ようやく光が滲みだした冬の朝。白く曇った窓をキュと撫でて外を見ると、前の道の石畳がうっすらと白く雪化粧を纏っていた。一年で最後の日を迎え、最も冷え込んだ早朝。まだ誰も起きてこない食卓は静かで、レイズは寒気に震えながら暖炉に火をつけた。
 広間のテーブルにはティーセットが置いたままになっている。お茶が残ったカップがふたつと未使用のものがひとつ。使った食器類はすぐに片付けるのが習わしとなっているこの家で、食器を残したままに就寝することは滅多とないことだった。昨夜は、ようやく再会したにも関わらず二人の時間を持てないでいたとリヴァイに気遣い先に自室に入ったレイズには、当然その後の二人の様子など知る由もない。

 広間から廊下に出て再び自室に入ろうとして、レイズはその途中で差しかかった二階への階段を見上げた。の部屋はこの階段を上がってすぐひとつ目にある。留守にしている間も定期的にレイズが掃除をしていたからが帰ってきてもすぐに使えた。そしておとついからここに滞在しているリヴァイには、そのの部屋より先のゲストルームを提供していた。休暇中だろうと体を鍛えることを欠かさないリヴァイは昨日も早朝からどこかへ行っていたが、今は、まだ寝ているんだろうか。もリヴァイも起きてきておかしくない時間だが……物音ひとつしない二階に余計な思案が覗いた。

「ダメーッ!」

 考えるのはよそうと自室に向かおうとした矢先、二階から悲鳴にも似た叫び声が冬の冷気を切り裂いて届きレイズは驚き振り返った。つい今までシンと静かだった家の中にバタバタとした足音と何やら騒ぐ声が飛び交って、レイズは階段を上がろうとしたが足を止め、関わるべきか放っておくべきかと思いあぐねた。

「何言ってやがる、俺に宛てたものだろう」
「そうですけど、でも、違うんです!」
「こんなに溜めやがって、読む方の身にもなりやがれ。夜が明けちまったじゃねぇか」
「ぜんぶ見たんですか? ヤダぁ!」

 階下でハラハラと上の様子を窺っていると、扉が開く音がして二人の声がより鮮明に届いた。すぐにリヴァイが階上から姿を見せ、それを追って上着に袖を通しながらも階段を下りてきた。

「朝からなに大きな声出してるんだ」
「だってリヴァイさんが」
「俺宛ての手紙を俺が読んで何が悪い」
「リヴァイさん宛てだけどリヴァイさんのじゃないんです!」
「あー眠てぇ、紅茶淹れろ」
「もう!」

 昨日は久方振りの再会だったせいか、同じ空間にいながらもどこか距離があるようだったけど、広間へと入っていく二人は突然これまでの時間も距離も飛び越えてしまったようだった。

、着替えてないのか?」
「昨日いつの間にか寝ちゃってて。着替えてくるわ。レイズは実家に帰るのよね」
「ああ、準備出来たら出るよ。お前も出かけるんだろ」
「先生は?」
「きっと今日は起きてこないよ。おばさんに頼んでおこう」

 リヴァイにお茶を淹れるとは再び自室へと上がっていった。昨日までは見慣れなかった食卓に座ってお茶を飲んでいるリヴァイの後ろ姿が、白けた光の中で食卓にも朝の風景にも自然と馴染んで見えた。のいない間はどうにも静かに感じた家の中なのに、今も冷気は隅々まではびこっているのに、一足先に春が来たみたく明るく穏やかに見えた。


 石畳の道が続く王都は、一年の最後の日に中央広場にある慰霊碑を訪れる人達が多く行き交っていた。広場の入口に馬車をつけ、コツリとブーツを鳴らし降りるリヴァイは白い息を生みながら厚手のコートの前を閉める。それに続いて馬車を下りるはドレスの裾の中からブーツの足を踏み台に下ろし、手を差し出してくれたリヴァイに笑み返し手を重ねた。

 両脇に広がる芝生には霜が降り、凍った一本の道はまっすぐ正面の大きな慰霊碑へと続く。花を手向ける人、鎮魂を祈る人、何人もが刻まれた多くの名前の前に跪き涙したり称賛を捧げたりして帰っていく。街を離れていた間もは王都に寄った際はここを訪れ、その度に増えている名前、知っている名前に悼み悲しみ、……願う名が記されてはいないことに安堵してしまってもいた。

