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トランキライザー

ルーキーズ(ドラマ版) 桧山連載 川藤先生がいなくなったあとの2年の夏終わり。
桧山の他にもニコガクメンバーたちがガヤガヤいます。

出会い編 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9
修学旅行編 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16

02

四方八方、俺の席の周りから聞き難いうめき声が聞こえている。
隣の若菜も前の関川も机にうっつぷして腹を抱え、グーグー鳴る腹の虫を抑えつけている。4時間目の授業は野球で言うところの9回に値する、最も苦しいところ。俺たちに限らずクラス中が腹を空かせ早く時間が過ぎるのを祈っているだろう。


「先生、すいません・・・」


カツカツと黒板を叩くチョークの音だけが響いている中、小さくて弱い声が窓際の前のほうでぽっと生まれた。文字を書く手を止めて振り返った教師は声がしたほうに振り返り、呼んだ生徒を探した。


か?どうした」
「すいません、ちょっと気分悪くて、保健室行ってもいいですか」
「そうか、ひとりで行けるか?」
「はい」


そうして立ち上がり、教師に一度頭を下げて髪を耳にかけ、出来るだけ静かに教室を出ていったのは、あいつだった。

そいつの行動にクラス中が視線を集めていたけど、が教室を出てドアを閉めると、全員元の体勢に戻ってあと少しの授業に耐えた。そうするとまた黒板を叩くチョークの音が再開して、誰かの腹が鳴る。何事もなかったみたいに静かな教室。昼休みを目前に壁の時計を見上げて、あと何分、あと何分・・・。


記憶にかすりもしない。やっぱ知らなった。


「・・・」


するとまた、周りのやつらがじーっと俺に目をよこしてる。


「だからなんなんだテメェら!」


突然怒鳴った俺に、教卓の教師はチョークを折って振り返り、クラスの連中もみんな飛び起きて俺を見た。だけどあいつらだけはまたわざとらしく俺から目を離し全員俺に後頭部を向けた。


ようやくチャイムが鳴って全員静かな授業から解放される。
弁当を広げ出すやつ、購買に走っていくやつ、それぞれだ。


「やっべー桧山、財布忘れた!金かしてにゃー」
「あー?しょうがねぇな」


昼メシを買いに行こうとすると一緒に湯舟もくっついてきて、すでにメシにありついてるやつらの輪から出ていった。

すると、教室の後ろのドアにまたあの、里中がきていた。
窓辺の前のほうの席を見て、それから教室中を見渡して、廊下を見渡して。


「ねぇ、どこに行ったか知らない?」
?えーと・・・」


里中はやっぱりを探してたようで、ドアの近くで弁当を広げてた女子にそう声をかけた。


「あ、そういえばさっき・・」
「里中!」


声を張り上げ近づいてきたのは高嶋で、ドア口まで行くと里中の目の前に立った。


いないけど、何か用?」
「いないの?どこに行った?」
「用事って何?私がに言っとく」


高嶋と話しながら(なんか噛み合ってないけど)、それでも里中は周りをきょろきょろ、まだ探してるようだった。なんにせよ、ドア口で騒ぐそいつらは邪魔以外の何物でもない。歩いていく俺は里中のすぐ前まで詰め寄って、俺に気づき目を合わせたそいつの目を見下げた。


「どけよ」


そう言うと、里中はすぐに笑ってごめんと引き返していった。
だけど、俺には分かった。
どけと言った後のほんのわずかな瞬間、あいつは目の奥で確実にイラついた。


「・・桧山ぁ」
「あ?」


購買に向かって騒がしい廊下を歩いてる中、隣で湯舟が呼んできた。
答えたのに湯舟は話しださなくて、隣に目をやると、湯舟は何やら様子を窺うような目でじぃっと俺を見上げてた。


「なんだよ」
「桧山、もしかして・・・春?」
「は?」


さっぱり意味の分からないことを言って(いつもだけど)、湯舟はにしゃあと笑うとそうかそうかと頷きながら俺の肩をポンポン叩いた。訳が分からないにも程があるが、湯舟を理解しようと思うほうが無理があり、それ以上は突っ込まずに放っておいた。

購買には大勢の生徒がたかっていて、腹の足しになりそうなパンはほぼ売り切れてしまっていた。やっぱり昼のチャイムと同時に全力で走ってこないと無理だった。

俺は適当に余ってるパンでいいかと思ったけど、湯舟はお気に入りのパンがなくなっていて諦めがつかず、近くのコンビニまで走ると言いだした。それならついでに俺の分も買ってきてもらうことにして、俺は財布を預け走っていった湯舟を見送った。昼休み終了まであと30分。まぁ湯舟の足なら行って帰ってメシを食う時間くらいあるだろう。

走っていく湯舟が小さくなっていくのを窓から見届けて、教室に戻ろうと廊下を引き返していくと、廊下のずっと先の保健室にあいつ・・・里中が入っていくのが見えた。あの様子じゃ誰かからが保健室に言ったことを聞いてやってきたようだった。

なんなんだあいつ、の男か?
そういえば朝もあいつら揃って遅刻してたっけか。


「・・・」


そんなことを考えて、でもどうでもいいかと考えなおして歩きだした。
そうすると、廊下の角から飛び出してきた誰かとぶつかりそうになって、俺はまた声を上げて足を止めた。


