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夏の終りにそよぐ風詩

弓月昇る空高々に ふと 逢いたくなるの ホイッスル! 三上亮連載
武蔵森学園高等部で、共学設定です。
シナリオ上、ヒロインの苗字は「三浦」で固定しています。

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番外編

03

今一番嫌なことは、前から回ってきたプリントを後ろに回すとき。

振り向きもせずに後ろに回すけど、あいつは最悪にも時々寝てるから、たまに振り向く羽目になる。そんな時は一枚だけをあいつの机に置いて、もうひとつ後ろの子に回してやる。その時、先生に起こしてやれと言われ、でもそんなの絶対に嫌で、寝かしといたらいいんじゃないですかなんて無愛想に言ってしまったものだから、私の教師受けはもちろん、クラスメート受けもさぞかし悪くなったことだろう。
最近の私の運気は日に日に低迷してってる気がしてならない。


そろそろ桜が終わろうかという頃、私は未だクラスの中で特定の居場所を見つけらないでいた。そんな状況だからひとり寂しくジャージの入ったカバンを持って体育館へととぼとぼ歩く。と、ぽんと後ろから誰かに背中を叩かれた。


「さっきのカッコよかったねー」
「え?」


ケラケラ笑って突拍子のないことを言ってきたのは、同じクラスで見たことがある気がする女の子で、なにが?と聞いたら、さっきのホームルームで先生に悪態ついたことを言ってるようだった。まだ馴染んでないクラスであんな態度を取ってしまって、一体私はどんな人間に見えてるんだろう。私、とっても優等生なのに(説得力なし)、それもこれもあいつのせいだ。


「名前なんだっけー」
「三浦
?かわいーね。あたし美遊ー。ってずっと武蔵森なんでしょ?」
「うん」
「あたし外部だからさ、中学からここの人ってもうグループ出来ちゃってるじゃない? 最初居場所なくてさー。もずっとひとりでいたからてっきり外部の子かと思ってた」
「あー、はは」


あいつのせいだ。


の後ろの席の人も中学からいる人でしょ? 仲いいの?」
「はっ? べつに、なんで?」
「あんな言い方するから友達なのかと思ったー」
「ああ、ぜんぜん、友達じゃない」
「そーだったの? あはは、やっぱカッコいいー」


カッコいい……どこが?

その後、明るく話しかけてくれるから次第に打ち解けていった美遊と一緒に体育館に入って、ちょうど誰かとペアになってトス練習をする授業だったから、いない相手を探し彷徨う寂しい境地に陥ることは免れた。(仲いい者同士で組むことがこんなにも恐ろしいことだったとは……)

美遊と仲良くなれたおかげで芋づる式に他にも友達が出来て、入り口で混迷していた私の高校生活も、なんとか一歩踏み出せそうな兆しを見せていた。心配かけたユウちゃんもこれで安心してくれるだろう。


はカレシいないの?」
「かれし……? ん、いない」
「一度も?」
「や、一度だけいたけど、今はいない」
「へー、中学のとき? 同じ学校?」
「あー、まぁ。美遊は?」
「あたしいるよー。同じ中学のヤツなんだけど、でも最近会ってなくてさ。やっぱ学校別になると難しいよね。もうダメかもーって感じ」
「えーなんで? 電話とかは?」
「んー、するけど、なんかもう気持ちないのかなーって。なんか、わかるじゃん? そういう感じって。あたしもさー、」


うんうんと話を聞きながら、心の中で小さく拳を握った。あのまま質問を受けていたら確実に核心を突かれていただろうから、それとなく質問する側に移行した。ああ、なんかあたし、酷い人間になってない?(それもこれも……)

美遊は明るくて楽しくて、誰とでも気軽に話せるから外部から来たといってもすでにクラスに馴染んでいた。廊下で誰かとすれ違うたびに声をかけたり、初対面の人にでもケラケラ笑って話せる。社交的な子だなぁと感心してしまうほど。


「後ろの人、よく寝るねー」
「……ん、そだね」


私の机の前で美遊が椅子にまたがり私に向き合って座り、私越しに私の後ろの席を見ながら言った。授業中は仕方ないけど、休み時間は私かあいつ、どちらかが必ず席を立っている。けど、今日は休み時間になると同時に美遊がやってきて、後ろのあいつも授業中からずっと寝てるから、休み時間なのに休まらない状態になってしまっていた。


「有名人だよね、三上君。サッカーですごい期待されてるんでしょ? 中等部のときは10番つけてたんだってね」
「んー」
「誰かと話してても三上君の話になるとみんな目の色変わるもん。3組の子でさ、ものすごく堂々とファン宣言してた子いたよ。あれにはビックリした。ファンクラブとか出来ちゃうんじゃない?」
「ねぇー」
「中学のときから人気あったでしょ。カッコいいもんね」
「んー、どーだろ」


