14
狭い町内を一回りして、ところどころで足を止めてたは最後に小さな神社に入っていった。
「すごいんだよここ。お願い事するとぜったい叶うから」
「ウソくせ」
「ほんとだよー。私ここに来たばっかりのとき友だちできなくて、ここで友だちできますよーにってお願いしたらすぐできたんだもん」
「ぐーぜんだろそれ絶対」
まるで信じない俺に怒りながら、は小さな賽銭箱に小銭を投げ入れ、手を叩いて目を閉じた。
小さく何かを口ずさんで、ずいぶん長い間。何を願っているのか、なんとなくわかるけど。
「必死すぎて神様も引くわ」
「必死に願わないと聞いてくれないよ」
「ずいぶんケチな神様だな」
「そんなこと言ったらほんとにバチあたるよ。桧山君もお願いしたら?」
「何をだよ」
「甲子園行けますよーにとか」
「・・・」
ハイ、とは、俺に10円玉を渡す。
そーいや、バカにするようなこと言っておいて、何カ月か前に俺らも学校近くの神社で賽銭投げたっけ。
全員きっかり、54円って。
「54円?」
「”こうしえん”で、語呂合わせの54円」
「あ、なるほど!」
パッと顔を明るくして、はまた財布を開ける。
ありったけの10円玉と1円玉を出すけど、数は足りず。
「桧山君、あと21円!」
懇願され、ハイハイとケツのポケットから財布を引っ張り出して中を見る。
10円玉2枚と1円玉を1枚出しての手の小銭に混ぜると、それをぎゅと握るはお願いします!とまるでくじ引きのように小銭を賽銭箱へ投入し、手を叩いてまた必死に拝みだした。小さく動くの口唇が”甲子園”と言ってるのが分かった。
駅を出る前にチェックした電車の時間にまた駅舎へ戻ってきた俺たちは、誰もいないホームで電車が来るのを待った。ヘタすると2・3時間後まで電車がないっていうんだから、恐ろしいまでだ。
帰りの電車は、数時間前に乗っていた時よりずっと早く感じた。
行きはばかりがしゃべってたけど、帰りはほぼ俺の野球の話で、それでもは自分がしゃべってた時と変わらないテンションで、さして面白くもないだろう俺の話を聞いた。いちいち相槌うって。ニコニコ楽しそうに。
「うわーギリギリだ、間に合うかな」
集合場所である駅が近づいて、は腕時計を見ながら立ち上がった。
電車はゆっくり止まり、窓からチラホラと出口へ急いでるニコガクの生徒が見える。
時計はすでに集合時間を差していて、駅前の集合場所にいるだろうバスに急がなくてはいけない。
そんな、急いで電車のドアから降りホームを走りかけた時。
「?」
構内放送と人の雑踏の中で、その言葉にすぐさま反応したのは、より俺のほうだった。
俺より半歩遅れてはその声に振り返る。
そんな俺たちの視線の先に、おそらく声を発しただろう同じ年くらいの知らない男。
そいつは俺たち以上に驚いてる顔でをジッと見た。
「か・・・、ほんとに?」
「え?」
呼びかけておいて自信なかったようなそいつはをよくよく見て、が「え?」と返した声でようやく確信した感じだった。信じられないとでもいうような顔からだんだん笑みを滲ませて、に近付いてくる。
「えっ?あ、ユキちゃんっ?」
「なんだよ、なんでここにいんだよ」
「うわ、久しぶり・・・、ていうかおっきくなりすぎて、絶対わかんないよ」
「だってわかんねーよ、なんでいんの?」
「修学旅行なの、きのうから」
なんだかよく分からないが、の反応からして知り合いらしかった。
大方がここに住んでた時の知り合いなんだろうそいつも、そいつのうしろにいる数人の男たちも、お世辞にもガラがいいとは言えないけど。(まぁガラどうこうは俺も人のこと言えない。)
