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夏の終りにそよぐ風詩

弓月昇る空高々に ふと 逢いたくなるの ホイッスル! 三上亮連載
武蔵森学園高等部で、共学設定です。
シナリオ上、ヒロインの苗字は「三浦」で固定しています。

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番外編

番外編

まだ夏の熱気が冷めやらぬうちに夏休みは明けて、また学校が始まる。
ホームルーム冒頭の挨拶もそこそこに配られた1枚のプリントは、去年通り過ぎたはずの進路希望調査。おいおい、まだ高等部に上がったばかりだぞ。これぞ浮ついた夏の空気を一掃するに最適な最強の紙だ。


「いいかー、高校の3年間なんてあっという間なんだぞ。早いうちから目標決めて取りかからないと3年になってから騒いでも遅いからな」


本格的に大学受験を間近に控えた3年生たちに圧迫されて、先生たちはその熱気を引きずったまま私たち下級生の授業も行うからこっちにまでその熱風が及んでくるのだ。だからまだ1年生の、2学期も始まったばかりだというのにもうこんな話。だけどこれでもうちは進学校。先生の言うことを真に受けてみんなまじめな顔で1枚のプリントを見つめる。

・・・そんな中、トンと背中に何かがあたって私は振り返った。見てみると後ろには机にうつ伏せた黒い頭があって、その頭の下敷きになっている腕がそのまままっすぐ延びて私の背中に当たったのだ。

またこいつは・・・。
新学期早々、それも朝っぱらからぐぅぐぅ寝ている。

相変わらず、朝はダメなようだ。それでも毎日ちゃんと朝練についていってるんだからすごいとは思うのだけど、その後の授業で早速寝ていたんじゃしょうがないじゃないか。武蔵森は文武両道が鉄則。こればかりは中等部の頃から何も変わっていない。

だけどまぁ、今私が早速起こすのも、何か違う。1学期はあれだけ避けまくって赤の他人を決め込んでいたのだ。そりゃ・・・元に戻ったのだけど・・・、とはいえ、ここにはその「元」を知らない人はたくさんいる。急に馴れ馴れしくしたらおかしいじゃないか。また1年前みたく好奇と非難の的になってしまう。

嫌だ・・・あれだけは避けたい・・・!(怖いの、ほんっと怖いの、女の眼って!)

私は椅子を引き少し前に詰めて、背中に当たる手から離れた。
べつに、隠すわけじゃないけど、しばらくはね、何もないフリをしておこう。平穏な学園生活のために。

なのにまた、つとあいつの指先が私の背中をかすめた。後ろでは机が小さくガタっと揺れる音がしているからあいつが寝返りでも打ったのだろう。まだ半袖のあいつの腕は重い頭に痺れたのか、もう片方の腕に代わって、また背中にトンと指先がくっついた。

これが1学期中だったら、私はすぐさま席を立っていただろう。
死ぬほどの吐き気をもよおしていたかもしれない。


「・・・」


それが今じゃ、こそばゆくて仕方ないのだから。
背中が焦れて焦れて、赤く火照ってしまいそうだというのだから。

もぉ、だめだ。背中がかゆくてしょうがない。
先生も気づけよ、こんなにも堂々と寝倒してるのに!

私は姿勢を正し、あいつの手が当たらないように態勢をずらす。
それでもあいつの手はまた、そっと背中に当たった。

・・・こいつ、ワザとじゃないか?

チラリと後ろを覗き見ても、後ろの席は変わらずうつ伏せた黒い頭。


「三浦さん」
「えっ?あ、はい」


前の席の人から呼ばれてすぐに前を向く。別のプリントが配られていて、私はそれを受け取り一枚取って机の上に置いて後ろに回すのだけど、ゆっくりとしたテンポで膨らんで戻って行くこいつの背中を見ているとやっぱりこいつは寝入っているようで、なんと声をかけていいか分からないし、また一枚だけ取って残りをそのまた後ろの席の人に回した。

プリントを一つ折りたたみ、後ろの机の空いている余白にそっと置いて前を向く。
1学期のまま。1学期のまま。


「今配ったプリントは去年の3年生の進路別の合格率だ。来年は進路別のクラス分けになるから今からしっかりと・・・」


先生の堅苦しい話と、それぞれしゃべるクラスメートたちの騒々しさの中、一人静かに寝入っている後ろの席の主は、しつこくもまた私の背に指の先をトンとあてて、穏やかな眠りの中にいる。そりゃ、あんたにとったら進路よりこれからの選手権のほうが大事かもしれないけど、いい加減に目を覚ましたらどうなのだ。


「・・ひゃっ」


思わず背筋がぞわりと逆立っておかしな声が出た。
その私の変な声を聞いてクラス中が私に振り向いて、先生までもが私に注目する。


「なんだ三浦」
「い、え、・・・なんでもないです、スイマセン」


しどろもどろに落ち着き答えると、周りのみんなにくすくす笑われて先生にはちゃんと聞いてるのかと叱られた。私はまたすいませんと謝って大人しく黙る。

なんだと聞かれても、答えられるはずがない。・・・ずっとかすかに背中に触れていたあいつの指先が、急につと背中をなぞったのだ。


「・・・」


チラリ、後ろを見てみるけど、変わらずうつ伏せた、さらりと流れる黒い髪。
また、寝返り打って背中をかすめただけかな。
もう、いい加減に起きればいいのにっ。

そうして前を向きなおすと、しばらくしてまた、そこにあるあいつの手が静かに動いて、温度あるあいつの指先が私の背中を滑った。ゆっくり、ささやかに。指の骨、爪先で、制服の背中をなぞる様に動く。


「・・・」


私はまたそっと、後ろを覗き見る。
と、さっきまで穏やかに寝息で隆起していた背中が、今は小さく揺れていた。

こいつ、起きてる・・・!

だけど私は、ここで騒ぎたてるわけにはいかないのだ。
私の平穏な学園生活をまだ手放すわけにはいかない。


「・・・」


それを知ってか知らずか、私の背中に沿う細い指は、黙り通す私をからかうように静かに遊ぶ。机にうつ伏せたまま、騒々しい中で一人静かに寝た振りをしながら、腕の中で笑みを噛み殺しながら、誰にも見つからないように得意げにこそこそと、隠れてあいつの指は私の背中で遊ぶ。

ああ、もう、先生、

いい加減こいつを叩き起こして!



夏の終りにそよぐ風詩





とっても理想を詰め過ぎた三上でしたが、大変楽しい連載でした。
三上に興味のない方も、嫌いな方も(笑)、好きになってくれると嬉しい。
(番外編は2009年にミカ誕で書き下ろしたものでした)