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夏の終りにそよぐ風詩

弓月昇る空高々に ふと 逢いたくなるの ホイッスル! 三上亮連載
武蔵森学園高等部で、共学設定です。
シナリオ上、ヒロインの苗字は「三浦」で固定しています。

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番外編

11

私の心臓は、初めてあいつとキスをした時よりも騒がしかった。初めてデートした時よりも、自転車であいつの背中にくっついた時よりも、怒って目の前が真赤になった時よりも、離れることを決めた時よりも、今までのいつよりも、今が一番ドキドキしてる。


夏が溶けて、長い休みもようやく終わろうとしていた。明日になればこの寮にわんさか生徒たちが戻ってきて、今度は冬に向かってまた学校と寮を往復する。

私は、毎年寮に戻ってくる日より1日早く武蔵森へ戻ってきていた。休みは1ヵ月半もあったのに終わる直前になって美容院へ行き服を買い、急いで東京に戻る準備をした。そうして準備万端にして戻ってきたものの、学園に着いてみれば何故か張り切った自分がやけに恥ずかしく感じて、短いスカートを引っ張って膝丈にしてセットした髪をぐしゃりと散らして重ねすぎたオシャレを削り落とした。

グラウンドの時計はもうすぐ7時を差そうとしてるのに空はまだうっすら明るい。夏休みの終わりは夏の終わりだと思ってたのに、まだまだ半袖でも十分暑いし髪を浚う風は生ぬるい。

1年前と、同じ風が吹いている。


あいつと会う約束をした。本当は電話をくれたあの日に飛び出していきたかったけど、部活や試験で特別許可を持ってる人じゃないと寮にいることは出来ないし、あいつはまだ大会中だからどうせ会えない。


― いつこっち戻ってくる?
― 31日
― 1日早く帰って来い
― なんで?
― 帰ってきたら教えろ
― だから、なんで
― 話、あるから


久々にまともに交わした会話はタイムカプセルみたいだった。忘れていたものを次々に溢れさせる。過去のあらゆる断片を思い出させる。時間を遡らせる。隣にいるのが当たり前だった頃と同じ空気が流れてた。

自分の意志の弱さに呆れる。あんなにも二度と顔を合わすものか、口も利くものかと存在から否定していたくせに、耳に届く電話の声が1年前にあったものと変わりなかったから、まるであのときから今までずっと一緒にいたような気にさせるような声だったから、私はあっさりと、崩されてしまった。

結局、あんたが好き。
やっぱり、そこに行き着く。


1日早く寮に帰ってきて、荷物を置いてすぐに寮から出て行った。帰ってきたとメールを打ったらすぐにグラウンドまで来いと返事がきた。また鏡の前に立って、ずっと落ち着いてくれなかった心臓をそのまま持って、学校のほうへ走り出した。

すると、寮の前を走ってる途中で突然「!」と呼び止められ私は振り返った。また少し暮れていく空の下で見たのは高城君だった。


「よ、ひさしぶり」
「あ・・、ひさしぶり、もう帰ってきてたの?」
「ああ、俺ら地区予選でしぶとく勝ち残ったんだよ。弱小野球部がベスト4なんて初だよ初。だから練習の許可出てさ、1週間前から戻ってたんだよ」


言葉通り、久しぶりに会う高城君は夏の太陽の下で毎日を過ごしていたんだろうと納得させる肌の色をして、眩しい笑顔も夏休み前どおり、健在していた。私は勝手にいろいろ考え込んで、どんな顔して会えばいいのかと悶々してたのに、高城君は変わらない、明るいテンション。


は?なんで今日帰ってきたの?」
「あ、えと・・」


どう、言えばいいのか。
今更あいつに会いに行くなんて言ったら、やっぱり、なんてことになるかな・・・

言葉に詰まってると、高い位置から覗き込むようにしていた高城君は、あー、と声を出した。


「三上?」
「・・・」
「ヨリ戻ったんだ」
「ううん、そうじゃなくて、」
「違うの?違うのに会いに行くの?ああ、今からヨリ戻しにいくんだ」


高城君はいつもの口調でさらさらと話してるのに、なんだか突き刺さるような痛みがあった。


「・・三上、が、話そうって言ってくれたから、ちゃんと話そうと思って・・・。べつに、どうなるかとか、決めてない・・・」
「話すって、ヨリ戻す以外なに話すの。ヨリ戻さないなら何も話す必要ないじゃん。は三上とヨリ戻したいんだろ?だから行くんだろ?いーんじゃない、が三上に未練タラタラなのは分かってたことだし」
「・・・」