「修学旅行って、いつまでいんの?」
「金曜までだけど、もう今から札幌に移動するの」
「札幌?じゃあ明日は札幌にいんの?」
「うん」
「おい」
話しだすの背から急かすように声をかけると、は振り返ってうんと返した。
それと同時にそいつも俺に目を寄こすけど、に見せてたような顔とはまるで違う、一気に急冷凍したような、不機嫌に据えた眼。
「ごめんね、もう行かなきゃいけなくて・・・」
「そいつ、なに?」
「え?えっと、同じ学校の・・・」
「彼氏?」
「えっ?違うよ、同じクラスの人で・・・」
「ふーん」
普通に話しながらも俺を見てくる目は明らかに敵意が含まれていて、そんな目には慣れてるもんだからつい同じように見返してしまう。そんな俺たちの間ではキョロキョロと戸惑うけど、俺だってまさかこんなとこで何をしでかす気もない。
「行くぞ」
「あ、うん。じゃあ、ほんとにゴメンね、また・・・」
改札へ急ぐ俺のうしろを、後引くように振り返りながらも歩き出す。
いつまでもこっちを見てるあいつの目線を感じながら改札を出て行った。
「待ってよ、桧山君・・・」
「・・・」
人通りの多い改札を抜け、広い構内を出口へまっすぐ歩いてく俺を、いつかのように俺の歩調についてこれないが急ぎ足で追いかける。けどちっとも、待ってやろうとかゆっくり歩いてやろうとかいう気にならず歩いていった。
「キャアッ」
「・・・」
うしろの声を聞きつけ、まさかと振り返る。
案の定、ドアのレールでつまづきこけたらしいが、地面に手をつき人の目を集めていた。
「またお前は・・・」
「は、はずかし・・・」
「どんくせーんだからしょうがねーだろーが、おら立て!」
結局足を止めその上少し戻り、こけてるの腕を引っ張り立たせて先を急ぐ。
「痛い、手イタイッ」
「ああッ?どこ」
「左手ー・・・」
恥かいた挙句、地面に手をついた時に負傷したらしいが涙目で訴える。
バスに急ぎながら引っ張ってた左腕の先を見ると、掌の下あたりが赤く腫れ、軽く擦り剥け少し出血していた。
「こんなもん舐めときゃ治るわ!ギャーギャーわめくな!」
「もお、そんなに怒鳴らないで!」
「テメーがそーさせてんだよッ、泣くな!」
恥ずかしいのか痛いのか怒鳴られるのが嫌なのか、もうよく分からないを連れて俺たちは急いでいた。
そんなだったから、二人とも気付かなかったのだ。
もうすでに、集合場所についてたことに。
「コラ!遅いぞお前ら!」
「・・・」
怒鳴られビタリと足を止めると、そこにはニコガクの生徒全員が列を作って座っていた。
その全員が誰一人と漏れなくこっちを見てる。
俺もも、そのあまりの注目さに言葉を無くし、
「わーお」
遠くで小さく聞こえたような湯舟の声で、手に取ってたの左手をすぐさま離した。
さすがに広くてデカイ北海道は、次の目的地に向かうまでの道のりもまた長い。
ただでさえ朝から往復2時間電車に揺られたのに、今度はバスで日が暮れるまで北上する。
旅行も2日目だし、ホテルに着いたときには誰の顔にも疲労感が漂っていた。けど・・・
「で、今日はふたりで仲良くどこ行ってきたの?」
「ふたりで仲良く、どこまでいっちゃったの?今夜はどこまでいっちゃうの?」
「なんてったってふたりで仲良く、お手てつないで登場だもんにゃあー」
「いー加減しつけーんだよお前らは」
同じことをいつまでもイジってくるヤツらにもはや怒鳴り返す気力もなく、絡んでくるのを蹴飛ばすので精一杯。それに加え晩メシに集まったホテルのレストランでは、メシ食ってる間ずっと生徒全員がチラチラこっちを見てヒソヒソ囁いてくる。内容までは聞こえてこないが、言ってることはおそらく湯舟たちと同じだろう。