 その度に決意を新たにした。
 知識を蓄え、技術を手にし、一つでもここに刻まれる名前を失くす。
 その為に戻ってきた。

「俺はここが嫌いでな」

 碑石の前に花を置きが両手を合わせていると、隣に立ったままのリヴァイが小さく呟きは見上げた。

「ここには何もねぇ。壁外で死んでいったヤツらが、こんなところにいるわけもねぇだろ」
「でも、リヴァイさんはよくここにいらっしゃるじゃないですか」
「俺はテメェの決意の為だ。死者への弔いじゃない」

 また壁外へ行くこと。戦いを止めないこと。ただ一体を倒すこと。
 それがこれまでに壁外へ置いていった数多の命達への弔いだ。
 そうしてまた増え続ける。空っぽの体。飛散していく熱情。英霊として残る名。

「俺は……いまだに分からねぇ。目の前で死んでいこうとしているヤツに、何をしてやればいいのか」

 冷えた風が強く吹くと手向けられた花達がカサカサと揺れ、ひとひらが宙を舞う。
 まるで消えゆく魂のように軽い花弁一枚。
 恐ろしい巨人を倒してやることは出来ても、恐ろしい死から逃してやる術はない。
 守れない。無力さに蝕まれる。この世界は、いつまで経っても。

「死の間際というものは、まるで人が変わるようです。元気な時にどれだけ死に目を考えてもそれは理想でしかない。その瞬間は決意も誇りも体裁も流れ落ちて、根源にある欲がひとつだけ残る」
「まるで死に目に遭ったような言い方じゃねぇか」

 膝を着いていたは帽子の下でふと笑み落とし、立ち上がってついた砂埃を払った。

「私は、聞いてあげることが一番だと思います」
「聞いてやる?」
「最期に残す言葉は、その方と、その方が生きた人生そのものです。それを聞いてあげること。リヴァイさんなら尚更です。自分がこの世界からいなくなっても、リヴァイさんがいる。リヴァイさんになら、果たせなかったものを託せる。それは、調査兵の方達には何よりもの救いになる」
「たった一人でもクソ重てぇんだ。何百人もの遺志を引き受けることなど出来ん」
「それでも、リヴァイさんはまた壁外に行くんでしょう。壁外に行く限り、リヴァイさんは彼らの遺志を背負わざるを得ない。だからリヴァイさんは英雄じゃなきゃいけないんです。誰よりも強くないといけないし、憧れでないといけない。例え遠すぎる未来の話であっても、リヴァイさんが必ず成し遂げると言ってあげること。リヴァイさんが思いを受け取ってあげること。それが彼らの救いになる」
「……」

 不思議だった。これまで何度も死にゆく仲間を看取り無念を聞いて、無残な死に様を何とか否定してやろうとかけてきた言葉が、本当に正しかったのか、本当に届いているのかも分からなかったのに。

「妙なものだ。お前が言うと、あれでよかったのだと思える」

 碑石に並ぶ、見送ってきた者達の名前を一人ずつ、しっかり見つめ再び刻み込む。

「重いな」
「じゃあ、私がひとつお持ちします」

 リヴァイさんのお心は、私が。
 帽子とストールの中で埋もれる、誰にも見えない頬笑みがリヴァイの前でだけ咲いた。
 ふとした時にやはり感じ取る。空白だった月日はしかし確実に、時を動かしていたのだと。
 寒さで赤くなるの鼻先をぎゅむとつまみ、リヴァイは慰霊碑に背を向け歩いていった。
 痛かった鼻を撫ぜながらはリヴァイの背を追いかける。
 スタスタと歩いていくリヴァイはけれどもその足を緩め、振り向きを待った。
 追い付いたの右手を腕に絡み取りポケットに手を入れ歩いていった。

「先生起きてるかしら。レイズもいないからまた飲んでそう」
「医者の癖して不養生だな」
「この時期は毎年そうなんです。止めても聞かないんですもの。そうだ、お夕飯どうしましょう。リヴァイさんは何がお好きなんですか?」
「俺はもう兵舎に戻らなきゃならん。明日は朝から年始式だからな」
「あ……そうか、そうですね」

 馬車に乗り、車輪は乾いた石畳をガタガタと街外れへと向かっていく。
 外ほどでなくとも冷え込む車内は息も白くなるほどだが、リヴァイの隣では頬に赤味を差して楽しそうだった。けれどもふと蝋燭の火を吹き消すようにの瞳から輝きが消える。が目に見えてしゅんと落ち込んでしまうと馬車内はガタガタ揺れる振動音しかなくなって、溶け合っていた二人の間の空気まで冷気に煽られるようだった。

