寒さも極まる年の瀬が過ぎ去り、新しい年を迎えた一年の始め。
 毎年この日は王都中央に位置する王の城に三兵団の上官クラスが一堂に収集され年始式が行われる。憲兵団、駐屯兵団、調査兵団。各兵団の功績が称えられ、中でも最も優秀であった兵士は王から表彰され栄誉の盾を授与される。憲兵団からは王都統括補佐を一任された支部隊長、マテウス・フォン・ランケ。駐屯兵団からは最南端の砦の街トロスト区の精鋭部隊班長に任命されたイアン・ディートリッヒ。調査兵団からは兵士長という独自の地位を築き過去に類を見ない秀でた戦果を残したリヴァイが表彰された。

 青く晴れた冬空に七色の煙弾が放たれ厳かな式典が終了する。その後は一般の民も交えた宴が催され、華やかで賑やかしい笑い声は日没近くまで続く。一般の民といっても招待されるのは首都に住まう王族・貴族関係者のみ。宴の場は慰労会というより兵士、引いては各兵団が貴族や商会の人間との関係を結ぶための交流の場となっているのが実情。贅肉の付いた商会の人間が集まる中には壁外の情勢を披露するエルヴィン、黄色い声と華やかなドレスが多く集まる中にはマテウスの姿があった。

 そんな宴の中にいながら、酒と葉巻と香り袋の混じった匂いに飽きたリヴァイはひと気の少ない階段下の小さなテーブルに酒瓶を置き傍観していた。時の人であるはずのリヴァイだけど、影に隠れてしまえば近づいてくる人間は少ない。影に溶け込むのは得意であったし、人を遠ざける空気を醸し出すのも常であったから。

「優秀兵賞おめでとうございます。リヴァイ兵士長」

 テーブルの酒瓶が取り上げられたと思いきや、代わりに低い男の声が注がれた。
 眠気すら感じていたリヴァイがその声の方に目線を向けると、酒瓶のラベルを眺めるその男に目を覚まされる。

「安酒がお好みとは。ワインでもお贈りしますよ、祝いに」
「……何故ここにいる」
「兵士に限らず我々商会の人間にとってもこの年始式は重要なんですよ。まぁ私が必要としてるのは式典などではなくこの宴でのコネクションだがね。王政や兵士相手の商売は金になる」

 酒瓶を傾けリヴァイのグラスに酒を注ぐ男は、が生まれ育った屋敷、バッツドルフの主人。ブラウンのスーツに身を包み丸い色みがかった眼鏡の奥に見える深い二重の目。主人は以前相対した時と変わらぬ風貌、雰囲気のまま、リヴァイの前に平然と現れた。

「あの子はその後どうですかな。伝染病は鎮静されたようだが」
「知ってどうする」
「親心ですよ。娘が病気に犯されて心配しない親などいないでしょう」
「要らん世話だ。親など無くとも子は育つ」

 リヴァイの放つ言葉に主人はフと鼻に息を通して笑った。

「では、あの子の心地はいかがかな」
「心地?」
「人の性質は経験で変わるが、素質は幼少期の環境と教育による。あの子には申し分のない環境を与えた。誰の生活にも添えるよう。誰の人生にも添えるよう。さぞかし、心地の良い娘に仕上がっていることでしょう」

 まるで集めたコレクションを披露するかのような。自信作を自慢するような。
 主人は口端を引き上げながら喉でクツクツと笑い声を漏らし、それはリヴァイの鼻を突いた。

「何が言いたい」
「もちろん、感謝ですよ。もしもあの子が地下街のゴミ共に拾われ無価値な人間に落ちぶれていたら悔やんでも悔やみきれないが、どうやらあの子を浚った連中はゴミの割に頭の回る、身の程を良く理解した人間だったようだ」
「……」
「東洋人を欲しがる連中は幾らもいる。どこかの商会の者か貴族が手を回したのかとも疑ったが、まさか郊外の医者に預けられていたとは。良心的な窃盗団がいたものだよ。医者……それもまた結構だ。あの子は人に尽くすように作った。そういう資質を作り上げたんだよ。そしてあの子は今も忠実にその道を歩んでいる。私にとっては成功だ」

