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トランキライザー

ルーキーズ(ドラマ版) 桧山連載 川藤先生がいなくなったあとの2年の夏終わり。
桧山の他にもニコガクメンバーたちがガヤガヤいます。

出会い編 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9
修学旅行編 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16

10

下駄箱前でくつを履き替えるは、後からきた俺に気づくと長い髪を耳にかけながらおはようと笑った。


「見て見て、じゃーん」
「やっと買ったのか、遅かったな」


がうれしそうにカバンから取り出し俺に見せたのは、赤い携帯電話。
前のケータイを川に投げ捨てられて数日、やっと新しいのを買ったらしい。


「つかコレ、前のと同じじゃねーの?」
「うん、同じのにした。アレ買った時より安くなってたし」
「どーせなら最新のにすりゃいーのに」


ふふと笑うの、前のケータイは、今年の春に高嶋と揃いで買ったものだったらしい。ちょうど買い変えようと思ってたと高嶋はふたりで買いに行き同じケータイにしたんだそうだ。あの時高嶋がのケータイを川に投げた意味が、ようやく分かった。


「どいて」


朝の騒々しい下駄箱に不釣り合いに、低く質素な声が俺のうしろから聞こえた。
振り返るとそこには高嶋がいて、俺がくつを履き替え歩き出すとそこで高嶋もくつを履き替える。


「歩美、おはよう」
「・・・」


は遠慮がちな笑みと声で高嶋に声をかける。
でも高嶋はなんら表情を変えずに「ウザい」と言い捨てての横を通り過ぎた。

高嶋は俺にさえ睨むような目を寄こして廊下を歩いていく。
うしろ姿のは、そこに立ちつくしたまま少しうつむいて、動かない。
また泣いたかと思って俺はに近づこうとするが、その後から歩いてきた同じクラスの女たちがに明るくおはよーと声をかけると、も笑ってそれに応えた。


「あ、ケータイやっと買ったのー?」
「よかったじゃん、修学旅行にケータイナシってキツイもんね。番号変わった?」
「うん」
「教えてよー」


下駄箱前で周囲と同じようにキャイキャイ騒がしくケータイを取り出す女たちの中で、もケータイを手に同じように混ざっていた。高嶋とのわだかまりはまだまだ解けそうにないが、他にダチがいないわけでもなくクラスで浮くようなことにはならないようだった。




表紙に「修学旅行」と書かれた分厚い冊子が前の席から回ってくる。
ホームルームの教室は全員の期待と興奮で騒々しく、廊下から他のクラスの騒ぎ声も聞こえてくるとこを見るとどのクラスも同じようだった。


「待ちに待った修学旅行にゃー!」
「俺北海道行ったことねーや」
「やっぱススキノだろー、行こーぜススキノー!」


その期待は俺たちだって例外ではなく、周りで関川や湯舟がテンション高く騒ぐ。
クラスが数人単位のグループに分かれて自由行動の日のルートを決めて行くんだけど、関川が騒いだススキノは当たり前に教師に却下された。それでも俺たちは北海道のガイドブックをみんなで覗き見ておもしろそーな場所を探していく。


「ちょっとー、こないだからどうしたの歩美」
「イヤなの、べつにいなくていいじゃんあいつは」


そんな俺たちから少し離れたところで女のもめるような声を聞き取ってそっちを見ると、すでにグループを組んだ女たちの中で高嶋が不機嫌そうにしていた。その中のひとりが当たり前にを呼ぼうとして、それを嫌がってるらしかった。


「なんかあったの?こないだからとぜんぜん口きかないしさぁ」
「ぜったいイヤなの。あいつがいるならあたし行かないから」
「歩美ー」
「あ、いいよ、私あっちに混ぜてもらうから」


遠慮してそこからすぐに離れていくは、別のもう出来上がってるグループに寄っていった。
高嶋ともめたことで、がいつもいたところにの居場所はなくなってしまったらしかった。こんなときにグループ行動が主の修学旅行があるってのもタイミング悪いような。


「・・・」


ふと、騒がしいはずの周りが妙に静かなことに気づいて、俺は正面を向いた。
すると周りのヤツらがガイドブックを手に、でも俺にジッと注目していて、なんだよ!と怒鳴り立ち上がると全員が何もなかったかのようにガイドブックに目を戻した。


ホームルームが終わった後も、クラスは休み時間のほとんどを修学旅行の予定を立てるのに盛り上がっていた。遠巻きに見た感じ、けっきょくは他のダチと一緒に別グループに移ったようで完全孤立してる風ではなく、他のヤツらと同じようにガイドブックを握って楽しそうにしていた。