「来るか? 一緒に」
「え……?」

 俯いていたは目線を上げ、同様に振り向くリヴァイと目線を交えた。
 まっすぐ合わさる視線がじわじわ、心の奥から動悸を引き寄せてくる。
 その意味を、思案しては上手く言葉を出せなくなってしまう。けれどもこのまま離れてしまいたくもなくて、ひとつ頷き返した。それを見届けてリヴァイは立ち上がると正面の小窓を開けて御者に行き先の変更を伝えた。つい今までは少しでも一緒に、傍にいたくて仕方なかったのに、突然隣にいることすら緊張して、この小さな箱の中が恥ずかしくなって、漏れ出てくる心音に息苦しさすら感じた。

 そんなに、リヴァイは手を伸ばし肩を引き寄せた。
 心より先に体が寄り添い、心音に温度が混ざった。

 馬車は当初の目的だった郊外の街を通り過ぎ、ウォール・ローゼの壁をくぐる。
 走り続けた馬車がやがて止まると、そこは久しぶりに見る調査兵団の門前だった。
 そこから門へは入らずにリヴァイはを連れて裏手へと回っていく。
 兵舎は本部の奥にあるが、まだどこにもそう多くの兵士は見られなかった。

「あの……いいんでしょうか、私が入っても……」
「よくはねぇだろうな。女を連れ込んだとなりゃ処分ものだ」

 リヴァイの言葉におののき後ろでは足を止めるが、リヴァイはの肩からストールを取ると帽子の上からかぶせ、手を引いて兵舎の玄関を開けた。すぐにある守衛室では奥の暖炉の前に腰かけている守衛の老兵が見え、リヴァイはを自分の影に隠して足早に通り過ぎた。けれどもどうしたってしなる床板が守衛を気付かせ、守衛は窓口へ歩み寄ってきた。

「お早いお帰りですな」
「火種をくれ」

 リヴァイはの背を奥へ押し出し、小窓から顔を覗かせる守衛と向かい合う。守衛が暖炉から炭を一つ小さな鉄の器に移し持ってくると、リヴァイは受け取る引き換えに土産だと紙包みを台に置いた。包みの中は乾燥肉で僅かな量ではあるが貴重品だった。何の風の吹き回しかと小窓から顔を覗かせると、階段を上がっていくリヴァイの影にドレスの裾を見て、これは珍しいと思うと共に土産の意味を理解した。

 上官クラスが住まう階層の廊下では誰にもすれ違うことなく、リヴァイは部屋に入ると暖炉に薪をくべ火をつけた。兵舎はもちろん、リヴァイの私生活を初めて見るは帽子とストールを外しながら冷えた室内を見渡す。簡素で片づけられた部屋は資料や書類、体を鍛える道具は雑多にあるのに無駄な物はない。どこか自分の部屋にも似た空気を感じながら、は窓際の机の隅に置かれたある物に気付いた。

「何を見てる」

 暖炉がパチパチと音を立て出し、リヴァイはコートを脱いで壁かけにかけると背を向けているに歩み寄っていった。振り返るの手には掌大のケースがあった。そのどれもが中身は空。が気にしてせっせと持ってきた火傷の薬はもう使いきっていたから。

「綺麗に治って良かったです」

 はごつごつと硬く骨ばったリヴァイの右手を見下ろして触れる。少し前なら黒ずんだ火傷跡が残っていたが、今ではもうよく見なければ分からないほど色も質感も元に戻っていた。
 右手にそっと触れるの冷えた手を絡め取り、リヴァイは一歩距離を詰めの前髪に口唇を寄せる。
 髪越しの額に乾いた口唇のこすれを感じ取り、はドキリと強く心臓を打ちつけた。
 窓を揺らす冷えきった風と、暖炉から滲む熱量の間。
 頬を熱く、口唇を結んだまま顔を上げないの持つ帽子とストールを取り机に置くと、リヴァイはの頬に触れ、耳に添い、髪を撫ぜ、口唇を誘導し口付けた。

