が分からないわけじゃない。否定もしない」

 頬の皮膚がピクピクと痙攣する。ドアを支える手に不意に力がこもる。
 昂っている心の内が、憤りなのか何なのか。

「でも、もうあんなことは二度と御免です」

 だけど確実に、淀んでいた言葉がだんだんまっすぐ強く、激情に乗って飛んでいく。

が、家族の前で以外食事をしないのを知っていますか。最初は僕達とでさえ嫌がった。そういう風に躾けられたからです。は、髪を切ってしまいましたよ。自分で……」
「……」
「あなたは、の人生に深く関わっている。には……あなたの影響はとても大きいんです。あの子を救いだしてくれたことには本当に感謝してます。でも、あの子のことを真剣に想いやれないなら無責任にあの子を揺さぶるようなことはやめてください」

 幼いがこの家にやってきた時から、ずっと傍で見てきたのは自分だった。
 毎夜怯える小さいを、不意に泣きだすを慰めずっと抱き締めてきたのは自分だった。
 笑顔が増えていくのが嬉しかった。成長していくのが嬉しかった。家族になれたことが嬉しかった。

 好きにさせてやれだなんて。
 そんなこと、この7年間を共にしてきたわけじゃない人に言われたくない。

「……俺もお前の言い分を否定しない。俺とお前、そう違うとも思わんしな」
「え……?」

 ポツポツ石畳を叩いていた雨は、いつの間にかザーザーと。
 曇って淀んで、道も建物も朧になる。人の姿も声も、感情も。

「あいつは医者だろう。だったらあいつは人の中にいるしかない。どう生きようと、どこで生きようと、人の中にいるんだろう」
「……」
「ウォルトが前に言っていたな。医術はいくらでも教えられるが、医者になれるかは別の話だと。あいつは調査兵団に協力するが、兵団の信条には共感出来ていない。あいつは兵士じゃなく医者だからな。お前もそうだろう」
「僕も……?」
「お前達は似ている。……いや、あいつがお前に似たのか」
「……」

 コツン、ブーツが再び石畳を叩く。マントの後ろ姿が雨の中を歩いていく。

「リヴァイさん!」

 立ち尽くすレイズはその後ろ姿を再び呼び止め、リヴァイの向かう方とは反対の方向を指差した。

はきっと、森にいます」
「森?」

 家が立ち並ぶ道の先、視界を遮る霧の奥に僅かに見えている緑。
 レイズは一度家の中へ戻り、再び出てくると傘を差してリヴァイの前へ歩み寄り、一本の傘とタオルをふたつ差し出した。

「行ってやってください……」

 どこか不安げな、自信なさげな。でも柔らかい、穏やかな。普段通りの彼。
 リヴァイはタオルだけを取りマントの中に入れると、レイズが指差した方へと歩いていった。
 降りつける雨音の中にブーツの音がコツコツ混ざり、やがて溶け込んでいった。

 自宅から西へ数百メートル行ったところに昔あった小さな城の庭園が今も人々の憩いの場所として残っていた。草木が茂り花が咲き乱れ、僅かに残っている外壁や階段を蔦が纏い、その奥には小さな森が広がる。晴れた日なら近所の人が散歩をしたりピクニックに来たりしているが、こんな雨の日は誰もいない。

 誰もいないからこそ、は雨の日によくここに来ていた。
 鮮やかな緑といい香りの漂う花々が美麗な庭はとても好きな場所だった。
 雨の雫を受け止める一本の大きな樹の下に転がる白い傘。
 その傘の隣にワンピースの裾とマスクを握り締めてしゃがみこみ、膝に口をつけ深く俯く白い帽子。

「ずぶ濡れじゃねぇか」

 一瞬、聞き間違いかとも思った雨音の中、潤う芝生から顔を上げたは帽子のツバの中から空を見るように顔を上げた。そしてすぐ傍に立っていた緑のマントの中の人を見ると、目を丸くして立ち上がった。

