画像表示サンプル

夏の終りにそよぐ風詩

弓月昇る空高々に ふと 逢いたくなるの ホイッスル! 三上亮連載
武蔵森学園高等部で、共学設定です。
シナリオ上、ヒロインの苗字は「三浦」で固定しています。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11
番外編

06

じめじめと淀む季節と同じように、私の心もしとしとと濡れきっていた。


「あははははっ!」
「・・・」


おおっぴらげに笑い飛ばし、あまつ涙まで滲ませるユウちゃんは、ひとり梅雨晴れといったところか。じとりと目線を送るとユウちゃんは涙を拭いながらゴメンゴメンと謝るけど、それでも笑いは止まらずにひぃひぃと引きずり笑う。

昼休みの廊下、どこか安息の場所はないかと教室を飛び出したはいいが、ひとつ前の休み時間に起こった一件はもう学年中に広まっているらしく、チラチラヒソヒソ、周囲から男女問わず視線は集まってきた。
そんな中ユウちゃんが私を見つけて声をかけてくれて、泣きつくように飛びつきさめざめと事の成り行きを話したら、こともあろうにユウちゃんは手を叩いて大笑いをぶちかました。(ああもうこの楽しそうな笑顔っ!)


「アンタって地味なクセしてなんでだか話題が耐えないねー。あーおもしろ」
「もう、笑い事じゃないんだよ!」
「あははは、無理無理。見てこの視線、懐かしいわぁー」
「懐かしい?」
「アンタと三上が付き合ったーって話が広まったときもこんな感じだったじゃん。まぁあのときは今よりもっと女の視線が突き刺さってたけど」
「・・・」


もう、みんなして、私のことはほっといて欲しい!


「いーじゃん付き合えば。高城ってあいつでしょ?あのやたら爽やか君な」
「付き合わないよ、こんなみんなの目が集まってくるよーな人と付き合いたくない」
「それは関係なくない?みんなの目が集まってくるの承知で三上とは付き合ったじゃん」
「・・・」


それは、・・・


「あの時は、そんなの考えてるヒマもなくて、」
「三上なら良いけどその高城とやらはダメだってことね。じゃあそこまで好きじゃないんだから付き合わなくていいんだよ」
「だから、」


あいつのことは、あいつはもう関係ないんだから、
そう、混乱してる頭で口走ると、ユウちゃんは落ち着いた声で、、と私の目を上げさせた。


「あんたはさ、なんだかんだ言ってまだ三上が好きなんだよ」
「・・・は、違うよ、やめてよ」
「じゃなきゃそこまで引きずらないでしょ。あんたもう別れて何ヶ月経つの?そりゃずっと近くにいるんだから忘れるのは難しいけど、気にしてないなら忘れられない時間じゃないよ」
「気にしてないよ、何も気にしてないじゃん」
「してるよ。あんた別れてから何回三上の話してると思ってんの?いつまで三上のことで泣き続けんの?好きだからでしょ、忘れられないからでしょ。認めなよいい加減」


・・・違う。違う違う。
私はもうあいつのことなんて好きじゃない。
心底嫌ってる。もう二度と関わりたくないって本気で思ってる。


「好きじゃないよ。なんでそんなこと言うの、ユウちゃんは分かってくれてると思ってた」
「そんなこと勝手に思わないでよ。私はあんたを慰めたり甘やかしたりするためにいるんじゃないからさ」
「っ・・・」


なんで

なんで・・・?


「わかった、もういい・・・」


まっすぐ私を見てるユウちゃんの前から、目を見返すこともせずに離れていった。

どうして、こんなことになるの?
どうして私とユウちゃんがケンカしなきゃいけないの?

視界が狭まって、自分の心臓の音がやたら大きく聞こえるけど、廊下を歩けば誰かの視線はやってきて、小さくな話し声が充満していて、この学校という広くて狭い世界にはどこにも、ひとりきりになれる場所なんてない。


ー、どこ行ってたの、次音楽だよ早くいこー」


どんなに泣きそうだって、この大勢が集まる場所には笑顔しか必要じゃなくて、


「うん」


寄ってくる笑顔に決まって笑顔で返さなきゃいけなくて、そうやって平行線を保っていかなきゃいけない。それが学校という、私たちの世界だ。

美遊に話すのは簡単。ユウちゃんとのことを、落ち込んでることを曝け出してしまったほうが絶対に楽。

でもどうしたって言葉は喉を通らず笑ってしまうのはなんでだろう。


私を探してたらしい美遊にゴメンと謝って机の中から教科書を探した。あれ、何を探してるんだっけ。なんの授業なんだっけ。どこに行かなきゃいけないんだっけ、と、まるで夢の中にいるみたいにいろんな出来事ややり方が分からなくなってきて、必死で意識を保とうと音楽の教科書を掴んだ。

教室を出て行こうとしたら、入れ違いにクラスの男の子が数人入ってきて、それはいつもあいつと一緒にいる人たちなのにその中にあいつはいなかったから、美遊が「三上君はー?」とすれ違いさまに聞いた。