だけどまさか俺に直接そんなことを言ってくるのは、こいつらだけだ。
他のヤツらが面と向かって俺に聞いてくることはまずない。
「ねぇ、昼間のアレ、なんでなのー?」
「マジで付き合ってんの?桧山君と?」
「そんなんじゃなくて、あれはたまたまで・・・」
けどあいつは、まんまと女子どものいいエサになってるようだった。
さっきから入れ替わり立ち替わり誰かに捕まっては、同じ言い訳をくり返してる。
俺みたくテキトーにかわすことも蹴散らすこともせず、ひとりひとりにちゃんと否定して。
「今日ずっと一緒にいたんでしょ?ふたりで」
「それは、偶然っていうか、成り行きっていうか・・・。ほんとにたまたまで、付き合ってるとかじゃぜんぜんないし、なんでもないんだよ」
「なんだ、付き合ってんのかと思っちゃった」
「違う違う、ほんとに違うんだよー」
「ふーん、じゃあ里中とはどーなってんのー?」
「だからぁー・・・」
は面白がって寄ってくるヤツすべてにきっちり説明して、必死に「なんでもないの」とくり返す。
でもなんだかそう、いちいちちゃんと否定してるあいつを見ていると、なんかイラッとして・・・
「どけ!」
「キャアッ」
レストランの出入り口でキャッキャ騒いでる女の集団に怒鳴ると、サッと真ん中に道が出来て、の前も素通りしエレベーターのボタンをバンッと押した。何キレてんだよーと岡田や若菜が一緒にエレベーターに乗ると、俺たち以外他に誰も乗ってはこなかった。
たしかに、なんでもない。
今日のことだってあいつにとっては完全な成り行きだし、二人で全員の前に出てしまったことだって偶然のイレギュラーだった。本気たまたまだよ、付き合ってるわけでもねーよ、俺だっていい加減うっとーしーからやめろって思うよ。
「桧山」
「ああッ!?」
エレベーターを降りて部屋までの廊下を歩いていると、うしろから呼ばれて不機嫌満面に振り返った。てっきりうしろを歩いてる岡田か誰かが呼んだのかと思ったが、岡田も若菜も俺と同じくうしろに振り向いていて、その先にいたのは、里中だった。
「ちょっといい」
「・・・んだよ」
里中は岡田や若菜や他にもチラホラいる人目を気にしてどこか別のところに行きたがったが、俺がここでいいだろと押し通すと渋りはしても、そこで口を開いた。言いたいことはなんとなくわかるが。
「今日、とずっと一緒だった?」
「ああ」
「なんで?」
「なんででもいーだろ」
「・・・、付き合ってるとか」
「ねーよ」
不服そうな里中の口からの名前が出て、俺の予想は確信になる。
ていうかこいつが俺に話しかけてくるなんてそれ以外ない。
「桧山、のこと好きなの?」
「ああ?」
「俺、あの時はに悪いって思ったから何も言わなかったんだよ。謝りたかったし、許してもらうほうが先だって思ったし」
「・・・」
あの時・・・、あれからと里中が何を話し、どうなったかは、俺は知らない。
「でも今はもう、も許してくれてるし、普通に話してくれてる」
「何が言いたいんだよ」
「俺も、諦めたわけじゃないから」
「・・・」
にじゃなく俺に今日のことを聞いてきて、わざわざ俺にそんなことを宣言して、里中は引き返していく。
感心するように岡田が小さく口笛を鳴らした。
「やっぱあいつそろそろ決める気じゃね?」
「ライバル宣言かよ、どーすんだー桧山」
昼間のヤローといい、里中といい。
「知るか」
あの女に関わると、まったくメンドくせぇ。
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