 久方振りの重なりは、これまで感じたいつよりも空白だった時間を思わせた。
 置いてきぼりだった時を取り戻すように、忘れかけていた温度を蘇らせるように、求め重ね合った。
 背に回る腕が強く体を抱き寄せると五感すべてがリヴァイを実感する。
 余りの強さに息苦しくもありながら、けれどもこのまま窒息しようとも、離れるという選択肢はどこにもなかった。
 しばらくしてようやく離れ、鼻先で混じり合う荒れた呼吸を噛み締める。
 さっきまでは隣にいるだけで、抱き寄せられただけであんなに心を荒らしたのに、今はドクドクと逸る心音を響かせながらも、深い湖底のような静けさに包まれているようでもあった。心臓はきつく締まり痛む程に苦しいのに、この腕の中がこの世界で最も穏やかで美しい場所に思えた。

 鼻筋に頬に口唇を寄せながら、リヴァイの手がの腰元でコートのベルトを解き脱がせる。
 いまだ温度を上げない室内はブラウスの袖をそわりと刺激するけど、それを寒いと感知するより先に強い腕に抱き上げられ、は小さく悲鳴を零した。普段見下ろすことなどないその眼を胸元にして、今さらようやく頬に燃えるような熱を感じ、そのまま運ばれ奥の寝室の戸口をくぐった。

 小さな窓が一つだけの寝室は一層光度が低く、ベッドへ下ろされギシリとしなった音がやけに大きく聞こえた。傍らに腰掛けるリヴァイはのブーツをひとつずつ引き抜きゴトリと床に揃え置く。人に靴を脱がされることも、それがリヴァイであることにも殊更恥ずかしさは増して息が詰まった。けれどもその手がタイツの足先から膝を辿り、こちらに向くリヴァイが見つめ近づいてくると心臓は最も大きく飛び跳ねて、とても息を止めてなどいられなかった。

「……お前の服はどう脱がせばいいか分かんねぇな」
「えっ……あ、ま、待ってください」

 の服を見下ろすリヴァイがポツリと零す。
 耳の奥まで響く低い音をようやく言葉に受け止めて、は慌てて動揺する指先で襟元のスカーフを中から引っ張り出し胸元のリボンを解こうとするが、その手をリヴァイは掴み止めた。

「いい、俺がやる。もう十分待った」

 リヴァイの眼に言葉に空気に、ツンと鼻先が痛み痺れるほど煽られる。
 細い紐のリボンが解かれていくと冷気に肌が触れ、そわり神経が逆立った。
 時折肌に触れる指先を敏感に感じ、頬にかかる髪すらこそばゆくなって、頬の熱が頭に上りは朦朧と意識を揺るがせた。

「……」

 けれどもふと……リヴァイの指先が動かなくなった。
 肌蹴た襟元に手をかけたまま、リヴァイはそこを静かに見下ろした。
 突然止めてしまったリヴァイにも気付き、不安交じりにリヴァイを覗く。
 リヴァイが解いた喉元には、の細い首にかかる青い泪型の石のペンダントがあった。

「リヴァイさん……?」

 動作を止めたリヴァイに声をかけると、リヴァイは立ち上がり寝室を出ていってしまった。
 突然どうしてしまったのか、案じるは開いた胸元を押さえながらリヴァイの気配を追うしかない。ゴツゴツと床板を踏み締めている足音はさっきまでいた部屋の中を歩き、何やら物音をたててやがて寝室へと戻ってきた。
 ベッドの脇に立ち見下ろしてくるリヴァイを、も不安げに見上げる。
 するとリヴァイは手にしていた白い封書をの目の前に差し出した。
 それが何かはすぐに分からなかった。……けれどもそこに書かれた文字は、黒い瞳から一瞬にして神経を走り抜け脳へと突き刺さった。

「これ……」
「2年前、年始式でバッツドルフの主人に会い、これを預かった」
「……」

 古びた封書の表面に書かれた古い文字。
 遠い昔に置いてきた、昔の名前。

「あの時はまだ、これをどうすべきか判断がつかなかった。だからずっと黙っていた。すまない」

 黒い瞳を丸くして手紙を見つめるはその手を動かそうとはせず、リヴァイは案じながら、それでもの反応をじっと待った。……2年前、バッツドルフにこの手紙を渡された時はすぐには渡せなかった。どういう結果をもたらすかも知れないものを提示するには、家の中、家族の前にしか現れない素顔は、あまりに密やか過ぎたから。
 けど、もうあれから2年が経った。
 時は動き時代が流れ、リヴァイも、も、ただ2年という言葉ではまとめられない時間を過ごしてきた。
 人と出会い、親しみ、守り、守られ、失い、別れ、絶望し、倒れては起き上がり、苦しんでは光を得て、走って、走って、走って……。