 止まらない主人の語り口に虫唾が走りながらも、リヴァイはその意味を理解出来ないわけではなかった。
 今や調査兵団にとって無くてはならない存在になりつつある。我が身すら犠牲にする尽力と誰の怪我にも病にも添い遂げる献身。なのに蓋をして閉じ込めてしまう自意識。多くを求めない、誰の意も害さない無為。
 それは愛のようでも優しさのようでも、怯えのようでもあった。
 削ぎ落とされた自我。

「お前はもうあいつを諦めたんだろう。なら成功もクソもねぇだろ」
「不幸中の幸いとでも言おうか、私の夢にはまだ続きがあったんでね」
「続き?」
「貴方もまた価値のある兵士だ。何でも数百人分の戦力があるとか。兵士長としての地位、実績。ウォール・マリア崩壊から壁外への民意も合わさって貴方への評も集まりつつある。例えば通常五万程度の兵装備も、貴方に使われていたというだけでその価値は跳ね上がる。当然、周囲の人間にも影響は出る。友人、家族、恋人……貴方の傍にあるというだけで、貴方に近ければ近いほど付属品の価値も上がっていく。例え栄誉ある死を遂げようと……、否、貴方程の方なれば英霊となった方が跳ね上がる。そしてあの子の守護者もいなくなる」

 主人は懐から取り出した葉巻を口にし、リヴァイにも差し出したが、リヴァイはそれを受け取りはしなかった。

「調査兵は壁外調査の度に約三割が損失されるとか。大変な数字だ。可哀想に……あの子の周りでまた人が死ぬ。応援していますよリヴァイ兵士長。巨人討伐、領土奪還。人類繁栄の為」
「……」

 リヴァイの隣で葉巻の甘い香りが広がる。煙をくゆらせる主人は、灰皿に葉巻を押しつけ火を消すと煙を払い前に出た。人がごった返している宴の中から腹にたんまりと贅肉をつけた貴族の男が近づいてきて主人はその男と握手を交わした。

「バッツドルフ、景気はどうだ」
「お陰様で、上々です」
「だろうな。ところで、あの話は本当か?」
「と言いますと?」
「花の噂だ。手に入ったんだろう?」
「ああ、その件なら私も耳にしましたが……ただの噂ですよ。そのような事実はまだありません」
「なんだ、期待しておったのに。早く手に入らんのか、もう何年も待ってるんだぞ」
「申し訳ない。種が入り次第ご連絡を」
「必ずだぞ。私に一番に連絡しろ。他の者には一切流さずにな」

 もちろん、と言い返す主人に気を良くして男は去っていく。
 有象無象が笑い酒を飲み交わす光景は、煙をフロア中に蔓延させたかのような気色の悪さを感じる。

「……肥えた豚ほど鼻が利く」

 目の前に広がる情景を見つめる主人が呟いた言葉をリヴァイは聞き逃さなかった。

「リヴァイ兵士長、これだけはお約束を」
「……」
「もしあの子が自らの意思で貴方の元を離れる時は、大人しくあの子を手放すことだ。……もちろん、引き取り手を探したい時はご一報を」

 主人は眼鏡の奥から視線をリヴァイに下ろすとまたフと息を通し、背を向け歩き出す。
 だけどリヴァイは「待て」とその背を呼び止めた。

「あいつの乳母とやらは生きているのか」
「……」

 騒がしい宴の雑踏を前に、主人は足を止める。
 再び振り向いた主人の表情は眼鏡の奥に隠れ掴めなかった。

「あの子が会いたがっているのか?」
「どうなんだ」
「……あの子の乳母というのは出来た人間でね、若い身で多くの捨て子を引き取り育てていた。貧困した暮らしだったが、飢えた子どもを見るととても見過ごすことの出来ないお人好しでね、朝から晩まで身を粉にして働き子ども達を育てた。誰もが彼女を慕った。彼女に育てられた人間は皆豊かだった。だから私は彼女にあの子を育てさせた。あの子にとってハンナは母そのものだ。さぞ会いたがっているだろう」
「……」

