06
学校の外に出ると、もう遠くて小さくしか見えてないめがけて走った。
なんとも心細そうな背中でスタスタ歩くの頭にボスっとカバンをぶつけると、長い髪を揺らしてがビビりながら振り返る。・・・また目の奥に涙を溜めて。
「ひ、桧山くん・・・」
「お前な、泣くくらいなら無駄な意地張るんじゃねーよ」
「大丈夫だよ、ほんとに、ぜんぜん、」
「・・・あっそ」
パッと顔を覆って涙を拭ったに、カバンを押しつけ返して俺は先を歩いた。
「あ、カバン・・・、ありがとう」
「おー」
「部室にも、いさせてくれてありがとう」
「おお」
「あと、あの、桧山君、」
「ああ?」
どんどん歩いていく俺のうしろを追いかけるが、ぐいと俺の背中のシャツを掴み止める。
「やっぱり・・・、怖いので・・・、一緒に帰ってください・・・」
「最初っからそー言え!」
「ごめん・・・」
結局折れたにフンと息を吐き、また歩き出した。
その俺のうしろをは足早に追いかけてくる。
残暑厳しい夏の終わりはまだ日が長く、俺たちの他にも歩いてる同じ学校の生徒は大勢いて、注がれる視線を振り払うようにどんどん歩いていった。
「家どっちだよ」
「あ、えと、あっち・・」
交差点まで来てうしろのにそう聞くと、は妙に息切れした声で答えた。
振り返り見るとは汗ばむ額を押さえながら髪を耳にかけ、交差点の向こう側を指差す。
「お前なに息切れてんだよ」
「だって、桧山君、歩くの早いから」
「フツーだろ、どんだけ運動不足なんだよ」
「ええ、早いよ、歩幅も大きいし」
たかだか歩く速度にもついてこれないなんて、女っつーのはなんてメンドくさいんだ。そもそも俺は女と一緒に歩くことなんてないし、こいつを送り届けたらまた学校に戻って練習に混ざんなきゃなんないんだからちんたら歩いていられないのだ。
「桧山君、ほんとは里中君となに話したの?」
「べつに話ってほどのことはなんも話してねーよ。1回、俺も電車に突き飛ばしてみるかってカマかけてみたけど反応なかったしな」
「えっ、そんなこと言ったの・・・」
「まーたしかにアヤシー感じはするけど、簡単に尻尾出しそうにもねーな」
「・・・もしかしたら、里中君じゃないのかな」
「あ?あいつとしゃべった直後に俺の名前出してきたんだから、ほぼあいつで間違いねーだろ。あーウザってぇな、文句あんなら直接仕掛けてこいってんだよ」
「あの、ケンカは、ダメだと思うの」
「しねぇよ、ケンカなんかしたらうちのバカキャプテンがうっせぇからな」
「友だち思いなんだね」
「あー、ウゼェくらいな」
「桧山君がだよ?」
「あ?俺はべつに・・・」
「桧山君やさしいと思うな。わざわざ送ってくれたり、ゆっくり歩いてくれたり?」
「・・・」
「あ、テレた」
俺を指差してくるにカバンを振りかざすと、はその俺から逃げて、だけど笑っていた。思えばこいつは最初から俺にビビるような素振りは見せなかった。まぁそんな場合じゃなかったってのがあるんだろうけど。
「お前はもともと里中とダチだったわけ?」
「1年のときに同じクラスだったの。2学期と3学期はずっと席がとなりだった」
「はーん、それでか」
「なにが?」
「だから、それで里中はお前にホレたんだろ。つかずっと席がとなりってのもわざとだったんじゃねーの」
「ええ?そんなことないと思うけど、くじ引きだし・・・。里中君はやっぱり女の子に人気あるから、私よりもっと他に仲良くしてた子いっぱいいたし。私はどっちかっていうと、里中君のこと好きな子から手紙あずかったり、里中君のこと教えてあげたりするほうで」
「・・・」
を見てると、里中と席がとなりだった時がどんなふうだったのか、なんとなく想像がついた。里中のやってることは確かに異常だけど、元をたどればただ、こいつのことが好きなだけなんだろう。
だからって許されるわけじゃないけど、ちょっと、同情もする。
そのままをうちの近くまで送り、俺は急いで学校に戻った。
さっきまでまだまだ暑かった空はもうずいぶん涼しげな風を吹かせていて、奥のほうから赤く滲んできていた。
「まだ練習やってんだろーな」
うちはまだまだ整備の整ってない練習場で、日が落ちると暗くてボールが見えなくなるから上がらずを得なくなる。今から学校戻って練習に混ざったところで、1時間もやる時間があるかどうか。かといってこのままうちに帰ったら後であいつらになに言われるかわかったもんじゃないから、行っとくに越したことはない。
世界が暗く落ちていき、電信柱の明かりが目立ち始める。
知らない道を、記憶をたどってさかのぼっていく、道中。
「おい」
シャッターの閉まった小さな店の明かりの下にたまってた、3人の男。
ちょっと目につきながらも通り過ぎようとしたら、俺に声をかけ立ち上がった。
「なんだよ」
「お前、ニコガクの桧山だろ」
「・・・」