「リヴァイさん、どうして……」
「包帯の巻き方覚えろと言っただろ」
「……何も、わざわざお越しいただかなくても、私が行きましたのに」
「暇だったんでな」

 見つめてくるの帽子の中で黒髪の切っ先が顔のラインに添うように短くなっていることが見てとれた。屋敷から連れ出した時は背中までの長い髪だったのに。リヴァイはマントの雫を払い、懐からタオルをひとつに投げ渡した。樹の下だけ丸く乾いているが、雨脚が強まり受け止めきれなくなった雫が点々と落ちてくる。

「リヴァイさんの方がずぶ濡れですよ」
「傘が嫌いなんでな」
「風邪ひいちゃいますよ。もう夏季じゃないんですから」

 フードを外しリヴァイはタオルで顔を拭く。
 その隣でも同じようにタオルを顔にあて、それが自宅のタオルであることに気付き、はまたフと笑んだ。今度はマスクの無い口唇で。

「なんだ」
「いえ。包帯ですよね、うちに戻りましょう。あ、その前にお買い物して帰らなきゃ」
「買い物?」
「レイズが、私が用も無く家を出ようとするといつも買い物を頼むんです。絶対帰らなきゃいけないでしょう?」
「ああ」
「他に行くところなんてないのに」

 帽子の下で呟いて、は再びリヴァイに笑みを向けると「帰りましょう」と傘を手に取った。
 けれどもリヴァイは歩き出さず、樹の幹に背をつけ雨の向こうを見つめた。

「リヴァイさん?」

 呼んでも返事も無い。リヴァイは何の気もなく雨の向こうを見やったまま。
 は傘を閉じ、リヴァイの隣に立つと同じように幹に背をつけた。

「今日は、お休みですか?」
「ああ」
「休日って、普段何をしてらっしゃるんですか?」
「まず前の休暇がいつだったかも思い出せん」
「大変ですね……。でも、たまにしか休みがないと」
「何をすればいいかまるで分からん」
「そうなんです、ほんと」

 クスクス、が笑うとザーザーと降りつけていた雨がだんだん弱まった。
 あちらこちらで残り雨がポツポツ、コンコン、音を鳴らし始める。
 波打つ雲の、壁のほど近くで光が滲みだしていた。

「明日は晴れそうですね」
「訓練の日は晴れてねぇと困る」

 やがて雨が弱まって。やがて星が覗いて、光が射しこんで。
 きっと明日は晴れやかになる。



「ええ、帰っちゃうんですか? お夕飯召しあがっていってくださいよ」
「メシは宿舎にある」
「いいじゃないですか。私まだお礼も出来ていませんし。ね、お願いします」
「俺に団欒をしろと?」

 帰り途中、夕飯の食材を求め多くの住民達が集まる商店に寄り、はメモを片手に野菜や魚の店を覗いた。街中に入れば当然マスクをつけただけど、その中の笑みはたやすく想像出来る程だった。
 どの店の店主とも親しく話すは当然、この街に馴染んでいた。外の世界を知り、多くの人と触れ合い築いてきたものがを温かく包んでいた。どの店に行っても何かひとつはサービスされてしまう。愛され親しまれている姿は何の心配も感じなかった。

「まぁ、あのリヴァイ兵士長様!? まぁ! まあ!」
「おば様、失礼よ……」
「どうぞおあがりになって、お茶入れますわね」

 一人でも荷物が増えてしまうのに、その日はリヴァイが一緒だった為にさらにどの商店も沸き立ち抱えきれない程の荷物となった。荷物を届ける為に自宅に赴くといつも夕飯を作りに来るウォルトの妹のエミリアと鉢合わせ、リヴァイは歓迎されお茶を出されさらに帰り時を失ってしまう羽目となる。

「もうこの子ったらね、憲兵の方が良くしてくれてもまったく気が無いんだから。まだ子どもなんですのよ」
「ちょっと、何を言い出すのおば様」
「心配してたのよ! でもそうよねぇ、調査兵団の兵士長様じゃ敵う人なんてどこにもいないわ。安心したわ、本当にあなたときたら医学書ばかりとにらめっこして、頭もお尻も硬い女になったらどうしようかと思ってたのよ」

