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夏の終りにそよぐ風詩

弓月昇る空高々に ふと 逢いたくなるの ホイッスル! 三上亮連載
武蔵森学園高等部で、共学設定です。
シナリオ上、ヒロインの苗字は「三浦」で固定しています。

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番外編

01

あれは、去年の夏の終わり。
人生一生分の幸運を使ってしまったと思った。
いつもの2倍落ち込んでも4倍笑って、8倍泣いても100倍幸せだった。

それから8ヶ月が経った桜の季節。
いま、200倍の不幸が私を襲っている。


「……何の嫌がらせだ」


どすの利いた低い声で呟いた台詞は周りで飛び交う明るい声にかき消されようとしていた。ただ隣にいたユウちゃんにはかすかに聞こえたようで、なに? と聞き返されたが、私にはそれに返答する心の余裕がなく、ユウちゃんは私が見つめる掲示板を同じように見上げ、あー……と全てを察したように呟いた。


「アンタ、運ないねー」
「……言うな」


不憫そうな笑顔で掲示板を見つめているユウちゃんの言葉がぐさりと胸に刺さり、私はさっさとそれから目を離した。
見慣れた中等部から馴染みの子たちは「離れちゃったねー」とか「遊びに行くねー」とか明るい声で校舎へ入っていって、よそから入ってきたんだろう見慣れない子たちはすでに友達グループが出来ている周囲からはぐれてしまった顔で黙って校舎に入っていく。私はそれらのどれにも属さず、世の不幸を一身に背負ったような暗い背中を引きずりながら校舎の中へ入っていった。


「なんで、なんでなの? あたしがこの日にどれだけ期待してたと思ってるの?死ぬほど願ったのに、進学試験よりも何よりも力こめたのに、なんでこの仕打ちなのっ?」
「まぁしょうがないじゃん、力込めたってこればっかりはさぁ」
「ユウちゃん、少しは慰めるとか励ますとかさ……」
「じゃガンバって」
「ヒドッ」


中等部で3年間ずっと一緒だったユウちゃんとも、他の仲良かった子たちとも別のクラスになってしまい、私は中等部からこの武蔵森にいるにも関わらず、まるで高等部から編入してきた子たちと同じように一から友達作りをせねばならない状況に落とされた。まぁ、それはいい。久しぶりに一緒のクラスになった子もいるし、新しい友達を作って楽しく出来る。

……でも、

でも……!!


「……」


ユウちゃんと別れ騒がしい廊下を突き進んでいって、自分が配属されたクラスにつき足を止めた。窓からそっと教室の中を覗いて、自分が座るんだろう席のあたりを見てみると教室の中はもう仲のいい者同士で固まっていたり、よそよそしく友達つくりに励んでいたり、相変わらず騒がしいバカ男子が笑い転げていたり、なんだか騒がしいクラスだと思った。

私が座るべき番号がついた机は、まだ誰の手にも触れられていない整頓さで優等生のようにひっそりとそこにいた。そしてその私の、ひとつ後ろの席もまた、誰の手にも触れられてない優等生っぷりできちんと私の机に前ならえして並んでいる。この騒然としたクラスの中で、なんだかそのふたつだけがお揃いのセットのように見え、私はズカズカと教室に入り椅子を引いてどかっと座り優等生な机を乱してやった。

ああもう、なんだって私はこんなにも運がないんだ。
昔からそうだ。クラスで誰も体育委員をやりたがらなくてくじ引きになった時も外れを引いたのは私だし、遠足で誰も隣に座りたがらなかった男の子の隣に座らされたのも私だし、クラスで飼っていたカエルが死んじゃったときにジャンケンで負けて埋葬したのも私だし!

まぁ、そんなことはどうでもいいが、とにかく私は昔からまるで運に見放された不幸の代名詞的人間なのだ。周囲はあんなにも新しい学校と心地よい春の風にキラキラと色めきたっているのに、私だけがまだ真冬の猛吹雪の中にいるようだ。キャアキャアと窓辺で外を見ている女の子たちの黄色い声が耳に突き刺さってちくちく痛む胃をさらに刺激する。卒業していってしまったサッカー部のセンパイたちがまた見れるようになったのがそんなに嬉しいか。だったら高等部からは解禁されているらしいマネージャーにでも何でもなればいいものを!