こんなのに構ってる場合じゃねぇのにとか思ってたら、名前を呼ばれた。
絡まれたわけじゃなく待ち伏せされてたんだと悟った。
準備運動がてら学校までを走ってたけど、まさかこんな全力疾走するとは思わなかった。
「待てコラァ!逃げてんじゃねーぞ!」
「待つか、バカ野郎っ・・・」
最初囲まれた時は3人くらいやっちまうかと思ったんだけど、いやいやここでケンカするわけにもいかないと無視して歩き出した。けど当たり前に逃がしてくれるわけもなく、いきなり殴りかかってくる手を避けながら何とか隙を見て走った。
そのへんは帰り道でもないし、はっきりとわからない道を逃げ回るのは楽じゃなかった。気がつけば静かな住宅街みたいなとこに紛れ込んでしまって、余計に道が入り組んでてどこへ走ればいいかわからない。腹と顔面に何発か食らったパンチのおかげで口の中は血生臭く、走り通しで息は嗚咽を吐くほどに上がってて、暗くなったのをいいことに近くの家の生け垣の陰に身をひそめて座りこんだ。
「ちっきしょ、手ぇ回すの早すぎんだろ・・・」
名指しで襲ってくるからには、誰かに指示されて動いてるんだろう。
今さら昔どっかでケンカしたヤツらが襲ってきたとも考えづらいから、おそらくあの、メールのヤツだ。
隠れてるそばを、さっきのヤツらが「いたか!?」と騒がしく走り抜けていく。
立ち上がり、ヤツらが走ってったほうと逆のほうへ逃げようと生け垣から出ようとすると、またすぐにさっきのヤツらが戻ってきてまた隠れるハメになった。
なんであいつら、このへんばっか探すんだ?俺の居場所がバレてんのか?
またヤツらが走り去ったところで顔を出そうとすると、また別のところから人が走り出てくる。
「・・・3人だけじゃねーのか・・・」
どうやらさっきから俺を探してるヤツらは全部同じヤツではなく、何人もいるらしかった。何人いるかもわからない相手にひとりで向かってけってか。殺す気じゃねーだろーな・・・。
そのときポケットの中でケータイが音楽を鳴らし、静かな夜に大きく響いた。
俺は焦りながら急いで音を止め、誰もいなかったことを確認してホッと息つきながらケータイの表示を見る。着信はうちのバカキャプテンからだった。
『桧山?どうしたんだよ、練習もう来ないの?』
「あー、今それどころじゃねーんだよ」
『それどころじゃないって?』
『オイ桧山ぁ、お前どこしけこんでんだよー。まさか真っ最ちゅーじゃねーだろーな!』
『おいおいおいー、やっぱそーなっちゃったわけっ?いっちゃったわけっ!?』
こっちの事情も知らずに平和な声をよこす御子柴のうしろで、他のヤツらの騒がしい声も便乗して聞こえる。こっちは命の危機すら感じているというのに・・・、ケータイを握る手に力が入りミシリと小さな機械がしなった。
『桧山、どうすんの?俺たちもうあと少しで終わるけど』
「ああ、たぶん間に合わねーよ。今自分がどこにいんのかもわかんねーからな」
『は?帰り道わかんなくなっちゃったの?』
『ははっ!アイツバカ!チョーバカ!』
「うっせぇな、こっちはお前らよりハードな命がけのオニゴッコしてんだよ」
『なんだよ命がけのオニゴッコって・・・、遊んでんの?』
俺の言葉を御子柴が反復していると、電話の向こうで安仁屋の声が「御子柴、代われ」と聞こえた。
『桧山、なにがあった』
「おー安仁屋、今んとこなんでもねーんだけどよ、ちょっとヤバいかもしんねぇ」
今までのけーけん上、そんな気がバシバシする。
こっから無事逃げ切るのはラクじゃないって。
『今どこだ』
「たぶん用賀のほうだと思うんだけど、走り回ってたらぜんぜんわかんなくなっちまった」
『相手は?』
「わかんね、なんかぞろぞろいやがるし。俺目当てってのはハッキリしてんだけどよ」
『分かった、そっち行くからお前もどっか目立つとこ探せ』
「ああ」
そのまま電話は切れて、俺は口の中の嫌な味をペッと地面に吐き捨てた。
とりあえずこの真っ暗な住宅街から抜け出ないとうちにも帰れねぇ。
息も落ち着いたし、殴られたとこも痛みは和らいだ。
まだ近くにウロウロしてる連中に気づかれないように、細い道を抜け出て走り出した。
「おいいたぞ!」
「だからはえーんだよ、チッキショ・・・」
調子よく住宅街を走り抜けられるかと思ったら最後の道でバッタリ遭遇して、また別の道へ、出来るだけ明かりのあるところへと走った。
「いた!アレじゃないッ?」
「!?」
よくよく見ると追ってくるのはヤローばっかりじゃない。
中には女もいるし、俺よりずっと背の小さい影もチラチラ見える。
「どーなってんだよ・・・!」
明かりの落ちた町中を、得体のしれないヤツらに追いかけられながら走る。
まったく意味がわからない。
ケンカとはまた違う、怖さを感じた。
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