 切っても切れない。父母という概念も人の温度すら感じ取れることの無かった大きな屋敷の中で、それは唯一抱き締めてくれた人。唯一手に取れたぬくもり。……を屋敷に捕えた時も、ハンナの名前にだけは強がる意思を崩し弱い反応を見せたことを主人は覚えていた。再び手に入れる手段があるとすれば、そこだと。

「ハンナ……、それはハンナ・アイマーのことか?」
「……」

 いつでも相手の心情を探るような、揺さぶるような笑みを含んでいた主人が、初めてその形を崩しリヴァイを見た。

「何故その名を」
「ある所では有名な名だ」
「……地下街の聖母、か?」

 フロアに溢れる笑い声や音楽、ワインの栓が抜ける音が一枚隔てた別の世界の音のように遠ざかった。それほど二人の間に流れる空気が瞬く間に圧縮されたように、どんなに小さな会話でも互いには届いた。
 捨て子、貧困、飢え。そんな言葉はこの最も内側の壁内では早々聞く言葉ではない。……地中深くで無い限り。

「貴方のことを調べたよ。入団前の経歴が一切白紙だった。それどころか親類も出身地も不明。だが私はその名に覚えがあってね。リヴァイ……地下街でその名を知らない者はいない」
「お前も地下の人間か」
「貴方が名を馳せる頃には地上に出ていたがね」

 主人はポケットに手を入れ、煙草を取り出した。
 先程の葉巻のような高貴な香りは漂わない。焦げた煙だけが纏わりつく安い味。
 こんなものしかなかった。高級な酒や葉巻など盗むかたまに市場に流れてくるくらいで、こんな安い煙草が暗くて湿気臭い地下街での僅かな嗜みだった。……だけど何故だか今も手放せない。この味こそが体に染みついていた。

「力がすべてのあの穴倉で、私は力は無かったが目利きに長けていてね。金の匂いにも敏感だった。この目があれば地上でものし上がれると確信したよ」
「王族でも貴族でもない、地下育ちの人間が内地に住むことすらあり得ねぇのに、商会のトップとはな」
「ふ……。だが出てみれば地上は地下の奥底と同じ位に腐っていた。君も感じただろう? 稀少なものなら人間だって売り買いする。地下には東洋人などゴロゴロいたからね、自分にしか掘れない金脈を得た気分だった。ハンナが育てていた子どもの中に東洋人がいたことを思い出し、私は彼女共々地上に引き上げた。悪い話ではないだろう。地下よりずっといい暮らしをさせられた。ハンナが育てていた子ども全員だ。当然……東洋人を売るためだと知ればハンナはそれを良しとしなかったがね」

 人を売り買いするなど非人道的。人を作為的に生み出すなど神への冒涜。
 だがそんなことは百も承知でやっていた。善悪が分からずに悪行を繰り返す稚拙さもなかった。

「ハンナは私を諌め続けた。私は聞く耳を持たなかったがね。東洋人の娘に子を産ませ、そうして生まれたのがあの子だ。そしてハンナにあの子を育てさせた」
「お前は何故そんなにハンナ・アイマーにこだわった」
「質の高い人間にしか質の高い人間は育てられない。それが私の持論でね。まぁ生憎……彼女に育てられた人間が決まって豊かになるわけではなかったが」