「……飛ぶ鳥、という意味なんだそうです……」

 呟き、は手紙に手を伸ばす。
 古びた封書を受け取り、文字を見つめ、触れる。

「たくさんの人に出会いなさい。そしてそのすべての人に笑いかけなさい。信じなさい。愛しなさい。生き続けなさい」

 どうか幸せになって。

 生きて。

 生きて。

 生きて。

「私、ちゃんと出来ていますか……?」
「ああ。十分過ぎる程にな」

 目を上げるは穏やかに微笑んでいた。
 リヴァイの言葉を受けて、さらに確かに笑んだ。

「きっと、ハンナも喜んでいます。リヴァイさんのお傍にいられて」
「……」
「ありがとうございます。私は、貴方がいて幸せです。リヴァイさんがいれば、私は、幸せです……」

 そっと手紙を抱いて、の頬につと涙が流れる。
 この混沌の世界の、何色にも染まらず、透き通って堕ちた。
 幾重にも堕ちる涙は手紙の文字を滲ませて、けれども溢れくる言葉は一端の濁りも無く。
 迷いも無く、穢れも無く、はらはら、はらはら、生まれ続けた。

「……俺は、兵士として生きると決めた」

 陽が陰り傾いていく冬の日は早くに光を奪い、影を増やす。
 冷えた空気を壊さぬリヴァイの声も、眼も、心も、温度などないような。

「己の身も心臓も、死すらも自分のものじゃない。そう長くも生きられねぇだろうとも思っている。絶対に死なんとも約束出来ねぇ」

 冷えたリヴァイの手が熱く熱を持つの頬に触れる。
 ポタリポタリ溢れる潤いを肌に染み込ませ、その温度をも、移すよう。

「だが……生きている限りは俺のすべてをお前にやろう。俺がお前を愛する。お前の母達に代わり、俺がお前を守る。命を賭すことよりも、お前の元へ帰ることを俺の存在の意義にする。だから、お前は俺の傍にいろ」
「リヴァイさん……」
「……いや、」

 温度のある頬から手を離し、リヴァイは硬い床に膝を着く。
 濡れたの左手を取り、細い薬指に口唇を寄せた。

「傍にいてくれ」
「……」

 世界が凍てつくほどに冷えていても、口先から注がれる命は熱かった。
 終わりが付きまとう制約ばかりの大地でも、想いはどこまでも際限なく自由だった。
 またぽつりぽつりと降り落ちる涙に気づいて、リヴァイは目を上げる。
 良くも悪くも涙は枯れ果てないようで、リヴァイは降りしきる涙に手を伸ばし、を手紙ごと、青い石ごと、力の限り抱きしめた。

「私は……何も変わりません。これまでも、今も、この先も、ずっとリヴァイさんをお慕いしています」
「……ああ、そうだったな」

 知っていたはずだ。何枚も何十枚も夜通し聴いた言葉だった。
 生涯、こんなに強く人を抱き締めたことなどない。
 抑制も効かない程、こんなに堪らなく求めたことなどない。
 傍にいないだけで、あんなに喪失を味わったことなどない。
 ……愛したいなど。愛されたいなど。

「好きです、リヴァイさん……」
「……」

 破裂しそうなほど膨らむ心も、言葉にしてしまえばたったそれだけのもの。
 だけどそれは、肌に触れることと同じくらい、極上の快楽だった。
 言葉など、ただの道具にすぎないと思っていたのに。
 薄っぺらいものだと思っていたのに。

「もう一度いってくれ」
「好きです……リヴァイさん、すきです……」
「もう一度、もっといってくれ……」
「リヴァイさん……」

 肌に押し当てて。耳に馴染ませて。瞼の裏に焼きつけて。きつく抱きしめて。
 溢れる涙も言葉も心の底に染み込むまで欲した。
 朝が来ては夜が来て、花が枯れてはまた咲いて、月が満ちてはまた欠けて。
 世界が同じ輪廻を繰り返すように。子守唄のように。繰り返し求めた。

 いつか……明けない夜に閉じ込められる日は必ずやってくる。
 それでも、お前がそれを繰り返すなら、安らかに眠れるだろう。
 飛び立つ時も帰る時も。進撃の時も絶望の時も。
 この身体が動く限りは、お前の元に帰ろう。
 そしてまた、お前は何度でも、何度でも、俺に言ってくれ。
 

未知らぬ夜に

愛していると言ってくれ