高城君の言葉がチクチクと突き刺さる。どんどん落ちていく空の明かりと引き換えに道の脇の電灯が灯り、さらに暗さが際立った。


「でも三上って、ほんとにとヨリ戻す気なのかな」
「・・・え?」
「俺にキレるからにはのこと気にはしてるんだろうけど、それって元カノに男が出来たら誰でもそんな気にはなるし、男って別れてもずっと俺のこと好きなんだろーなとか思うもんだから、ほんとにのこと好きでそうなってんのか、わかんないよ。ただ他のヤツに取られたくなくて惜しくなってるだけかもしれないし」
「・・・」


あいつはべつに、私のことが好きじゃない。
ただ、惜しくなってるだけ。

そう、なのかな。
たしかに、高城君と何もなければ、あいつが私に何をしてくることも、こんな風に電話をかけてくることも、なかった気がする。

私だけ、なのかな。
結局いつまでも、想ってたのは・・・


「どーだっていいだろそんなこと」


通り抜けた生ぬるい風に乗って、薄暗い中にぼやりと生まれた低い声。
ハッと気づいて顔を上げると、道の先に、あいつが立っていた。


「何してんだよ」
「久しぶりに会ったから話してたんだよ」
「お前に聞いてねぇよ」


不機嫌そうな声だけど、表情はもっと不機嫌そう。
・・・でも、いつもあいつは私の心臓を騒がせるばかりなのに、何故だか今は、ゆっくりと静まっていってる。


、こい」


その言葉はちゃんと、私に向かって伸びてる。





その声はちゃんと私に向かって発されてる。それをどうして、拒否することが出来るだろう。緩んだ心は彷徨うことなく、行きたい方向へ転がっていく。

私は一歩歩き出して、あいつの前までいくとぐいと腕を掴まれ引っ張られるようにして高城君から離れていった。なんでだろう、急に泣けてきて、この腕の力だろうか。それとも、不安だろうか。

どんどん歩いて、学校まで来て、グラウンドの果てまで来た。日が暮れた照明のないグラウンドは暗くて、サッカーゴールも時折歩いていく人もどんどん飲み込んで何も見えなくなっていく。


「なに泣いてんだよ」
「わ、わかんない・・」
「つかなんであいつといるんだよ、いちいちムカつくな」
「おこんないでよ・・」
「・・・べつに、お前に怒ってねーよ」


行き着いた先で、きつく掴んでた腕は解き放たれる。暗闇の中に放り出されるようで、離して欲しくなかった。だけどそんなこといえなくて、自分を保つために必死に涙を押さえつける。
暗がりの中で声を抑えて涙を飲み込んで、だけど止まらない涙に亮はあーもうと溜息ついた。私が口を押さえ込んでる手をぐいと引っぱって、静かに見下ろした。


「いーよ、我慢しなくて、泣きたきゃ泣いてろ。言いたいことあるなら言えよ、ムカつきゃ怒れよ、なんでも聞くよ」


怒ってるような声で、不満いっぱいな顔で

だけどどこか、どこか、崩れそうでもあって


「だから、もう無視すんな・・」


急に弱い、弱い、声で


「・・・ねぇ、亮は、もう、あたしのこと好きじゃない?」


ぼたりぼたりと落ちる涙で揺れる声は、ところどころに消し去って、だけど振り絞って出した言葉は胸に痞えた不安を吐き出した。


「ずっと好きかとか、どのくらい好きかとか、そんなの付き合ってよーがなかろーが一緒だろ。わかんねーよそんなこと。でも、」


目の前で見下ろす亮は苦く目を細めて、その表情が崩れてしまう前に、静かに私の肩に頭を預けた。


「お前と別れてよかったなんて思ったこと一度もねーよ」
「・・・・・・」


振動で伝わる声が耳元で生まれて、体中に染み渡っていく。
何故だかふと、涙が止まって、力ずくで抱きしめて震えてる目の前の体を、受け止めた。


こわかった。わたしは、すべてをしることが。
あきらのなかに、もう、じぶんはいないとしめされることが。
だからふたをした。
みてしまわないよう、きいてしまわないよう、さがしてしまわないよう。


こわかった。
めもあわず、ことばもとどかず、なにをしてもきょひされて
ぜんしんですべてをひていされたことが。
そしてなにもできなくなった。


ふたりが、ふたりではなれていって、そうしてやがてべつべつのものになって。
もうこのまま、おわってしまうものなのかと、なきながら、でもつなぎとめることができなくて


すなおに、むだなものなんてすてさって
てをのばしてみればてのとどくところにいた


もう言葉なんて出なかった。手探りに、必死に繋ぎとめることしか出来なかった。それでよかった。それ以上のものは要らなかった。

欲しかったのはいつだって、あんただけ。
夏を拭い去る風に乗って、さよならを言う。
泣き続けた時間にさよなら。

季節は巡る。また泣き続けるときは来るかもしれない。
だけどまた、夏の終りに吹く風に気づかされる。
初めてキスをしたときのこと。

そうして思い出す。
またキスをする。

やっぱり、どうしたって、私はあんたが好き。



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