 煙を吐きながら主人はクと喉を詰めるように笑う。
 まるで自嘲しているかのような笑み。

「商品は金と引き換えればその所有権は購入者にある。当然、私だろうともう二度とあの子に関与することは出来ない。あの子は物ではない、人だ。時間と共に形も性質も変わっていくだろう。だが所有者がどんな人間だろうと添い遂げなければいけない。でなければまた売りに出されるのが落ちだ」
「……」
「こんな商売をしていれば人を見る目もついてくる。地上、地下、あらゆる人間を見てきたからね。買い手は厳選する。先程のような豚とは取引しない。素養も知性も美貌も、商品には必要不可欠なんだよ。そしてそれ以上に備えておかなければいけないのが、人としての徳だ。人として必要とされなければならない。ただ美しいだけの人形ではいけない」
「質の高い人間にしか質の高い人間は育てられない、か」
「……」

 主人は懐に手を差し込むと、白い封書を取り出した。
 長い年月を経たような皺や破れが目立つ。
 その表面に描かれた、少女の名前。

「あの子の名前はハンナがつけた。ハンナは、あの子が生まれた時からこうなることを予期していた。否、願っていた。最期まで私に訴え続けた。その命を賭してでも。あの子を是が非でも救いたかったのだろう。そういう人間だった」
「……救いたかったのは、あいつか?」
「……」

 暗い穴倉から見上げた空。太陽は眩しすぎて目に痛いから、夜空を見上げた。
 遠くに光の粒があった。手を伸ばしてもまさか届きやしないのに、欲しくて手を伸ばしていた。
 届かないから美しいのよと、かの人は言った。
 降り注ぐ微笑みは同じ位に美しかった。清らかで、柔らかくて、あたたかかった。

「貴方にこれを」

 主人は振り向き、白い封書をリヴァイに差し出す。
 表面に名の書かれたそれをリヴァイは今度は受け取った。

「東洋の言葉で、飛ぶ鳥という意味らしい。あの子に送ろうと思っていたが……貴方に託そう。私には無価値なものだが、あの子にとっては違う」
「……」
「どうともならない。私はこういう人間だ。性根から、そして望んでこうなった。今さら恥も贖罪も無い。貴方があの子を手放すならいつでも引き取りますよ、調査兵団の10年分の資金にも値する高値でね」

 吸い尽くした煙草を灰皿に落とし、カツンと靴音を立て主人はフロアを歩き出す。
 いまだ騒々しい宴の渦中ではなく冷気の漂う出口の方へ。

「そうだ。貴方にもひとつ贈り物を」

 だけどもまた一度足を止めた主人はリヴァイに振り返る。

「これも私には無価値な情報だが……今日はあの子の誕生日だ」
「……」

 言い残し、口端に笑みを残しながら主人はフロアを出ていった。
 リヴァイの手元に残った古い封書。生まれた子どもに最初に贈られる祝福。
 表面に書かれた名前。


 私の命を持ってしても、貴方を救うことは出来ないでしょう。
 逃げなさい。どこかうんと遠くへ。
 この小さな世界から出て、たくさんの人に出会いなさい。そしてそのすべての人に笑いかけなさい。
 この狭い壁の中に、貴方の安住の地は遠いかもしれない。
 それでも必ず、出会える日が来ると信じなさい。
 貴方を愛し、助けてくれる人がいれば、貴方の世界はあの空のようにどこまでも広がっていくから。

 信じなさい。愛しなさい。生き続けなさい。
 貴方にはその力があると信じています。
 喜びも悲しみも、生きてこそ。貴方の背中には自由への翼がある。
 どうか幸せになって。生きて。生きて。生きて。


 弱い太陽が壁の向こうへと落ちていこうとする。
 冷たい風を頬に受けながら、リヴァイは疾走する馬の上で手綱を引いた。
 蹄を地面に叩きつけながら止まった馬から降りるリヴァイは馬舎に馬を置き石畳を歩いていく。
 日が暮れ始めた街には家家に灯った明かりが漏れている。目的だった家の軒先にもランプが灯っていたが、それより手前の診療所により多くの明かりが灯っていた。