美遊は声が高いから、普通のトーンで話してても後ろまで聞こえてしまいそうだった。かく言う私はいつもの倍小さな声と篭った口で話している。あいつの話題なんてしたくないし、よもやそれを聞かれたくなんてない。でも美遊は後ろの伏せた頭をちらちら見て話し続けるし。


「美遊、あれから彼氏と話した?」
「ん? ううん。かかってこないし、もういーやって感じ」
「別れちゃうの? 電話してみなよ」
「えー、こっちからかけるのって嫌ー。あっちがもういいって言うならもういいし。あたしダメなんだ、愛されてないなって思うとすぐ冷めちゃう。やっぱ傍にいる人のほうがいいし」
「そっかー」
「ここで好きな人探そうかなって感じ。寮だし、そのほうが絶対よくない?」
「ん、そだね」
「だよねー、はいないの? 好きな人とか、いいなって人とか」
「んー」


声が、高いです、美遊ちゃん。(その話題もカンベンして)
どうして女の子はこう、男の話とか色恋の話題になるとトーンが上がるんだろう。いや、私だってこんな場所でなければ、もっと女の子らしくキャアキャアと高い声出して話せるのだ。すべては後ろの……(以下同文)

私があーだかんーだかばかりを返す前で、口の止まらない美遊がかわいくガールズトークを繰り広げていると、ようやく終結を迎えるチャイムが鳴った。教室にクラスメートたちが次々と戻ってきて、私の前の席の子がくると美遊も席を立ち上がる。笑顔を垂れ流していたせいか、引きつってなかなか戻らない顔のまま、ふぅと細い息だけ吐き出した。


「ほんと起きないねー」
「えっ?」


また一段と高い声を出して、美遊が、私を通り越して後ろの席へと近づいていく。
や、待って、何をするの?


「三上くん、もう休み時間終ったよー」


私の隣で、美遊は机に倒れてる頭に向かって呼びかけた。
ちょっと、お願いだから、私と関係していた空気を纏ったままそいつと関わるのはやめて!


「三上くーん? あれ、ちょっと本気で起きないー」


まさか振り返れない後ろで、美遊はまだおーいと呼びかけて、周りのクラスの子もくすくす笑ってそんなふたりを見てた。私は机に肘をついて、しきりに周りとの空気を断ち切ろうとしてた。

後ろで、まだあいつを呼ぶ美遊の声がする。どれだけ呼んでも起きないあいつを、ぽんぽんと叩いてるらしい。
そして、うしろでガタリと机が揺れる音がして、美遊のあの明るい声が「やっと起きたー」と笑って、周りのみんなもケラケラ笑って、寝すぎだろーとか騒がしくて。


「すごい熟睡してたね、疲れてるの?」
「……」
「あれ、まだ寝ぼけてる? 起きろー」


先生が来ない教室はまだ笑い声が広がっていて、その中心はまさに後ろの席で、でも、後ろのあいつは、きっと誰よりも静か。


「るせぇ」
「え?」


ダメだよ美遊、離れたほうがいいよ。


「うるせぇっつってんだよ」


大きくも、小さくもない、最高に不機嫌な声が、充満していたクラスの騒々しさをかき消した。

少し間をおいて、美遊が幾分かトーンの下がった声でゴメンてーと笑って、でもそれも無視したあいつがまた机に伏せたんだろう、ガタリと揺れる音をまた背中で聞いた。

美遊が「怒られたー」と私に泣き声で言って、席に戻っていく。ざわめきを取り戻したクラスはさっきよりずっと小さな声でひそひそ、私の後ろの席を見ながら話してる。しょうがねぇなーって笑ってるのは、中等部からあいつと仲のいい男子たちくらいだ。

それからすぐに先生が入ってきて、教室はきちんと静かに整頓される。書き取りのテストするぞーとプリントが配られて、みんながええーとうな垂れたときには元の空気に戻っていた。

前からプリントが回ってきて、でもあいつはまたしつこくも寝てるらしいから、一枚だけ机の余白に置いて、もうひとつ後ろの子に届けた。


「そこ誰だ? 三上か。こら三上、起きろ」


先生が前から声をかけても、起きやしない。
みんながまたこっちを見ながらひそひそ笑ってて。


「三浦、後ろのやつ起こしてやれ」


嫌です。と心の中で即答したけど、でももう口には出ず、私は少しだけ振り返り、真後ろで伏せているさらりと流れる黒髪を見た。


「……起きなよ」


ざわめき残る教室で、何分の一かも分からない私の声は、他の誰にも聞こえなかったくらいのささやかさで生まれて消える。

動かない頭は、しばらくたってもぞりと動き、私は前に向きなおした。


「じゃあ始めるぞ、一問目」


静まった教室に、みんながシャーペンをカチカチ、紙にすらすらペンを走らせる音が細かく響く。後ろではようやく、ペンケースからペンを取り出したらしい音が聞こえた。

早く、席替えがあればいいのに。
もうこれが最後。二度と声なんてかけない。



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