このクラスではひときわ高嶋と一緒にいることが多かったけど、高嶋の他にも、他のクラスにもちゃんと友だちはいるようで、いちいち目につく高嶋の態度に落ち込みはしても、はあの時みたいに泣き崩れることも学校を休むこともなかった。

あいつはまるで弱いけど、やっぱりただそれだけではないみたいだった。


「あの、歩美」


教室がどんどん空になっていく放課後、クラスの女たちがカラオケ行こーとか言いながら教室を出て行くところに、はその中の高嶋を呼びとめた。その声にカバンを担いだ俺もなんとなく足を止める。


「あのね、ケータイ・・・買ったから、新しい番号とアドレス」
「・・・」
「もらってくれるかな・・・」


はあの赤いケータイを握りしめて、番号を書いた小さな紙を高嶋に差しだした。
高嶋の不穏さは周りのヤツらにも伝染して教室は少し静かになる。
おそるおそる、というようなの空気がその表情からも伝わってくる。
そんなの弱く細い手から、高嶋はその紙を取った。


「あ、」
「あたしもケータイ変えたんだよね。前のは誰かと一緒でキモイから」
「・・・」


一瞬色味の差したの表情はまた沈む。


「いい加減分かれば?許すとかじゃなくてもうあんたと関わる気ない。嫌いなヤツとなんで関わんなきゃいけないわけ」
「・・・」
「本気ウザい」


くしゃ、と小さな紙ごと手を握り、教室を出て行く高嶋はドア口のゴミ箱に握った紙を叩きつけるように捨てて廊下を歩いていった。


・・・」
「あ、早く、行って。カラオケ行くんだよね」
も行く?ちゃんと話したほうがいいんじゃない?」
「ううん、やめとく」


は笑ってそう他の連中に手を振り送り出した。
はらりと落ちた髪を耳にかける、力はついになくなったみたいだった。


「よくもまぁ、果敢に挑むよなお前も」


はぁーと息吐きながら、に近付いて声をかけた。
うつむいてたは顔を上げ、俺に目を合わせる。力ねー顔で。


「つかあんだけ言われて寄ってくお前のが意味わかんねーよ。他につるむヤツいねーわけじゃねーだろ」
「うん・・・」
「しばらくほっとけよ、今すぐどうにかしよーとしたって余計こじれるだけだろ」


そうだね、とは笑う。
俺に頭突きくらわした時みたいな顔とはぜんぜん違う顔。
はそのまま自分の机からカバンを取って、練習がんばってねと言い置いて足早に教室を出て行った。


「行くぞ桧山」
「おお」


若菜が呼ぶ声に答えて、ぞろぞろ教室を出ていくみんなの後を俺も歩いていった。

おそらくがどんなに反省しようと、謝ろうと、あいつには届かないだろう。
の何が悪かったとかどこが気に入らないとか、それがの完全なる悪質ならまだしも、自身気づきもしてない部分で、それがなんだから、今すぐどうこう出来るものじゃないだろう。

そもそもそれが明らかに間違ってる、誰にでも不快なものならまだしも、ただ高嶋にとって極端に合わなかったというものなんだから、だったら高嶋の言うとおり無理に仲を修復しようとしなくていいと俺だって思う。

まぁ、そんな割りきった考え方があいつにできるとは思えないけど。
わざとなのもムカつくけど、無自覚ってのもまた厄介だ。


部活に向かうみんなの一番うしろについて、下駄箱でくつを履き換え昇降口を出て行く。他のいろんな部活は徐々に動き出してて、俺らの向かう野球グラウンドだけがポカンと空いている。


「あ・・・」


グラウンドのほうへ歩いていき、部室があるほうと校門のほうとで分かれる階段で御子柴が何かを見つけてつぶやき、みんながその御子柴に目を向けた。


「桧山」
「あ?」


俺ひとり、特にそんな御子柴の声に気を留めずに歩いていると、こっちに振り返る御子柴が俺を呼び、示すようにまた校門のほうに目を向けた。俺はそのまま歩き階段を下りて、御子柴が見てる校門のほうに目を向ける。

俺たちが見るずっと先には、誰かに抱きとめられてるがいた。
これから部活なんだろうジャージを着たどっかのクラスの女に頭を撫ぜられながら、両手で顔を押さえてるは前に橋の上でそうしてた時と同じように、肩を震わせ泣きじゃくってるようだった。


「・・・」


おそらくあいつが受け止められる許容量は、とっくに超えてたんだ。
怒るとか、争うとか、そういう攻撃的なものにはあいつはひどく弱そうだから。
あいつはただ、仲良くしてたいんだろうけど。ただ笑ってたいんだろうけど。
単純なあいつの世界と入り組んだ周りとの摩擦が、あいつには高い壁で、深い溝で。
ちっぽけなあいつの心なんて、簡単に食い荒らされてた。



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