「リヴァイさん、どうされたんですか?」
「年始式の帰りだ」
「あ、そうか。早々に大変ですね」
「お前こそな」

 病院はおろかどの商店も閉まっている中でここだけが明かりがついている。
 先生が酔いつぶれちゃって、とマスクの下で笑うの足元を子どもがバタバタと駆け出ていった。
 頭に包帯を巻いても反省など知らない子どもを追いかける両親に「お大事に」と見送った。

「何かご用でした?」
「終わってからでいい」

 リヴァイが待合椅子に腰を下ろすと、は暖炉の上のポットからお茶を注ぎ差し出し治療室へと戻っていった。病気や怪我に年始休みなど無い。縋られ、信頼され、体に触れ笑いかけ声をかけ病や怪我を診る。

 リヴァイの脳裏に主人の言葉が蘇る。
 あの子は人に尽くすように作った。あの子は今も忠実にその道を歩んでいる。
 頬笑みかけ、人に添い、弱みを救い、苦しみを取り除く。この姿すら、呪縛なのか。
 託された手紙は懐に入れたまま取り出せないでいた。
 母と慕った人間に授けられた名前。師と慕う人間に与えられた新しい名前。
 真実。虚実。本物。偽物。過去。現在。呪縛。解放。

「ごめんなさいリヴァイさん、冷えませんでした?」
「いいや」

 最後の患者が診療所を出ていくとは再びリヴァイのカップにお茶を入れ、自分のカップにも注いでマスクを外し隣に座った。紅茶の香りに混ざって消毒液の匂い、の空気が漂ってくる。

「年始式って何をするんですか?」
「堅苦しい王政の言葉と世辞の掛け合いだ。欲しけりゃやる」
「え? ……え、優秀兵賞って、駄目ですよ、大事なものじゃないですか」
「売ればいくらかになるぞ」
「何言ってるんですか、駄目ですよ。立派ですよ、お部屋に飾ったらどうです?」
「要らん」
「じゃあ診療所に」
「やめろ」

 盾を眺めながらは嬉しそうにふふと笑う。
 今では自然に零れ出るその笑みが、この手紙でどう変わってしまうのか。
 この手紙が及ぼす影響を思案しきれず、リヴァイは手紙の行方を決められずにいた。
 主人に再び会ったことすらまだには恐怖を思い出させることになりかねない。
 そしてこの手紙により余儀なくされるだろう。乳母がもうこの世界のどこにもいないこと。

 またあの子の周りで人が死ぬ―。

「リヴァイさん?」

 湯気の立つカップを見つめ下ろすリヴァイをが隣から覗き込む。
 その黒い瞳をリヴァイは見返す。
 渡すべきか。告げるべきか。

「お前……寂しいか?」

 キョトンとの瞳が丸くなる。
 リヴァイ自身、口を突いた途端に何を言ってるんだ……と自責した。
 手紙の行方から、何をどうしたら寂しいかになるのか。

「……寂しかったら、傍にいてくださるんですか?」

 色とりどりのランプが灯る絵本の中のような待合室で、暖炉の火音と同じ位ささやかにが問いかける。

「いいだろう」

 も冗談半分のつもりだった。
 けれども返ってきたリヴァイの言葉があまりにまっすぐ確かだったから、思わず笑みも忘れてしまう。
 だけどやがて、驚きと嬉しさが込み上げて。

「どうしよう、迷っちゃう」

 ふふと笑みがこぼれた。
 もう二人でいればマスクに隠れることも無い頬を染めた表情が、リヴァイの中に渦巻いていた思索をサッと吹き流してしまって、リヴァイはふと息を抜いての頬に手を伸ばした。

 ツンと冷える指先が熱を持つ頬をそっと滑る。
 引き寄せ、近づいてくるリヴァイにはほんの少し淀むけど、雨の雫が落ちるように、川の水が流れるように、季節が春へと流れるように、口唇を待ち、ぶつかる前に静かに瞳を閉ざすことが出来た。

 真っ暗な瞼の裏側に光の粒が弾け飛ぶ。
 今はまだ……ただその光を見つめさせていたい。
 

未知らぬ夜に

秘めていたい