「三上はさっきセンパイに捕まってった」
「えー捕まってったってなに!呼び出し?集団リンチ?」
「そーじゃなくて、女のセンパイ」
「女?なに、告られてるとか?」


美遊にとっては聞き流せない内容だったようで、笑っていながらも目は真剣に問いただし始めた。でも男の子たちはなんだか言いにくそうに、私にちらりと目線を寄越しながら「そんなんじゃないと思うけど」とあさって見ながら口ごもって話す。私に流したその目がなんなのか、分からなかったのだけど。


「美遊、行くよ?」
「ちょっと待って、ねぇ誰に呼ばれてったのー?」


美遊の頭の中にはもう私の入り込む余地はなく、ねぇねぇとその人たちについていってしまった。私に背を向ける美遊にどうすればいいのか、一緒に話を聞きたくはないし。


「美遊、」
「ゴメン先行って!」


一瞬振り返って美遊はまた情報収集に夢中になった。仕方なくひとりで教室を出て、まだ細かな視線が集まる中を歩いていく。私の周りには大勢の人がいるのに、私はそのどこにも関われずにその真ん中をひとり歩いていく。

なんだかとても寂しい人になったようだ。孤独はひとりきりのときに感じるんじゃなく、大勢の中で居場所がないときにこそ強く感じる気がする。このまま音楽室についたところでそのどこにいればいいのか。大人しく椅子に座って授業開始を待って、また周りから妙な視線が集まる中、ただ俯いて。

歩いていく途中、少し先に高城君の姿が見えた。私と彼は同じ状況なはずだけど、高城君はいつもと変わらず明るく友達と接している。上手に周りと混ざれている。私だけだ。ヘタクソなのは。私はくるり矛先を変えて、階段を下りてぐるりと回って音楽室に向かうことにした。時間も潰れて、ちょうどいい。

無意識に1階まで下りてきてしまい、随分と遠回りしながら音楽室に向かって歩いていた。さっきよりずっと大勢の人が見えるけど、この広い学園内に私の存在がそんなに大きいはずはなく、もう誰の視線も集まってこなくて少し胃の痛みが和らいだ。

廊下をまっすぐ歩き、向かいの校舎まで歩いてまた階段を上っていく。ちょうど昼休みが終わる予鈴が鳴り、生徒たちが教室に戻っていって廊下もだんだんと静かになっていった。


「えーレギュラーじゃないの?試合見にいこうと思ってたのに」
「1年に早々レギュラーなんかくれるかっつの」


静かな空気に乗って、階段上から笑いながら話す女の子の声が聞こえてきた。それと一緒に聞こえた声は低くて言葉までは把握できなかったけど、階段途中でぴたりと足が止まったあたり、誰の声かは瞬時に分かっていて。

そっと上を見るとちょうど階段の折り返しの踊り場に、その姿は見えた。
あいつの後ろ姿と、その向こう側に隠れてるスカートの端。


「・・・」


もう今更、あいつが誰と何をしてようと何も思わない。
こんなところ、よく見るし、それを私が気にする道理はない。

だから、そのまま階段を上がって後ろを通り過ぎてしまおうと思った。私はもう何も気にしない。何も思っていない。あいつにもそう思わせられるように。

でも一歩階段を踏みなおしたところでピタリと足は止まった。今度は足が止まったというより、衝撃的に全身が硬直した。あいつの目の前にいる相手を見て、とても平静を装える気がしなかった。

私とあいつが別れる原因になった人だった。


私はもうあいつが振り返れば十分に視界に入ってしまいそうな位置にいて、そしてふとあいつが振り返りそうだったから、私は急いで体を翻し階段を駆け下りた。あまりに焦ってしまって途中教科書の上にあったふでばこを落としてしまったけど、何よりあいつに気づかれる前にいなくなりたくて、そのまま走った。

走りながら、どこに向かってるのか、チャイムがなり、誰も見えなくなり、それでもどこかへあてもなく走った。
さっきクラスのヤツたちが私にヘンな視線を送っていた意味がやっと分かった。あの人と一緒だから私にヘンな目を送ってきたんだ。


「っ、ふ、・・・」


誰もいない廊下の先に行き着いて、力が抜けて立ち止まった。掌で押し込んでいた声と涙がどうしても収まりきらずにもれて、頭と胸がガンガンと痛むのを教科書と一緒に抱き込みながら、べたりと冷たい床に座り込んで涙を落とした。

冷えた廊下に涙は響く。遠くで聞こえるどこかの教室の声は明るく楽しそうで、どこから、いつから私はひとり、いつもの世界から千切れてしまったのか。


「っ、うっ、・・・」


こんなときでも、ユウちゃんがいてくれると思うだけでこんなにも痛まなかっただろうに。美遊も高城君も、他のどの友達の中にも私の居場所はなく、私はもうどこにも思いを置けなくて、こんな冷たい廊下の隅、涙は止まらなかった。


私はひとりだ。

この狭くて広い世界に私はひとりなんだ。


いつから?

最初からだったかもしれない。



PREV 】【 NEXT