なんて、まるでやさぐれてしまった酔っ払いのサラリーマンのように机に両肘ついてブツブツ言っていたら、後ろでガタンと椅子を引いた音がして私はビクリと体を硬直させた。どさっと粗野にカバンを置いて、どかりと椅子に腰掛けて、私はそんな後ろの音を聞き体を硬直させたまま、必死に動揺を悟られまいと平静さを保とうとしていた。


「おーっす三上、入学式の日まで朝練かよ」
「おー」
「はは、期待のエース様はつれぇなー」


今まで教室の後ろで騒いでた男子たちも、窓の外を見てキャアキャア言ってた女の子たちまでもが急にこちらに視線を変えて寄ってきて、私の後ろでは小さな人だかりができてしまった。こんな狭いスペースに何人も押し込んできたら邪魔だというのに、周りはまるで私のほうが邪魔だといわんばかりに後ろの席を囲んで騒ぎ出す。

ああ、苦痛だ。ただでさえ神経が集中して背中がぴりぴりと痛いのに、私の唯一の居場所である席までも飲み込もうとしてくる。いいだろう、そんなに私が邪魔ならこの場所をどうぞ譲ろうじゃないか。私は心の中で皮肉な笑みを浮かべながら静かに席を立ち、もう少しで予鈴が鳴るのも知っていながら教室を出て行った。

かといって、誰もが自分たちの教室へ向かっていく中、逆流する私に行くあてなど在りはしない。廊下で友達を見つけても楽しそうでイマイチ声をかけづらく、かといって今更教室にも戻れない。ゆっくりゆっくり時間を潰しながら行くあてを探すヒトリボッチでカワイソウな子になりながら、私はとにかくまっすぐ廊下を歩いた。


?」


とぼとぼ足元ばかりを見て歩いていた私に声がかけられて、私はその声のほうに目線を上げた。普通の目線よりもうひとつ上にまで目を上げて見たその人は、渋沢君で、そろそろチャイムが鳴ろうとしているこんな時間に階段へ向かう私を不思議に思ったんだろう、律儀に私を呼び止めた。


「おはよう、久しぶり」
「久しぶり、朝練お疲れ」
「ああ。どこ行くんだ? もうチャイム鳴るよ」
「あーちょっと、トイレへ」
「トイレ?」


階段の手前、ついさっきそこでトイレは通り過ぎたばかりで、渋沢君はトイレを指差して不思議そうな顔をした。しまった。無計画な返答は己の首を絞めかねない。


、何組?」
「えー……。5組」
「……ああ」


ユウちゃん同様、渋沢君もいち早く私の心境に気づいてくれたよう。
彼は頭がいい。人もいい。だから今の私の地に足のつかないおかしな行動にも頷いて理解してくれた。


「もしかしてまた後ろの席?」
「今ほど自分の苗字を呪ったことはないっす」
「居辛いのか? でもほら、もうチャイムなるし」
「うん……戻んなきゃだね」


渋沢君がそう言うや否や予鈴は学校中に鳴り響き、廊下にいた生徒たちはみんな教室へと吸い込まれていった。それにもれなく私も渋沢君も乗らなければいけなくて、私はさっき歩いてきた道のりをさっきりより重い足取りで、隣のクラスだという渋沢君の隣を歩いていった。別れ際に渋沢君はがんばれよと言ったけど、何をがんばればいいのか私には分からず、また入り辛い教室の中を覗き見た。

私の後ろの席で騒いでいた集団はこの数分の間に教室の後ろへ移動していて、そこがぎゃあぎゃあと騒がしいおかげで私は誰にも注目されずにこっそりと自分の席に帰還することが出来た。ほっと息をつくとその後すぐに担任になる先生が入ってきて、いつまでも後ろで騒いでる集団に向かって「ほら三上君、早く席につきなさい」と注意した。


「なんで俺だけ名指しなんだよ」
「気に入られてんだろ」
「いらねーよあんなババア」


いつまでも騒がしい教室の中、また後ろで椅子を引きずる音と、どかりと重く腰を下ろす音がして、私は今度こそは体の力を抜いてそれら全ての音を聞き流した。
先生の挨拶があって、ホームルームが終わって、講堂で入学式があって、また教室に戻って。
背中だけがいつまでもぴりぴりと痛かった。



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