 夕食作りを手伝うはお尻をパシンと叩かれキャア! と悲鳴を上げる。
 明るく、笑い声が大きく、勢いが強く勝手に話が進んでいく。ウォルトとそっくりだとリヴァイはカップに口をつけながら思った。中央に立派な薔薇の花が飾られているテーブルに食事を並べていくは終始恥ずかし気にスミマセンと謝っていたけど。

「おばさん、声が外まで響いてるよ」
「おかえりレイズ、いいのよ幸せだから。ご近所にも分けてあげたいくらいだわ」

 診療所から戻ってきたレイズは、テーブルの向こうのリヴァイと目を合わせると小さく笑んで会釈した。

「お願いレイズ、どうにかして」
「無理だ無理、今夜が過ぎるのを待とう」

 レイズの懐を掴み、エミリアから見えない位置では小声で訴えるも、この叔母の口を閉ざすことなど出来ないと家族の誰もが知っている。諦めろと泣き顔のを撫ぜながら食卓に着いた。
 その後ガイがやってくるとリヴァイにおののき、続いてウォルトが来ると食事が始まりさらに明るく陽は落ちていった。食事中、ずっとリヴァイに料理を取り分けていたは自分が口をつけることはほぼなかったけど、楽しそうだった。

「あ、雨止んでますよ、良かった。リヴァイさん、馬ですか?」
「いや、馬車だ」
「まだありますかしら」
「兵団の馬車だ。いつでも出る」

 食事を終えた頃、雨は上がっていたが厚い雲が空を覆い光はなかった。
 濡れた石畳を歩き出すリヴァイにはランプを持ってついていく。

「ここでいい、もう帰れ」
「はい。お気をつけて」

 しばらく歩いたところで石畳の階段に差しかかり、その手前で足を止めるはランプを差し出した。

「いい、お前が歩けねぇだろ」
「大丈夫ですよ、すぐそこですもの。リヴァイさんの方が危ないです」

 結局受け取らずに階段を上がっていくリヴァイの背を見つめ、はまた一度「お気をつけて」と投げかけた。星も月も無い夜はすぐにその背中を夜闇に飲みこんでしまう。背姿が離れていくと実感する夜の暗さ、風の冷たさ、闇の静けさ。
 見えなくなるまで、足音が無くなるまで。そうずっと見送っていただけど、リヴァイはカツンと足を止め振り向いた。

「次の調査は16日後だ。来いよ」

 さわりと夜風が首元を撫ぜる。髪の切っ先が頬をかすめる。
 指先にぶら下がるランプの光はこんな大きな闇の中では微々たるものだけど、は確かに、込み上げる笑みを噛み締め微笑んだ。

「はい」

 いつも覆い隠される笑みが、月も星も無い夜暗な世界で光を抱くようだった。
 その笑みを見下ろして、リヴァイは歩先を階下に向けると歩いた道を戻っていく。
 すぐにランプの光の中に入り、変わらず見上げているがはっきりと見える所まで来ると手を伸ばし、短くなった髪先ごと左の耳に触れるとそこに、口唇を寄せた。

「……」

 夜風がそよぐくらいの、闇の中の小さな火ほどの、ささやかなものだったけど。
 闇色を吸い込む黒い瞳を大きくするは確かに、その柔らかさを感じた。

「……悪いな」

 ポカンと見上げるから手を離し、一言つぶやきリヴァイは再び離れていく。
 しばらく歩いたところで「ああ」と再び足を止め、いまだ目を丸くしたまま立ち尽くすを見下げ「髪、もう切るなよ」と夜闇の奥へ、リヴァイの靴音はやがて消えていった。
 風がそよそよランプの灯を揺らす。髪先を躍らせ、左の耳をこそばゆく撫ぜる。

「……え……?」

 はまだ動けない。何が起こったかすら認識出来ない。
 黒い雨雲より上空で、遥か昔から世界を見下げている星屑達が、流れる時を今か今かと待っている。
 

未知らぬ夜に

やがて降り落ちる