「おわっ」
「きゃ・・、ごめんなさいっ」


ぶつかりそうになると同時に謝ったそいつは、まただった。
は、朝の時よりずっと落ち着いて俺を見上げ、そしてまたそれが俺だと分かって、目を落ち着けた。


「危ねーなお前は何度も何度も、ちゃんと前見て走りやがれ」
「あ、あは、ごめんなさい」


は朝のことを思い出して笑って、乱れた長い髪を耳にかけた。


「・・お前、保健室にいたんじゃねーの」
「え?ああ、ううん。お腹なりそうだったから逃げただけ」
「・・・サボりかよっ」


思わず突っ込むと、は今度は声を上げて笑った。
なんか、あんまり大げさに笑うようには見えなかったから、新鮮な感じだった。


「ああ、それとさっき、里中ってやつがお前探してて、今保健室に入ってったぞ」
「え・・・」


何となく気恥ずかしさを感じて、首のうしろを撫でながら適当に見つけた話題を振った。

・・・だけど、はそれを聞いてふっとろうそくが火を消すみたいに笑みを消した。

は後ろを振り返って保健室のドアを見る。
するとそのドアが開いて、中から里中が出てきた。
はそれを見て、ぐいと俺の腕を引っ張りながら俺の後ろに回った。


「な、おい、なんだよっ」
「ごめんなさい、ちょっとだけ、・・・」
「はあっ?」


は俺の腕を掴んだまま俺の懐で体を小さくする。
すぐ鼻先にの頭があって、俺の腕を両腕でぎゅと抱いて、これ以上ない距離で。
俺は完全にテンパって腕を離させようと声を荒げるけど、俺の腕を掴むは何やら深刻そうで。


「おい・・?」
「・・ほんとに、ごめんなさい、もう少しだけ、お願い・・・」
「・・・?」


は小さく呟いて、俺の中で小さく震えながら息を潜める。
俺はそっとうしろを振り向いて、保健室から出てきた里中があたりを見回しながらこっちに歩いてくるのを見た。

あいつから逃げてる・・・?


「・・なんだよ、痴話ゲンカか?人巻き込むんじゃねぇよ」
「違うよ、あの人と付き合ってなんかないもん」
「じゃあなんで隠れてんだよ」
「だって・・・」


すぐ傍にいるに無駄に緊張して、心臓がばくばく、血が急激に全身を流れてるのが分かった。まさか女をこんな距離に置いたことはないし、こんなに女の匂いを近くで感じたこともないんだから、仕方ない。

こっちに歩いてくる里中が俺たちのすぐ近くまで来て、俺はを壁際に寄せてもっと隠した。昼休みで人通りの多い購買の前の廊下・・・、通り過ぎてく大勢の生徒たちがこっちに目線と声を上げてくるけど、の様子から手離すわけにもいかず、そのまま里中がうしろを通り過ぎてくのを、じっと待った。


「・・・行ったぞ」


すぐうしろを通り過ぎてった里中が階段を上がって行ったのを見計らっての頭にそう言うと、は俺のうしろをそっと見渡して本当にあいつがいないことを確認して、はぁと大きく息を吐き出した。

さっきまでほど深く頭を下げてはいないけど、俯いた表情は相変わらず沈んでいて、今にも毀れ落ちそうだった。なんだか全く状況が掴めないが、とにかく泣かれるのだけは勘弁してもらいたく何も聞き出せずにいると、はその泣きそうな顔のままふと顔を上げ、俺に目を合わせた。


「・・・キャアッ、あ、じゃなくて、ごめんなさいッ」


は突然俺の腕を掴んでたことを思い出し、バッと手を離すと深く頭を下げ、しかし俺との間にそれほどの間がなかったものだから、結果俺の胸に頭突きをくらわした。


「おま・・、いてぇよっ」
「ごめ、ごめんなさい・・・!」
「お前こういうの、なんて言うか知ってるか、恩を仇で返すって言うんだぞっ」
「あああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「たく・・・」


胸を押さえる俺の前で頭を押さえるは平謝りしながら、だけど何故だか、突然笑いだした。


「・・・全然笑いごとじゃねーんだけど」
「あは、ごめんなさ・・、あははッ」
「・・・」


それからは堪えながらもしつこく笑い続けて、そうされると俺も怒る気力がなくなって。


「だから、笑い過ぎだろ」


パシンとの頭をはたいて、また首のうしろを撫ぜた。
それからはまたごめんなさいと、今度はありがとうをつけたして、いなくなった。

そういえば、結局あれが何だったのか、聞くの忘れた。


「・・・」


ひげを撫ぜると、自分の口角が上がってるのに気づく。
まさかと目の前の窓ガラスを見ると確かに俺は笑っていて、その上・・・


「・・・湯舟っ!?」
「やー、びっくりだにゃー」


うすら笑いを浮かべてそこに、コンビニの袋を提げた湯舟が立っていた。


「これは今季最大のビックリニュースだにゃあ」
「待て、なんのことだ・・・、てかどこから見てたっ?」
「これは報告せねば、いそがばまわれっ」
「いや意味わかんね・・・、つか止まれ!湯舟ぇー!!」


ダダダッと廊下を駆けだす湯舟を追いかけて、教室までをひた走った。
あいつじゃ見たものすべてを誤解した挙句、120パーセントくらい増量して喋りそうだ。あいつらに言いふらされるなんて、死んでも阻止せねばならない。


「みんなぁー!大ニュースだにゃーッ!!」
「湯舟ぇえああ!!」


教室のドアからバーンと登場した湯舟を、ローリングソバットで蹴り倒した。



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